エピローグ
お母さんへ
元気にしていますか? 私は相変わらずです。
ヴァルフォーレの街でお母さんが旅立ってもう一年が経ちます。あれからはいろんなことがありました。
一番大きいことは、戦争が終わった事です!
ハイムのヨハネ皇子がヴァルフォーレ入りし、パルパス軍の無条件降伏を受け、内戦の終結を宣言しました。だけど安心して下さい。今までのような、ハイム人による統治では無くなったんです。
ヴィオラさんが、先王の血を引いているということが公表され、一時的に女皇の座に着いたんですが、直ぐにクロムウェル人を含む議会による政治体勢に移管されたんです。
王政では無くなったシュタイン王国も名前を変え、シュタイン共和国となりました。
不満を持ったヨハネ皇子率いる王室とのいざこざはまだ絶えない感じですけど。
次に大きいのは魔術です!
お母さんが教えてくれたあの力で魔術が無くなってしまうのかと思ったんですが、消えたのは危険な上級魔術だけでした!
生活に必要な下級魔術書や中級魔術書は今まで通り使えるようです。本当によかった!
お母さんが残してくれた魔術書店を続けられそうで嬉しいです。
魔術書店といえば、私の魔術書店のライバル企業に入社しているリンも元気です。リンが店主を務めるバージェスの村に出したラミア魔術書房のお店はお互いに干渉し合わないように、店頭に出す魔術書の品揃えを話し合いで決めようと先日打ち合わせをしました。
でも、ララの魔術書店は変な魔術書ばっかりだからウチとは干渉しないけどね、なんてリンは言うんですよ? 失礼ですよね!
私を助けてくれた皆も元気です。
リンといい感じになったスピアーズさんは武力を持つことを禁止されたパルパス教会の再建にロンドさんと走り回っているそうです。時々リンと私のお店に顔を出してくれますが、すでにリンには頭が上がらないみたい。
ふらふらしないでしっかりとした神父になって欲しいですよね。
バクーさんとラッツさん、ナチさんは相変わらずみたいです。
ゴート軍とパルパス軍、ハイム軍は解体され、共和国軍として再編成されて今は治安維持に全国を駆け巡っているみたい。この前バクーさんのご自宅にヘスとお呼ばれされ、温かい鍋をごちそうになりました。
バクーさん、あんな顔してウサギが大好きなんだって!びっくりしちゃいました。
カミラさんとルフ君は、あの後、住み慣れた語らう森に帰りました。
トトとアポロは時々森に行って、犬みたいな狼のルフ君と森で遊んでるみたい。
ユーリアさんとアルフさんは効力を失ったお母さんの時空魔術書の代わりになるものを探して、この大陸を後にしました。東の国でまだ効力がある上級魔術書が発見されたという情報を聞きつけ、同じような効力を持つ魔術書を探し出すそうです。
見つけたら絶対バージェスの村に報告しに来る。と言っていたので楽しみに待っています。
そして、ヘスはーー
***
「おーい、ララ、そろそろ行かねぇか?」
古びた書籍が立ち並んでいる古びたカウンターで母に向けた手紙を書き連ねていたララに、入り口の影からヒョイとヘスが顔を覗かせた。
「あ……待ってて、今行く!」
慌てて手紙を小さく折りたたみ、羽ペンをしまうとララはパタパタと慌ててカウンターから飛び出した。
「トト、行くよ!」
「あいよ」
今日は待ちに待ったあの日だ。
ウキウキとした気持ちを抑えてはいるものの、じわじわと染み出てくる笑顔を漏らしながら、天井から降りてきたトトを肩に乗せ、ララがヘスの元へ走る。
「つかさ、マジで来るとは思わなかったよな」
「ホントだよね。びっくりしちゃった」
クスクスと両手で口を押さえ、ララが笑う。
冬が深まり、これから訪れる春を想い、その到来を願うバージェスの村の祭りーートント祭の日。
だが、通例のトント祭と比べて今年の祭は、とてつもない緊張感に包まれていた。
「来るなら、お忍びで来ればよかったのにな」
ララの店を出て、広場に向かう道でヘスが呆れたような表情を浮かべ吐き捨てた。
「それはそうだけどさ、いいんじゃないかな? 来てくれたんだし」
「ま、そーだけどさ」
そう言ってララとヘスは顔を見合わせ笑う。
今回の祭にはとてつもない「お客様」が来ていた。
一度バクーさんに「来て欲しい」と何気なく誘っては見たものの、まさかあの方を連れて大々的にいらっしゃるとは。
「あ、ララちゃん!」
「ラッツさんおはようございます」
共和国軍の黒い礼装に身を包み、いつもよりも男らしい雰囲気を漂わせたラッツがララ達を迎えた。
その傍らには、同じように礼装したナチの姿もある。
「準備、できましたか?」
「はい。手紙も書き終わりました」
えへへ、と先ほど母へ書いた手紙をひょいとララが見せる。
トント祭の一つの行事、現世ではもう会えなくなった愛する者へ書き綴った手紙をトントの火にくべ、手紙に込めた想いを、その人の元へトント様に運んで貰うーー
