ベッド争奪戦決着! 女忍者は温泉に行く?
サラさんの真意が分からない。
一つのベッドを僕とサラさんのふたりで使用する?
確かに女性冒険者の中には、何の抵抗も無く男性と一緒に寝る者もいると聞く。
北国や砂漠の夜では、互いの身体を暖にしながら野宿する場合もあるだろう。
あまり意識せずに、ごく自然に同じベッドに寝てしまえば良いのではないだろうか。
孤児院にいた頃はシェリーや他の女の子達とも普通に一緒に寝ていたんだし、気にしたこともない。
何せ、ベッドも毛布も足りていなかったのだ。
僕が照れた素振りを見せるから、サラさんはからかってくるのだ。
堂々としていれば良いのだ。
「分かりました。ふたりで使いましょう」
「了解してくれてなによりです。
ヴォルフさんは寝相がブルブル悪いのでベッドから追い出されないように気をつけてくださいね」
サラさんは自分が一人で使用することをアピールするように、ベッドで大の字になった。
うつ伏せになった背中で、トンボのような青い透明な羽根がぴこぴこ揺れている。
「……はい?」
少女の小柄な身体が安宿のベッドを埋め尽くしている。
足を開いているせいでスカートが際どいところまで捲れている。
あと少しで下着が見えてしまいそうだ。
「わ、私がアルネと一緒に寝るのか」
「はい。ヴォルフさん。
アルネさんを抱き枕代わりに使ってグッスリ寝てください」
「う、うむ。分かった。
普段と違うベッドだから、眠れるか不安だったのだ。
アルネと一緒なら、幼い日を思いだしてぐっすり眠れそうだ!」
「え、ちょっと待って。
体積的に僕とサラさんの組み合わせではなくて?」
「遠慮するなアルネ。私は狭くても気にしないぞ!」
ヴォルフさんの拳が、ごく厚の胸を叩く。
ズドンと、ハンマーを打ったような轟音。
安宿の天井から埃が降ってきた。
なぜヴォルフさんはハイテンションになっているのだろうか。
一角狼の突進を受けても無傷だった胸や、熊すらくびり殺せそうな腕が、暑苦しいオーラを発している。
ヴォルフさんの抱き枕になれば、いったいどうなってしまうのか。
雑巾絞りのようになった自分の姿が脳裏を過ぎる。
「話が違う。内臓でちゃいますよ。
なんで僕がヴォルフさんと寝るんですか!」
「おやおやあ。アルネさん、いまさら文句を言うんですか。
ふたりで寝ることを了解したじゃないですか。
それとも、いったい、どういう組み合わせだと思ったんですか。
ま、さ、か、私と一緒にしっとりつやつや寝たかったんですかあ?」
サラさんの背中で揺れているのが悪魔の羽根に見えてきた。
お尻から悪魔の尻尾が伸びていないのが不思議だ。
「べ、別にサラさんみたいな性悪忍者と一緒に寝たくなんかないですよ!」
目が合った瞬間に僕は言い争いの敗北を悟っていた。
たった一日で、あの邪悪な視線への恐怖が身に染みついているのだ。
僕が視線に怯えていると、サラさんは急に目をうるるっと潤ませながら、可愛らしい声を出す。
「ごめんね、アルネきゅん。
私、寝るときは裸だから、一緒のベッドは恥ずかしいの。
アルネきゅんは男の子だけど、女の子のおっぱいに興味なんてないよね?」
「え……?!」
「ちなみに私も、寝るときは裸だ!」
ぎこちなく振り向いた視線の先で、寝そべった巨漢が「早くここに来い」という感じでベッドのわずかな隙間を叩いている。
簡素なベッドは、足からぎしぎしと苦しげな悲鳴をあげている。
(駄目だ。あの悲鳴は、未来の僕の悲鳴だ!)
