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13.ヘンドリクス

「――それでマイルス様。この少年には、やはりマイルス様とチャック様が直接に指導されるのですか?」ガンズが一歩前へ出て尋ねた。

「いや、今回ばかりは時間が無いからの。別の者に頼むことにする」

「別の……者ですか?」一同は、チャックの意外な返答に顔を見合わせた。誰もがマイルスとチャックのもとで伊織を育てるものだと思っていたからだ。

「うむ。残念ながらわしもチャックも、短期間で一人前に育て上げられるほどの体力は、もう残っておらんのじゃ」

マイルスでもチャックでもない。ならば一体、誰がこの小さな勇者を育て上げるというのか。実力と経験的に言えばU2になるが、とにかく一同は長老の次の言葉を待った。

「伊織よ?本来ならば、遠方より訪れたそなたの労をねぎらうべく、宴を開きたいところじゃが、そうもいかん。ナマルゴンは己の体を探し出すことに血眼になっておるからの。奴の魂と肉体が一体となる前に何とかせねばならんのじゃ。よってそなたはこれより修行に入ってもらう。疲れているところ悪いのじゃが、分かってほしい」

伊織は神妙な顔つきでほんの小さく頷いた。唐突に修行の話をされても、未だ心の準備が出来ていないからだ。不安といえば不安であろう。当然のことだ。

「ほっほっほっほ。伊織も皆の者も、そんな不安気な顔をするでない。今からそんなんでどうするんじゃ?」チャックが穏やかに笑って言った。「なあに、心配せんで良い。伊織の修行の相手は既に呼んでおる」

「では、チャック様。その者とは一体?」U2が聞いた。

「ふむ。U2よ、おまえがよく知っておる者じゃ」チャックは何やら意味ありげな笑みを見せて答える。

「私……がですか?」

「――それにジャニスとレイラもな」

「えっ?」

ジャニスとレイラ、そしてU2は互いの顔を見合わせた。すると、自然とある一人の男の顔を脳裏によぎらせた。

「ま、まさか!?」U2は、信じられない、と言わんばかりの表情で声をあげた。が、チャックは「そのまさかじゃよ」と何食わぬ顔で、さも当たり前のように答えた。

「ま、まさか……本当に……そ、そんな……?」レイラとジャニスも驚きのあまり、思わず両手を口で塞ぎ、息を飲む。

――と、その時だった。

「――ハッハッハッハ、その通りだ!オレだっ!」突然、クリスタルの間に何者かの声が響き渡ってきたのだ。と、同時に祭壇の前の空間が長方形の形に切り裂かれると、次の瞬間、それは扉のように蹴り破られ、その奥からなんと一人の男が姿を現したのだ。

「ヘ、ヘンドリクスっ!?」

「お兄ちゃんっ!?」

ヘンドリクスと呼ばれた男は、クリスタルの間へ降り立つと、じっくりと舐めるように周囲を見回した。まるで野良犬や野良猫が縄張りを見渡すように。

「……ったく、全然変わってねーなあ、この辛気臭さは……」男は半ば呆れた表情で笑うと、手にしていた重厚な剣を軽々と巧みに振り回し、刀身をきれいに鞘の中へ収めた。その様はまるで時代劇に登場する侍の姿を伊織に連想させるほど無駄のない、美しい動きだったが、その格好は何とも妙な違和感すら覚えさせた。

青い作務衣に身を包み、手拭いを被った頭。そして腰周りには柔道の黒帯のようなものを巻き、そこに剣を刺している。口には何やら細長い草か何かの茎のようなものを咥え、足元はビーチサンダル。おおよそ魔法族とも侍とも思えぬ、どこか間の抜けた格好だ。例えるなら、日本マニアの外国人が身の回りで手に入るそれらしい物を集めて着飾ったような、そんな滑稽ささえ感じさせた。

当然、皆の視線はこの男に注がれていた。この場に相応しくない風貌と立ち振る舞い。そしてその違和感に呆れたような、冷めた眼差しを浴びながらも、男は苦もなくそれを鼻で笑っている。

