男たちの向かう先
「ほんとに……」
これまで、じっと黙って話を聞くばかりだった側近たちの席から、声が上がった。
「スライディールの御使い様は、人……なんですか?」
サルファが、声の発信者に微笑みを向ける。
「ええ、人ですよ、ユリアノス」
その声を聞いて、「はっ」と、こらえきれないように息を吐いたのは、ユリアノスの隣に座るジリアンだった。安堵なのか驚きなのか、それでも信じられないという気持ちなのか、首を振っている。
「御使い様たちは人でした。それはもう、美しい方たちです。美しいばかりではありません。聡明でいらっしゃいます。その方たちが、殿下を、レイヒ将軍を、アリアロス軍師を、ゼクトを伴侶とお決めになられたんですよ」
サルファはさらに続ける。
「こうして、あなたたちを呼んだのも、御使い様――玲様の指示です。近しいものには、速やかに事実を伝えるよう、いわれました。大事な主が、化け物の伴侶にされる――事実はそうではありませんが、それが、どれだけあなたたちを傷つけるか、苦しめるか――玲様はおわかりでした。心をつぶす思いの時間を、少しでも短くするために、こうしてあなたたちにも同席してもらったんですよ」
側近たちが、ふたたび驚きに固まる。しかし、その固まりの一部を、キリザが早々に解いてしまった。
「そうだ。でもな、リグリエータ、ヤーヴェ。お前らは違うぞ」
キリザは自分の側近たちに目を向ける。
「お前らは、あれだ」
「……何です? あれじゃ、わかりませんよ」
平常に戻った主に、リグリエータが、こちらも平常どおりに応えた。
怒りと呆れが半ばする側近の声に、キリザはにやりと笑った。
「ついでだな。こいつらと一緒に、ついでに顔合わせだ。玲ちゃんたちは、お前らが作った資料をみて、えらく感心してな、落ち着くまで貸して欲しい、っていわれたんだよ。ゼクトもアリスも伴侶だからな。そっちの方の準備なんかもあって、好き放題に使えねえ。でな……」
「俺たちなら、好き放題に使えるってわけですか」
「そうだ。そういうわけで、お前らには、今日からスライディールの城に通ってもらう。もちろん、これまでどおり、俺の側近の仕事もやれよ」
「え?」
「お前ら日替わりでやればいいだろ。手下が三人もいるんだ、だろ? ま、そのへんのやりくりは、お前らに任せる。好きにしろ。ルゼーにも了解はとってある。でもなあ……問題は、玲ちゃんたちだよなあ。いっとくけど……凄えぞ」
「わかってますよ」
「甘いな」
「……何が、甘いんです?」
眉をひそめるキリザに、訊きたくなかったがリグリエータは訊いた。
「玲ちゃんはな、そりゃあ酷いそうだ。使えるもんはなんでも使うし、平気でこき使うらしい。向こうじゃ、『目を合わせるな!』っていわれてたらしいぞ。あ、そりゃ、良子ちゃんだったか」
「どういう方たちなんですか?!」
リグリエータが目を剥く。が、キリザは構わず続ける。
「ああ、玲ちゃんはあれだ。見せるな、聞かせるな、喋らせるな、っていわれてたんだったな。何いいだすか、わかんないらしいぜ。ま、好奇心が旺盛なんだな」
「なんですかそれ? 好奇心どうのこうのの問題じゃないでしょう」
「サルファ副宰相のおっしゃる人物と、重ならないんですが?!」
ヤーヴェもたまらず声を出す。
「ははは」
キリザが腹の底から、それはもう、気持ちよさそうに笑った。
「宰相閣下――」
ヤーヴェがグレンに救いを求めた。
「――将軍は、多少大げさにおっしゃってますよね?」
「……いや、残念ながら、将軍のいったとおりだ。そのとおりの言葉を、俺も聞いた」
揃って息を呑むキリザの側近たち。彼らを、他の側近たちが、気の毒そうな目で見る。しかし、ふたりの主、キリザは笑みのままだ。
「俺らなんか、覚悟しろ、とまでいわれたぜ、なあ? ま、お前らも覚悟しとけ。会ったらいわれると思うけどな」
「いや、ほんと、どういう方たちなんです?」
「ま、会えばわかるさ。四人とも恐ろしいくらいの別嬪さんだ。そんでもって、中身はもっと凄え……化けモンだ――」
それだけでもう、十分しり込みし始めているというのに、キリザはさらに特大の衝撃を、男たちの上に落とした。
