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去来するものは

 話し合いも終わったというのに、アリアロスはまったく落ち着かないでいた。

 



 


 四人の御使い様たちの姿は、すでにない。

 案内役を指名されたゼクトは彼女たちとともに去り、レイヒも、城に向かう彼女らを護衛するためだろう、去っていった。

 そしてアリアロスはひとり、残ってしまった。国の三傑といわれる男たちとともに……。


 

 何食わぬ顔で、レイヒの後についていけばよかった――



 とつくづく思ったが、後の祭りだ。

 逃げそびれたアリアロスは、細く息を吐いた。




◇  ◇  ◇  ◇

 




 機を見るに敏――



 だれがいったか知らないが、レナーテの筆頭軍師であるアリアロスは、そう評されている。

 しかし残念なことに、それには「ただし、戦場においてのみ」という限定の言葉がつく。

 戦場で、その鋭敏さをいかんなく発揮する筆頭軍師は、そこから離れた途端、



 凡人以下に成り下がる――



 と、いわれている。

 こちらは、だれがいったか知っているが……まあ、ひどいいわれようだ。


 アリアロス自身は、そこまでひどくはないだろう――と内心で抗議の小声をあげているが、他者にはそう見えるらしい。

 戦場を離れたからといって、思考や判断が大狂いするわけではない。極めて低い身体能力と、少しばかりおっとりとした気質が問題であり原因なのだが、それこそ、声高にいえるものではない。



 あ、まずいな――と思っても、身体が即応できず、機を逸してしまうのだ。今の彼がまさにそうだった。



 そのおかげで、『ぼんやり軍師』という名も頂戴している。


 だれでもそうだろうが、考えごとに集中すると、まわりが見えなくなってしまう。ことにアリアロスはそれが顕著だった。


 一旦考えに没頭してしまうと、強い衝撃を与えられるか、一区切りつくまで動かない。

 その姿が、ただ、ぼうっとしているように見えるらしい。これには、アリアロスの顔の造作がおおいに関係していると思われる。が、生まれ持った容姿はどうしようもない。きりり、と眉根を寄せてみても、困った風にしか見えない自分の顔を、恨むか笑うしかない。


 そして、考えごとが多ければ多いほど、ぼうっとして見えることが多くなってしまう――という悪循環だ。しかも、本当にぼうっとしていることもままある。ということは、だいたいがところ、ぼうっとしている、ということになる。



 王都では使いものにならない――



 とささやかれるのもしょうがないか、とも思う。

『ぼんやり』といった柔らかな表現でとどめおいてくれることに、逆に感謝しなければならないのだろうか? とも思っている。


 そんなアリアロスだ。

 気配を消し、誰にも気付かれずにその場から退くこともできなければ、「それでは失礼いたします」と、声朗らかに退室できるわけもない。やってみようか? という気持ちすらわかない。 

 

 逃げそびれたアリアロスには、鳴りを潜めながら、居心地の悪さを耐えしのぶ道しか残されていなかった。




◇  ◇  ◇  ◇





 三人は無言だった。

 すでに空席となった長机を前に、座ったままだ。


 異形の御使い様たちは、恐るべき容姿とそれを上回る恐るべき胆力と知力を見せつけ、最後は風のように颯爽と去っていった。


 それを声なく見送った三人は、しばし呆気にとられていた。

 そのうち、空席を見つめていたキリザの身体が揺れはじめた。

 小さな揺れはすぐに大きくなり、笑い声がこぼれだした。


「どうだ、グレン。感想は?」

「ふん」


 鼻を鳴らすと、グレンは答えた。


「嵐だな。それも特大の」

「嵐か。はは、そうだな」


 キリザは笑った。


「嵐だが、悪い嵐じゃねえよな」

「嵐に良い、悪いがあるのか? はじめて聞くな」


 キリザの声は明るかったが、グレンの声はかたかった。

 サルファは、ふたりのやりとりを黙って聞いている。

 もちろん、アリアロスも黙って聞いていた。息をするのも慎重に気を遣いながら、話を聞き、考えを巡らせていた。


 グレンの声が、かたくなるのはわかった。


 御使い様との会談で、宰相が、彼女たちを不快に思っていないことは明らかだった。常なら決して見せない笑みを、グレンは随所で見せていた。それは、相手を芯から震え上がらせる冷笑ではなく、おのずと湧き出る笑みのようだった。


