迷彩の下
高官たちは、我先に会議の間から出ていった。
彼らの背中を見送ったアリアロスは、最後の一人――ルゼーが姿を消し、扉が閉められた後もまだ、じっと扉を見続けていた。
「軍師殿」
と、ガウバルトに声をかけられて、やっと視線を扉から外した。
「ああ、なんだい?」
夢から覚めたような顔を向けるアリアロスに、「はあ」と、ガウバルトがため息を付く。
「なんだじゃないでしょう。どうしました? そんなに見つめて。扉の模様でも気になったんですか?」
「ああ……いや、早いな、と思ってね」
「逃げ足が、ですか?」
「うん? まあ、そうだね」
どこかはっきりしないアリアロスの答えに、ガウバルトがまた、ため息を付く。
「呆けてる場合じゃありませんよ。気持ちはわかりますがね。さあ、あっちに移動してください。皆さんもう、集まってますよ」
促す方向に視線を動かして見れば、広間の上座――グレンとキリザの前に、人が集まっていた。
「ああ、そうだった」
目を見張ったアリアロスは、あわてて椅子から立ち上がろうとした。が、ガウバルトに肩を抑えられた。
「急に立ち上がらんでください。あわてると、また転びますよ」
と、ガウバルトがアリアロスの腕を取り、なんと、シャルナーゼまでが椅子を引いてくれた。
「……」
丁寧な扱いに、アリアロスは驚いた。転んだ後に助け起こしてくれることはあっても、転がる前に何かしてくれたことなど記憶にない。
「……どうしたんだい?」
怪訝な顔を向けるアリアロスに、ガウバルトとシャルナーゼが顔を見合わせて笑った。
「同情してるんですよ。異形の伴侶にさせられるんですからね。せめて、身体の痛みくらいからは、遠ざけて差し上げたい、と、俺らだって思うんですよ」
「ああ……そうか……」
いまさらそれに気付いたようなアリアロスに、シャルナーゼが訊ねる。
「大丈夫ですか?」
「え? ああ、大丈夫だよ」
「驚きすぎて、おかしくなったんじゃないでしょうね?」
と微笑むガウバルトに、
「ああ、そうかもしれない」
アリアロスもほんのり笑って答えた。
ガウバルトとシャルナーゼが、アリアロスの、どこかまだ覚醒していないような横顔を、心配顔で見下ろす。
「……」
「……」
護衛二人が揃って珍しい表情を顔にのせている。
というのに、アリアロスはそれに気付かないのか、二人を置いて、すたすたと歩き出した。
向かうはアリアロスと同じ、伴侶となった人物たちと、その側近らが集まっている上座だ。
「早い。いや、それはいい。いや、いいのか?」
ひとりぶつぶついいながら進むアリアロスの後を、護衛たちは首を捻りながらついて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
『驚きすぎて、おかしくなったんじゃないでしょうね』
というガウバルトの声に頷いたアリアロスだったが、実はそれほど驚きもしなかったし、驚きの感情は会議の前に、すでに消え失せていた。
緊急召集会議、護衛や側近の異例の出席、さらにその顔ぶれを見てしまえば、会議で何がなされるか――アリアロスには答えが出ていた。
もちろん、自分が伴侶になるのだ、とわかったときは正直驚いた。自分が選ばれるなどありえないからだが、よくよく考えてみれば、そうなることもありえる。その可能性に思い至れば、今度は、
でもこれは逆に、まずいんじゃないだろうか?