「――なんたって、うちの陛下を脅すくらいだからな、おっと、しまった。こいつはいっちゃ駄目だったな」
キリザはあわてて口をつぐんだが、うっかり口を滑らせた風を装っているのは、誰の目にも明らかだった。
「将軍?」
サルファがたしなめる声を向ける――が、その面は微笑みのままだ。グレンは呆れた様子で、首を振っている。
そんな上席者らとゼクト――四人を除いた全員は、一人残らず唖然、呆然としていた。
「……」
事実確認をしようとする声も上がらない。とりわけ側近たちには、そんな勇気もなければ、余裕もなかった。
『陛下を脅す』
ありうべからざる言葉が、ただ、頭の中でぐるぐる回っているだけだった。
そうして、男たちをしっかり固めるだけ固めたレナーテ軍の総大将は、思考停止に陥った彼らをそのまま放置して、朗らかな声を僚友たちに向けた。
「おい、グレン、サルファ、もういいだろ。俺は先に行って、玲ちゃんたちに報告しとく」
「それでしたら、わたしもご一緒します」
「あ?」
キリザが、ぎょっとした顔を声主に向けた。
置物のようにまったく動かなかったゼクトが、ここにきて急に、口を動かしたからだった。
「お前は後からこいつらと一緒に来いよ」
「報告するなら、今日の会議録も一緒にお見せした方が、無駄がありませんから」
と、ゼクトはいう。いつもどおり、声にも顔にも感情はない。ただただ、事務的だ。
「ゼクトのいうとおりだな。将軍、ゼクトと先に行ってくれ」
「お前と一緒かよ……」
キリザが顔を曇らせる。その一方で、ゼクトは手元を片付け、したくを始める。
「その方がいいでしょうね。今の将軍のお顔では、察しのいいものは気付きますよ。ゼクトをお連れください」
「ちぇっ、仕方ねえな。おい、行くぞ」
「そう、あせらなくても、スライディールの城は逃げませんよ。玲様たちも」
「わかってら。早く玲ちゃんたちに会いたいんだよ。むさっ苦しい男どもの面は、もう十分だ」
いいながら、キリザは立ち上がる。そして、
「おう、お前ら」
男たちに声をかけた。
「お前らは後からゆっくり来い。いっとくが、嬉しそうな顔するんじぇねえぞ。まだ駄目だ。玲ちゃんたちはもうちょっとの間、騒がれたくないっていってたからな。せいぜいつらそうな顔しとけ、いいな」
だれよりも一番その必要があるだろう人物は、まったくその必要のない男たちにそういい残し、背を向けた。
ゼクトがその後を追う。
「おい、俺の横に立つな。嵩高いんだよ、お前は。ったく、壁みたいな図体しやがって、何食ったらそんなにでかくなるんだ?」
「……」
「返事くらいしろ。うん、とか、はあ、くらいはいえるだろ」
「はあ」
「ため息じゃねえか、そりゃ」
キリザとゼクト――非常に珍しい組み合わせのふたりは、騒々しく出ていった。
その後姿を、男たちは呆然と、グレンとサルファは笑いながら、見送った。
◇ ◇ ◇ ◇
「お気の毒に……」
「まさか、こんなことになるとは……」
レナーテの重臣たちは、スライディール城に向かう一行を遠目にしながら、顔を曇らせていた。
「アリアロス軍師は、ひとりで馬にも乗れぬほどの憔悴ぶりだ」
「将軍の怒りのほどもわかろうというものだな」
「ホレイスは、陛下にどう取り入ったのだ?」
「さてな」
「はあ。これからレナーテはどうなるのか……」
声は、ため息とともに落とされた。
◇ ◇ ◇ ◇
言葉なく、ただ粛々と馬を歩かせる一行の姿を、高所から眺めているものは他にもいた。
「兄上がな……」
「……さすがに、お前も気になるか?」
揶揄するような声に、ハイラルは眉をひそめた。
窓外に投げていた意識と視線を、室内に戻し、その両方を声主に向ける。
声主――アブローは、整った面に笑みを浮かべていた。黒髪の青年は、その身分と容姿にふさわしい優雅な手つきで茶器をテーブルの上に戻す――と、おもむろに立ち上がり、ハイラルの元にやってきた。
アブローは窓際までやってくると、自身も窓枠に手をかけ、空いた片手で無造作に自身の黒髪をかき上げた。窓の外には、遠近感を狂わせるような青空と、豊かな緑が広がっている。
一行は、萌えはじめた美しい緑を抱える、王城の深い森に入ろうとしていた。
「お気の毒に……」
