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一三一話 超・遠距離戦闘(レンアイ)


 時は少し遡る。

 オクリー・マーキュリーは衝突を始めた魔法使い達と別れ、ノウンと共に地下の人間生産工場を目指していた。植物の根で地面に穴を空けていくノウンに対してオクリーが発破をかけた。


「ノウン、もっと急いでくれ。うかうかしてると、アプラホーネの研究が完成するかもしれない」

「分かっておるわ、急かすでない! こう見えて結構難しいのじゃ!」


 ノウンはぐずついた土塊を退かす作業に手間取っている。地表面に近い時は土砂の量も少なくて済んだが、深度を増す毎に土圧も土量も増えていく。魔法のパワー不足という訳では無いが、一刻の猶予もない緊張感がノウンを動揺させていた。


 滝のような汗を流すオクリーの背後で、朝焼けの空に赤い稲光のような爆炎が渦巻いている。サレン・デピュティは完全に怒り心頭であった。守るべき市民が地上にいないとあって、魔法の制限(リミッター)を解除して暴れ回っている。

 ひょっとすると、雷の男クレス・ウォーカーが暴れているせいもあるのだろうか。いずれにしても、聖地メタシムの中心部にいるアーロス・シャディク・ポークを殺すために各々が全開の能力を振るっているのは明らかだった。


 中心部にいた邪教徒や幹部候補生を戦闘の余波で焼き殺しながら、戦火は拡大していく。

 近くにいるオクリーとノウンでさえ、互いの声を聞き取れないほどの轟音が渦巻き始めた。


「――――!」

「え!? ノウン、何だって!? 聞こえない!」

「――――――!」


 地中の穴からノウンが指をさして大口を開けている。オクリーが耳に手を当てる仕草をすると、今度こそノウンの意図が伝わった。


 ――“周りを見ろ、たわけ”。


 理解と同時に踵を返して、肘から先のない左腕に括り付けた『聖鎧』を身体の前面に位置取らせる。直後、遠方から飛んできた黒い物体が『聖鎧』を叩くのを感じた。


「――ッッ!!?」


 高速で飛来した物体は、盾として構えた金属片の縁に掠っただけ――のはずだった。

 火花が散って、オクリーの身体が横倒しになって吹っ飛んだ。腰を中心に二回転したオクリーは、側頭部を瓦礫に強打。激痛に苦悶の表情を浮かべながらこめかみの辺りを押さえた。


「……痛ってぇ……か、幹部の攻撃か……?」


 地鳴りのような音は収まっている。オクリーの様子を見ていたノウンが声を張り上げた。


「大丈夫かオクリー!?」

「大丈夫だ! ノウンは引き続きトンネルを掘り続けてくれ!」

「わ、分かった!」


 ノウンはトンネルの強度を保ちながら土を掘削するのに全力を尽くしている。少しでも気を抜けばトンネルが崩壊する危険だってある。彼女は穴掘りに集中させるべきだ。

 オクリーはアプラホーネの技術力と研究スピードの速度を最も警戒しており、仲間達に「彼女を真っ先に止めるべきだ」と進言していた。この戦争の立場逆転を引き起こしかねない『ゾンビ毒ガス』の開発を予期していたからだ。


(ノウンにはああ言ったけど、全然大丈夫じゃねえ。今の一撃は何なんだ? 遠方から凄まじい殺気を感じたかと思ったらコレだ。ノウンも予兆を感じていたし、瓦礫が偶然飛んできたのとは訳が違う)


 オクリーが身を屈めながら周辺を観察し始める。聖都と比べると高い建物は少なく、半分廃墟と化しているため平地の部分も多い。遮蔽物が少ないのは向かい風だ。

 敵の姿は全く見えない。一方的に捕捉されていると考えるべきだろう。


(超遠距離攻撃ができる邪教幹部なんて限られてる。そういう芸当が可能だったスティーラはもういない。ヨアンヌは味方になった。アーロスやポークは遠くで戦っていて、こっちに気を回す余裕なんてないはず……)


 オクリーの頭脳が高速回転する。とすると、導き出される答えは一つしかない。


「――人型強化外骨格(パワードスーツ)か。対幹部三〇ミリ砲で狙撃してきやがったんだ」


 『幽明の求道者(原作)』の主人公邪教堕ちルートにて、研究レベルマックスかつアプラホーネの好感度が最大時に解放される対正教徒用の秘密兵器の一つ――それが『人型強化外骨格(パワードスーツ)』である。