「ほ、本当におまえなのか、ヘンド――」

「お兄ちゃんっ!」U2の声を遮るように、ジャニスとレイラが男に抱き付いた。そしてこの光景に驚いたのは、マイルス、チャック、U2以外の魔法竜騎士団だった。

「――ちょっ……ロクセット。ど、どういうことだ、『お兄ちゃん』って?」フレディーが呆然と聞いた。当然であろう。事情を飲み込めぬ者は皆、困惑しているのだ。

「わ、分からん。ま、まさか、あの男がジャニスとレイラの兄貴だってのか?」ロクセットも、フレディーの質問に質問で返すほどポカンとしている。

「フフっ。その通りだ、ロクセット。あの男の名はヘンドリクス。レイラとジャニスの実の兄貴だ。かつてまではな」答えたのはU2だった。しかしU2自身も、突然の旧友の来訪に驚きを隠せない様子である。

「えっ!?そ、そうなのか!?聞いてないぜ、あの二人に兄貴がいたなんてこと」ガンズが言った。

「そうか?まあ、おまえたちが知っておかなければならない話でもなかろう」

「そ、そりゃそうだが……ま、まさか、あの二人に兄貴がいたなんて……」

「――そ、そういえば聞いたことがある。かつてU2と共に、次代の魔法界を背負って立つ男が魔法界から出て行ってしまったという話を……」リバーは、遠い昔に聞いた微かな記憶を絞り出すように口を開いた。「まだ、オレが物心つく前の話だ。素質、才能、実力共にズバ抜けた男が、どういうわけか魔法界よりも人間界に関心を持つようになり、魔法修行を投げ出すかのように、たった二人の家族をも置き去りにして《風の谷》から出て行っちまったという……。確か……どこかの語り部から聞いた物語だったはずだが……まさか現実の事だったとは……」

「マ、マジかよ?いや、そんなことよりU2!まさか、あんなチャラチャラした男が、伊織という少年に魔法を教える、と言うんじゃないだろうな?」

「ああ、どうやらそのようだな」U2は、何だか嬉しそうに口元を緩めてフレデーに答えた。

「お、おい、ちょっと待てよ!あんなチャラ男に《レインボー勇者(チルドレン)》を、この地球の未来を任せるって言うのか!?」

「マイルス様とチャック様が決められたことだ。何か深い思案があってのことだろう」フレディーとは対照的に、U2は、ヘンドリクスが妹たちと触れ合っている光景に目を細めている。

「お、おい、U2!何をニヤニヤしてるんだよ!?まさか、おまえもあのチャラ男に伊織を任せても良い、と思い始めてるんじゃないだろうな?」フレディーは、冗談じゃない、といった表情で鼻息荒くU2に詰め寄った。

「ちょっと待て、フレディー。落ち着けよ?奴は長い間、人間界を生きてきた男だぞ?人間である伊織に魔法を授けるのはヘンドリクスがうってつけってことくらい想像がつかんか?大体からしておまえ、ヘンドリクスのことをチャラ男と呼んでいるが、言葉に気をつけろよ?こんなことを言うのもなんだが、ヘンドリクスはおまえの兄弟子でもあるんだぞ?実力も相当なものだ」