危ぶむ気持ちにとらわれた。
それが、アリアロスの中でわだかまり、どこか現実感のない、うつろな態度となって出てしまった。
どうしようか? 玲様はどうするおつもりだ? 一度宣言されたものを、取り消すのは容易なことじゃない。玲様ならおわかりだろうに。やはり世界が違うからだろうか?――
考えながら歩いていたアリアロスは壁にぶつかった。と思ったら、人だった。
「大丈夫ですか? アリアロス軍師。考え事をしながら歩くのは危険ですよ」
優しい声が降ってきた。顔を上げると、レイヒが微笑んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
ヤーヴェは「ほうっ」と安堵の息を落とした。
アリアロスが自分たちの元にやって来たはいいが、彼はずんずん進み、止まるはずのレイヒやソルジェの並びを越えてもまだ進み、小首をかしげながら、そのまま上席者の頑丈な長机に突っ込もうとしていた。
ヤーヴェたちと同じ並びに収まっていたガウバルトとシャルナーゼがそれに気付き、飛び出そうとしたが、到底間に合わない。そのまま、椅子ごと後ろ向きになっているキリザの背中に、頭から突っ込むか――とだれもが思ったとき、レイヒが動いた。
レイヒにぶち当たったアリアロスは、「ありがとう、レイヒ将軍。いつも申し訳ない」とすまなそうに頭を掻いている。
「ったく、ありえんな――」
その光景を見ながら、リグリエータが小声で怒ったようにいう。
が、その前に、リグリエータが安堵の息を吐いたのを、ヤーヴェの耳は拾っていた。
「――これだから、軍師殿は目が離せん」
「まあ、ご無事だったからいいだろう」
「ふん。ま、あのまま突っ込んでもよかったがな」
心にもないことをいうリグリエータに、
勘弁してくれ――とでもいうように、ガウバルトが首を振った。
緊急会議が開かれる前は、目を動かすのも億劫なほどに心も身体も重かったヤーヴェだが、会議がはじまり、はっきりそれと宣言されれば、自分でも信じられないほどに心が軽くなった。
酷な現実が変わったわけではない。好転する材料もない。しかし、腹が据わった。そうさせたのは、伴侶に選ばれた四人の在りようだった。
四人は、まったく動じなかった。ヤーヴェが密かに心配していたアリアロスでさえ、微動だにしなかった。考え事に集中して、それどころではなかったのかもしれない。それはそれで心配だ。心配事は他にもある。
キリザの急転直下の態度もそうだし、ソルジェの側近――ユリアノス、ジリアン、バルキウス――三人の困惑顔も気になった。彼らなら、間違いなく怒りをあらわにするはずだ。それが、今日の彼らは戸惑うばかりで、怒りがどこにも見られない。今もそうだ。アリアロスの突進で、困惑だけがさらに深まったようだった。
それに、会議。それ自体もおかしかった。
気付けば国王が宣言していた――というような驚きの速さだ。あれだけ短時間で仕舞われた会議など、聞いたことがない。決まったことをもったいぶって長々とやられるよりはましだが、いくら御使い様の決めたことで、覆る余地がないといっても、考えるどころか驚く暇すら与えない会議の進み方はわからなかった。
ヤーヴェにはわからない事だらけだった。
なので、ヤーヴェは開き直ることにした。
わからないことを、あれこれ詮索して悩んでも仕方がない。無駄だ。わかっていることだけを見、それに力をそそぐ。
ヤーヴェは、自分の心に覆い茂る、わけのわからない事の枝葉を、容赦なくばっさばっさと切り捨て、頭と心の視界を広げた。
すると、残ったのはわずかな事実だった。
ソルジェ、レイヒ、アリアロス、ゼクト――四人が伴侶と選定され、宣言されたこと。
選ばれた彼らが、強靭な精神、優れた資質をそれぞれに有していること。そして彼らのいずれもが、レナーテの次代になくてはならない人物だということ。
たいへんすっきりした。おかげで、ヤーヴェのすることもはっきりした。
伴侶と定められた四人――彼らを全力で支え、守る。
それが、自分がここに呼ばれた理由――使命だろう。たとえ使命でなくてもそうしたいと思うし、そうする。
ヤーヴェの気持は奮い立った。
そんな、いささか急に、そして過ぎるほどに、すっきり心の整理をし終えたヤーヴェの前で、しかし状況は急変するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その兆しがあらわれたのは、アリアロスがレイヒの隣に落ち着いてすぐだった。
グレンの側近が姿を見せた。
ヤーヴェとリグリエータも良く知るその相手は、グレンに耳打ちをすると、来たときと同じように速やかに出て行った。
何だ?
