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3/3

その後 ~ずっと一緒に

第三者視点の切ない話です。

人によっては蛇足になるかもです。

一部、性的描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

 スターチスと再会したトレニアはその後も同じ場所で穏やかな日々を過ごしていた。誰とも会いたくないというトレニアのため、スターチスは山小屋を改築し住みやすいようにした。山小屋の周りに畑を作り、自給自足できるように環境を整えていった。


 環境を整えるためには、この場所では材料が足りない。畑を作るための苗も肥料も最初は必要だ。そのためにスターチスは、山を下りると言い出した。もちろん、トレニアは嫌がった。嫌がったなんて可愛いものではない。錯乱して、今度こそスターチスを殺そうとした。彼女にとって、スターチスと一瞬でも離れるなど耐え難いことだった。


 山を下りたらスターチスが帰ってくる保証はない。彼がそのまま居なくなったら、今度こそ自分は狂ってしまう。山を下りてスターチスを探すだけの化け物になるだろう。それがトレニアは恐ろしかった。


「お願いですから信じてください。私はトレニア様と少しでも長く一緒に居たいのです。そのためだと思って、山を下りることを許してください」

「嫌よ! 私は何もいらない! スターチスさえいればそれでいいの!」


 泣いてすがるトレニアを三日三晩、説得してようやくトレニアはスターチスが山を下りるのを許した。条件付きで。


「いい? スターチスが夜までに戻ってこなかったら、この爆弾を爆発させて、死んでやるから」

「はいはい。わかってますよ」

「絶対、絶対、帰ってくるのよ!」

「はい。必ず戻ります」

「絶対だからね…」

「はい。トレニア様」

「………」


 まだしぶるトレニアにスターチスはキスをする。驚いたトレニアにスターチスは笑いながら言った。


「愛してますよ、トレニア様」

「っ! ばか! ばかばか!」

「では、行ってきます」


 手を振るスターチスをトレニアは不安そうな顔で見つめていた。スターチスの姿が見てなくなっても、トレニアは動けずにいた。その場を動かず、ただスターチスが去った場所を見つめていた。正確に言うと、動きたくなかったのだ。動いたら、スターチスの約束が消えてしまうようで恐ろしかった。そんなわけがないと頭で分かっていても、体が動こうとしない。その場に留まり、小さく震えながら、トレニアはスターチスの帰りを待った。



 ーーーーー



「トレニア様?」


 約束の時間よりもずいぶん早くスターチスは帰ってきた。トレニアが変わらない位置で立っていることに驚き、駆け寄った。

 トレニアも駆け寄ろうとする。しかし、ずっと動かさずにいた足は、動き方を忘れてしまったかのように、震え一歩が出ない。ようやく出した一歩は彼女の体を支えきれずガクンと力を無くしてしまう。

 すんでの所でスターチスが間に合い、トレニアの体を支えた。


「トレニア様…大丈夫ですか?」

「スターチス…スターチス!!」


 トレニアは泣きじゃくってスターチスにすがりついた。寂しかったと、怖かったと、言葉はなくとも全身で伝えるように泣いた。

 スターチスは、彼女の心の脆さを改めて知り、自分しかいないとすがり付くトレニアに戸惑いながらも、どうしようもない、いとおしさが込み上げていた。

 彼女の孤独に答えるように口づけする。しかし、トレニアはもっともっと、とせがんだ。それに我を忘れた。トレニアを抱き上げ、口づけをしながらベッドへと運ぶ。そして、そのまま衝動的に抱いた。


 いつかはこうなる日がくるかもしれないとスターチスは思っていた。しかし、それはトレニアが求めたらと思っていたことで、このように激しく乱暴にするつもりなんてなかった。

 初めては優しく、花を慈しむように、そう思っていたのに、一度、彼女の中に入り込んでしまったら、そんな余裕などなかった。あまりの幸福感に、もしかしたら自分は、ずっとこうしたかったのかもしれないとさえ思ったほどだ。

 いつも求められず、突き放され続けてきた過去の自分。その敗北感がようやく満たされていくようだった。


 一方、トレニアは初めてを迎えて歓喜のあまり涙した。スターチスと繋がった瞬間、このように深く繋がれることに喜んでいた。スターチスがより近くに感じられた。自分を狂おしく求める声も、与えられる熱も、生々しい痛みも全てが喜びだった。このまま朽ち果ててもよいと思ったほどだ。トレニアには明日への希望も生への喜びもない。ただ、スターチスの腕の中で最期を迎えることが彼女の唯一の望みだった。