「おいおい、U2?この《風の谷》から逃げ出した、あんなチャラ男を兄弟子と呼べと言うのか?そんな奴の実力など当てに出来るわけがなかろう」

「そうじゃない。とにかく話を聞くんだ」U2は、フレディーをなだめようと取り掛かるが、タイミング悪くそこにヘンドリクスが口を挟んできた。

「フフン。残念だが、今の君のレベルじゃあ、不可能だな」

「――なんだと?」フレディーの目に血柱が立つ。ヘンドリクスは妹たちとじゃれ合いながら声をかけてきたのだ。フレディーは格下扱いされたような屈辱を感じたのだ。

「――ほら、もう離せ。そんなくっつくなよ」ヘンドリクスは、自分の胸に抱き付く妹たちを多少強引に押しのけると、襟元を正しながらU2とフレディーのもとへ歩いてきた。

「久しぶりだな、U2。変わりはないか?」

「ああ、変わりはないさ。おまえこそ元気そうで何よりだ、ヘンドリクス」

二人は久し振りの再会に手を握り合うと、強く抱擁を交わした。

「ヘヘ、そんな名で呼ばれるのも久し振りだぜ」ヘンドリクスは少しだけ照れくさそうに、人差し指で鼻を擦った。

「そりゃそうさ。おまえがこの谷を飛び出なけりゃ、ずっとそう呼ばれていたんだぜ?」

「フッ。まあ、その通りだ。しかし、見違えるように逞しくなったな?」かつてのU2とは思えぬほど、ヘンドリクスの目にはその実力が映っているようだ。

「まあ、おまえが去っちまった以上は、残ったオレが頑張らにゃならんからな。マイルス様やチャック様におんぶにだっこというわけにもいかんだろう?後輩にも示しがつかん」

「ハッハッハッハッハ!確かにそうだな!爺さんたちの跡を継ぐおまえがしっかりしてないと、魔法界のお先も真っ暗だしな!」ヘンドリクスは声を張りながら笑った。

「まったく、おまえって奴は……。そのマイペースさが羨ましいぜ。この中途半端不良魔法使いが」

「おっと、それを言うなよな?今じゃすっかり人間らしく成長したんだからな」

「魔法族のくせに何が『人間らしく』だ?馬鹿を言うんじゃない、ほんとに」

どうやら二人の間には、交わす言葉以上に伝わるものがあるようだ。長年顔を合わせることが無くとも、深く強い絆がそうさせるのであろう。

「――そういやおまえ、もう一人子供が出来たんだってな?本当なのか?」

「ああ。相変わらず耳が早いな。まあ、おまえも知っての通り、女の子と男の子がいるが、もう一人子供が宿ったんだ。まあ、今回の件が落ち着いたら遊びに来いよ。土産を忘れずにな」

「フフ。そうだな。おまえの人間振りってやつを見てやらんとな」

「おいおい。いくら同い年といっても、人間としちゃオレの方が先輩なんだぜ?ちゃんと敬語を使えよな?」

「人間界を訪ねた時には敬語を使ってやるよ。ただし、おまえがちゃんと人間らしく振る舞えていればの話だぜ?」

「――っかー。おまえにチェックを入れられたら、絶対、ダメ人間扱いされちまうよ」

「フフフ。それが嫌なら、しっかりと人間らしくするんだな。まあ、無理だろうけどな」

いつでも厳格で礼節を重んじ、義に生きるU2だが、こんなにも無防備な笑顔をさらけ出す様はまずない。後輩たちは、U2の砕けた表情を初めて見たと言っても良かった。

「――しかし、あれだな?おまえも弟弟子には苦労してるようだな、U2よ」

 「な、なんだと?」何気ないヘンドリクスの言葉にフレディーが反応する。そして、その背後から意味ありげな咳払いが聞こえてきたのはその時だった。

「ウ…ウウン。オホン……ウホン、うっううん」

「――あっ、こりゃ失礼っ!U2、ちょっと外すぜ?」ヘンドリクスは肩をすぼめると慌てて後ろを振り返り、長老たちの前に敬礼の姿勢を構えた。咳払いはチャックのものだった。

「よお、ヨボヨボ爺さんたち。お久しブリーフ!あっ、これはうちの家族で流行ってるギャグですわ。まあ、お変わりありませんでしたか?っていうか、あれから更に老けましたねえ?」ヘンドリクスは、さも友人を前にしたように軽い口調で挨拶を口にした。おおよそ長老たちへの尊敬の念も、そしてこの場に呼ばれた事の重大さもあったものではない。

「ほっほっほっほ。相変わらずじゃの、この男は。のうマイルス?」

「ほんとじゃ!それよりも、おまえが残したジャニスとレイラを男手で育てることがどんだけ大変じゃったか……っ!ある意味、魔法修行より厳しい面があったわい!」

「それは大変でしたねー。でも感謝してますよ、一応ね」ヘンドリクスはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。

「礼を言う時はニヤつくでないわ!それに、なんじゃ、そのだらしない敬礼は!?人間界に移住しても、魔法族の敬礼ぐらいしっかり出来んでどうするんじゃ!?」久し振りの再会にもかかわらず、マイルスはすっかり呆れた表情だ。