いやな汗が出てきた。
たくましい胸と腕の中で密着していたら、明日の朝には新しい趣味に目覚めてしまう怖れがある。
全身がぬるぬるで気持ち悪くなった。
「ヴォルフさんとサラさんが一つのベッドを使うというのはどうでしょうか」
「体格差を考えてください。私、潰れちゃいますよ」
「僕だって潰れちゃいますよ!」
僕は隙間の余りまくっている方のベッドへ詰め寄るが、サラさんは断固拒否。
スカートの中が見えそうになるのを気にもせず、足で押し返そうとしてくる。
だが、力比べでは僕に分があるようだ。
サラさんを押しのけてベッドを奪い取ることも可能だろう。
けれど、背後から聞こえた悲しげな声が僕の身体から力を奪う。
「まさか、アルネは私のことを嫌っていたのか」
振り返って目にした瞳には、涙が浮いている。
「わ、私は何か、お前に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。
教えてくれ。まだまだ到らぬ身だが、私に問題があるようなら直したい。
私はお前ともっと仲良くなりたいのだ」
濡れて輝きを増した眼差しを見ていたら、罪悪感が込みあげてきた。
ヴォルフさんは立ち居振る舞いや口調からして高い身分のようだし、他人との接し方が手探りなのかもしれない。
「ごめんなさい。別にヴォルフさんを嫌っているわけではありません。
仲間として信頼しています」
「そうか。嫌われていないようで、安心したぞ。
お前に嫌われてしまったら、旅が一気につまらなくなってしまうからな」
どちらからともなく手を出し、固く握手をする。
だが、譲れない一線はある。
僕はベッドとベッドの中間の床に座った。
「ど、どうしたのだ。遠慮せずに一緒のベッドで寝ようではないか。
私は別にお前と一緒でも構わないのだぞ。
抱き合えば、十分、ふたりで寝れる広さだぞ。
私はお前の体温で眠りたい!」
ヴォルフさんの積極さが怖い。
「……僕が床で寝ます。
安物のベッドじゃ、ヴォルフさんの巨体を支えるだけで限界ですよ。
心配しないでください。野宿することを思えば、天井があるだけでも天国です」
「む、むう……」
ヴォルフさんは唸った。
好意が伝わらなかったことを残念に思っているのだろう。
けして、僕と密着して一緒に寝たかったが、願いが叶わなかったことを残念がっているわけではない。
と、信じたい。
「あっはっはっ。
ベッドの配分も決まったことですし、お風呂に行きましょうか。
村に何件かありましたよ。
大衆浴場なんて初めてですから、ドキワクですよ」
立ち上がったサラさんの手には、既にタオルや着替えの入った桶がある。
着替えは兎も角、桶なんて何処にあったんだろう。
「おやおやあ、勇者さま何を想像したんですか、顔が真っ赤ですよ。
ふっふっふっ、お喜びください。なんと混浴ですよ、混浴。
都では男女別のお風呂が当たり前になってきていますが、
ヘルンでは、まだ混浴が主流のようですよ」
「まじで?! いえ、……後から入ります」
サラさんが手を引っ張ってくるが、僕は断った。
お風呂という言葉に反応して、サラさんの裸を想像してしまったのだ。
既にからかうネタをいくつも与えているのに、一緒にお風呂に入ろうものなら絶対に酷い目に遭う。
「ふーん。
まあ、女忍者のお風呂を覗くのは、男性の特権です。
いつでも来てくださいよ」
「はいはい。都合のいいときだけ忍者なんですね。
サラさんは呪術師なんでしょ?」
「おっと、うっかり。
忍者ではなく呪術師です。
それではヴォルフさん。ふたりで行きましょうか」
「うむ」
「いってらっしゃい」
僕は出ていくふたりを見送ると、安堵の溜め息を吐いた。
少しだけ一緒にお風呂に入ったり、覗きに行ったりしようかと思ったが、すぐに諦めた。
「我が主のたくましい棍棒と違って、勇者様のひのきの棒はガリガリで攻撃力が無さそうですね!」
どこかの忍者なら下品なことを言いながら、ガン見してきそうだ。
冒険初日で自信を喪失して、リタイアしてしまうかもしれない。
さらにヴォルフさんの態度も妙に気になったのだ。
口には出していなかったが、僕と一緒にお風呂に入りたがっていたように思える。
「背中の洗いっこをしないか?」
ヴォルフさんの声が、やけに脳内でリアルに想像できた。
不意に胸がちくりと痛んだ。
サラさんとヴォルフさんは一緒にお風呂に入るのか。
ふたりはいったいどういう関係なのだろう。
詳しく聞くとはぐらかされるから分からないが、おそらく、ヴォルフさんは貴族。
サラさんはヴォルフさんの家に仕えているのだろう。
ヴォルフさんは二十歳で、サラさんは十六歳、
男女の関係になっていたとしてもおかしくない。
我ながら貧相な発想だが、女性メイドが男性主人の身体を洗っている姿が思い浮かぶ。
「まあ、別にどうでもいいけどさ」
一人だけ除け者になったようで疎外感があるのだろうかと考えつつ、寝転んだ。
床に寝転んで見上げると天井は、やけに高い。
腕を枕代わりにしてみたが、何度か触れたサラさんの身体と違って随分と固かった。
仕方ないから、ふたりが戻ってくるまで軽く眠ることにした。