眼下の男たちに、アブローは高みからつぶやきを落とした。が、その深緑の瞳には、口にのせた言葉ほどの同情の色はない。
「ああ、さすがにな。兄上には、ご同情申し上げる」
つぶやきが聞こえたのか、ハイラルが、外では決していわない言葉を口にした。しかし、こちらも友人同様、言葉と感情に乖離があった。そして、もう興味はなくなった――とばかりに、豪奢な金髪を撫で付けながら窓際から離れた。
アブローが薄く笑った。
「そうだな。いずれこうなるとは知っていたが、これだけ早く化け物を押し付けられるとは俺も思わなかった。上の連中も、厄介払いがしたかった――ということかな?」
「だろうな。兄上も、お気の毒なことだ。味方はいても、どうにもできない」
ハイラルは長椅子の中央に身を沈め、くつろいだ様子で背もたれに両腕をかける。
人払いをした室内には、レナーテの第二王子ハイラルと、その従兄弟で、友人であり腹心でもあるアブロー、ふたりの人間しかいない。態度にも言葉にも神経を使う必要は無かった。
「個々に力はあっても、それ以上の力でねじ伏せられれば、どうしようもない。結局、数には勝てんということだ」
「気の毒にな。リエナリスタの王女の傷が癒えたかと思えば、今度は化け物をあてがわれる、か。呪われの王子という異名も、ここまでくれば本物だ」
「……」
「どうした? ハイラル。ご機嫌が麗しくないようだが」
アブローは、端正な面を歪ませる友人に笑みを向けた。
ハイラルは従兄弟には目もくれず、組んだ足先の方向に顔を向け、額にかかる金髪を煩わし気に指で弾いていた。
「お前が化け物の目に留まる前に、伯父貴殿が陰に陽に動いてくれたというのに」
笑声に、ハイラルが切れ長の目を向けた。
「アブロー、殴られたいのか? 貴様」
面の歪みはさらにきつく、濃い青の瞳は剣呑の光を放っていた。
「まさか」
アブローが形の良い眉を、器用に片方だけつり上げた。
「恥知らずの声も高い伯父貴殿だが、あれはあれで役に立つ。おかげで、俺たちが化け物の伴侶になることはなくなった。これでまた、ハイラル、お前に王座が近付いた」
「……」
「なんだ? 興味がないか?」
「興味はあるが、興味のないものまでついてくるのは、面白くない」
「はは、そういってやるな。伯父貴殿が泣くぞ」
「あの厚顔が、泣くものか」
吐き捨てるようにいうハイラルを、アブローはなだめる。
「しばらくはしょうがない。我慢しろ。用が済めば、捨てればいいさ」
「ああ。しかし、簡単に捨てられないものもある」
「……ああ」
捨てられないものが何か――それがわかったアブローは笑った。
「可愛らしい方たちじゃないか、御使い様たちは」
「お前、本気でそういってるのか?」
「ああ。化け物に比べればましだ」
「比べるものが間違ってるぞ」
「そういってやるな。お前の気持ちもわからんではないが、伴侶になれば、次の玉座はお前のものだ。我慢しろ。俺も我慢する」
そこではじめて、ハイラルは険しい表情を緩めた。
「アブロー、お前のほうがよほどひどいぞ」
「そうか? とにかく、他の連中を選ばれては困る。伴侶はお前だ。まあ、決まったも同然だがな。御使い様のあの反応を見れば、どんな阿呆でもわかる」
「ふん」
「ハイラル、我慢だ」
「アブロー。あれは本当に御使い様なのか? 会えば会うほど、気鬱になるのだが……」
「それは俺も同じだ。だが――」
「わかってる。それ以上いうな」
「なら、いわないが、その顔はいただけないな。これからその御使い様たちに会うというのに」
その声を聞いたハイラルは、ふたたび顔を歪めた。
「はあ。こうも、たびたび会う必要は無いだろう」
「頼むから、顔に出すな。口にもするなよ。お前は黙って話を聞いて、頷いてればいい」
「それこそが苦痛だ」
「死地に赴くソルジェ殿下たちよりはましだ。行くぞ、そろそろ時間だ」
「ちっ」
派手な舌打ちをし、ハイラルは立ち上がった。
「俺も刑場に引かれてゆく気分だ」
「そうか」
アブローが、機嫌の悪さを隠さない従兄弟の背中を押した。
◇ ◇ ◇ ◇
「はあ……」
アリアロスは馬の背で、ため息を付いていた。