 丸一日、二人はお互いの存在を確かめ合うように交じりあった。時には微笑みあい、子供のようにじゃれあった。時には、ついばむようなキスをして、愛を囁いた。時には情欲のままに深く求めあった。そうして、眠りに落ちるまで二人はお互いを離さなかった。



 ーーーーー



 初めてを迎えて以来、トレニアは肉体の交わりを強く求めた。スターチスと繋がる幸福感を知った今、それ以外に欲しいものはないとまで感じるようになっていた。

「愛してる」の言葉も、微笑みも嬉しかったが、彼女はより確かな繋がりを求めた。見えない不安定な感情よりも、分かりやすい肉体の繋がりを求めたのは、彼女にとって仕方がなかったかもしれない。

 ずっと死ぬことだけを考えてきたトレニアは、スターチスがそばにいる今でさえ、根本的にそれは変わらない。生きる意味はスターチスがいるから。それだけだ。生への執着がない自分を奮い立たせようと、より強い繋がりを求めたのだった。


 しかし、スターチスは強い交わりを長時間は望まなかった。


「いい年ですからね。若者のようにがっつけないのですよ」


 苦笑いしながら言うスターチスに、トレニアは落ち込んだ。そんなトレニアにスターチスは言う。


「その代わり、夜はしっかり愛し合いましょうね。トレニア様が気絶するまで愛して差し上げます」

「…バカ」


 その申し出はトレニアにとっても嬉しかった。相変わらず夜は眠れない。夜は絶望がトレニアを追いかけてきて捕まえようとする。もう満たされているはずなのに、それは変わらなかった。スターチスの腕の中で眠れば、安心して眠れそうだ。だから、ずっと愛し合えないことは残念だったが、スターチスの申し出を受け入れた。



 行為ができないのは年齢のせいだと言ったが、それはスターチスの本音ではなかった。長年鍛えてきたスターチスは三十代半ばを過ぎていても肉体的には若々しく、トレニアが行為を求めたのなら、彼女が求めるだけ、いや、それ以上に答えることは可能だった。

 初めての夜を迎えて、満たされる喜びを知ってしまったスターチスも、この行為をずっとしていたいと思ってしまっていた。本音では。

 でも、それだけでは自分がトレニアといる意味は不十分だ。彼女には当たり前の幸せを感じてもらいたい。当たり前のように笑い、当たり前のようにケンカしたり、そんな普通の恋人のような暮らしをさせてあげたかった。


 さしたる目標はトレニアの誕生日を祝うこと。トレニアとは誕生日に二人だけでケーキを食べるだけの祝いをしていた。トレニアは誕生日を嫌っていた。だから、スターチスが食べたいからという理由でケーキを食べていただけだ。だけど、今は違う。トレニアに、生まれてきてくれてありがとうを伝えたい。トレニアにも、この日を迎えられることを喜んでほしい。そういう、皆がしている当たり前の幸福をトレニアにも感じて欲しかった。



 ーーーーー



 環境が整うと、スターチスは山に下りる頻度を二週間に一度に決めた。それはトレニアを安心させ、「いってらっしゃい」と笑顔で言えるようにまでになっていた。


 山に下りる時、お金に代えられるように二人は薬草の栽培を始める。トレニアは薬学の心得があり、今までは毒物にしか興味がなかったが、毒は上手に扱えば、薬になるものもあった。辺境の村に住む人々に無料で配り、効果を見てもらった。最初は魔女が作ったものと知って、不審がられたが、スターチスの人柄もあり、徐々に信頼を得ていた。そして、トレニアの作る薬は評判を呼び、遠くの村からも薬を求める人が訪れた。小さな辺境の村は、少しだが豊かになっていった。


 自分の作るものが多くの人に感謝される。その喜びをスターチスはトレニアに味合わせたかった。本当なら、直接山を下りて感謝の声を聞いた方がいいのだが、トレニアはそれだけは頑なに拒んだ。


