召喚(よ)べませんね、レンヤくん
召喚士……それは文字通り召喚し、使役するもの。
それは、ここではない世界より『召神』と呼ばれる存在をこの世に呼び出す事のできる術者。
彼らは召神たちを或いは友とし或いは従者とし、そしてまたある時には武器としてその力を行使させる者。
総じて大きな力を持つ召喚士たちは古来より畏怖と尊敬の対象であり、大国は挙って彼らを集め重く用いた。
この世界の国々の軍事的均衡は召喚士たちが左右しているのである。
物語の舞台はここアルマギウス学園。
超広大な敷地内に数多の巨大な白亜の宮殿が如き校舎が建ち並ぶ、帝国どころか大陸でも最大の召喚士たちの養成学校。……と、同時に帝国軍人として育成する士官学校でもある。
大陸中から将来有望な素養を持つ者が集められ今日もこの広大な敷地を持つ学び舎では帝国の未来を担う若き召喚士の卵たちが研鑽を積んでいる。
……だが、しかし!
極稀に、例外があったりもする。
いや稀にというか、開校以来の異常事態か。
それがこの物語の主人公である青年、レンヤ・クサナギ。
現在学園二年生。
全ての生徒が一年生の内に自身の相方となる召神との「契約」を済ませているはずのこの学園で、唯一の「相方無き二年生」だ。
召喚士の育成学園に通いながら相方となる召神を持たないレンヤ。
それでも彼は今日も学園でいつもと変わらぬ学びの日々を送っている。
「……アイツだろ? 例の」
「ああ、契約できてないってヤツか。何で退学にならないんだろうな」
レンヤを見た学園生たちが薄ら寒い視線を向けながら言葉を交し合っている。
声量を抑えてもいない。本人に聞こえているのもお構いなし。
というか、むしろ聞こえるように言っているのかもしれない。
召神を持たぬ者がアルマギアスの学園生を名乗る。
小何故そんな事が許されるのか。
通例として様々な事情により一年生の間に契約を済ませて相方となる召神を得ることが叶わなかった生徒は退学となる。
それなのに未だ契約を果たせないレンヤはどういう訳でか学園に留まる事を許されている。
その理由を……事情を知る者はほとんどいない。
どう見ても異例の特別扱い。
アルマギアス卒業生の肩書の影響力は帝国では絶大だ。学園を卒業しておけば将来は安泰だと言って良い。
その為、稀に大貴族が親の影響力でごり押して明らかに学園生の水準には満たない子供を入学させてくることがあるが、例外なくそう言ったものは途中で実力によって淘汰され卒業までは辿り着けない。
ちなみにレンヤに付いてはそうではなく。彼はド庶民の出である。
すっかり悪い意味での学園の有名人であるレンヤ。
当人はそんな周囲の奇異なものを見る視線に晒されつつ、今日も何とか穏便に一日を終えようとでき得る限り気配を殺して過ごしているのだった。
レンヤ・クサナギ……彼は飾り気のない男だ。
身長は173cm。ここでは男子としては平均的な背丈。
黒髪でバサバサであまり手入れをしているようには見えず、顔立ちはそこそこに整ってはいるものの表情に乏しく陰気な印象を受ける。これは彼の素の性格と言うよりかは、表情の変化を気軽に晒せるような相手が周囲にいないという事だ。
その特異な立ち位置から親しい友人と呼べるような存在はいない。
レンヤのほうから他の生徒とは距離を置いていた。
異端の自分と関わればその相手まで白い目で見られかねないという配慮である。
「あ~ぁ、クッソ。何で俺が一人でこんな事やらされなきゃいけねえんだ……」
そんな彼は現在、修練の後の機材の後片付けをやらされている。
本来は彼一人でやる仕事ではない。
押し付けられているのだ。
異分子であるレンヤのことをよく思わない学友たちは多かった。
彼らによってレンヤに付けられた蔑称は「雑用」それから「落ちこぼれ」……。
「この位はやっとけよな、雑用」
「俺たちって優しいよなァ。クラスに居場所がねえ奴に役割を与えてやってんだからよ」