 やりとりの中で見せた自然な笑みに、



 ああ、このひとも人の子だったんだ――



 とアリアロスが思ったことは、絶対に秘密だ。


 宰相が冷徹の仮面を脱いだのは、キリザとサルファ――僚友たちが同席していることももちろんあるだろうが、最大の理由はやはり、異形の御使い様たちの、姿を上回る知性とその豪胆さだろう。


 お岩と名乗っていた玲という異形は、向かい合うグレン、キリザ、サルファの三人を相手に、臆するどころか、不足はないとばかりに積極的に攻めてきた。

 その攻めは、ときに厳しく、ときに悪戯に急所を突き、揺さぶりをかけ、楽しんでいるのか――と思うほど、ときに大胆で、変化に富んでいた。


 しかし、いかな御使い様とはいえ、これほど一方的に話を持っていかれては、面白くないはずだ。が、レナーテの三人には、そんな思いは芽生えなかったようだ。逆に、その率直さと潔さ、理解の早さと深さに感心しているのが目に見えてわかった。


 年若い異形には、頭抜けた頭と豪胆さ――ともすれば相手を嫌気させるだろうそれらを、気にさせない明るさと朗らかさがあった。

 そして、グレン、キリザ、サルファの三人には、それを認め、受け入れるだけの度量があった。



 話し合いが平和裏に終わったのは、両者の器量が見合っていたからだろう――



 と、アリアロスは思う。

 これが、かの御仁だったら、こうはいかない。

 まず、話し合いの席に付かないだろう。容姿で完全受付拒否だ。話の場すら、もたれないかもしれない。


 見るもおぞましい――と、目と耳を閉ざし、毒蛇や毒虫を見つけたときと同じ対処をするつもりだ。実際そうしようとしていた。


 ホレイスという男の思考は凝り固まっている。そして己の考えが正しいと思いこんでいる。

 異形の御使い様たちに、知性があるといっても、ホレイスは自我があることすら信じないだろう。


 信じないのではない。認めないのだ。ああいう人間は、自分の知識や思惑の外にはみ出たものを認めないし、許さない。そして、そういう人間が少なくない――という現実に、グレンの声はかたくなっていたのだろう。


 四人の御使い様たちの姿は、禍々しい。見れば、だれもが必ず恐怖を覚えるはずだ。何かしらの災いをもたらすに違いない――と不安を抱かせる恐ろしい容姿だ。しかし、口を開けば、そうでないということがわかる。その声と話を聞けば、感じるのは恐怖ではなく、爽快さだ。

 二言三言でいい。わずかな時間でもそれがわかる。


 しかし、すべての人間と直に接することなど不可能だ。


 彼女たちの禍々しい姿は、その声を聞かなかったものたちの口から口へと、広がってゆくだろう。それは王城から王都へ、王都からその先へと、疾風のごとき速さで伝わるだろう。そして、人の口を介すほどに、広がるほどに、恐怖の姿はさらに大きく、歪にゆがめられてゆくだろう――。


 

 グレンの思考はそこまでいっているはずだ。そして、その先に上がるだろう声を予測し、頭を巡らせているに違いない。


 

 今は空席となったその場所を見つめながら、アリアロスは、身体が淵に沈んでゆくような感覚にとらわれていた。

 




