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「はー。はー。」


 全力疾走ぜんりょくしっそうで逃げてきた日和は、燃えきたように座りこみ、肩で息をしていた。


「……重かった」

「誰がよ!」


 顔を赤くして、みすずが日和の頭をなぐる。暗闇で表情がわからないのがせめてもの救いだ。


「あたしだって歩けたもん!」

「その足でかよ」


 ブルブルふるえるひざを指さし、日和は疲れた声で言った。日和と大沢木は学生服に着替えていたが、みすずは私服の姿なので、ショートパンツからのぞく足があらわだった。


「どこ見てるのよ! 変態!」


 みすずはもう一度なぐると、うごけない足を両腕で抱えこむように座った。


「帰りたい」

「心配すんなよ。師匠がなんとかしてくれるって」


 日和は安心させようとするが、顔をせたみすずは黙ったままだった。

 疲れていたので、日和も師匠がくるまで休むことにする。


 とっさに飛びこんだはいいが、ここはどこだろうと思った。


 教室にしてはひどく手狭てぜまで、どこかの準備室のようだと判断する。暗闇になれてきた目をこらすと、おおきな棚があり、なかにはビーカーやフラスコがならんでいる。


 あえかが来るまで、じっと息をひそめておかなければならない。何しろ、日和には戦う手段はないのだ。懐中電灯さえあの騒ぎで落っことしてしまった。

 はやく来てくれないと、この闇に押しつぶされそうだと思った。


 コツ……コツ……


 誰かの足音が聞こえてきた。

 みすずの肩をゆさぶり、「もう大丈夫だ!」と声をかけると、手を引いて立ち上がらせる。


「師匠がきてくれたぜ!」


 コツ、コツ、という音が近づいてくる。

 人間にしてすこし軽い。

 日和は準備室から顔をだすと、音の聞こえてきた方向に耳をすませた。


「こっちだ」


 右側だと決めると、みすずの手をとって一緒に歩きだす。

 音が近づいてくる。

 歩きながら、日和の頭の片隅に、ムクリと疑念があたまをもたげてきた。それは歩くたびに着実にふくらんでいき、つられるように歩みも遅くなってくる。


 そうだ。


 巫女装束みこしょうぞくの師匠は、いつも草履ぞうりを履いている。

 かたい床をたたく靴音なんて、するわけがない。

 廊下の曲がり角まであと数メートルまで来て、その歩みがピタリと止まった。


「まずい」


 ぽつりとつぶやいた一言に、みすずが赤くはれた目を向ける。


「どうしたの? はやく行こうよ」

「逃げるぞ」


 コツ。


 すぐその先に、あえかではない何者かの足音がひびく。

 日和は足を引いた。


「きゃっ!」

「わっ!」


 すぐうしろにいたみすずを巻きこみ、尻餅をつく。


「なにしてんだ!」

「い、いきなりさがるあんたが悪いんじゃない!」

「悪いでいいよ! だから早く」


 コツ。


 日和の目の前を、人影がふさいだ。

 いや、それは人影ではなく


 人骨。


 白い骨を闇に浮かびあがらせた人間の全身骨格が、耳ざわりな音をさせてしゃれこうべをうごかした。目玉のない落ちくぼんだ眼窩がんかが、へたりこむ日和とみすずとみすえる。

 みすずが日和の肩にもたれてくる。


「あっコラ! なにを――」


 文句を言った日和の前で、みすずはさらにたおれて腰までずれ落ちてきた。

 気絶している。


「ふざけんなーーーー!!!」


 日和はみすずをまた腕にかかえて走りはじめる。重いのは、みすずよりも荷物のほうだ。

 隠れていた理科準備室をとおり過ぎると、その先の教室からニョキリとひとの腕が伸びてくる。


「わっ!」声をあげてとっさに避けてふりかえると、おそろしく無表情な顔をした全身裸人間がこちらを見ていた。


 いや、ちがう。


 全身のうち半分はまだ教室のなかだ。その半分は――


「かそくそーち!!」


 日和はさけぶとスピードを若干あげて走りはじめた。


「シショー! おねがい返事してー! わるい妖怪に食べられるーーー!!!」


 涙と鼻水で不細工な顔をして廊下を走り抜けながら、彼はまた適当な場所へ逃げこんだ。


 というより、体力が限界なのだった。


 とりあえず気をうしなったみすずを床に寝かせ、背負ったリュックのなかから、あえかがおはらい用に清めた水1.5リットルのペットボトルを取りだすと、豪快ごうかいにのどに流しこむ。うしなった水分を補給ほきゅうし一息ついた彼は、まわりを見渡す。

 黒いカーテンで仕切られたここがどこなのか、よくわからなかった。また準備室のたぐいだろうか。こんなことなら、旧校舎の地図をナミヘイからぶんどっておけばよかったと、ひどく後悔する。


 立ち上がると、奇妙なにおいが充満していることに気づく。


 においの元をたどると、壁にくっついた机の白いトレイに、なみなみと液体が入っている。近くには巨大なピンセットがおいてあり、フィルムみたいなたばが巻かれておかれている。

 壁に目を向けると、貼りつけられた複数の写真のなかから、一枚の写真に目が引きこまれた。


 少女が笑っている。


 師匠とおなじ黒髪ロングヘアで、師匠よりもおもざしが優しい。制服を着ているということは、この学校の生徒なのだろうか。瓜実型うりざねがたで色の白い、声をかけられてすこし照れているように、窓辺からこちらをふりかえって笑っていた。


「むぅ……美人だ」


 おもわずつぶやいてしまう日和。

 特に師匠とおなじ和服が似合いそうなところがポイント高いね。


「ありがとう」


 日和は写真のなかの少女が声をかけてきたような気がした。


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