「まあ、良い。しかし、今回の件……よくぞ引き受けてくれた。感謝するぞ」チャックが穏やかに言った。

「おいおい、何言ってんだよ?爺さんたちの頼みを断ることが出来ないのを知ってるくせによー」ヘンドリクスはそう言うと、チャックの肩に手を置いた。何気ない触れ合いの光景だが、魔法族は相手の肩に触れることで、その者の体調や精神状態を密に感じ取ることが出来るのだ。と同時に相手に肩を許すということは、その者との信頼関係が成立しているということでもある。

「――うむ。誠に感謝するぞ。恩に着る。おまえには昔から苦労をかけて……まあ、今はそれは良いとして、とにかく今のおまえが元気なら、それで良しとしよう」どうやらチャックは、過去のいきさつを思い出したようだ。が、すぐに話を濁した。

「だから、そんな水クセーことは言わねえでくれよ?他ならぬオレと爺さんたちの間じゃねえか。それにU2の助けになるってんなら、いつだって駆け付け――」

「おい、ちょっと待ってくんねーか?」

ヘンドリクスの言葉を遮り、突然、間に入って来たのは、他ならぬフレディーだった。フレディーは背後からヘンドリクスの右肩をつかみ引っ張ると、強引に自分の方へと振り返らせた。

「うん?何か用か、フレディーくんとやら。今は爺さんたちに挨拶してるから、出来れば後が良いんだがな」ヘンドリクスが余裕の笑みを見せて言う。

「これ、二人とも!」どうやら似た者同士の間に挟まれた長老たちは、呆れたように釘を刺した。

「大丈夫だよ、爺さん。何の問題もない」ヘンドリクスは、フレディーに胸倉をつかまれたまま言った。陽気な口調とその飄々とした表情は変わらない。

「おい、おまえ。さっきから聞いてりゃ、マイルス様やチャック様に対して随分と無礼な口の聞き方をしてるが、何様のつもりだ?」

「いや、別に何様というわけでも――」

「ふざけるなっ!今すぐマイルス様とチャック様に跪いて無礼を詫びろ!」そう迫ると、フレディーは胸倉をつかむ手に更なる力を込めた。

そしてそこへ、U2が慌てて割って入ってくる。

「やめろ、フレディー。場をわきまえるんだ!」

「U2よ?場をわきまえるのは、この男だろう?だいたい、こんな奴が何をして地球を救えるって言うんだ?」

「いいから離れるんだ、フレディー。話は後でも出来る」U2は、二人を引き離そうと試みたが、フレディーは意地でも言う事を聞かない。

「――おい?聞いた話によると、おまえは《風の谷》からトンズラしたんだってな?どうせ修行が辛くて逃げ出したんだろう?」

「やめろ、フレディー!とにかく離れるん――」

「いや、構わん」U2を遮るように今度はヘンドリクスが言葉を繋ぐ。

ヘンドリクスはU2の腕にそっと手を置くと、フレディーの言葉に対し返事を口にし始めた。

「――ああ。まあ、その通りだなあ。その、なんだ?修行ってやつがかったるくてなあ。魔法界の仕来たりってやつもオレの性に合わなくて疲れちまったんだな。でも、フレディーくんとやら。なぜか初対面なのにオレのことが憎いようだが、とりあえず先輩として一言だけ忠告しておくぞ?U2を困らせるようなことだけはするもんじゃないぜ?」変わらぬ口調でヘンドリクスは答えた。

「U2を困らせる、だと?バカ言ってんじゃないぜ?おまえがU2を困らせているんだろうが!」フレディーはどうにも引き下がることが出来ないようだ。

「いいからおまえは下がれ。この男の過去は別として、今日はマイルス様とチャック様の客として来ているんだぞ?」U2は、とにかくこの場を治めようと、強引に二人を離そうとしている。まるでフレディーをヘンドリクスから守ろうとするかのようにだ。しかし、それが逆に気に入らなかったのか、フレディーはヘンドリクスの胸倉から手を離すと、苛立ちをぶつけるように、ドン、とU2の胸を叩くように強く押し返した。

「なんだ、U2!おまえはどっちの味方なんだ!?こんな、修行から逃げ出した奴をかばうってのか!?」

「そうじゃない、フレディー。おまえは誤解しているんだ」

「誤解もクソもあるかっ!そもそも、オレたち魔法竜騎士団は馴れ合いの仲良しクラブじゃないんだ!こんな非常時におまえが馴れ合ってるんじゃ、オレたち下の者が困るん――」