 それでも、スターチスが感謝の声を伝えると彼女は心から嬉しそうに笑った。



 ーーーーー



 僅かばかりの賃金を得て、スターチスはなるべく栄養価の高いものをトレニアに食べさせたかった。山ではとれない魚や牛の肉など。相変わらずトレニアの食は細く、スープを飲めば一食は足りてしまっていた。彼女の生の執着は相変わらず薄い。それがスターチスには歯がゆかった。


 どうにか、彼女に、生きる活力を持ってもらいたい。そう思ったスターチスはある日、将来について話をする。

 明るい未来が想像できれば、生きる意味を見いだせると思ったのだ。


「トレニア様は、男の子と女の子、どちらの子供が欲しいですか?」

「子供?」


 トレニアはスターチスの言葉の意味が分からず首を傾げた。子作りの行為はわかっている。それを現にしているし、自ずとそういう未来を迎えるかもしれないということは理解できていた。

 しかし、現実味がなかった。自分が母親になるなど、想像すらできない。

 黙ったままでいるトレニアにスターチスは微笑みながら言う。


「私はトレニア様に似た女の子がいいです」


 スターチスは心からそう思っているようにトレニアには見えた。

 自分に似た女の子。

 それは何か恐ろしい怪物を生み落としてしまうようで背筋が凍った。


「私は子供はいらないわ。スターチスがいればそれでいい」

「そうですか?」

「もし、私に似た子供が生まれたら、それこそ一歩間違えれば、国を滅ぼしかねないわ。私、子供をとめるために戦争なんてしたくない」

「ぷっ、ははは。確かに、トレニア様の子供なら国どころか世界を巻き込んでしまいそうですね」

「笑い事ではないわよ」


 トレニアは真剣だ。もし、自分の狂気を持ってきてしまったら。それが自分自身ではなく、外に向けられてしまったら…そんな風になったら、それこそ魔王にでもなってしまいそうだ。それだけはやめてほしい。


「でも、今、この瞬間にも種が実を結んでるかもしれませんよ?」

「それは…」


 トレニアは自分のお腹をさすった。中にはスターチスに与えられた種が詰まっている。スターチスの言っていることは間違いではなかった。


「大丈夫ですよ。私がいます。きっと子供ができても、素直ないい子に育ちますよ」

「…もし、そうならなかったら?」

「その時は親として戦争でもなんでもして、子供を止めましょう」


 あっけらかんと言うスターチスにトレニアは唖然とした。スターチスはご機嫌でトレニアのお腹をさする。


「あなたが母親になるところを見てみたい。きっと、いい母親になります。あなたは本当に優しい心を持っていますから」


 そう言いながら、スターチスは目をつぶる。いとおしそうにお腹を撫でながら、そのまま眠ってしまった。

 珍しく先に寝てしまったスターチスの頭を撫でながら、トレニアはふと外を見た。まるい月がこちらを見ている。いつもは自分を責めているように感じていた月の光が今日はあたたかく感じた。


 母親か…


 想像もしなかった未来だが、想像してもいいのかもしれない。スターチスと一緒ならそんな未来もありうるのかもしれない。心に灯った未来への希望はいつまでも、いつまでも、トレニアの心をあたたかく灯した。



 ーーーーー



 しかし、それは叶えられない未来となる。


 トレニアの体が限界だったのだ。

 度重なる毒の摂取。

 最低限の食事。

 慢性的な不眠。


 そして、生きようとしなかった心。


 心が生きようとしないと、体も生きようとしないらしい。


 スターチスと離れていた一年間で、トレニアの体はボロボロになり、いつ儚くなってもおかしくなかった。


 自分の死期を感じるようになって、トレニアはスターチスにあることを告げる。


「ねぇ、スターチス。私の力が尽きる前に、私はあなたを殺したいわ」


 再会したあの日のようなことを言うトレニアにスターチスは黙ってしまった。言葉は同じだが、トレニアの心があの時とは違い、痛いほど分かってしまっていたからだ。

 涙を流しながら自分を殺したいというトレニア。それは、一人で死にたくないという思いと、自分を遺して死ななければないないという苦しみで、もがいている結果だ。スターチスを殺せば、そして自分もすぐ死ねば、ずっと一緒にいられる。だが…