本来、今日の後片付けの担当であるはずのクラスメイトたちはレンヤに向かってそう言い捨てるとさっさと教室へ引き上げていってしまった。
(まぁ……しょうがねえ。俺がクラスのお荷物だってのは事実だしな。いや、クラスじゃなくて学園のお荷物か……。うおぉぉぉ、凹むぜ。俺だって本当は一端の駆け出し召喚士としてフツーにここで学びてえのによ)
表面上は動じていない風のレンヤであったが内心では色々と思うところはある。
彼がムスッと動じていない風なのは耐えているからだ。我慢しているからなのだ。
弱音は吐けない。挫けるわけにはいかない。
レンヤにはレンヤの目的があって学園にいる。
……それは、ここに通う多くの学生たちと同じ目的だ。
即ち『一人前の召喚士として成長すること』
落ちこぼれであろうが庶民だろうが特別扱いの厄介者だろうが、レンヤもまた一人の高みを目指す召喚士の卵なのだ。
レンヤが自分の生き方をそう定めたきっかけはもう10年近くも昔。
幼少期まで遡る。
その記憶を辿れば耳の奥によみがえってくるものがある。
『守れるか?』
……それはある女性の声だ。
もう十年近くも昔、幼い頃に聞いた声だが鮮明に思い出すことができる。
我慢が連なる辛い毎日ではあるが、その声が……その記憶がレンヤを支えている。
誰にも告げることはできない。大切な大切な思い出だ。
そうして彼は最早日課とも言えるその後片付けの作業を表情を変える事も無く淡々とこなす。
(……いいよなぁ、相方がいるやつは)
先ほどの授業の風景を思い出しながら額の汗を拭う運動着姿のレンヤ。
今の時間は召神を呼び出しての軽い模擬戦や、召喚主とどれだけ意思疎通ができているのかの見極めの為に機材を用いた様々な挙動のチェックが行われていたのだ。
召神を持たないレンヤは当然見学である。
なんとも……惨めで寂しい。
その事を思い出すと我知らず口から重たい息が漏れ出ていく。
「また……そんな事をやらされているのね」
最後の機材をしまって倉庫から出てきたところで声を掛けられた。
冷めた口調の中にほんの僅かに……隠し味のように混ざっている不快感。
目視して相手を確認しなくても誰なのかはよくわかっている。
目の前に凛々しく立つ女子生徒。
華麗にして凛々しき学園屈指の優等生。
レンヤよりも一つ年上で一学年上の彼女は彼とは真逆の意味で学園の有名人だ。
イグニス・ファルメイア……通称『紅蓮のファルメイア』
その二つ名の由来は彼女の真紅の長い髪と、そしてもう一つ別の由来と掛けたダブルミーニングである。
帝国でも上位の貴族の家の出身であり天才の名を欲しいままにしている才媛である。
真紅の艶やかな長い髪は緩やかにウェーブを描いていてそれを襟足の辺りで編み込んでいる。
凛々しい顔立ち。長い睫毛の大きな目は心なしか目尻がツリ目気味で気の強い彼女の気性をよく表している。目つきはキツいわけではないが目力は強い。
学園の白いブレザー型の制服姿である彼女は仁王立ちでレンヤにやや強めの視線を注いでいる。
そんな彼女をレンヤは若干薄目で見上げるようにする。
「……何よ」
「いや、相変わらず何食ったらそんな美少女に育つのかと思って感心してただけだ」
レンヤが上級生である彼女に敬語を使わないのは、この二人は幼馴染であり昔からタメ口でやり取りをしてきたからである。
学園に入った当初はレンヤは敬語に変えたのだが、その事をご令嬢は大層お怒りになり早々にタメ口に戻された。
「私の容姿を形作っているのは食べ物よりも生き方よ。私の思う理想の自分でありたいと常に真っすぐ一直線に生きているからその生き方が外見に表れるの。あんたはどうなの? 妥協してない?」
美少女だと言われてもさも当然であるとばかりに彼女は胸を張る。
そんな称賛は彼女にとっては耳にタコができるほど言われ慣れているし、彼女自身それを自覚して生きている。
「どうかね。だいぶ蛇行してんじゃないかな……進んでるとあれこれ障害物があるんでな」
「そんなの蹴飛ばして行きなさいよ」