「そこまでだ、若いの」

――と、フレディーがU2の胸倉をつかんだ瞬間だった。突然ヘンドリクスの目つきが変わったのだ。

「ま、まさかっ!?やめろ、ヘンド――」

U2が、今度は血相を変えてヘンドリクスを止めにかかろうとした。が遅かった。ヘンドリクスが両手の平で目の前の空気を圧縮するように押し込むと、途端にフレディーの体が潰され始めたのだ。まるで見えない巨大な壁の圧力が前後左右、上下から押しかかったように。その姿はまるで象に踏み潰されたアリのように凄惨なものだった。

「や、やり過ぎだ、ヘンドリクス!」U2は大声で叫びながらフレディーを抱きかかえた。と、そこへ伊織も思わず駆け寄り、虫の息と化したフレディーの手を握った。すると瞬く間にフレディーの傷が癒え始めた。一同は、五秒にも満たぬこの一連の出来事に唖然とし、すっかり声を失ってしまっていた。

やがてフレディーが回復し、意識を取り戻すと、ヘンドリクスはその場にしゃがみ込み、無愛想な口調で話しかけた。

「おい、フレディーくんとやら?よく聞け。二度は言わないぜ?U2を愚弄するような言動はオレが許さないぜ?U2は努力だけでこの地位までのし上がって来た男だ。おまえらごときと同じレベルで生きちゃいないんだよ。それと……このポン助が機転を利かしておまえを助けなかったら、とっくに死んでたところだぜ?感謝するんだな」そう言うとヘンドリクスは、伊織の頭を雑に撫でると、すっと腰を上げ、再び長老たちのもとに歩み寄った。折られた話の続きを再開させる為だ。

「よお、爺さんたち。すまなかったな?ちょっと後輩の指導でムキになっちまいました」何食わぬ顔でニヤつきながらヘンドリクスは口を開いた。当然、長老たちは容認出来るはずもない。

「――こっ、このバカもんがあっ!なんてことをしてくれたんじゃ、この!」

「ほんとじゃ!フレディーの口は悪かったかもしれんが、それを誘ったのはおまえの言動じゃろうが!フレディーは、この大事な魔法界の未来を担う男じゃぞ!魔法界をブチ壊す気かっ!?」

長老たちもすっかり怒り心頭のようだが、ヘンドリクスは変わらず飄々としていた。「……はい。申し訳ござんせんでした」と一応は詫びの言葉を口にするものの、その表情に反省の色はない。昔と変わらぬいつもの態度だ。

「――まったく!魔法戦士たるもの、心技体、そして仁義礼智信厳勇を大事にせんといかん、とあれほど言ってきたにもかかわらず、その歳になってもその様とは、実に情けない!」

「そうじゃ!おまえがU2のことを悪く言われることに我慢出来ないのは昔からじゃが、それにしても、もう少し冷静さを保てるようにせい!?ましてや、おまえは父親なんじゃから、そんなんで親を名乗られても子供が信頼せんぞ!?」

「はい。仰る通りでーす。それより爺さん、ぶっちゃけ時間が無いんだろう?早いとこ状況説明をしてくれよ」

「な、何を言っとるんじゃ、このバカもんがっ!おまえが原因で何も話せなかったんじゃろがっ!」全く悪びれぬ弟子の態度にマイルスは声を荒げ続けた。そのせいか再び激しい咳に見舞われると、すぐに駆け寄ったジャニスとレイラに肩を駆りるはめになった。ヘンドリクスの言動に手を焼き、そしてその妹たちに肩を借り、背中をさすられるとは、マイルスも気持ちのやり場に迷う思いだろう。現魔法界最高位の威厳もあったものではない。