とだれもが思っている間に、グレンが口元に笑みを浮かべた。
それに応えるようにサルファも微笑む――と、美貌の副宰相は、そのまま口を開いた。
「皆さん、もう少しこちらにいらしてください。側近、護衛の皆さんも」
席から立ち上がり、自らも移動しながら、サルファは男たちを誘導する。
手招く柔らかな声に、だれもが素直に従った。
「すみませんが、もっとです。もっと、ずっと寄ってください。人払いはしましたが、今からとても大切な内緒話をしますので……」
と、えもいわれぬ美しい微笑みで、サルファはいう。
その様子に、男たちは怪訝を顔にのせながら、それでも、いわれるがまま歩み寄った。
そして――。
上席者たちの前は、嵩高い男たちが密に並んだために、暑苦しい人壁ができた。その状態で、グレンが笑みに緩めた唇を開いた。
「将軍、もういいぞ」
そう声がかかるやいなや、キリザが椅子ごと前を向き――のけぞった。
「うわっ。なんだお前ら! 近くに寄れっていわれて、こんな馬鹿正直に近付くやつがあるかっ!!」
目を剥いて怒鳴るキリザは、いつものキリザだった。
「てめえ、サルファ!」
「内緒話ですからね。念には念をいれませんと」
「馬鹿いえ! 聞こえるわけねえだろ。会議の間だぞ」
「そうですが、将軍のお声は大きいですから」
キリザの攻めの声を、サルファは微笑みながら軽くいなす。
余人はいざ知らず、キリザとサルファ――ふたりをよく知るものには、それは見慣れた光景だった。
「人払いしてたら、それで十分なんだよ。ったく、油断も隙もねえな、お前は」
とサルファを睨みつけたキリザは、その目をそのまま眼前の男たちに向けた。
「いいから、お前らはもうちょっと下がれ。ほんでもって、椅子持ってこい。こんなんじゃ鬱陶しくて、話なんかできねえだろが、ったく。とにかく座れ。早くしろ!」
◇ ◇ ◇ ◇
キリザの指示どおり、男たちは椅子を抱えて戻ってきた。伴侶の四人は、グレン、キリザ、サルファ――三人の上席者たちと向かい合うように、その他のものは、伴侶を後ろから覆うような形で座った。座ったはいいが、
何が何やらさっぱりわからない――
側近たち――とりわけヤーヴェとリグリエータは、驚きに唖然としている。
そんな同じ表情を並べる側近と護衛――彼らをそっちのけで、キリザは自分の正面に座る男、アリアロスに笑いかけた。
「お前、また、考え事して突っ込もうとしたな」
「はい。申し訳ありません」
「あのまま突っ込んでも面白かったがな」
と、笑うグレンをキリザが睨みつける。
「お前……」
「ま、怪我をされては困る。アリアロス軍師は大事な伴侶だからな。しかし、聞きたい。ずいぶん考え込んでいたようだが、何か気になることでも?」
「あ……はい」
「聞かせて欲しいのだが」
「……」
「おい、宰相閣下のご下問だぞ、さっさと答えろ。正直にな。でも、晩飯何するか考えてた――とかだったら、張ったおすからな」
「ち、違います。そんなんじゃありません」
あわてて首を振るアリアロスに、サルファが助け舟を出す。
「アリアロス軍師、人払いは済んでいます。ここにいらっしゃる方たちには、これからすべてをお話しします。そしてその足でスライディール城に行き、御使い様たちにも会っていただきます。ですから、言葉や内容を選んでいただく必要はありませんよ」
サルファの発言は、側近たちをさらに驚かせた。
驚きと動揺に瞳を揺らす側近たちの前で、
「ってことだ。ほら、話せ」
キリザがアリアロスをせっついた。
「はい」
アリアロスは素直に首を縦にした。そして、少し考えてから、単刀直入に切り出した。
「今回のこと、わたしは賛同できません」
毅然とした声は、同席者らを驚かせた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ほお」
キリザが面白いものを見るような顔をした。
「そう言い切ったからには、理由があるんだろうな?」
「はい」
アリアロスは即座に頷き、言葉を続けた。
「今回のこと、緊急会議で伴侶を公表するようお決めになったのは、いえ、指示されたのは、玲様ですよね?」
「そうだ」
「その場で決を採り、陛下にその宣言をさせる――ああ、申し訳ありません、陛下に対し――」
「いや、卿のいうとおりだから気にすることはない」
グレンが穏やかに、アリアロスの不敬の言葉を了承する。
「玲様は伴侶を公表し、会議で決を採り、その上で、陛下が宣言されることを望まれた」