……何とも彼女らしいアドバイスである。
この唯我独尊の年上の幼馴染の存在はレンヤにとっては、中々にしんどい事の多い毎日の中の数少ない心の安らぎだ。
とはいえ、甘えるわけにはいかない。
「……イグニス。俺なんかに話し掛けてる所を見られたらお前だって悪く言われるぞ」
「構わないわよ。私が誰と話そうが私の勝手でしょう。言いたい奴は好きに言えばいいわ」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてイグニスは肩を竦めた。
「私は話したい相手と話すし、それを誰にも邪魔はさせない。誰が私に文句を言えるというの? ……私は『紅蓮のファルメイア』よ」
いっそ清々しいほどの傲慢さ。
だがそれは彼女自身が言うように彼女の生き方……妥協のない努力によって磨き上げられた実力に裏打ちされたものだ。
さておき、イグニスは不意にスッと真顔になる。
レンヤは彼女の視線が若干の冷気を孕んだ気がした。
「なんで黙って言いなりになっているの? イヤならイヤだってハッキリ言ってやりなさいよ」
「別に構いやしないよこれくらい。本当にイヤだったら断るさ」
多少の強がりが混ざった噓をつく。
何しろ自分はクラスでは究極のマイノリティだ。
理不尽な要求に対して強めに拒絶すれば居場所は益々無くなるだろう。
「本当に……?」
釈然としない表情のイグニス。
彼女は訝しむようにしばらくレンヤに顔を近づけてその目を覗き込んでいたが、やがて諦めたように嘆息しつつ一歩後ろに退いた。
「まあ、とにかく……ここまで来たんだから後は石に噛り付いてでも卒業だけはしなさいよね。そうしたら後はどうとでもなるわ。私の所へ来ればいいのだし」
「イグニスの所って……」
卒業後の彼女の進路に付いては改めて聞くまでもない。
何しろ子供の頃から口癖のように彼女はそれを言い続けてきているのだから。
「ええ。私は『七響天』になるわよ」
「……………」
事も無げに言い放った幼馴染に絶句するレンヤ。
七響天、またの名をセブンレゾナンス。
それは自分たちの暮らすこの国『帝国』の最高位の将軍たちの事である。
勿論七人全員が召喚士だ。
軍事大国である帝国では最高クラスの権力者でもあり、その七人の上に立つものは皇帝ただ一人。
徹底した実力主義である帝国上層部の頂点に君臨するその七人には軍人としても召喚士としても相応の実力が要求される。
つまりは帝国最強の七人といってもいい。
その七人の一人になるのだとイグニスは言うのだ。
なりたい、ではなく……なるのだとまるで決定事項のように言う。
余人であれば単なる妄言として片付けられるような発言でも、彼女であればもしやと思わせるところは流石の天才美少女と褒めればいいのか呆れればいいのかレンヤはよくわからない。
しっかりやりなさいよ、と言い残してイグニスは颯爽と去って行ってしまった。
さて自分も引き上げるかとレンヤが頭上を仰いで長い息を吐き出していると……。
「……お前みたいなできそこないにファルメイア先輩が何の用なんだよ」
親愛の情など塵ほどにも含まれていない心底までに相手を侮りきった口調のそんなセリフが投げ掛けられる。
またかよ……と、うんざりしながらレンヤが声のした方を向いた。
イグニスが自分を気にかけてくれてちょくちょく言葉を交わすのは面映ゆくもあるが嬉しくも思っている。
だが、それにはこういった弊害が伴うのだ。
やっかみから自分に敵意を向けてくる者が出る。
さて、一体今度はどこのどいつが自分に難癖を……。
(うげッ……!!!)
そして頬の肉を痙攣させたレンヤ。
彼の視線の先には三人の男子生徒がいる。
いずれも自分のクラスメイトだ。
問題なのは真ん中に立っているひと際背の高い金色のセミロングの男。
嫌味なほどに顔立ちが整っていて佇まいも洗練されていて隙がない。
(ベルトリュート・シュラインゼック!! 何でコイツが……!!?)
