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一三二話 おかえりなさい、故郷(ふるさと)へ!


 無我夢中で走っていると、神父の幻も光芒も消えていた。

 もう導いてもらう必要もないほど目的地に近い。オクリーはホセとメルチェを置き去りにするほど高速で走り抜けて、目の前に現れた小高い瓦礫の丘を駆け登った。


 最高速度のまま、尖頭部を踏切台にして高く跳躍する。

 両手両足を投げ出して落下している目下で、二体のスーツがノウンを取り囲んでいた。


「オクリー!!」


 助けを待ちわびていた少女が歓喜に叫ぶ。潤んだ目元と破れた衣服、治癒途中の下半身は、彼女が絶体絶命に陥っていたことを示していた。

 元幹部候補の名を聞いたスーツパイロット達に動揺が走り、少女の視線の先を追う。だが、彼らの目線が目標に辿り着くよりも、オクリーの襲撃の方が速い。


 スーツの腕の根元にしがみついたオクリーは、サンフレームがしていたように装甲の隙間を狙って聖水を流し込み――操縦席に向かって改造銃を撃ち込んだ。

 何かが弾け飛ぶような音。コクピット席に座っていた者に弾丸が的中したと分かった。立て続けに弾丸を叩き込んで、スーツの稼働を強制的にやめさせる。


 そして、オクリーに気を取られた残り一体のスーツに対して、一瞬で距離を詰めたノウンが体術を仕掛けた。


「余所見しておると――こうじゃっ!」


 魔術師がスーツの脚を抱え込み、怪力に任せて巨体を持ち上げる。そのままバックドロップの要領で背後に叩き落とす。上半身を地面に埋められたスーツは両脚をばたつかせた後、全てを諦めたのか抵抗を止めた。


「おぬしが来なかったら死んでおったぞ。本当に危なかった」


 ノウンは服に空いた複数の穴を指差す。対幹部砲を数発受けたのか、華奢な胴を超える大穴が穿たれていた。『アルファ・プラント』を出す素振りすら見せなかったのは、トンネル維持に魔法演算の余力を全て割いていたからに他ならない。

 故に、あのタイミングでノウンの元に辿り着いたのは奇跡だった。あと数秒遅れていたら、身体を回復する前にノウンは消されていた……。


 ホセとメルチェが丘を駆け下りてくる。ノウンが軽く手を挙げて無事を伝えてやると、二人の表情に安心の色が見えた。


「さて、拿捕したスーツをどうしようかのう」

「スーツはなるべく傷つけないで、パイロットだけを殺せるか? このスーツを利用したい」

「ふむ」


 ノウンは指先から極細の根のようなモノを顕現させると、装甲の隙間に侵入させた。その根はパイロット席に辿り着いた後、スーツ内部で絶望していた男の耳孔と鼻孔から体内に侵入し始める。

 呻き声とぐじゅぐじゅという水音が装甲の内側から漏れてきて、しばらくするとそれらの音はぴたりと止んだ。オクリーら三人は操縦者がどんな目に遭ったか想起して、改めて魔法の恐ろしさを思い知った。


 ノウンはトンネルに一瞬目をやった後、うんしょと言ってスーツを引っこ抜いた。操縦席の装甲を観音開きにこじ開けると、白目を剥いた男がつんのめって転がり落ちてくる。

 ホセとメルチェはそれぞれの武器を男に突きつけるが、それを見たノウンが落ち着き払った声で告げた。


「その男の脳を破壊した。死んでおるよ」


 先程の根の効力だろう。納得したホセ達はほっと一息ついた。


「しかしオクリー、さっきは誰と話していたんだ? ドルドンというのは、サテルの街のドルドン神父のことだろう」

「え? 皆にはあの光が見えてなかったのか?」

「あぁ」

「マジかよ。じゃあ、何なんだアレは……」


 青年は理解を諦めたように溜め息を吐く。

 オクリーの記憶が正しければ、ドルドン神父は原作中で金玉どうこうの能力なんて持っていなかった。正教の腐敗した一面を示すためだけに用意された()役だったからだ。

 それが、一体どう転んで、心象風景や記憶を見抜く心眼を手に入れたというのか。そもそも、変態性にも磨きが掛かっていないか? 後光を纏った幻として語りかけてきたのも意味が分からない。


(俺がこの世界に生まれたから、なんだろうか。ヨアンヌの人生を劇的に変えてしまったみたいに、ドルドンの人生も……。いや、それは違うだろ。あいつは当たり屋みたいなもんだ。向こうから一方的に近づいてきて、勝手に開眼しただけじゃないか……)