「そう、ため息ばっかり付かんでください。もとから少ない幸せが、逃げていきますよ」
肩越しにいうガウバルトに、
「君がいうように、もとからないんだから、ため息くらいいいだろう?」
アリアロスは口を尖らせる。
「困ります。俺の幸せが逃げていきますから、ため息もほどほどにしてください。だいたい、四十になろうかといういい年の男が――」
「まだ、三十六だ」
「世間じゃ、四十男の枠に入るんですよ」
「……」
「だから、そう拗ねんでください」
「拗ねてなんてない。落ち込んでるだけだよ、わたしは」
「落ち込むことなんてないでしょう。化け物の伴侶になるなら落ち込むのもわかりますが、人間だっていうし、しかも、えらい美人のようじゃないですか。だいぶ扱いにくそうですが、まあ、よかったですね」
「よくないよ。他人事だと思って……」
「ええ、実際、他人事ですからね。ま、諦めることです。欲を言えばきりがないし、この世に完璧な女なんていません。なにより、軍師殿はいえる立場じゃありません。選んでくれたことを、御使い様に感謝すべきです」
「君は……スライディールの御使い様を知らないから、そんなことがいえるんだ」
「ええ。ですからそれは、いまからじっくり拝ませてもらいますよ。でも、軍師殿を選んだ奇特な方は、だれなんでしょうね?」
「知らないよ」
「あなたのことだ、見当くらい、もうついてるでしょう?」
「まったく見当もつかないよ」
「本当に?」
「本当にわからないんだよ」
「玲様――ですかね?」
「やめてくれ。じゃなくて……。玲様は違う」
「断言しましたね。そうやって消してけば、いいんじゃないですか? 残った方が軍師殿を選んだ」
「他の方はわからない。玲様しかわからないよ」
「ふうん。じゃ、その玲様は、どなたをお選びになったんです?」
「……」
アリアロスは答えなかった。一瞬、後ろを振り向きそうになったが、疲れ果てた身体が、気持ちに従わなかった。アリアロスは小さく息を吐いてから、重くて仕方のない頭をガウバルトの背中に押し付け、目を閉じた。
だれが自分を伴侶に決めたのか?
どういう理由で決めたのか?
伴侶となった自分たちの今後は?
彼女たちはその正体を、いつ、自分たち以外の人間にさらすのか?
周囲の反応は? 対応は?
彼女たちはどこまで理解し、何を考え、どうしようとしているのか?
胸に様々な疑問がわいてくる。
しかし、疲れきったアリアロスの頭が考えることを拒否した。
次々にわきあがる疑問は、行きつく場がなく、ただぐるぐるとアリアロスの頭の中を廻っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
一行は、森に入っていた。
王城から離れ、人目がなくなったことで、アリアロスとガウバルトのふたりは、こうして言葉を交わしていたのだが、二人の主従以外にそんなことをしているものはいない。
好奇の目から離れられたことで、いくらか緊張は解いていたが、皆、表情は硬く、無言だ。キリザの側近たちなどは、悲壮感を漂わせたままだ。
先頭をゆくグレンとサルファも、会議の間で見せた明るさを露ほどものぞかせず、正面を見据えたまま馬を操っている。
一頭の馬に同乗するアリアロスとガウバルト――彼らふたりだけが、馬上で声を交わしていた。そんな彼らも、声が届かないよう注意を払っていた。表情も、ガウバルトの方は硬く、アリアロスにいたっては、精も根も尽き果てたようで、無表情に近い。
実際、心身ともに疲れているのだろう。アリアロスは首を落とし、ガウバルトの背中で頭を支えるようにしていた。
ソルジェは、そんな主従の姿を目にしながら、馬を歩かせていた。
気の毒にな――
アリアロスに同情する。それだけの余裕が、ソルジェにはあった。心も身体も疲れていない。が、その胸中は複雑だった。
伴侶として、自分の名が会議で挙がってからというもの、ソルジェは自分が異形の伴侶になる――その心づもりをしていた。他の三人はどうかしらないが、ソルジェはそれを受け入れた。抵抗感はなかった。
なぜなら、親近感があった。自分も異形だ。彼女たちのそれには遠く及ばないが、同類だ――という意識があった。