 正史ルートでも未完成品が戦場に駆り出されて中ボスとして立ちはだかってくるのだが、それはともかく――


「とんでもない狙撃手がいるな」


 対幹部砲で遠方から動く的に的中させるなんて芸当は、機体の性能の限界を超えている。想像するところのロボットと違って、スーツには操縦者への操作補助機能や人工知能(AI)の類は一切搭載されていない。

 というか、カメラがないので当然モニターもない。視界は装甲に空いた穴だけという戦車も驚愕の仕様である。


 原作ゲーム中でスーツ操作する際は、三人称でスーツを見下ろす視点となり、画面中央にドットサイトのようなものが用意されていた。それでも一〇〇メートル先の相手に的中させるのは困難で、攻略サイト中には『スーツに乗った場合、ブーストダッシュで敵に接近して攻撃しましょう。射撃は反動が強い上に真っ直ぐ飛んでくれません』という一文があったほど。

 それ以外にも『対幹部三〇ミリ砲は対正教幹部戦において最も不要な武器』『体力は多いが的も大きいので結局は紙装甲』『育成によってはスーツから降りて戦った方が強い』などスーツの性能を罵倒する文章が躍っていたのを強烈に覚えている。


 つまり、ゲームでさえ貧弱兵器と謳われたスーツの性能を、尋常でないレベルの人間性能によってれっきとした『兵器』のレベルまで引き上げている人物がいるということだ。

 スーツ内の限られた視界から、照星・照門のない射撃武器を正確に撃ち込むことのできる敵の正体に――オクリーは心当たりがある。


(幹部候補の誰かだな)


 身を伏せて隠れていたオクリーの二〇メートル後方に、対幹部三〇ミリ砲の弾丸が着弾する。

 ぼふんという音と共に石畳の破片と土塊が舞い上がり、降り注いできた瓦礫がうつ伏せの後頭部や背中を叩く。ヘルメットでもあれば良かったのに、と舌打ちしながら敵の正体を特定しにかかる。


 シャディクの部下であり精鋭揃いの荒くれ者を集めた『遊撃隊』隊長ゲルゴロイ・ワークフォースか、ヨアンヌやスティーラに武術や狙撃術の教えを乞うていた豪胆な元正教兵士ロッドルイス・バーヘイゲン辺りがパイロットなのだろう。

 『遊撃隊』はエヌブランの活躍で全滅したと聞いた。ならばロッドルイスが今の敵か。彼の噂はオクリーの耳にも届くほどで、全盛期の彼は弓やクロスボウの扱いが大陸一と評されたことがあるとか無いとか。


 しかし、敵の正体を掴めたところで状況は何ら変わりない。一方的に立ち位置を特定されていて、返す手もない。


 オクリーは首を振って着弾跡を注視する。ある一定の方角から高速で地面に侵入した弾丸が、地盤に衝突した後に扇形状の痕跡を残している。扇形の根元にあたる方向が、敵のいる方角だ。


「そっちか」


 視線の先には廃墟群と外壁が見える。地形の関係で、敵がいる場所の方が高所となっているようだ。

 ある程度の目測がついたとはいえ、結局何も進展がないのでピンチには変わりない。


 オクリーは目を凝らしてスーツの在処を探すが、やはり何も分からない。遠方を睨んでいると、肉体の劣化を伝えるように視界が霞んだ。


「……こんな時に」


 アプラホーネを止めなければならないという目的意識と共に、死神からの誘いがオクリーを急かす。度重なる戦いとその度に負った傷の数々が残り寿命を削り取り、もう幾ばくの猶予もない。残り数年は持つと想定していたが、実際のところはもっと短いのだろう。

 その事実に急かされるように、オクリーは外壁の外で戦うヨアンヌに語りかけた。


「ヨアンヌ、聞こえるか」

『どうした』


 二人の心は繋がっている。これまでのような一方通行の繋がりではない。真に心を開き合ったために、お互いがどういう状況でどんな感情を抱いているか、ぼんやりと分かるようになった。