 この状況ではノイズにしかならないので、オクリーはドルドン神父のことを一旦隅に追いやった。先程の幻や光芒を説明しようと思ったら余計に時間を食ってしまう。


 オクリーは脳を破壊されて死んだ男を見下ろす。頸部に太いチューブが挿管されている。青年は躊躇せず管を抜き、他者の血液による汚染も厭わず、己の首筋に針を突き刺した。

 ふと思う。ドルドン神父に『奇蹟』が備わっているのなら、自分にも『奇蹟』があるのではないかと。それはヨアンヌ含めた他者との内臓交換や肉体置換でも絶命しない強靭な内臓であり、血液なのではないだろうか。この身体が他者の血液や細胞と混じり合っても拒絶反応を起こさないのは、一種の『奇蹟』であるように思えてならない。


 ――異常な精神と肉体。強靭さと脆さを併せ持つ人造人間と『奇蹟』が絶妙なバランスで交流し、今の自分が形作られているのだ。


 オクリーの血流が流れ込んだスーツが動き出す。半透明の管に真紅の血液が流れ始めて、チューブの剥き出しになった腕部や胸部が妖しく発光し始める。


「行くぜ」


 青年の指が操縦桿を弾く。跪坐した機体がゆっくりと立ち上がり始め、鈍臭い扁平な足部で巨躯を持ち上げた。そのまま堂々たる動作で直立姿勢に移行し、その機体を陽光の下に曝した。

 あまりの荘厳さに三人は生唾を呑み込む。彼の操作するスーツは、現代日本の“ロボット兵器”を想起させるほどの圧力があった。今のオクリーは片腕を喪っているが、この世界で誰よりも上手くスーツを扱う自信があった。


 対幹部三〇ミリ砲を試射してみて、四度撃つ頃には精密射撃を体得していた。一種のゲームのような操作感覚なので、ここでは現代日本人に一日の長があった。


「植物の粘液が固まって、やっとトンネルが安定したようじゃ。これならわらわの力も存分に振るえようぞ」

「ここにいる皆でアプラホーネと戦おう。皆、準備はできてるな」


 地下のトンネルは数百メートルほども続いている。

 この先にはアーロス寺院教団の秘めたる施設が存在する。世界中の国に先駆けた最先端技術『孕み袋』を伴う地下施設群である。多くの邪教徒()を産み落とした忌まわしき技術との対面を予期して、彼らの心境は穏やかではなかった。


『待て。今、外門の混乱が片付いた。アタシも同行しよう』


 その声が響くと同時、ヨアンヌの声帯を起点に本体(・・)が転送してくる。ものの数秒で肉体を完全治癒した少女はふぅと一息吐いて、スーツの装甲をこじ開けオクリーのローブを強奪した。


死屍(ゾンビ)の大群を蹴散らして外門を何とか突破した。被害は少なくないが、ジアターがいれば後は何とかなるだろう」

「して、死者はどのくらいじゃ」

「……目に見える範囲だと、千人くらいはいかれたな。それと、正規軍副長のオーフェルスが死んだ。乱戦の中、勇猛果敢に指揮を執り続けていたが……守り抜けなかった。すまん」

「……そうか。いや、おぬしは良くやった。とにかく、我らはできることをやるまでじゃ」


 ノウンが落胆する。それもそのはず、『幻夜聖祭』では民間人の被害者がゼロ、兵士の犠牲者もほとんど出なかった。このメタシム奪還戦の初動で千人弱の犠牲者が出たとなると、責任感を感じるのも無理ない話であった。