ララは迷わず母への想いをその紙に込めた。
「ほんと仰々しくなってすいません」
「ほんとだっつーの。こんな大軍で村に押し寄せてさ」
肩をすくめるラッツに呆れ顔でヘスが言う。
大軍ーー
そう、今回の「ゲスト」を守る為に共和国軍は精鋭部隊であるキンダーハイム装甲騎兵団を派遣したのだ。
内戦が再発したのか、とバージェスの村人達は慌てふためき、老人達はひたすら天に祈った。
「ほんとゴメン」
「でも、仕方ないじゃない。『殿下』がどうしても会いたいっていってるんだからさ」
多めに見なさいよね、とナチが膨れる。
「あは、でもヴィオラさんが会いたいと言ってくれたなんて、私嬉しいです」
国を動かす権限は無いものの、先王の血を引く女皇として、この国の顔となったヴィオラがわざわざトント祭に来た。その事がララには嬉しくてたまらなかった。
「でも、お会いすることはできないんですよね」
「ん〜、多分ね」
この国の顔というべき女皇殿下だもんね。警備は厳重だし、簡単に拝謁することは無理かな。
ララは少し残念そうな顔をラッツに見せた。
「でも『私とこの国を二度も救った少女にどうしても礼が言いたい』って言ってたから、そのうち会えるかもしれませんよ」
ラッツが笑顔で言う。
そういえば、ヴィオラさんと初めて会ったのは、ラインライツだった。まさかこんな事になるなんてあの時は思いもしなかったけど。
「お、居た居た」
「ララ殿」
ラッツの奥、街の広場の方から巨躯な人影が二つ、ララの元へ歩いてくる。
ヴィオラに代わり、キンダーハイム装甲騎兵団を統べる事になったバクーと、魔術師協会のシュタイン共和国支部長に就任したガーランドだ。
「バクーのオッサンに、ガーランドのオッサン!」
「小僧、お前も元気そうだな」
ガハハ、と豪快な笑い声を上げながらガーランドがヘスの肩を叩く。
内戦が終わり、国民からバッシングを浴びたのは魔術師協会だった。不介入が信条で、魔術の戦争利用を禁じていた魔術師協会が内戦に関与したのだ。
だが、そのバッシングを受けながら、もう一度魔術師協会の信用を立て直すことができたのは他ならないガーランドの尽力だった。
「オッサンもな!」
「同じ騎兵同士、昔話に花が咲いてしまってな」
「オッサンはもう騎兵じゃねーだろ」
いつまで騎兵気取りなんだよ。
トトが小さく吐き捨てた。
「騎兵はいつまでも騎兵なのである。その志を捨てない限り!」
「うむ、まさにその通りだ」
だろ? とガーランドとバクーはガッシと腕を組み、豪快に笑う。
やはりこの二人には同じ匂いがするなぁ。
わっはっは、と肩を組み、笑うバクーとガーランドに、ラッツとナチは同じように眉をひそめ、呆れ顔を浮かべた。
「皆、そろそろ始めるとしようか」
いつもと同じ、白く長い髭を蓄えた村長の言葉に広場に組まれた薪に炎がくべられ、歓声が上がった。
今年はいつもと違う祭。これまでいがみ合い、憎しみ合っていたハイム人とクロムウェル人、ゴート軍とパルパス軍、ハイム軍がこの小さな村に集まり、皆笑顔でトントの火を囲っている。
二年前には考えられなかった光景。その光景にララは思わず満面の笑みを浮かべた。
「行こうぜ、ララ」
ヘスがララの手を優しく握った。
ヘスの手の暖かさ、そして愛おしさ。これも二年前にははっきりと気づけなかった事。
その手を握り返し、ララは小さく頷くと、バクー達とともに村の広場を目指し歩き出した。
――共に歌おう 命終わる冬が来ても
――共に祈ろう 新しい命の誕生を
――共に迎えよう 春の訪れを
――命の目覚めを 共に
トントの歌がバージェスの村を優しく包む。
冷たい雪に閉ざされる冬は、新しい生命を産む春を迎える為に必要な試練だ。閉ざされた冬があるからこそ、春の恵みがある。
そう告げるトントの歌が風に乗り、ララの古魔術書店の窓を通ると、ベッドの傍らに大切に置かれた母の形見の魔術書を撫でた。
効力を失ったその魔術書は、共に歌を口ずさむように優しく、パラパラと風に乗りその身を揺らした。
語り残した所はありますが、とりあえずララの古魔術書店、これにて完結でございます。
消えたハサウェイ達はどうなったのか、アルフは記憶が戻ったのかなど、いつか書けたらいいなと思ってます。
思えば初オリジナル作品にして半年間ここまでこれたのはお読み戴いた皆様のお陰で御座います!!
お気に入りと評価、本当にありがとうございました!!
ちなみに、次回作は現在執筆流で、近々始めたいと考えています。
ララコマとは全く違う作品ですが、なろうに慣れた皆様であればすんなりと入って行ける内容なんじゃないかな、と思います。
まだまだ、荒削りの部分があり、ここはこーしたほうがとかご意見いただければすごく嬉しいです。ひ、評価も……←
完結するのは少しさみしいですが今はやりきった感で感無量でございます!!
本当にありがとうございましたっ!!