 オクリーは自分の状況を何となく理解しているであろうヨアンヌを頼った。そうでなければ、超長距離からの刺客に対抗できないと考えた。


「ロッドルイス・バーヘイゲンって男を知ってるだろ」

『覚えてない』

「君に武術とか狙撃とかの教えを乞うていた男だよ。忘れたか?」

『あぁ――あの神経質なデカブツか。いたなそんなヤツ。で、それがどうかしたか?』

「今、そいつに超遠距離から狙撃されてる」

『それがどうした。ノウンもいるじゃないか、何とかしろ』

「どうにもならん」

『オマエなら倒せるだろ』

「倒せるならこうして頼んでないよ」


 その言葉に、少女は怪訝な反応を返す。大したことだと思っていない――何ならオマエなら余裕じゃんとでも言いたげな声色である。

 戦闘能力の地力の差というか、根本的な認識については、心を通わせてからも改善しない。ヨアンヌは身体がちぎれてもすぐに回復するし、自分と切り離した肉片の位置を知覚できる。敵が離れていることは多少の不利にはなるが、幹部相手でなければ敗北する要素はない。それが彼女の常識である。


「敵はこっちの位置を視認してるが、こっちは敵の位置を視認できてない。一方的に見られてて絶望的状況だ」

『探して殺せば良くないか?』


 まさかここまで脳筋とは思わなかった。いや、彼女も外壁の外で戦っているから、よく考えず即答気味に返しているだけなのか。それはともかく、オクリーはヨアンヌの力を借りたいと頼み込む。


「俺の視界を乗っ取れるか」

『そりゃ無理だが、見てる方向と建物くらいなら認識できる』

「なら、俺が指示を出した方向に石を投げてみてくれ」

『分かった』


 ヨアンヌはメタシムの外で戦っている。ジアターの召喚獣と力を合わせながら、外縁部に固まって抵抗するゾンビ共を蹴散らしている。戦況は優勢で押し込んでいるものの、正教兵士にも少なくない犠牲を伴っていた。


 ゾンビの毒に冒された正教兵士が即座に敵に寝返るせいで、正教側は中々押し切れない。そこかしこにポークの棘が潜んでいるせいもある。うっかり棘を踏み抜けば即死。ゾンビ共に噛みつかれたり引っ掻かれたりしても毒の影響を受けるためアウト。

 安全な道を切り開くために草木を伐採したり、木材や石材を敷設したりする必要があるため、正教軍の侵攻速度はさほど早くない。


 棘の亀甲を纏った大砲や櫓があちこちに組まれているせいで、勢いで押し切ることもできない。棘の扇を数人がかりで振り回すゾンビがいるせいで、たまにジアターの召喚獣の炎が返される始末である。

 ヨアンヌがゾンビ共の抵抗を薙ぎ払い、召喚獣が棘ごと大地を焼き払って、兵士達が道をつくって、ようやく彼らは一歩先に進めた。


 オクリーの視線の先に、豆粒ほどの影が横切る。直径一メートルほどの岩石が降り注いできて、五〇〇メートルほど前方の二階建て建造物に衝突。重い音を立てながら石像建築が崩壊し、土煙を上げて瓦礫の山と化した。

 だが、その直後にオクリーの目の前に弾丸が着弾。オクリーは弾け飛んだ建物の瓦礫を身体の真正面に受け、真後ろに吹き飛ばされた。眼球に硝子の破片等が直撃しなかったのは不幸中の幸いだった。しかし、頬の肉が削げ落ちて歯が見えた。顔面を庇った右腕も、ミキサーにかけられたような傷痕が刻まれていた。


(ダメだ! ヨアンヌの投擲の威力は充分なのに、敵の位置が分からないと意味がない!)