「ああ、やはりそうですか」
グレンの声に、アリアロスは肩を落としながら首を振った。
「それのどこに、卿は賛同できないのか?」
「宰相閣下は賛同されたのですか?」
アリアロスはグレンを非難するようにいった。いつもの頼りない声ではない。そして、普段なら決してしない行為だが、そんなことに構っていられないほど、アリアロスは集中していた。
後ろで聞いている側近たちは、その内容にも驚いていたが、普段見られないアリアロスの様子にも驚いていた。
キリザが笑った。
「俺なんか、もろ手を挙げて賛成したぜ。それじゃあ駄目だったか?」
と、アリアロスを挑発するようにいう。
「いけません。会議にかけ、陛下が宣言なさいました。宣言されたことを覆すことはできません。いえ、できないことはありませんが、一度それを覆せば、それが前例となり、玲様がお考えになっていることの妨げになります。焦る気持ちはわかりますが、もう少しお考えになってからでもよかった。なにもここまで急ぐ必要はなかったでしょうに」
「ふうん……」
アリアロスの発言を聞いて、キリザ、グレン、サルファが一様の表情を浮かべる。
どこか楽しげで愉快――そんな明るさを漂わせる三人に、アリアロスの眉が情けなく寄った。アリアロス本人は真剣に訝んでいるのだが、いかんせん他人の目にはそうとしか映らない。
「おい、アリス。お前、根本的なとこを見間違ってんな」
それを聞いて、アリアロスの眉がさらに寄る。
キリザが笑った。
「なんで、宣言を覆すことになるんだよ? 教えろよ」
「え? それは、玲様たちがホレイス卿の案に乗じて、伴侶をお決めになったからです。ああ、これでは語弊がありますね。玲様たちは、すでにご自身で伴侶を決めていらしたはずです。四日前、いえ、五日前になりますか、百名の候補者名簿を要求されたのは、そのためでしょう。玲様たちは、自らの意志で、伴侶をお決めになったはずです」
「うん、それで?」
「こちらが伴侶の件を持ち出す前に、決めた伴侶を公表する――玲様はそう考えていらしたはずです。しかし、ホレイス卿の提案を知って、変更なさったんじゃありませんか? ホレイス卿の提案、それをそのまま受け入れる形をとる。会議にかけ、さらに陛下の宣言もとってしまえば、いかな厚顔無恥なホレイス卿でも口は挟めない。万一、卿が横槍を入れてきても、簡単にはね返せる。なにしろ卿自身が、提案なさったのですからね。そうじゃありませんか?」
「おお、そうだな」
「ですが、利を取るあまり、先の問題をお考えでない」
「うん、そこがわからねえんだが」
といいながら、キリザは笑う。
アリアロスが、どうしてわからないのか――とでもいうように、ぼさぼさの頭を振った。
「ソルジェ殿下、レイヒ将軍は、間違いなく、玲様たちがお決めになった伴侶でしょう。ゼクト君、彼もそうに違いありません」
「ああ、そうだな」
「ああ、やっぱり、そうですか」
アリアロスは嬉しそうな声を上げる、が、すぐに声音を変えた。
「しかし、わたしは違います。おそらく、御使い様のおひとりが、決めた伴侶を諦めて、いえ、それはありませんね。おそらく、どなたかは、これといった伴侶が見つからなかった――そう考えるほうが妥当でしょう。ひとりくらいは……と目をつむり、ホレイス卿の案にのることにした。違いますか? しかし、それはまずい。そのように安易に決めてしまっては、後悔することになります。真実の伴侶を見つけたとき、苦しむのは御使い様たちです。伴侶を変えることはできるでしょう。しかし、それをすれば、前例となってしまいます。折角の他の伴侶まで、挿げ替えられる――そんな事態につながりかねません。ですから――」
「ああ、わかった」
キリザがアリアロスの熱弁をさえぎった。
「うん、リグのいうとおりだ。お前はほんと、自分が見えてねえな」
「は?」
「なるほど、アリアロス軍師は、それで考え込んでいらっしゃったんですね」
サルファが、そしてグレンまでも、得心したように微笑んでいる。が、アリアロスにはわからない。
「おい、まだわかんねえのか? 他は良く見えてんのになあ。ほんっと不思議だよなあ、お前って奴は」
「は?」
「律儀に、は? ばっかりいわなくていいんだよ」
「はあ」
間抜けな声を出すアリアロスに、キリザは笑った。
「ま、いいや。なあ、アリス。俺は不思議でしょうがないんだが、なんでお前は、自分が伴侶に選ばれるわけがないって、頭っから決め付けてんだ?」
え?