 ヨアンヌはスーツを乗りこなすオクリーを見上げて何かを言いかけたが、ノウンやホセが地下へ続くトンネルへ向かったのでそれに続いた。

 その機微を察したオクリーは、最後尾を歩きながらヨアンヌへ問いかける。


「今、何か言おうとしただろ」

「……そのスーツ、身体にとてつもない負担が掛かるってアプラホーネが言ってた。あまり無茶はするなよ」

「もちろんだ」


 言いながら、オクリーは両手両足に寒気と震えを感じていることを言わない。幹部の前では頼りないはずの装甲に護られて、弱っている姿を隠せたのは皮肉である。


 地下へのトンネルは三〇度ほどの勾配を持った直径一〇メートルの孔だ。巨大なスーツでも余裕を持って通行できるだけの空間が確保されている。

 急斜面を下り続けるのは難しいということで、生身の四人をスーツの肩部や手の平に乗せ、蹠の車輪を使って斜面を降りることになった。


 ノウンのトンネルは人間生産工場にぶち当たっていた。オクリーの記憶が正しければ、人間生産工場はアプラホーネの研究室や武器庫にも通じているため、凡そ計画通りだった。

 ものの数十秒でトンネルを通過したオクリー一行は、地下空間に空けられた巨大な施設の全容に言葉を失った。


 ――其処は、この世界の地獄だった。

 高い天井に吊り下げられた電球が、岩盤を削り取ってつくられた広大な空間を照らしている。信者達に『管理部屋』と呼称されているその部屋には、硝子張りの円筒が整然と屹立していた。

 効率化の先に生まれた非人道的な技術の結晶。幼子を閉じ込めるための培養槽である。分厚い硝子の向こう側には、無防備な子供達が薬品漬けにされている様子が観察できた。


 オクリーは衝動的に培養槽を破壊して回ろうかと思ったが、何とか堪える。その悍ましい機械に吐き気を覚えながら、一行は工場の奥へと進んだ。


 続いて『飼育部屋』にやってきたオクリー達が目の当たりにしたのは、直径一・五メートルほどの球体。床面に整列して並んだそれら(・・・)は、人間の雌を素材に捏ねることで作り上げた“子を産むためだけの機械”――孕み袋であった。


「こ、こいつぁ――」


 初めて現物を目の当たりにしたホセ、メルチェ、ノウンが絶句している。

 肉の球体は、遠くから一瞥すると、巨大化した黴のように見えた。表面の質感は内臓そのものであり、不愉快さを誘発する潤いと光沢を帯びている。孕み袋は人間の膝ほどの水位を有した薬品プールの中に整然と並べられて、厳格な管理をされているようであった。


「こ、これが、人間のやることか……?」


 ノウンが静かに激昂して、声を震わせる。孕み袋たちは投薬によって微温湯のような快楽に浸漬しており、自我や人格といったものを掻き消されていた。

 素材は正教徒の女だ。アーロスが熱心に村や町を襲撃させていたのは、孕み袋の素材を集めるためだった。一見すれば採算の取れない襲撃でも、孕み袋ひとつが産み落とす子供の数を思えば、リスクリターンに見合った投資だったわけだ。


 肉の球の表面には、人間だった頃の“顔”にあたるパーツが張り付いている。幸せそうに目を閉じ、ゆっくりと呼吸を繰り返して、口に縫い付けられたチューブから給餌されるのを待っている。

 彼女達は管理者がいなければ飯を食うことすらできない。生きる自由や喜びを徹底的に廃されていた。


 吐き気をもよおす人間の邪悪さを真正面から突きつけられて、メルチェが嘔吐く。オクリーは操縦桿を握る手が小刻みに揺れているのを感じた。冷静な思考回路を塗り潰さんばかりの激情――怨嗟、憎悪、激怒に狩られていた。

 ヨアンヌは怯えていた。オクリーがこれほど怒り狂う場面を見たことがなかった上に、その感情の全てに共鳴してしまったからだ。もしスーツの装甲に隠れていなかったら、ヨアンヌは彼の顔を見ることが出来なかっただろう。


 そうして打ちのめされている五人のもとに、ぱち、ぱち、という手を叩く音が降ってくる。

 少し遅れて、天井部に通じた通路から、赤胴色の姫カットを揺らす女が現れた。その忌々しい姿を睥睨して、青年は因縁の相手に叫ぶ。


「外壁を突破してここまで辿り着いたようだね」

「アプラホーネぇ……!!」

「吾輩の研究室にようこそ、御客人。そして、故郷へ(・・・)おかえりなさい(・・・・・・・)、オクリー君」


 悪辣な笑みを浮かべながら通路から身を乗り出すアプラホーネ。怒り狂ったオクリーは反射的に対幹部三〇ミリ砲を撃ち込むが、翳されたアプラホーネの手によって弾丸が塩化してしまう。

