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都市伝 〜近代伝承のススメ〜  作者: スネオメガネ
第3話 見たら発狂する動画
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意識と思考と言語野と

「田辺さん、コーヒーです」


 部屋に戻った田辺に近藤がコーヒーを淹れて、手渡す。


「おう、悪いな」


「どうだ?取調べの調子は?何か聞き出せたのか?」


 課長が、田辺に近付く。


「いえ、やはり一筋縄ではいきませんね」


「まあ、そうか。あれだけの事件を起こした奴だ。そう簡単じゃないかもな。まぁ、状況証拠も物的証拠もあるんだ。自白がなくても、起訴には持ち込めるだろう。今は、取調べの可視化とか、いろいろ、うるさいご時世だ。特にこの事件は、世間も注目している。くれぐれも無茶はするなよ」


 課長は、田辺の暴力を警戒しているようだった。確かに田辺は、若干、短気な部分も持っているが、課長が思うほど、後先考えないタイプでもない。要は、見た目で損をしているのだ。


「大丈夫ですよ。でも、なんとしても自白までは、持っていきますよ」


 今回の事件、田辺は自白に拘っていた。それは、田辺自身が納得のいっていない事があったからだった。


 それは、青年の利き手だ。


 正座させられていた3人の刺し傷は、身体の右側に集中していた。そして、傷の形も右側から左側に向かう形で付いていたのだ。これは、向かい合った人間が左から刺す形を現しており、当初、鑑識も犯人は左利きの人間の可能性が高いと言っていた。だが、逮捕した青年は、立派な右利きだったのだ。右利きの彼が、なぜわざわざ、利き手の反対の左手で刺していたのか?そこが、唯一、田辺の心に引っかかる部分だった。


 午後からの取調べで、なんとか自白までこじつけたい。そうなれば、この心に引っかかったものもスッキリと消えるに違いないのだから。


 田辺は、静かに燃えていた。


 ***********************


「刑事さんは、何か考える時、イメージで考える人?それとも、言葉で考える人?」


 午前中の取調べと打って変わって、明るく喋り出す青年。


「...言葉だ。...それがどうかしたのか?そんなことより、さっさと事件について話してくれないかな?俺が温厚なうちに...」


 突然の意味不明な質問に、思わず脅しとも取れる言葉を口にする田辺。思わず、近藤が田辺を肘で突く。


「...僕も言葉で考える派なんだ。で、人の人格ってなんだと思う?僕は、人格ってのは、意識であり、思考の事だと思うんだ」


「...いい加減にしないか!」


「田辺さん!」


 思わず、机を大きく叩く田辺と、それをたしなめる近藤。


「ちなみに、僕の中に、もう1人の僕がいて、今回の事件は、そいつが犯人だって言ったら、信じてくれます?」


 思わず、黙り込む田辺と近藤。


 青年は、黙秘から作戦を変えて、責任無能力をアピールしようとしているのだろうか?


「信じる信じないは話次第だし、心神喪失で無罪になるかどうかは、医者の診断結果と裁判官の判断次第だよ」


 近藤が、優しく諭すように青年に答える。


「そうだ。まずは、話を聞いてみないと判断はできない。話す気になったのか?」


 畳み掛けるように、田辺が話を聞き出そうとする。


 そっか、そっかと頷く青年。そして、おもむろに話を続け始めた。


「どこまで、話したっけ?

 ああ、そっか、人格は意識、思考と同意ってとこまでか。

 で、僕も刑事さんも言葉で思考すということは、2人とも言葉を担当する左脳中心で考えているってことになって、2人とも人格は、左脳が司っていると言える」


「...その話、まだ続くのか?」


「事件の話をする前に、僕の中にいるもう1人の僕について、話をしたいんだ。一見、関係ないように思えるかもしれないけど、必要な話さ」


「続けるよ?左脳中心で考えるってことは、僕や刑事さんを動かしているのは、左脳ってことになる」


「じゃあ、右脳には人格がないのか?と言うと、そうでもない。ただ、左脳からは、認識できないだけで、みんな知らないうちに、左脳、右脳それぞれに人格、意識を持っているんだよ。で、必要な情報のみを脳梁ってのを通して、伝達しあうんだけど、伝達されるのは情報のみで、右脳の奴が何考えて、何を求めてるかなんてわからないままなんだ」


「もう1人の自分ってのは、右脳だとでも言いたいのか?」


「その通り!」


 田辺の質問に嬉しそうに答える青年。本当、午前中に取調べた人間と同一人物だとは、思えない程の明るさと饒舌さだ。


「いや、その考えは、間違ってるよ」


 近藤が割って入る。


「人格が意識で、思考と同じってことは、議論の余地はあるだろうけど、まぁ、いいとしよう。でも、それを左脳が司るってのは、おかしいよ。そもそも、思考ってのは、前頭葉の管轄だ。前頭葉には言語野があるから、共感覚に近い形で、思考が言語の形をとっているだけのはずだ。もちろん、前頭葉は右脳にも左脳にもあるから、例え、右脳、左脳に人格があったとしても、前頭葉で、ある意味統合されて個人の人格となっているはずだ」


 近藤の意外な返しに驚きを隠しつつ、頷く田辺。だが、はっきり言って、何を言っているのか、わかっていない。


「前頭葉の言語野...、ブローカ野の事だね?確かにブローカ野は、前頭葉にあるけど、右利きの人間の場合、95%が左半球優位だ。しかも、同じ言語中枢の一つであるウェルニッケ野は、左脳にあるはずだ。まぁ、これも100%って訳ではないけど...」


 一度、言葉を切った青年が、田辺と近藤の様子を見た後、狂気に瞳を輝かせながら語る。


「思考を管轄する前頭葉が、同じ様に言語野を持っている左脳の影響を強く受けていないと誰が言える?そうなると、どんなに考えても、思考に影響を与える事のできない右脳の立場は?鬱屈した右脳が、自由を手に入れても、暴走しないと誰が言える?」


 近藤は、何かを考えながら、青年の主張を聞いていた。

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