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エピローグ

 哲郎が経営する小料理屋『洋俊』の厨房では、制服代わりの藍色の作務衣を着た洋介と香があわただしく調理をしている。

 哲郎は、包帯がグルグル巻きになった右手を起用に使い、料理を各席へ運んでいた。

 幸い後遺症の心配はないとの事だが、田辺貴美から二ヶ月の間、料理全般とゲームを禁止されてしまった。


「洋ちゃん。これどう?」


 香は、行平鍋からスプーンで出汁を掬って、焼き飯の乗ったフライパンを煽る洋介の口に運んだ。


「うん。父さんの味よりうまい」

「ええ!? 俺の存在意義!?」

「父さん、持ってって」

「くっそおおお!! お待たせしました!!」


 手早く料理を運ぶ哲郎の姿に、客たちはクスクスと肩を震わせている。


「奥さんと息子さんに店奪われちゃったね」

「いつか取り返してやりますよ!!」

「父さん! 三番さん上がってるよ!! 早く!!」

「はいはい! ただ今!!」


 しかし哲郎は、慌ただしい日々の中でも息子が調理場で汗を流す姿に、笑みを禁じ得なかった。







 残暑だというのに、相も変わらず日差しがギラギラと降り注ぐ夕方、コンビニの前で俊介と明がアイスバーを齧っている。

 こうやって週に一~二度直接会って、近況報告と他愛のない話をするのが習慣化していた、


「でもよ海藤。あの調整はよかったんじゃない?」

「確かにね。わたしとしてはもう少し強化してもらった方がよかったんだけど……」

「にしても来週には、全国大会か。スゲーな」

「さすがに全国の優勝は、キビシイと思うけど、楽しんで来ようと思う」

「それがいいな」

「うん」


 のほほんと破顔する明に、俊介は食べ終わったばかりのアイスの棒を突き付けた。


「何て甘い事言うかと思ったか!! 優勝してこい優勝!!」

「うー体育会系はキビシイよー」


 なよなよと身体を揺らす明に俊介は、呆れ顔で言った。


「しっかりしてくれよ。お前は、俺の目標とするアスリートなんだから」


 すると明の浮かべる表情が途端に逞しくなった。

 それは正に、アスリートとしての海藤明の顔だった。


「うん。頑張ってくる」


 だがすぐにまた、いつもののほほん顔に戻ってアイスを一気に平らげた。


「そろそろ帰らないと。今日は母さん忙しいみたいだから、夕飯の支度しなくちゃなの」

「そっか。またな」

「またね、俊介君」


 走り去る明の背中を目で追いながら、


「明」


 俊介は、そっと呟き、


「絶対追いついてやるからな」


 手を伸ばした。


「最速で走って何時か必ず、そこまで追い付いてみせる」


 決意の籠った俊介の笑顔は、太陽のように輝いていた。

 初めて陸上と出会ったあの頃のように。




 おわり

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