どちらも、神に疎まれた同類だ。分かり合えるかどうかはわからない。彼女たちがそれを望むとも限らない。しかし、自分が他者よりはるかに適していることはわかっていた。
伴侶という優しい役目なら、自ら声を上げてもいい、とさえ思っていた。
なぜならソルジェは、異形を害す――その役目を与えられるのではないか、と思っていたからだった。
異例過ぎる御使い様の降臨。異形の四人が何者であるか――御使い様か、その逆か――わかるものはいない。わかっているのは、それを寄こした神だけだ。御使い様である、ともいえないが、そうでない、ともいえない。人に判断はできない。が、その禍々しさだけは理解できる。
先に起こるだろう混乱と騒乱を避けるために、異形を亡き者にする――極めて短絡的で危険な判断だと思うが、そうなる土壌が今のレナーテにはある、と、ソルジェは感じていた。ごく一部の、声高にいう者の意見が、すんなり通ってしまうのだ。
レナーテには多くの人間がいる。優秀なものが、それは大勢いる。国の中枢には、そうした優秀な人間が集まっている。そういう人間が上にいるのに、だ。家柄と口だけで巧みにあがりこんできた者の意見が通ってしまう――という事態が、ぽつぽつと見受けられるようになってきた。
阻止することができないのか? それとも、するつもりがないのか?――
どちらにしても、危険な兆候だと、ソルジェは感じていた。
直情的にしかものを考えない、能弁だけが取り柄の人間は、異形の四人を排除しようと訴えかけるだろう。訴えるだけならいいが、それが承認される恐れがある。あってはならないことだが、そうなる可能性が低くない。そしてそうなったとき、それを命じられるのは自分だ、ということもわかっていた。
任されれば、やるほか無い。
無傷ではすまないだろう。共倒れ、それもいい――
と思っていたのだが、危惧は外れた。
自分が伴侶になる。
父王の宣言を聞いた時は、穏健な方向に向かったことに安堵したくらいだった。しかし、異形だと思っていた、異形にしか見えなかったものが、人間だと知らされて、ソルジェは困惑した。
しかも、聡明で美しいという。
それを疑う気持ちは無い。グレン、キリザ、サルファ、あの三人の、ただならぬ喜びようを見れば、事実なのは間違いない。ただ、ソルジェは納得できなかった。
異形ならわかる。こちらが抱いたように、通じるものがある――と、向こうも思い感じるだろうと考えられる。しかし普通の人間が、聡明で美しいというそんな娘が、何故、俺を選ぶ?――
納得できるできない、以前に困惑だ。
わからない――
その困惑は長く尾を引き、ソルジェに幾度どなく首を振らせた。
◇ ◇ ◇ ◇
そんなソルジェの様子を、後ろから見ているものがいた。
一行のしんがりを務めるレイヒだった。
「殿下、何か、ご心配事ですか?」
レイヒがソルジェの隣に馬を並べ、そう訊ねてきた。
ソルジェは首を振った。
「いや」
「御使い様のことですか?」
「ああ」
ソルジェは素直に答えた。
レイヒは、ソルジェが構えることなく自然に話せる、数少ない人間のひとりだった。
同格ではないが、同じ将軍職を拝命する同僚だ。年齢も近い――ということもあって、ここ最近一緒にいることが多いのだが、まるで、ずっとそうしてきたかのように、ふたりは馴染んでいた。
レイヒには抵抗感を感じない。その声は水のようにすんなり身体に入ってくる。
ひととしての器が大きいのだろうな――
平民からこの地位に、しかもこの若さで上ってくることは考えられない。
並外れた実力と運が必要だ。レイヒはその両者に加え、『なるほど』と思わせる人柄を有していた。
ソルジェはためらうことなく訊いた。
「レイヒは、御使い様を知っているんだったな。どういう方たちなのだ」
答えはすぐに返ってきた。
「とても、気持ちの良い方たちです」
「……」
それは、ソルジェがレイヒに対して思っていることだった。その彼に、そういわしめる娘たち。
ソルジェの困惑は深くなるばかりだった。
その困惑を読んだのだろう、レイヒが微笑んだ。
「すぐにおわかりいただけると思いますよ、殿下」
と、促すように顔を前に向ける。
遠くに、スライディールの堅牢な城壁が見えていた。