 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる――なんて言葉はあるが、試行回数を重ねる余裕はない。

 オクリーは無我夢中で走り出した。何とか敵に近づこうという格好である。ノウンを置いていくことになるのは気掛かりだが、好き放題遠距離攻撃させ続ける方が余程まずい。

 足裏が地面を蹴りつける。敵に接近しなければ。しかし、この動きすら見られているのなら、スーツのブースターによって逃げられてしまう。オクリーはヨアンヌを頼る。


「ヨアンヌ、敵の位置が分からないんじゃ投擲は効果的に決まらない! 何か手はないか!?」

『…………、手はある』

「具体的には!?」

『アタシの肉片を持たせた別働隊が、下水道を通ってメタシム内部に侵入してる。そいつらに上手くやってもらう他ない。今ヤツらに指示を出して合流させる』


 切り離されていたヨアンヌの声帯が別働隊に指示を送り、オクリーの位置情報を共有する。弾除けのために軌道を変えながら走るオクリーの元に、二〇メートルほどの距離を開けて並走してくる正教兵士達が現れた。

 ――『幻夜聖祭』の前夜祭で、ホイップ=ファニータスクを擁する『伏蟲隊』と戦った面々――ホセ、メルチェ、ゴッラム、サンフレームの四名である。


「オクリー、助けに来たぞ!」

「ホセさんっ!」

「ヨアンヌの指示で何となくの状況は分かってる! 固まってたら良い的だ、敵を見つけるまでは各自離れて、遮蔽物を利用しながら蛇行して走るんだ!!」


 兵士メルチェが色気のある長髪を揺らしながら叫ぶ。その声を合図に、オクリーと四人の兵士達は距離を取って一方向へ走った。

 頸部に大きな傷痕を残した兵士ゴッラムが先頭を駆けている。遮蔽物から身を乗り出して、次の遮蔽物へ隠れようとした次の瞬間――

 その肉体が血の霧と化し、四方八方へ飛散した。

 悲劇に怯むことなく、兵士サンフレームがある一点を指さして叫ぶ。


「見えた!! 今、弾丸の軌道がコンマ一秒だけッ!!」

「どこから撃った!?」

「私から見て一二時の方向にある正教会の廃墟だ!! 距離は六〇〇メートル!!」

「敵は機械に乗ってる! 中途半端に近づいたところで逃げられるぞ!!」


 人型強化外骨格(パワードスーツ)の脚部には、燃料を搭載したブーストユニットが付属している。ただでさえ人間の足よりも早いというのに、ブースターを蒸されて逃げに徹されてしまえば勝ち目はない。


「おれがここから狙い撃ちます!! それしか勝ち目はない!!」


 メルチェが左手の方向にあった建物によじ登り、背負った強弓を構える。一〇キロ以上もある弓を軽々と扱い、背中の木筒から矢を引き抜いた。

 メルチェは額に一筋の汗を流しながら、精神を集中するため深呼吸を繰り返した。視界が急速に狭まり、六〇〇メートル先の廃墟へ焦点が合っていく。


「メルチェに手ぇ出させんな!!」

「全力で守れ!!」


 ホセが懐から取り出した改造銃を構え、棒立ちになったメルチェに飛んできた対幹部三〇ミリ砲の弾丸を狙い撃つ(・・・・)。弾丸を弾丸に的中させるという神業により、弾丸が微かに横へ逸れた。

 しかし、ホセが横槍を入れなければ、弾丸はメルチェの胴を寸分違わず貫いていた。その恐ろしいほど正確な敵の射撃を見て、メルチェは呆れたように笑う。


「――ロッドルイス。相変わらず、おまえの狙撃の腕は衰えていないようだね」


 ロッドルイスとメルチェは、かつての戦友だった。死線を潜り抜け、背中合わせで敵と戦った。弓やクロスボウの腕は二人が抜けて高く、どちらが正教軍最強の狙撃手か勝負したこともあった。

 ロッドルイスは任務中の負傷で膝を悪くしてから、弓を上手く使えなくなった。兵士の身を退いてから行方不明となり、今この時に再会を果たした。


 互いの能力の高さは分かっている。六〇〇メートルもの距離を置きながらも、二人は互いの姿を確かに捉えていた。


 どちらが最強の狙撃手か、決着をつける時が来た。


 メルチェの脳裏に、別れしなロッドルイスと交わした約束が浮かぶ。


 ――再び戦場で相見える時があれば、その時は敵同士だ。

 オレは、オマエよりも強くなって帰ってくる。


 退役する時の言葉だ。

 その言葉に纏った雰囲気から、何か良からぬことを企んでいると察していたが、まさかアーロス寺院教団に堕ちてまで強さを求めていたとは。


「馬鹿な男だ」


 メルチェは短剣で前髪を切り、指で摘んで真下に落として風向きを読んだ。風読みに納得した後は、堂に入った動作で弦の中心に矢筈を乗せる。

 その唇は一文字に結ばれ、瞳は六〇〇メートル遠方の廃墟を捉えている。硬くなった指先で羽根と弦を保持しながら、ゆっくり背後へ引き絞っていく。


 一〇秒間の静寂の後、緊張状態にあった強弓の弦が解放される。会心の風切り音と共に弓矢が放たれ、(はず)が暴れ狂う。弓矢は放物線を描きながら風に乗り、寸分違わず狙いの建物へと飛んでいく。