◇  ◇  ◇  ◇





「……スライディールの城に収まってくれたのは、嬉しい誤算だな」


 グレンがいった。


「ああ。あれで城内を動き回られちゃ、失神者続出だもんな。玲ちゃんはほんと、わかってるぜ」

「ずいぶん気に入ったようだな」

「そういうお前はどうなんだ?」


 キリザはにやりと笑う。


「愚問だろ? 何もかもが度外れてる。それも、いい方にな。おまけに面白いとあっちゃあ、気に入るなってほうが、土台無理な話だぜ」

「しかし、頭が回りすぎだ」

「ああ、それはあるな。ほんと頭ん中がどうなってんのか教えて欲しいぜ」

「見たんじゃなかったか?」


 と、グレンが笑う。


「ばかやろう」


 応じるキリザに、「ふん」と鼻をひとつ鳴らしてから、グレンは真顔に戻った。


「とりあえず、姿が見えなければ、収拾できないほどのひどい騒ぎにはならないだろう。が、問題は山積みだ」

「ああ、そうだな」

「しばらくは抑えられる……が、いずれ、排除しようとする輩がでてくるだろう」

「だろうなあ」

「他人事のようだな」

「別に、他人事だなんて思っちゃいねえぜ。その通りだと思っただけだ。なんたってうちレナーテは人が多いからな、人が多い分、馬鹿と阿呆も多い。それも種々雑多に揃ってる。そういう輩がでてくるのも不思議じゃねえ、だろ?」

「そうだな」

「じゃ、俺は、そういった阿呆どもを片っ端からつぶしてけばいいんだな?」

「馬鹿をいうな」

「やっぱ駄目か。だったら楽なんだがなあ」


 と、伸びをしながらいうキリザの声は、身体と一緒に伸びていた。


「させません」


 黙したままだったサルファが声を放った。


「させませんよ」


 伸びきったキリザの声とはまったく異なる、強い声だった。

 サルファの決したような声に、キリザが笑顔を向ける。


「うん、そりゃ、良い心がけだな。それくらいの気概がないと、副宰相は務まらないよな」


 えらそうにいうキリザの横で、グレンが口元を緩めた。

 どの口が――とでもいいたげな顔に、キリザが敏感に反応する。


「なんかいいたそうだな? おい」


 とはいったが、それ以上しつこく追求しなかった。


「サルファ、心がけは立派だが、そっちは心配すんな。阿呆も多いが、そうじゃない奴だって、うちには大勢いる。姿はどうあれ御使い様だぞ。排除しようとする奴が出てくれば、それを阻止しようとする奴だって必ず出てくる。で、その先頭に立つのが俺たちってわけだ。簡単に好きにさせると思うか?」


 最後の言葉に、キリザは凄みを乗せた。

 サルファは言葉なく首を振り、力みを身体から払う。


「将軍がそうおっしゃられるなら、心配は無用ですね」

「そうだ。俺とグレンとお前――まず、俺たち三人がその意思を表明すれば、たいていの奴はそれであきらめるさ。問題は、それでもあきらめずに、どうにかしようって奴だな」

「どうするんだ?」

「そりゃ、お前が考えることだろ、グレン。なんでもかんでも俺にやらせるな」

「なんだ、何か策でもあるかと思ったが、違ったか?」

「ばかいえ、策なんかねえよ。策はねえが……それほど心配しなくてもいいんじゃねえかと思ってる」

「ほお、それはまた、ずいぶん楽観だな。百戦錬磨の将軍がいうんだから、それなりの根拠があるんだろうな。教えてもらおうか」

「えっらそうに」

「卿ほどじゃない」


 さっさと話せ、とばかりにあごをしゃくるグレンに、キリザは顔をゆがめながら口を開いた。


「嬢ちゃんたちはわかってる。自分たちの姿がどういう影響をひとに及ぼすか、承知してる。だから、スライディールの城に自ら望んで入っていった。しばらくは、出て来い、つっても出てこねえだろうし、迂闊な行動もしないだろう。しかも、城の警固はレイヒを名指しだ。危機感をしっかり持ってるし、人を見る目だって確かだ」