「――まあ、これ以上、時間を無駄にするわけにもいくまい。では、マイルスの代わりにわしから用件を言おう。伊織や、こっちに来てくれんかの」

伊織は、チャックにそう呼びかけられると、すぐ隣にいるU2を見た。共に介抱しているフレディーの状態が心配なのだ。

「フレディーなら、もう大丈夫だ。おまえのおかげで命拾いした」

伊織は、U2の言葉に小さく頷くと膝の埃を払い、チャックのもとへと向かった。

「うむ――。ではヘンドリクスや。この少年が、ジュードの意志と力を受け継ぐ《レインボー勇者(チルドレン)》じゃ。我ら魔法族と竜族、そして人間界の救世主であり、何よりこの地球を護れる唯一の希望じゃ」チャックは、さも自慢げな言い回しで伊織を紹介した。

「ああ、一目見てすぐに分かったよ。オレたち魔法族にはない治癒力、それだけに限らず、内に秘めたる魔力も相当なものだ。魔力だけならオレとU2を足しても敵わんだろうな」

「――うむ。わしらもそう見とる。おまえとU2の魔力は、わしらが若かった頃以上のものじゃが、この伊織はそれ凌駕するほどじゃ。魔力だけならおまえの言う通り、U2とおまえを合わせた以上になるかもしれん」

「ああ。それでオレは、このポン助をどう料理すりゃ良いんだ?」

「ポ、ポン助?」伊織は少しだけ口を尖らせた。がヘンドリクスは気にも留めていない。

「うむ。これだけの魔力なら、魔抗力も充分じゃろうから、魔操力を徹底的に鍛えあげれば良い。あとは《レインボー勇者(チルドレン)》の血の本能が目覚めるであろうからの。それと併せておまえの剣術も教えてやってほしい」

 「……つまり、小宇宙(チャッカ)聖力(ムッタ)を目覚めさせんとならんようだな?しかも剣術となると、陸・海・空・風・陽・影のうちどれを身に付けさせれば良いんだ?」

「全てじゃ」チャックは迷うことなく、きっぱりと答えた。

「ぜ、全部だと?本気で言っているのか?」

ヘンドリクスの問いかけに、チャックは一切目を逸らさない。

「時間が足りん。無理だ。U2やオレでさえ聖力(ムッタ)はおろか、小宇宙(チャッカ)すら体得していないというのに……」

「時間なら創れば良い。それにおまえに小宇宙(チャッカ)が無くとも、伊織が手に出来るように導いてくれれば良いのじゃ」チャックは、さも意味あり気に答えた。どうやら全ての存在を犠牲にしてでも伊織を育てる覚悟があるようだ。

「そ、そこまでするのか?」

「最悪、どうしようもない時は仕方あるまい。小人族もこの状況を既に分かっておる。わしらと共に覚悟と運命を胸に秘めているはずじゃ。我々は例え種を超え、その一族全ての命を犠牲にしてでも、ナマルゴンを倒すまではこの少年を護り、育てねばならん」

「……死ぬ気か?」ヘンドリクスは、チャックのその言葉に初めて表情を曇らせた。

「ほっほっほっほ。誰でも不本意には死にたくないものじゃ。わしはの、おまえの子供を見るまでは死ねんよ。さぞやおまえに似て無礼なんじゃろな?」チャックは敢えて話を逸らし、おどけてみせたが、ヘンドリクスやU2にはその裏の想いを痛いほど感じていた。それだけに逆に辛いものが胸の内に込み上げてくる。

「ヘヘ。年老いた爺さんたちがオレの子供に勝てるわけがなかろう?返り討ちになっちまうぜ?」ヘンドリクスは再び陽気に振舞い出した。長老の意を汲み取ったのだ。

「ほっほっほっほ。年老いても昔取った(きね)(づか)。おまえやU2に敵わなくとも、おまえの生意気な子供にゃ負けんわい。のう、マイルス?」

「まったく……。まあ、それは地球に平和を取り戻してからじゃ。とにかく、まずは伊織を紹介がてらに、これをピーターに渡すと良い」マイルスはそう言うと、袖口から《不死鳥の羽》をひとつ取り出し、ヘンドリクスに手渡した。