 そして――着弾。

 メルチェの矢が見えなくなるのと同時に、ロッドルイスの弾丸がメルチェの頬を掠めた。弾丸はメルチェが立っていた建物の壁を貫通して、地平線の彼方へと飛んでいった。


 メルチェは数秒間の残心の後、頬から垂れた血を指先で拭う。その顔が勝利を物語っていた。


「や、やったのか?」


 皆、少ない遮蔽物を使って様子を窺っている。

 メルチェは勝利を宣言する。


 ――手にした(・・・・)ヨアンヌの耳(・・・・・・)に向かって。


「ヨアンヌ・サガミクス、聞こえるか。マーカーが(・・・・・)敵に命中した(・・・・・・)。ご自慢の投擲能力で敵を葬り去ってやれ」


 メルチェの弓矢は敵スーツの装甲を貫通するまでには至らなかった。彼には分からぬことであるが、鏃はスーツの装甲に推進力を殺され、ロッドルイスの眼前で静止していた。

 しかし、それで充分だった。矢に括り付けたヨアンヌの肉片が『マーカー』の役割を果たし、世界最強の狙撃手(・・・・・・・・)へ位置情報を共有せしめたのだ。


「ロッドルイス……この勝負はおれの勝ちだが、世界最強の狙撃手はここにいた」


 空の彼方から、直径五メートルはあろうかという巨石が帯を引いて飛んでくる。空気を切り裂く異様な音が空高く木霊して、聞く者達に恐ろしい衝撃を予感させた。

 先刻よりもひと回り大きな()は、この一撃で決めるというヨアンヌの意思表示のようにも見えた。

 雲を貫き、白い模様に穴を穿って、巨石が落ちてくる。放物線の下りに差し掛かった岩の挙動は敵の位置を完全に捕捉していて、オクリー達に岩石の的中を確信させた。


 巨石の速度は、衝撃波を生み、雲の模様を歪ませ、遠方に望む山脈の枝葉を揺るがすほど。

 メルチェの放った矢よりも、対幹部三〇ミリ砲よりも、遥かに速い。

 オクリーら五人は、隕石の如く降り注ぐヨアンヌの弾丸を呆然と見送る他ない。


 轟音と共に、巨石が目標の廃墟を押し潰す。衝撃で土煙が舞い上がると同時、周辺の建物が砂糖細工(シュガークラフト)の如く軽々しく吹き飛んだ。

 続いて中心部で小爆発が起こって、人工物を巻き込みながら炎上する。ブーストユニットの燃料に引火したらしい。


『マーカーの反応が消えた。ロッドルイス撃破だ』


 敵の姿は最後まで分からないまま、ヨアンヌの声で勝利が宣言される。ただ、スーツの登場はオクリーに不穏な念を抱かせた。

 アプラホーネが人型強化外骨格(パワードスーツ)をある程度の形に仕上げられるほどの技術レベルに達している、という事実に他ならないからだ。


「ヨアンヌ、ありがとう。そっちは何とか片付きそうか」

『もう少しで終わるだろうが、兵士の被害が少なくない。本隊が内部に侵入できるのはもう少し後になりそうだ』

「そうか……。頑張れよ」

『うん、また後で』


 オクリーはヨアンヌに語りかけた後、ホセ達精鋭に向き直る。


「アプラホーネを止めるためにノウンがトンネルを掘削してる。長い地下通路を攻略せずともアプラホーネの研究室に直接乗り込めるなら、奴の『ゾンビ毒ガス』の開発を止められるかもしれない」


 ポークを殺すことでも『ゾンビ毒ガス』の開発は止められるが、アプラホーネの技術力は正教徒の想像を遥かに凌駕するものだ。現代日本でいうところの『化学兵器』並の隠し球を拵えていても不思議ではない。