 アプラホーネは白く長い指を捏ねて、手の平を開く。白い粉がぱらぱらと落ちる。握り込んでいた弾丸は影も形もなくなっていた。

 触れたもの全てを塩に変える魔法――『母なる海』の効果である。


「ほう……射撃の腕はロッドルイス君以上だね。しかしまあ、ヨアンヌ君やノウン・ティルティがいようとも、吾輩の敵ではないよ」


 アプラホーネが余裕綽々に歩きながら、地下空間のあちこちに塩の棘を現出させる。閉鎖空間ゆえに、前後左右から棘が襲いかかってきた。ヨアンヌやノウンが必死の対応を見せて五人は無事で済んだが、いつ不意打ちが来るか分からない状況のため、一瞬たりとも油断できない。

 アプラホーネは通路の手摺り部分に肘をつくと、澱んだ瞳を細めてヨアンヌへ告げる。


「ヨアンヌ君……どうやら本気で正教徒に与するつもりのようだね。アーロス君との野望は忘れてしまったのかい?」

「忘れたわけじゃねえ。だが、アタシは二度と間違えない……! アーロス寺院教団を根絶することだけが、アタシにできる償いなんだ!」

「……そうかい。くだらん正義感引っ提げて、寝返ったのか」


 アプラホーネは忌々しげに少女を睨みつけた後、指を鳴らして踵を返した。


「君がある意味羨ましいよ。吾輩の願望(ゆめ)は、この道を突き進むことでしか叶わないというのに……」


 アプラホーネの合図と同時に、塩化ナトリウムで形成された閂が崩れ落ちる。人間生産工場の最奥の扉が開放され、人型の化け物がゆっくりと姿を表した。獣の脚と、寄生蟲の腕と、複数に枝分かれた人間の頭部を持つ合成獣(キメラ)である。

 アプラホーネは五人の退路を塩の壁で塞ぎ、孕み袋の肉を餌に合成獣(キメラ)を誘導する。合成獣(キメラ)は胴に当たる部分に縦に割れた牙だらけの口を有しており、一見すると女性器のように思える醜悪さである。その口から粘液を垂らした合成獣(キメラ)達は、アプラホーネの狙い通りオクリー一行の元へ向かっていく。


「クソが! アプラホーネを追うぞ!!」

「いやっ待て! こいつらを倒さなきゃまずい!」

「ちょ、こいつら、速え――!!?」

「気をつけるのじゃ!」

「皆落ち着け! 魔法使いほど強い敵じゃない!」


 合成獣(キメラ)は五体。体高三メートルを数える巨体が凄まじいスピードで走り込んでくる。その速度は人間の目でやっと捉えられるかどうかという俊敏さで――

 しかし、身体()が大きければその分当てやすいはずだと言わんばかりに、オクリーが対幹部三〇ミリ砲を見事に命中させた。二足で工場内を駆けていた化け物の頭部が破裂し、四肢がピンと伸びる。狙撃された個体の勢いは落ちず、薬品を貯水する硝子の水槽に頭から突っ込んだ。

 派手な破壊音と共に、巨躯が地に伏せる。それと同時、孕み袋達が異常を察知したのか、はたまた薬品プールに合成獣(キメラ)の血液が混ざったせいか、赤子のような金切り声で泣き叫び始めた。ギャアギャアという異形の肉塊の大合唱を聞かされて、五人の精神力がごりごりと削られる。


「う、ううぅぅ、この世の地獄だよ……」


 メルチェが半泣きになりながら強弓を構える。その震えた声色とは裏腹に、彼の放った弓矢は別の合成獣(キメラ)に的中。胴を貫かれた個体が油蝉(アブラゼミ)のように悲鳴を上げた。

 異形共の悲鳴と絶叫が木霊する地獄の中、スーツに乗るオクリーが『原作』内の合成獣(キメラ)の知識を掘り当てた。


「思い出した!! どういう原理かは忘れたが、こいつらは死んでも復活する! 頭の数だけ命の残機(ストック)があるんだ! とにかく頭をぶっ壊しまくれ!」


 合成獣(キメラ)はアプラホーネが作り出した失敗作だ。しかし、魔獣や寄生蟲、生きた人間を繋ぎ合わせて作られているため、桁違いの生命力と破壊力を有する。寄生蟲で出来た腕は伸縮するし、魔獣の脚は帝国を走る汽車よりも疾い。

 そして、人の頭部は言葉を遣い、人を惑わせる。頭部を一つ消費して、小刻みに痙攣しながら復活した合成獣(キメラ)は、複数の頭部を使いながらぼそぼそと呟いた。


『まま……』『ママ……』『ママァ……』『カアサン……』『ママ……ホシイヨォ……』

「……!? き、キモっ……!」

「ヒッ! ま、また(・・)ママ(・・)か! どうしてこうも母性不足なのじゃ、この教団はっ!!」


 ヨアンヌ・ノウン両名が悲鳴を上げる。合成獣(キメラ)は孕み袋の一つを下の口で貪り食って、満足そうにゲップした。舐めるな、と言わんばかりにメルチェの強弓が頭部を貫く。