「……分かった。種を超えしその意志。確かにオレが引き継ごう。しかし、オレが本気になったら……こいつはどうなるか分からんぞ?」

「その時は、わしらも地球も終わる時じゃ」チャックとマイルスは目を細め、穏やかに笑みを浮かべた。既に死を受け入れたうえでの崇高なる境地に立っているのだ。

「――良かろう。そこまで言うのなら、オレの命、オレの全てをこいつに捧げよう」

「バカを言っちゃいかんぞ?おまえは生きねばならんのじゃ。魔法界の未来をU2に全て背負わす気か?」

「フッ。あんたらに何度も助けてもらった命だ。今更惜しくはねえよ。だが安心しな。そう簡単に死にやしねえからよ。まあ、仮に死んだら、オレの子供の面倒も見てもらうとしよう」ヘンドリクスは、またもニヤけながら言った。

「バ、バカを言うでない!親子二代に渡ってわしらをコキ使う気か!?」チャックは、ますます口元を緩めながら、杖先でヘンドリクスの胸を突ついた。チャックはヘンドリクスが可愛くて仕方ないのだ。しかし、一方のマイルスはそうではない。

「まったく、少しは謙虚に出来んのか!?後輩たちはおまえの言動を見ておるんじゃぞ?自覚せい!」と終始、呆れた表情を保っている。

「フフ。そのぐらい怒る元気があれば、まだまだ心配はなさそうだな?」そう言うとヘンドリクスは、再び口元を緩めた。

「――まったく、けしからん奴じゃ。しかし……まあ、とにかく頼んだぞ?」どこか不本意なところもあるが、マイルスも最後にはヘンドリクスに全てを託した。

「ああ。じゃ、今から早速、このポン助を連れて行くぜ?そんだけの宿題・・を出されたんじゃ、一秒とて無駄に出来ん」

「ああ、頼む」

「じゃあ、後は任せといてくれ。それとレイラ、ジャニス」と、最後にヘンドリクスは、妹たちに顔を向けた。

「今回の一件が無事に済んだら迎えに来る。その時こそ一緒に暮らそう」兄の顔つきでヘンドリクスは言った。心のどこかではやはり妹のことを案じているのだろう。

そしてヘンドリクスは瞬く間に鞘から剣を引き抜くと、背後の空間を一刀両断した。

「――行くぞ、ポン助。付いて来るんだ」そう言うとヘンドリクスは、U2を一瞥した。二人は最後に何を語るでもなく、目を合わせただけで別れの挨拶を交わした。しかし伊織は、何やら納得がいかないような、渋った表情で下を向いている。「ポン助」と呼ばれたことが癪に障っているのだ。

「伊織や。気を悪くするでない。あの男は大した奴じゃぞ?一緒におれば、おまえの成長に大いに役立つであろう。実りある収穫が出来るはずじゃ」チャックがそっと肩に手を置き、言った。

「……でも、なんか好きじゃない」伊織は爪先で床を削るように足を蹴り上げる。

「そんなことはない。おまえにとって大切な出逢いとなる男じゃ。ほれ?おまえの国のの言葉で『一期一会』という言葉があるじゃろう?ヘンドリクスとの出逢いは、まさにそうなるはずじゃ。わしらが保証する。あの男の無礼な振舞いはたまに傷じゃが、わしとマイルスがおまえに嘘を言うと思うか?」

伊織は少しだけ黙った後、首を横に振った。そういえば長老たちは、いつの間にか伊織のことを「おまえ」と身近な呼び方で呼んでいることに気付いた。きっと自分のことを信じ、期待してくれているのだ。伊織は直感的にそう思った。

「わしらを信じるのじゃ。そして次に再会する時は、成長したおまえの姿がそこにあるはずじゃ。それを楽しみにしておるぞ?さあ、胸を張って行くのじゃ、《レインボー勇者(チルドレン)》よ」

伊織は優しく背中を押されると、無言でヘンドリクスのもとへと向かった。そして斬り裂かれた空間の中に足を踏み入れる直前、伊織は後ろを振り返った。急に長老たちやロクセットとの別れに寂しさを覚え始めたのだ。

伊織はマイルスとチャックに目礼をし、そしてU2と共にフレディーを介抱するロクセットと目を合わせると、うん、と頷いた。

そして伊織が扉の中に身を入れると、裂かれた空間が音もなく元通りに戻り始める。


「伊織を、地球を頼んだぞ。ヘンドリクス」

マイルスとチャックの眼差しは、消えた二人の空間の行方を見つめながらそう語っていた。

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