 無限の可能性を秘めた敵幹部を殺すことは火急の目標なのだ。


「とにかく今はノウンと合流しよう」


 オクリー達は踵を返してノウン達の元へ走った。

 青年の後ろを走るホセは、脅威が一時的に去ったというのに不安げな表情をしていた。


「なぁオクリー、あの『スーツ』とやらは一機だけなのか? ひょっとして、何機も製造されてるんじゃねえか?」


 その言葉に肯首しようとして、違和感に気づく。

 ロッドルイスのスーツが果たして単独行動をするのだろうか。

 いや、それは考えにくい。今の自分達のように群れて行動するか、誰かが誰かを援護(カバー)できる位置で戦うはず。


「…………」


 ロッドルイスのカバーを受けていた奴らがいる。


 ノウンやオクリーに向かって初撃を放ったあの時、別のスーツが近くにいたはずなのだ。本来であればオクリーを攻撃していたところを、無防備なノウンを発見したために標的を変えた。そうとしか考えられない。


「まずい。ノウンが殺される」

「あんだって?」

「孤立したノウンが他の『スーツ』に狙われてる! 今すぐに合流しないと!!」


 動揺で騒然となる四人。そんな彼らを見下ろす影がある。

 体高四メートルを数える鋼鉄の人形が、廃墟の屋根に立っていた。


「流石の洞察力っすね、オクリー先輩」


 上から降り注いできた聞き覚えのある声にオクリーはぎょっとする。忌まわしい快楽主義の道化師アレックスの声色に間違いなかった。

 装甲の内側から漏れてくる声のためくぐもっており判別が難かしかったものの、不意打ちのチャンスを逃してまでオクリーに声をかけてくる不気味さがアレックス特有のモノであった。


「アレックス……てめぇ、何しに来やがった」

「ご明察の通り、幹部候補生がノウンの抹殺を実行中っす。自分はその時間稼ぎに来たっすよ」


 アレックスのスーツは黒いボディに赤のラインが入った機体である。ラインは装甲の継ぎ目を縫うように走っており、一瞥しただけでもその頑健さが窺えた。


 アレックスのスーツの肩に乗った対幹部三〇ミリ砲が四人の方を向いている。

 異次元の技能を持ち合わせていなければ単なる賑やかしにしかならないと分かっているはずなのに、人を殺す形をした砲台の圧力が彼らを萎縮させた。ロッドルイスの射撃の威力を身を以て体感したせいもあるだろう。


「それじゃあ、時間稼ぎを開始するっす。――と言いつつ、自分は先輩以外に毛ほども興味ないんすけどね」


 言うが早いか、悪辣な男アレックスは三〇ミリ砲を乱射した。

 心臓のポンプ機能により送り出される血流速度は新幹線の時速を超える。そのポンプ力を弾丸射出に充てているため、火薬の炸裂音はなく奇妙な粘性の発砲音が響き渡る。

 命を削るかのような射撃音に急かされて、四人は一目散に回避行動を取った。四人が別方向に散ったため狙いは外れたが、雑に弾をばらまいて建物の壁を抉り、四人の逃げ場を無くしていった。


 障子に指を突き入れて引き裂いていくように、着弾痕の軌跡が廃墟の壁に現れる。その最中、身を伏せていたサンフレームの左脇腹に弾丸が掠った。

 掠った、という言葉は正しくないかもしれない。水風船が破裂するみたいに、サンフレームの腹部が爆発して中身が飛び散った。サンフレームは己の身体に何が起こっているか理解していない表情である。


 三〇ミリ砲を胴に食らったのは不運としか言いようがない。その証拠に、アレックスはサンフレームを消し飛ばした直後、弾切れを起こした三〇ミリ砲を切り離していた。


「敵は弾切れだ! 一斉に射撃するぞ!!」


 オクリーの合図で咄嗟に銃を取り出したホセとメルチェは、装甲の隙間を狙って改造銃のトリガーを引いた。

 爆発音が響き渡り、アレックスのスーツが炎に包まれる。アチッという声がしたのを聞くに、アレックス本体に多少のダメージが入ったらしい。

 命が尽きる寸前の兵士サンフレームは、臓物を撒き散らしながら廃墟の壁を三角飛びした。そのままスーツの背中に飛び乗って、視界確保用に空けられた装甲の隙間からコクピット席に『聖水』を流し込む。