代々優秀な召喚士を輩出している名門貴族シュラインゼック家の御曹司。
庶民の出の上に落ちこぼれである自分とは住む世界の違う男。
普段ベルトリュートが自分に接触してくることなどまったくないのだ。
彼は完全に自分を「存在しないもの」のように扱っている。視界には入っても見えてはいないかのように。
それなのにどうして……。
さっきの一言を放ったのはベルトリュートではない。
彼の左右にいる取り巻きの生徒の一人だ。
二人ともちょっと名前を思い出せないレンヤ。とりあえずは取り巻きA、Bと呼称するか。
「オイ、何とか言ってみろよ」
「どうせ、お前みたいのが在学してると学園の恥になるからさっさといなくなれとか、そんな話だったんだろ?」
不快げに表情を歪ませるAに嘲笑うように口の端を上げるB。
ベルトリュートは無言のまま冷たい視線を向けてくる。
彼らはレンヤがイグニスと幼馴染の間柄なのだという事は知らない。
レンヤはその話を誰かにした事はないし、というかする相手がいないし……イグニスが誰かにそんな話をしたのかしていないのかまではわからないが、少なくとも彼らまでは伝わってはいない。
「放課後、顔を貸せ」
不意にベルトリュートが口を開いた。
流石は学年トップの英才、声にまで威厳がある……半ば皮肉交じりにレンヤはそう思った。
「ここに来い。いいな」
簡潔にそれだけ言い残してベルトリュートはレンヤに背を向け、規則正しい靴音を残して去っていく。
ここ、とは修練場である。
慌てて後を追うAとB。
逃げるんじゃねえぞ、とそのどっちかが去り際に言い捨てていった。
「放課後は特に予定はないけどさ……。親しくもない、しかも男からの呼び出しってのは切ねえなぁ」
呟いて大きなため息をつくレンヤ。
ずっと自分のことなど歯牙にもかけてこなかったベルトリュートが今にして何の用があるというのだか……。
嬉しいイベントではない事だけはわかりきっているのでひたすら気が重いレンヤである。
……そして。
嫌な用事が待ち構えている時ほど時間の進みは早く感じるものだ。
あっという間に放課後になってしまった。
心情から鉛のように重たい足を無理やり交互に動かしてレンヤはどうにか修練場までやってくる。
バックレてしまいたいのだが、そうするとその後に災禍は数倍になって再び自分に降りかかってくることだろう。こういうのは逐一処理していくしかないのである。
「……遅ぇぞ、雑用野郎!!」
罵声を浴びせてきたのは取り巻きの……あれ、ABどっちだ。わからなくなった。
三人は既に来ていてレンヤを待ち構えていた。
「来たぜ……何の用事っすかね」
レンヤの視線の先は冷たい無表情のベルトリュート。
「大した話じゃない」
無感情にそう言いながらベルトリュートが一歩前に出る。
「俺が直々に稽古を付けてやろう。いつもいつも見学では退屈だろう? お前だって学園生徒の端くれ……たまには召神の力がどれほどのものなのか、それを味わっておけ」
ぞく、とレンヤの全身に悪寒が走った。
(ちょっと待て……本気か!? こいつ!!!)
緊張と恐怖で顔を強張らせるレンヤの眼前でベルトリュートがまっすぐ上に右手を差し上げる。
「出でよ我が剣……我が騎士よッッ!!!」
まるで何かの宣言をするかのように朗々とした口調でベルトリュートが言い放つのと同時に、空中に複雑な紋様の輝く魔法陣が現れる。
それは予兆。
ここではない、どこか別の世界からの強大な力が顕現する予兆。
……召神が来る!!!
輝く魔法陣から浮上してくるように姿を現したのは白銀の鎧に身を固めた大柄な騎士。
片手には長剣、片手には獅子の紋章が描かれた盾を持ち、薄灰色のマントをはためかせて騎士は虚空に屹立する。
授業で何度か見かけたことのあるベルトリュートの召神……英霊型召神『アシュロッド』だ。
二千数百人いる現在の学園二年生でこのアシュロッドを倒せる召喚士は一人もいない。
「修練とはいえ、本気でやることだ」
ベルトリュートの声に応じて、頭上の白銀の騎士が斜め下のレンヤに向かって長剣の鋭い切っ先を向ける。
レンヤの頬を伝って落ちる冷たい汗。
耳の奥に鳴り響いている自分の鼓動の音がうるさい。
「……訓練だろうと大怪我をする事だってありえるんだからな」
そう告げたベルトリュートは初めてわずかに表情を動かし……レンヤに向けて冷たい笑みを浮かべるのだった。