「そうだな。新将軍は、あれこれ理屈をこねて逃げ回るだれかさんとは、違うからな」

「喧嘩売ってんのか?」

「事実だ。いいから続けろ」

「ちぇ」


 キリザは盛大に舌打ちの音を立ててから、続けた。


「暴れまくって手の付けようがねえってんならともかく、刺激するのを極力控えてるんだから、こっちとしちゃ、いいわけがしやすいし、守りやすい。御使い様って看板も、もちろん大きいな。もし、どっかの馬鹿な野郎が実力行使にでたって、まず、人と城の壁に阻まれる。万一それを乗り越えても、だ。待ってるのは、殿下に襲い掛かろうかって強者だ。だから俺は、そうきりきりしないでもいいんじゃないかと思ってる。だからといって、手を抜いていいとは思ってないぜ」


 突っ込まれる前に、キリザは付け加えた。


「ああ、わかってる。だがな、問題は多い。この先、ずっと彼女たちの姿を隠し続けるか? 彼女たちがそれを望むか? 姿を隠しても、存在はしている。これで飢饉や戦が起こったらどうなる? それほど大きな災いでなくても、何かことが起これば、すべては彼女たちのせいにされる。絶対にな。俺は、そうなったときが恐ろしい」


 そして、グレンは苦々しく続けた。


「大勢には勝てない。民衆の意思が排除の方向に向けば、俺たちの力ではどうしようもない」

「暗いな」


 グレンの沈鬱な声に、キリザは軽い一声で応じた。


「楽観のしようがない。災いはいつふりかかるかしれんが、火種はそこここにある。伴侶のこともそうだ。誰がなる? 選ばれた人間は耐えられるか? 本人はいいとしても、身内や回りが黙っていないだろう」

「候補者の辞退は認められてるんだから、大丈夫なんじゃねえか?」

「将軍、卿の頭の中こそ、のぞいてみたいな。有力といわれている候補者が、辞退を表明すると思うか? 御使い様は七人だ。うち三人は、過去と違わぬ普通の娘だ」

「ああ、そうだったな。忘れてたぜ」

「そのようだな。欲と力を備えた連中だ。奴らがどう考え、どう動くかは、想像に難くないはずだ」

「ったく、欲どしい上に勝手な連中だな。権力は欲しいが、化け物はいらねえ――ってか。ま、その辺は俺に任せてくれ。好きにさせないさ」

「もちろん、あてにしてる」


 グレンはそういうと、ぽつりと声を落とした。


「しかし、しいな……」

「うん? 玲ちゃんたちのことか」


 キリザの反応は早かった。


「ああ」


 グレンはそれ以上いわなかった。



 化け物でなかったら――



 だれの胸にもわいた思いだ。

 無駄な思いとわかっていながら、知れば知るほどに、その思いは逆に強くなるばかりだ。


 グレンは、すでに空席となった場所を見つめていた。サルファとアリアロスも同様に視線を向けている。彼らの脳裏に映るのは、胸に去来するものは同じだ。すると、

 