とアリアロスが、顔と頭に疑問符を浮かべている間に、キリザは続ける。
「お前も伴侶に選ばれてた――そう考える方が自然だし、そっちの方が、いろいろ話のすわりもいいだろ? だいたい、玲ちゃんが目先の利につられて、ホレイスの提案に飛びつくと思うか?」
「まさか……」
「そのまさかなんだよ。玲ちゃんたちは、お前ら四人を伴侶に決めてた。ホレイスの提案と、まったく一緒だったのさ。だから、昨日の今日で伴侶を公表することにしたんだよ、玲ちゃんは」
「ええっー?!」
アリアロスの驚きの叫びが、会議の間に轟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「お前、うるせえぞ!」
真正面で叫ばれたキリザは、アリアロスを怒鳴りつけた。
「すみません。でも、ありえませんよ!」
「あるんだよなあ、これが」
「そんなこと、ありえません」
「だから――」
「ありえません」
「うるせえ! あるんだよ、ったく」
キリザは、かたくなに首を振るアリアロスをどやしつけてから、
「ああ、もうこいつは放っといて、先行こうぜ」
と、グレンとサルファに顔を向けた。
「ないない、ありえない」
アリアロスはぶつぶついっている。
先までの軍師の顔はすっかり消えうせ、うろたえるだけの情けない男となっていた。
「ほんと、こいつだけは、よくわかんねえぜ」
頭を振るキリザに、
「だけじゃなかろう」
グレンがいい、サルファが笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
「皆さん、すみませんでした」
サルファが、笑みの残る声でいった。
「事情を知らない皆さんを置き去りにして、話を進めてしまいました。ですがこれで、おおよそのことはおわかりいただけたと思います」
サルファは、笑みのまま続ける。
「少し、話は前後しますが、必要なことですのでお聞きください。スライディールの御使い様の名は、先日の会議で公にされましたから、皆さんもご存知だと思いますが、お岩様、百目様、般若様、貞子様とおっしゃいます。実は、これは御使い様の真の名ではありません。真の名は、玲様、瑠衣様、良子様、玲於奈様とおっしゃいます。そして、このことを知っているのは、ここにいる皆さんと……陛下、ルゼー、ウルーバル両将軍のみです」
ひとり恐慌状態に陥っていたアリアロスが、その名を聞いて、途端に我に返った。
「ルゼー将軍……ウルーバル将軍も……ですか?」
「そうです。とりわけ、ルゼー将軍には、昨日ですが、ずいぶんとお骨折りいただきました」
サルファは、昨日のルゼーの骨折り具合を思いだしたのか、ふふ、と声に出して笑う。しかし、笑っただけで、詳しいことはいわなかった。
「わたしたちは、降臨されたその日にお名前を教えていただきました。その上で、名を隠すようにもいわれました。レイヒ将軍もご存知ですね?」
レイヒが頷く。
「玲様は、他にも様々なことを要求されました。わたしを後見役に指名したのもそうですし、直ちにそれを公表するようにも指示されました。スライディールの城を選んだのも、三日間、城に閉じこもることも、膨大な資料も……。その、ひとつひとつに理由と目的がありました。昨日、わたしたちは、玲様たちのもとを訪ねました」
サルファは視線を落とし微笑んだ。昨日の記憶をよみがえらせているのだろう、控え目だが笑い声までこぼした。
「そのとき皆様は、すでに伴侶を決めていらっしゃいました」
そういって、伴侶となった四人に、順々に目を移す。
「本日宣言された伴侶は、真実、御使い様――玲様たちがお選びになりました。驚くことに、玲様たちは、降臨されたその日の夜に、皆さんを伴侶と決めてらしたんですよ。思いのほか早くそれを公表することになったのは、玲様たちがお決めになった伴侶と、ホレイス卿の推薦した伴侶がまったく同じだったからです。玲様はこの偶然を、有効に利用したいとお考えになりました。会議にかけ、決を取り、陛下の宣言を得る。どういうことか、アリアロス軍師がおっしゃってくださいましたから、おわかりですね。将来、伴侶について他者から横槍を入れられないようにするためです。そのために、ホレイス卿の提案を呑む形をとられました」
伴侶の四人はじっと聞き入っていた。側近たちはその後ろで、驚きとも感心ともつかないため息を重ね、グレンとキリザが、その様子を楽しそうに眺めている。
そして、平素と同じく明瞭に、ゆったり言葉を並べたサルファは、今度は喜びもあらわにいった。
「いくら言葉を連ねても、お会いしないとわからないことがあります。皆さん、スライディール城へ参りましょう。御使い様たちがお待ちかねです」
しかし、グレンが待ったをかけた。
「サルファ副宰相」
待ったはかけたが、こちらも、会議のときには想像できなかった明るい声音だった。強面に、呆れたような微笑をのせている。
「卿は、肝心の話をしていないが……」
「ああ、そうでした。一番大事なことを、お話しするのを忘れていました」
「嘘付け、忘れたふりして楽しんでやがるくせに」
「わたしも人の子ですので」
キリザの声を否定せず、サルファは笑った。そしてその微笑みのまま、穏やかに告げた。
「スライディールの御使い様たちは、異形ではありません」
空気が固まった。
「人の子です――」
己の口から出た言葉の余韻にひたってから、サルファはいった。
「――とても聡明で美しい、人の娘です」
声を全員に届けながら、その瞳はただひとり、ソルジェだけを見つめていた。