「やっぱり、ダメ! ダメよ…」

「トレニア様…」

「スターチスを殺すなんてできない!できないわ!」


 トレニアは肩を震わせ泣き叫んだ。それを抱き締めながら、スターチスは言う。


「トレニア様、安心してください。あなたを一人にしません。ずっと一緒だと言ったでしょう?」

「でも…」

「実はですね、城を出るとき、トレニア様のコレクションから毒を一つ拝借しました」

「毒?」

「はい。この毒を唇に塗って口づけを交わしましょう。そうすれば、二人とも同時に死ねます」

「同時に…」


 甘い誘惑のような言葉だった。それにトレニアは首を振った。


「そんなのできない。これ以上、スターチスを巻き込むなんて…」


 トレニアは愛している人の未来は奪えないと思った。そこまでしたら、自分は本当に…


「何を言っているのです!」


 スターチスが声を荒げる。そんなスターチスを見るのは初めてで、トレニアは驚いた。


「もう充分、巻き込まれています。ここまできて、私を突き放すようなことはしないでください!」


 スターチスの悲痛な叫び声にトレニアは涙を流す。ただ、言葉もなく。スターチスは困ったように微笑んでトレニアを抱き寄せた。


「ずっと一緒です。生きるのも死ぬのも。ずっと一緒です」


 トレニアはうなずいた。何度も何度もうなずいた。


「でも、毒はやっぱり怖いので、なるべく生きましょうね。トレニア様の誕生日もまだですし」

「そうね」

「そうです。トレニア様の誕生日には可愛いピンクの洋服を着てもらいますからね」


 それにトレニアは笑ってしまった。


「私、ピンクは似合わないわ」

「そんなことないです。きっと可愛いです。世界で一番の花嫁のように可愛いです」

「…それは楽しみだわ」



 この時、スターチスは嘘をついた。毒を持ってきたなんて、嘘だった。ただ、ただ、トレニアを安心させるためについた嘘。

 スターチスの望みはトレニアが穏やかな生をまっとうすること。自決するような道は選ばせたくなかった。

 でも、トレニアがいなくなったら、自分も消えようと思っていた。


 ずっと一緒。


 その約束を果たすために。



 ーーーーー



 トレニアの誕生日、スターチスは花嫁のような衣装を用意した。二人だけの結婚式をするために。永遠の愛を誓いあった二人は幸せな顔をしていた。

 ケーキを食べ、微笑みあい、お互いが生きていることを感謝した。そして、夜は二人で抱き合って眠った。


 世界で一番幸せな花嫁にトレニアはこの日、なれたのだった。



 ーーーーー



 そして、トレニアの誕生日を迎えた二ヶ月後、スターチスは山から下りてこなかった。そして次の月も、そのまた次もスターチスは山を下りなかった。


 辺境の村ではスターチスが来ないことを知り、静かに悲しんでいた。


 スターチスは前々からこう言っていた。


『もしも、私がこなくなったら、私達は森から去ったということです。なるべく薬は多く残しますが、突然、消えるかもしれません』


 スターチスは笑顔で言っていたが、辺境の村人は気づいていた。消えるということは、スターチスが死ぬということだ、と。


 スターチスは最初の頃と比べ痩せ衰えていた。心配した誰かが、医者に診てもらった方がよいというほどに。


 スターチスはやんわり断り続けた。


 魔女が心配だからと。



 辺境の村の人は知っていた。

 スターチスが魔女を愛していたことを。


 だから、彼らは森へ入ろうとしなかった。あそこはおそらく、二人の墓場なのだ。だから、そっとしておこう。それが、薬を作り続けてくれた二人に対する感謝の印だ。

 そして、その約束は小さな村では守られ続けられた。





 辺境の地で、癒しの魔女の森と呼ばれる場所があった。多くの人の傷を癒した偉大な魔女が住んでいた場所。今もその魂が眠っているのだという。その場所は一人の騎士が守っているのだと。


 その話は遠く離れた王国でも語り継がれていた。


 かつて、二人が出会った王国まで。


 癒しの魔女とその騎士の話は語り継がれていった。







ポイントとブックマークを誠にありがとうございます。

その後は、入れたいなと思っていた子供の話のエピソードを入れた完結編になります。

思ったより切ない話になりました(汗)


ここまで、お読みくださいまして、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんて濃密な……。孤独、絶望、かなしみ、焦がれ、いたみ。 「焦がれ」だけは、ちょっと言葉を探しあぐねました。 「憧れる」は、ひょっとしたら「吾 焦がれる」なのかなと思うほど。 トレニアの心…
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