「うん。そのことなんだがな……」


 キリザが、ふと思い出したようにいった。

 すべての目が、気負いのない声を放った人物に移る。


「お前たちに聞きたかったんだよな。なあ、なんかおかしいと思わなかったか?」


 漠然とした質問に、グレンの眉間が寄った。


「その質問で、まともな答えが返ってくると思ってるのか?」

「なんだよお前は。ひとの質問にまで、ケチをつけやがるのか? ああ、わかったわかった」


 睨み付けてくるグレンに、キリザは続けた。


「玲ちゃんたちと話してて、お前ら、おかしいと思わなかったか?」


 グレンとサルファが顔を見合わせる。


「……いえ、わたしは特に何も。ああ、挨拶のときにひどい違和感は感じましたが……それだけですね。あとは、話をするのに精一杯でしたから」

「ああ、そうだな。ったく、しょっぱなから嬢ちゃんたちを怒らせやがって。どうなることかとひやひやしたぜ、ま、玲ちゃんに感謝するんだな」

「はい」


 実際には、キリザは笑って見ていただけだったが、事実だったので、サルファは謹んでその言を受け入れた。


「グレン、お前はどうだ」

「別段おかしいと思ったことはないな」

「そっか。アリス、お前は?」


 と、キリザが声を振った途端、がたがたと音がした。


「お前は……こんなとこでもぼーっとしてんのか。逆にすげえな」

「い、あ、すみません」


 突然の指名を受けたアリアロスは、椅子と格闘していた。


「で、お前はどうだ。お前が一番近くで嬢ちゃんたちを見てるんだ」

「はい――」


 玲の目の強さと美しさが、アリアロスの中で強く印象に残っていたが、それは異形に似つかわしくないというだけで、問いの答えではない気がした。


「いえ、特におかしいとは……」


 椅子から転げ落ちそうになったアリアロスは、椅子を元の位置に戻しながら、そう答えた。

 

「かーっ、ほんとお前は戦場以外じゃ使えねえな。目ぇ開けたまま寝てんのか?」

「将軍、アリアロス軍師は今日一番の殊勲者です。軍師が身体を張って止めに入ってくれなければ、あの場はどうなっていたことかわかりません」

「……まあな。それにしても、もうちっとなんとかならねえか。ま、いいや」


 とりなすサルファの声もあり、キリザは叱る声を切り上げた。そして、視線を並びの同僚たちに戻し、いった。

 

「匂いだ」


 その言葉を聞いたグレンとサルファは、


「匂い?」

「匂い、ですか?」


 キリザの発した言葉を繰り返した。


「ああ、匂いだ。お岩ちゃん――じゃねえや、玲ちゃんだな。玲ちゃんの頭は割れて、肉どころか中身が見えてた。血を垂れ流してるってのに、まったく血肉の匂いがしない。それどころかな、玲ちゃんは良い匂いがした。花みたいな良い匂いだったな。おかしいだろ? 血肉が見えて、おまけに腐ってた。なのに、腐臭もしなけりゃ、血の匂いもしない。しかも、あれだけ頭から血やら何やら盛大に流してるのに、どっこも汚れちゃいねえ。本人は、血まみれの泥まみれだったがな。どこにも、血の一滴も落ちてないんだぜ。どういうことだ?」