 ノウンが魔法ストレージから『アルファ・ プラント』を取り出そうとしていたところを、オクリーが制する。「ヤツらには効かないんだ」と一言。数多のバッドエンドの一つに、ノウンの『アルファ・プラント』を過信した故の敗北・死亡エンドが用意されているのを覚えていた。


「アタシに任せな!!」


 近接戦闘が苦手なノウンに変わって、乱戦混戦が大得意なヨアンヌが前に出た。五体の合成獣(キメラ)がバラバラに動き回る中、地面を走っていた送水管を引き抜き、真横に薙ぎ払って敵の動きを抑制する。元より一人でどうにかするつもりがなかったらしいヨアンヌは、オクリーとノウンに向かって叫ぶ。


「オクリー、ノウン、合わせろ!!」

「分かったっ!!」「分かったのじゃっ!!」

「ホセとメルチェは伏せてろッ!!」


 オクリーがスーツ脚部のブーストユニットを蒸かし、空中へ飛び出す。ノウンが無数の蔓を天井から急成長させ、人間生産工場の内装を破壊しながら合成獣(キメラ)を刺し貫く。或いは、動きを封じる。

 スーツの腕部から取り出した対幹部用片刃剣が、ブーストユニットによる超加速を伴いながら振り抜かれる。合成獣(キメラ)の両腕が大蛇のように伸びてきてスーツの装甲を削り取るが、関係ない。オクリーは横一文字に剣を薙ぎ払った。

 そして、ヨアンヌの怪力で握り込んだ送水管の束が、ノウンの蔦を引き千切りながら斜め上から叩きつけられる。


 三人の英傑の同時攻撃により、地下空間が揺れた。天盤から砂埃が落ち、施設全体が面白いようにぐらついた。施設を支えていた木柱が瓦解し、アプラホーネが立っていた通路が崩れ落ちる。電球が激しく明滅し、一瞬だけ闇に包まれた後――再び明かりを取り戻した。

 刹那の刻、五人の聴覚はきんという耳鳴りのような音に支配された。敵の姿も見失った。だが、三人の英傑は勝利を確信していた。


「相手にならんな」


 ヨアンヌが吐き捨てる。彼女が見下ろす視線の先には、複数の頭部を破壊され尽くした合成獣(キメラ)の死骸が五つ転がっていた。

 彼らの同時攻撃は、五体の合成獣(キメラ)の頭部を一瞬で破壊せしめたのだ。それこそ、復活する猶予を与えないほど完璧に。


「そもそも、超回復のヨアンヌを相手にしてきたわらわ達に敵うはずないじゃろう」

「言えてるな」


 ヨアンヌが力尽きた合成獣(キメラ)の胴を蹴る。彼女は両腕部分にあたる寄生蟲を気にしており、一向に動く気配がないことを確認してから残心を解いた。

 ホセとメルチェが瓦礫の隙間から顔を出し、軽く咳き込んだ。やはり幹部連中は戦闘のスケールが違うな、と言いたげであった。


 ヨアンヌは両手に握り締めていた送水管を放り投げると、軽く舌打ちした。合成獣(キメラ)は片付いたが、施設が崩壊してしまったためアプラホーネを追うことができない。

 運良く圧死を逃れて泣き叫ぶ孕み袋を一瞥した後、ヨアンヌはそれらから目を逸らした。


「……培養槽の中にいる人造人間は保護するんだったよな?」

「うむ。中身入りの培養槽は、わらわの植物で保護しておこう」

「そうしてくれ」


 ノウンが床面から大樹を立ち上げながら、施設の崩壊を食い止める。彼女は『管理部屋』へ向かっていき、幾千と並んだ培養槽を保護するようだった。

 残されたヨアンヌやオクリーは、『飼育部屋』に散らかされた孕み袋達の処遇に困り果てた。ホセが不死鳥の業火で燃やしてやるべきだと提案すると、他の三人も賛同した。彼女達は元正教徒だ。ケネス正教の象徴たる聖火で逝かせてやるべきだ。子供を産む肉の塊として生かされ続けている方が、よっぽど地獄だろう。


