第12話:依頼『古い雑居ビルの不審火調査』
九十九が探偵事務所に来てから、さらに数日。
「黒江さーんっ!今日の依頼、デスクに置いておきますね!」
茜がファイルを手際よくデスクへ並べながら、内容を読み上げる。
「えっと....『管理している古い雑居ビルの地下室で
ボヤ騒ぎと不審火.....焦げ跡が不自然で気味が悪い....
警察には配線のショート扱いされたが調べて欲しい.....』だそうです!
これ私も現場の調査手伝いとか同行とか~~。」
「.......ダメだ、ここで待ってろ。
お前は電話番と、溜まってる書類整理でもしてろ。」
「えぇーっ!?普段は連れてってくれるのに!
いいじゃないですかー!仲間外れですかーっ!?」
「........うるせぇな、配線ショートが本当ならアブねぇだろ。
それにただの地味な現場調査だ、人手は要らねぇよ。
........これやるから事務所で待ってろ。」
黒江は面倒くさそうに財布から千円札を取り出すと
茜の手に押し付ける。
「.....買い出しでも行って、オヤツでも買ってろ。
釣りもやるから好きに使え。」
「えぇ!?なんか最近羽振り良くないですか!?
なんか悪い仕事とかしてないですよね?綺麗なお金ですよね!?」
「してねぇようるせぇな!
.....いいから、待ってろ。」
「はーいっ!ありがとうございます!」
現金な茜はパタパタと嬉しそうに事務所の奥へと引っ込んでいく。
その呑気な背中を見送りながら、黒江は小さな溜息をついた。
九十九が言い残していった『街の端っこ』という言葉、それを裏付けるように
今朝、街はずれにある古い雑居ビルのオーナーから舞い込んできた
『街の端にあるビル』での不審火という奇妙な依頼。
(.....ただのボヤじゃねぇだろうな。
ンな怪しい現場に連れてけるわけねぇだろ。)
黒江は羽織ったパーカーの裾を軽く整え
ズボンの後ろポケットに差し込んだ【S&W M686】の
ずっしりとした重みを無意識に確かめると、1人で事務所を後にした。
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依頼の現場になったのは、駅からも離れた街はずれの寂れた雑居ビル。
飲食店やテナントが入っていたが、今ではシャッターが下ろされていて
昼間でも薄暗くよどんだ空気が漂っている。
「.........ここか。」
階段を降り、地下フロアに足を踏み入れた瞬間
漂ってきた匂いは煤けた焦げ臭さと、何処か生臭く
胃を逆撫でするような...混沌が言っていたように嫌な匂いが混じっている。
廊下の奥にある1室の前に立つと
ドアの隙間から黒いススが漏れ出しているのが分かる。
鍵を開けて中に入ると、床や壁の一部が激しく焼け焦げている。
だがその焦げ方は、オーナーの懸念通り通常の火災によるものとは
明らかに異なる異常な焦げ方をしている。
木材が燃えたときの炭化ではなく、まるで強酸か
異様な熱エネルギーで『溶かされた』ような歪な抉れ方をしている。
「....とても火遊びやショートのボヤには見えねぇな。」
黒江は軽く舌打ちをすると、左手で懐中電灯を握り締め
さらに部屋の奥へと踏み込んだ....その時。
……ぱちっ。
静まり返った地下室の隅で、小さく火の爆ぜる音がした。
「......なんだ?」
懐中電灯の光を素早く向ける。
部屋の隅、焼け焦げた床の上に
赤い光の粒がひとつ浮かんでいた。
それは炎のように揺らめきながら、風もないのにふらふらと壁際へ漂っていく。光の芯は青白く、周囲だけが熱で歪んでいた。
黒江が一歩踏み出した瞬間、光の粒が弾けるように跳ねた。
次の瞬間、壁紙がじゅっと音を立てて黒ずみ
赤い光はドア枠の隙間へと滑り込んで消えていった。
「.........火の吸血鬼、それか類似種か。
面倒なのが居やがんな......。」
反射的にパーカーの裾を押し上げ、後ろポケットのグリップへ手を伸ばすが
銃を抜くまでもなくその光は一瞬で部屋の奥の暗闇へと消えていった。
現場に残されたのは、強烈な異臭とボヤの痕跡だけ。
依頼である『不審火の調査』という点においては、配線のショートではなく
『テナントへの侵入者による放火/原因不明の設備トラブル』として報告書を
オーナーに提出すれば、あとは警察なりがどうにかしてくれるだろう。
だが、黒江の表情に安堵の色は微塵も無かった。
「........グアの眷属か、混沌サマもモテモテだな。
それかグア側の狂信者のせいか......どちらにしろめんどくせぇ。」
単なるビルの調査としてはこれで片付く。
しかしそれは氷山の一角に過ぎず、この街の地下には
確実に『浅ましいネズミ共』が
這い出す巣穴が広がり始めているのかもしれない。
黒江は重々しいため息と共に紫煙を吐くと
未解決の謎を抱えたまま、雑居ビルを後にした。
体調不良ですこし休みます。