 同僚たちの目が驚きに見開かれるのを見ながら、キリザは続ける。


「びっくりするほど目がある瑠衣ちゃんもな、目は目だが、ぜんぜん動いちゃいねえ。瞬きすんのは、俺たちと同じ箇所にあるふたつだけだ。どういうことだ? どう思う?」

「……」


 キリザの声に反応できるものはいなかった。キリザは明確な言葉でずばりといわなかったが、それで十分だった。根底を覆す示唆に、だれもが声を失った。


「な? なんか、良い匂いがするだろ?」


 そのとおりだった。清涼な空気の中に、花の香りが混じっている。


「どういうことだ?」


 グレンが訊ねた。さすがのグレンも平静ではいられない。

 性急なその声に、キリザは笑った。


「俺が訊いてんだ。答えを持ってるはずねえだろ。答えは、玲ちゃんたちに聞くしかねえな」


 笑いながらいうキリザを、グレンが睨みつける。


「気付いていて、なぜ訊かない」


 彼女たちの姿が擬態であるかもしれない――その可能性を教えられたグレンは、歯噛みをしていた。可能性ではなく、確かなものが欲しかった。それが言葉となってでた。 


「うん? 玲ちゃんだったら、必要だと思えばいうだろう。そう思ったし、ひょっとしたら、俺の早とちりかもしれねえ、とも思ったんでな」

「それで訊かなかったのか?」


 この馬鹿が――と目でいうグレンに、キリザはいいわけをした。


「いや、実際、訊く間なんかなかったろ」

「…………そうだな」


 玲の最後の怒涛の口撃を思い出したのだろう。グレンはそれ以上責めなかった。


「で、本当のところ、どう思ってるんだ」

「うん。そりゃ、希望は――」

「希望はいい」

「ったく、ちっとぐらいいいだろうに。わかった。いうから、睨むな」


 いい捨てると、キリザは思うところを披露した。


「人間だろ。なんでああいう化け物になってんのか、理由は見当もつかねえが、ありゃ人間だ。どう考えたって、あんな状態で生きてられるわけねえだろ。息も絶え絶えで、今にも死にそうだ、ってんならまだわかるが、俺らよりずっと生き生きしてたじゃねえか。血や目はつくりもんだな。つくりもんには見えねえが、本物とも思えねえ。思考や感情なんかは俺たちと一緒だし、しっかりした名前だって持ってるじゃねえか。要は、見た目だけが化け物だ。化け物にみせてる。だから、違和感を感じたんじゃねえのか?」


 いいながら、キリザは、先に『ひどい違和感を感じた』といったサルファを見た。


「……」


 サルファは、キリザを見つめるばかりで言葉を発しない。

 違和感の正体を教えられたサルファの心は、



 理由は付く。そう考えれば、納得がいく。しかし信じられない――



 信じたくても信じられない。肯定と否定と驚きでひどく乱れていた。

 

「だが、なぜそれを俺たちにいわない?」


 サルファが応えられないその間に、グレンが口を出す。


「いえば彼女たちの危険はなくなるのに」         

「そりゃ、いろいろ理由はあるんじゃねえか? あの姿でいきなりこんなところに連れてこられたんだ。こっちは小娘ひとりだと思ってたから、化け物だーって大騒ぎだ。玲ちゃんもいってたろ? 話を聞いてくれる奴がいねえって。いっても無駄だと思ったんだろ。んで、そうこうしてるうちに、命の危険はないとわかった」

「俺ならそこで、明かすがな」

「玲ちゃんだぜ。話を聞いてるうちに、いろいろ考えたんじゃねえか? 伴侶のことを聞いたとき、だいぶ考えてたろ。ありゃ、なんか企んでるぜ、な?」


 声を向けられたサルファが頷いた。心は未消化のままだったが、ひどい混乱からは抜け出した。


「そうですね。ずいぶん長く考え込んでいらっしゃいましたね」

「な? ま、何をどう考えてるかはまったくわからねえが、俺が確信してる理由はもうひとつある」

「なんだ?」

「名前だ。俺たちに教えてくれたのに、なぜ、名前を伏せさせる? 他の連中が知ったところで、ああ、そういう名前ですか、くらいのもんだ。名前を隠すのは、その名を知った奴がいるからだろう?」

「三人の御使い様か……」

「ああ、俺はそうふんでる。化け物だってことは、もうだれもが知ってる。何を、玲ちゃんは隠したいんだろうな? その何かは、王城の御使い様たちに訊けば、わかるんじゃねえか? だが、それは勧めないな。っつか、やらせねえぞ」

「なぜだ」

「そりゃ、玲ちゃんに嫌われるからに決まってんだろ。いいか? 俺たちは約束したんだ。約束を違えるな。隠したいってんだから、理由はあるだろ。どういう理由があるかは知らないぜ。知ってるのは、玲ちゃんだけだ。だが、それも三日待てば教えてくれる。三日なんて、あっという間だ。玲ちゃんのお願いごとを用意するだけで、そんなもん、過ぎちまうんじゃねえか? っつか、三日で足りんのか? サルファ」


 サルファの目に、焦りの色が突如としてあらわれた。

 それを見たグレンの口元に、かすかな笑みがのる。そして、冴えないアリアロスの顔には、驚きが張り付いていた。

 

「というわけで、俺は何の心配もしてねえんだよ。だが、今日からの四日間は気が抜けない。でもな、この四日を持ちこたえれば、危険はなくなるんじゃねえかな? と、俺は思ってるんだが、どう思う?」


 キリザは満面の笑みを浮かべていた。


「四日後が、楽しみになってきたろ?」 



 

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