第1話:依頼『三毛猫捜索』
黄色と黄土色の極彩色でデザインされた缶のプルタブを引き抜くと
プシュッと不機嫌なガスが抜ける音がした。
一口あおる.....脳を直接殴りつけてくるような
圧倒的な砂糖と練乳の甘味。
「ん........んめ。」
マックスコーヒー、通称マッ缶。
それが私の、生きていくためのガソリンだ。
築40年の雑居ビル2階。
お世辞にも綺麗とは言えない事務所のパイプ椅子に深く腰掛け
私はタバコに火をつけた。
黒地に金色のロゴが躍るJPSの箱から引き抜いた1本から
紫煙を天井に向けて吐き出す。
窓ガラスにうっすらと映る己の顔を眺める。
死んだ魚のような、ハイライトのない目
肩の上で適当に切りそろえられたボサボサの黒髪
見た目は18歳前後の小柄な少女だ、見た目だけはな。
私の名前は『神楽坂 黒江』
この看板だけの零細事務所『神楽坂探偵事務所』の所長であり実年齢は27歳。
人生の酸いも甘いも噛み分けて、既に色々と諦めきった立派なアラサーだ。
「ちょっと黒江さーん!!!また室内でタバコ吸ってますね!?!?」
ガシャーン!と勢いよく扉が開かれ、甲高い声が響いた。
制服姿の女子高生...このビルのオーナーの娘であり
うちのアルバイト兼経理を務める『橘 茜』が
学校帰りのスクールバッグを机にたたきつける。
「言いましたよね!?換気扇の下か外で吸ってくださいって!!!
それにこの帳簿!『設備備品代:3万円』って何ですか!?!?!?
まーーーた変なの買ったんじゃないですよね!!!」
「......んー、必要な精密機器の維持費。
あとは腰痛ベルト、アラサー舐めんな。」
「開き直らないでください!!!
それに見た目若いのにもう腰痛ですか!?
そもそもウチ、今月の電気代すら怪しいんですよ!!!」
茜がカリカリと電卓を叩きながら捲し立ててくる。
私はジーパンの後ろ...ぶかぶかのパーカーで隠した精密機器
重厚な鉄塊【S&W M686】の感触を背中に感じながら
コーヒーをもう一口すすった。
私が何でこんな物騒なオモチャを後ろポケットに押し込んでいるのか。
まあ.....世の中には法律とか警察とかあるが、奴らの手に余るような
『害虫』がそこら中に沢山いるし、それの自衛みたいなもんだ。
他にもいろいろ、しがらみという奴があるが.......
わざわざ平和を享受してる女子高生や世の中の皆さんに
説明してやる義理なぞ1つもない。
「まあいいです.....そんなことより依頼ですよ黒江さん!!
商店街のオバちゃんから、飼い猫の捜索依頼です!!!」
「イヤだ、めんどくさい。
猫なんてその辺に沢山いるだろ。
どうせ路地裏とかで日なたぼっこでもしてら。」
「断る気ですか!?家賃払えなくなっても知りませんよ!!!
いいですか黒江さん...そのめんどくさい仕事をするのが探偵でしょうが!」
「........................へーい。」
茜の剣幕に押され、私は死んだ目のまま
ノコノコと事務所を追い出され仕事をする羽目になった。
探す相手は三毛猫、そこら辺の適当な猫でもいいじゃねぇかと
適当な愚痴をこぼしながら、私は猫の写真を頼りに街へ繰り出した。
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雑居ビルの立ち並ぶ商店街の裏手。
ゴミ捨て場なのかポイ捨てなのかが乱立する
昼間でも薄暗い、細い路地裏。
「ぬーちゃーん、でてこいでーー。
オヤツの時間だとよーー。」
棒読みで猫の名前を呼びながら、適当な事を言いつつ歩く。
路地の奥で、シャアアアアッ!と猫の威嚇する声が聞こえる。
見つけたか?と思って角を曲がった瞬間、私の足が止まる。
「........あーあ。」
そこに居たのは、写真通りの三毛猫だけではなかった。
濡れた紫色の肉塊、壁や地面にベタリとこびりつく不快な粘液。
中心には無数の黄色い眼球が煌々と輝き
猫に向かって触手のように伸びようとしている多眼多腕多足の異形。
普通の人間なら泡を吹いてブッ倒れるような
理解が追い付かない、異形の化け物。
だが、私は違った。
「おまえなぁ.....猫はエサじゃねぇぞ......。」
私は吐き捨てたJPSの火を靴裏でもみ消すと
パーカーの裾をぐっと持ち上げた。
ジーパンの後ろポケットに忍ばせていた、重厚なシルバーの鉄塊
【S&W M686】をスッと引き抜く。
異形が私に気付き
鼓膜を刺すような不快な超音波の叫びをあげて襲い掛かってきた。
私は死んだ目のまま、静かにハンマーを起こし銃口を真正面に固定する。
........ドガァン!!!!!
耳をつんざくような破裂音...爆発音の方が近いような音が路地裏に響く。
本来なら小柄な女性の手首程度はへし折る程の跳ね上がり。
それを私は、肘を曲げ受け流す。
放たれた【.357マグナム弾】は、異形の巨大な中心眼を正確に貫通。
次の瞬間、紫色の肉塊は風船のように内部から弾け飛び
壁一面に不快な肉汁を散らして沈黙した。
「.......はぁ、安くねぇんだぞ。」
私は慣れた手つきでスマホを取り出し、登録されている連絡先に電話する。
『はい、事後処理機関です.....神楽坂さんか。』
「1匹片づけたから事後処理頼む。
1発撃っちまった、.357だから適当に爆破したとか言っといてくれ。」
『了解です、ほどほどにしてくださいね。』
通話を切ると、私は怯えて震えていた三毛猫をひょいと抱きかかえた。
外傷は無いように見える....鼓膜は知らん。
私は三毛猫を連れて、事務所に帰る。
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「黒江さん!!!やればできるじゃないですかあ!!!
本当に見つけてきたんですね、猫ちゃん!!!」
事務所に帰ると、茜が猫を受け取って顔をほころばせた。
「........まあね。」
「でも黒江さん、なんか焦げ臭くないですか....?
それにさっき遠くで爆発音みたいなのもあったんですけど、無事ですか?」
「........んー、ニュース見りゃ分かる。」
その言葉を聞き、茜はテレビを付ける。
先ほどまで私が居た場所の件についてニュースが流れていた。
地下から可燃性ガスが微小に検出され
軽い爆発が起きたと.....実に良い塩梅のガセネタが報道されていた。
「.......それ、コイツ見つけた時に近くに居たもんで。」
「大丈夫でした?何事も無ければ良いんですけど。」
「.............平和だったよ、何もなく。」
ふーん、といったような感じでお茶を淹れに行く茜の背中を見送り
私は新しいマッ缶のプルタブを開けた。
(.....現場クリーニング代.....設備費、は殺されんな。)
甘いコーヒーを一口あおり、変わらず死んだ目で窓の外を眺める。
今日もこの街は、実に平和だった。