 そうして、羊皮紙の切れ端にサレンの炎を点そうとした時――オクリーの視界にあるもの(・・・・)が映った。



「……母さん(・・・)……?」



 それは、確信だった。孕み袋となった肉塊のひとつに、強烈な愛着と既視感(デジャヴ)を覚えた。


 オクリーは頚部のチューブを抜き放ち、スーツから転がり落ちるようにしてその肉塊に近づく。


 誰ともつかぬ肉塊の一つが母親だと直感した。理由はない。でも、血の繋がりがオクリーをこの孕み袋の元に導いた。


「あ、ああぁぁあ――……」


 間違いなかった。顔を見て分かった。

 この肉塊は(・・・・・)己を(・・)産み(・・)落とした(・・・・)母親(・・)そのひとだ(・・・・・)……。


「ああぁ、あああああぁぁああああ……!!!」


 思考が錯乱する。故郷(日本)の家族に対する愛の記憶が、孕み袋に向けられる愛と混濁する。アプラホーネやアーロスの悪意は、オクリーの肉親に対する愛情を唐突に思い出させた。そして、オクリーはその温かくて柔らかい感情を叩き壊されてしまった。硝子の板を槌で打ち壊すみたいに、がしゃんと崩壊した感覚があった。

 絶望と憤怒と虚脱感が入り交じって、吐きそうになるくらいの激情に狩られる。心の大切な部分が、音を立てて崩れ去っていく。


 絶望に直面して、憎悪がふつふつと沸き起こる。怨嗟の嵐が心の中に吹き荒れる。


 殺す。絶対に殺す。確実に息の根を止めてやる。その細い首を締め上げて、頸の骨を折ってやる。耳を噛みちぎってやる。眼球を潰してやる。この世の苦痛の全てを味わせてやる。

 アプラホーネ。貴様は自分の不妊に苦しんだ末に孕み袋をつくりあげた。だが、そんなもん免罪符になりゃしないんだ。どんな理由があったって、他人を苦しめていい大義名分にはなりゃしないんだ。

 アーロス。お前もだ……。何を思って、こんな悪辣な技術を開発させた? 本当はこの国や世界を救う気なんてないんだろう。救済という名目を盾にして、敵を苦しめたいんだ。正義に酔って、前後不覚に陥ってやがるんだ。

 人間じゃない。化け物だ。奴らは畜生道に堕ちている。いや、知性がある限り、人間は人間の姿を保ったまま、ここまで堕ちることができるんだ。

 アプラホーネ=ランドリィ……。アーロス・ホークアイ……。

 殺す……。お前らだけは許さない。必ずこの手で殺してやる――


「オクリーッ!」


 悪意に囚われ、呪詛を吐き始めた青年の身体に、苦しみを分かち合った少女がしがみつく。怒りと絶望でがたがたと震えていた身体を支え、そっと背中を撫でてやる。

 大丈夫、アタシがついてるよと耳元で囁く。何度も何度も呟いて、その手を握り締めることで、オクリーの混乱は次第に鎮まっていった。

 目元に涙を浮かべた青年は、肩で息をしながら愛する人の手を握り返した。ヨアンヌは溢れそうになった涙を人差し指でそっと拭ってやる。彼女の些細な行為が、どうしようもないくらいの愛を感じさせた。それが有難かった。それだけが、今、再び立ち上がれる理由だった。


「…………、大丈夫だ……ありがとう……」

「本当か……?」

「……君がいれば、大丈夫だから」

「……うん」


 ヨアンヌはふらつくオクリーの両肩を支えている。

 青年は羊皮紙の切れ端へ火を点す。


「……母さんを、一緒に燃やしてくれないか」

「…………」


 ヨアンヌは無言で肯首する。

 燃え盛る紙片を握り締めた二人は、その場に膝をついて、母に声を掛けた。


「お義母さん……オクリー(このひと)はアタシが幸せにするよ。だから、貰っていくね……」


 二人同時に、手を離す。母の顔に涙が伝った、ように見えた。

 次の瞬間、凄まじい勢いで孕み袋が燃え上がった。

 その炎が伝播して、他の孕み袋達を焼いていく。


「母さん……ごめん……」


 異形の悲鳴は上がらなかった。

 燃え広がる炎の海。黒い煙は上がらない。光の粒がトンネルを通じて空へ昇っていった。


 その様子を見ていたホセとメルチェは、二人の壮絶な人生を目の当たりにして、一言も発することができなかった。


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