「いだだだだだっ! せ、先輩以外のモブがしゃしゃり出て来るんじゃねえっすよ!! さっさと死ね、雑魚野郎がッ!!」

「よく吠えるな、え?」


 死に体のサンフレームは超至近距離から改造銃の二連撃を叩き込む。小さな隙間から入り込んだ猛毒の聖火がアレックスの肉体を焼き焦がし、重度の火傷を負わせた。

 しかし、両者痛み分けであった。アレックスは錯乱し絶叫しながら遥か遠くへ走っていき、その弾みで兵士サンフレームが振り落とされた。


「サンフレームさんっ!!」


 地面に叩きつけられたサンフレームの下半身が捻れて、大量出血を伴いながら分離する。内臓が零れ落ちており、もう助かる見込みはない。

 戦友のホセは彼に駆け寄って両手を握った。それに応えるように弱々しく握り返してくるが、あまりにも頼りない。メルチェは彼の傷口を確かめた後、手の施しようがないと無言で首を振った。


「後は任せたぞ」


 サンフレームは激しく吐血して、ホセの腕の中でゆっくりと息絶えた。


「……くそっ」


 ホセは亡骸をそっと寝かせてやると、メルチェとオクリーへ視線を移す。二人はどんな表情をして良いか分からず、傷だらけの遺体を見下ろして唇を噛んだ。


「皆、固まってる場合じゃない。ノウン様の元に行って、アプラホーネを止めに行くぞ!」


 ホセが無理をしたような調子で声を張り上げる。サンフレームを抱いていた両腕は血塗れで痛々しい。

 ホセの言う通りノウンの元へ行きたいのは山々である。しかし、目的地にはもう到着しているはずなのだ。戦闘中の混乱で現在地を見失ってしまったのか、ノウンが掘削していたトンネルはどこにも見当たらない。


 嫌な汗が止まらない中、オクリーの脳内に声が鳴り響く。


『……………………か』


「え……?」


『……………………か』


 オクリーの脳内に、不気味に反響する声が湧き上がってきた。雑音が酷く、音も歪んでいるため、ヨアンヌのものかどうか判別できない。


『…………えるか』


 精神を集中していると、その声が意味のある言葉を紡ぎ始める。


『聞こえるか……ワシの愛しい人よ……』


「よ、ヨアンヌの声じゃない……ドルドンの声だ……!」


 その現象は、ドルドンの神威が目覚め始めた頃に発生していた。

 ドルドンに勝手に『聖母』認定されたオクリーは、聖人(セイント)の幻を強制的に見させられて、彼の神性を無理矢理体感させられることになった。


『嗚呼、愛しい人よ……ノウン・ティルティに危機が迫っておる。あの小娘が死に絶えれば、ゲルイド神聖国の基盤が揺らぐ。国境や都市防衛の要にして、食糧供給を司る魔法使い……替えは効かんぞ』


「ドルドン、敵はどこだ!? 何人いる!?」


 オクリーが聞いているのはドルドン神父の幻の声だ。後光を纏って輪郭しか見えない人影が目の前に立っていて、そいつが喋っている――ように見えた。そこに神父本来の人格はない。故に、青年の質問は無視された。

 ただ、ドルドンの形をした幻は、ある一方向を指さした。


『さぁ、行け。前に進め。人死を乗り越えて、突き進め。この国の未来は君にかかっている』


 その人差し指が伸ばし切られると同時に、太陽を覆い隠していた雲が動く。太陽から逃げるように雲海が左右に割れていって、雲間から射す光がノウン・ティルティのいる位置へおりていった。


『次はワシが君を導く番だ』


『――――走れ!!』


 その一喝に弾き飛ばされるように、オクリーの身体が動き出す。

 ホセやメルチェからすれば、オクリーが急に何も無い場所に話しかけたかと思えば、突然疾走を始めたように見えた。それでも、二人は走り出したオクリーを追わないわけにはいかなかった。


 なお、後世において、オクリーの名を冠した『聖母』がドルドンの興した宗教上の共通認識となることを、青年はもちろん知らない。

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