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おじさま ばーさす 化け物 ⑥ とどまることを知らず

 室内が、静けさに包まれた。

 




「……ふうん、そっか」


 沈黙を破ったのは、キリザだった。


「お岩ちゃんの本当の名前は、アキラっていうのか」


 玲の突然の名乗りに、グレンとサルファが無言で反応を見せない中、彼は得心したようにいった。


「はい」

「じゃ、これからは、玲ちゃんって呼べばいいんだな?」


 キリザは、やはり大きなひとだった。騙したのか――と責めることもなければ、何故? とも訊かない。

その声と表情は、ただ明るいだけだった。そして、


「はい、そうですね」


 答える玲に、今度はいたずら小僧のように目をかがやかせた。


「てことは……そっちの嬢ちゃんは、リョーコちゃんだな?」

「そうです。一度聞いただけで、よく覚えていらっしゃいますね」

「まあな――っていいたいとこだが、ほんとのとこ、俺は人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだ」


 いやあ、それだけじゃないでしょう――と突っ込みたかった玲だが、ここは頷くだけにした。


「それがどうしたもんか、お岩ちゃん、じゃねえや、玲ちゃんだな。さっき聞いた玲ちゃんたちの名前なんかはぜーんぶ覚えてる」


 すげえだろ?――と、いわんばかりにあごを上げる。その仕草と素直さは、小学生男子のようだった。


「ま、それだけ印象が強いってことだな。ああ、じゃ、百目ちゃんも、貞子ちゃんも、その名前じゃねえんだな?」


 キリザは本当に覚えていた。しかも正しく。


「……名前、教えてくれるか?」

「もちろんです」


 玲は答えると、自分の左右に並び座る友人たちに頷いてみせた。

 玲の無言の指示に、待ち構えていたような速さで瑠衣が反応した。


「はーい」


 と、返事をしながら立ち上がる。そこにためらいなど、まったくなかった。


「はじめまして。百目、あらため、沢田(さわだ) 瑠衣(るい)です。どうぞよろしくお願いします」


 愛らしい声ではきはきと名乗った瑠衣は、気をつけの姿勢からぺっこり頭を下げた――と思うと、玲に訊ね顔を向けてきた。


「特技とかもいったほうがよかった?」

「いらんわ!」


 と、いいつつ立ち上がったのは良子だ。


「山野(やまの) 良子(りょうこ)です」


 良子の後に、間髪をいれずに玲於奈が続く。


「二木(にき) 玲於奈(れおな)です」


 片やは立ち上がり、片やは座ったままだったが、どちらも愛想も何もなく、ただ、時短だけを追求しているかのようだった。その名乗りはふたり合わせても、五秒もかかっていないのでは?――と感嘆に値する短さだった。玲の体感経過時間は三秒だ。


「うーん。性格でるよねえ」


 ひとりごちる玲の前では、キリザが相好を崩していた。


「瑠衣ちゃんに、良子ちゃんに、玲於奈ちゃんか……」


 それぞれの名を口にしながら、順々に、笑顔を向ける。


「玲ちゃんの大切なひとたちか」

「はい。わたしの、かけがえのない友人です」

「そっか」


 キリザは穏やかな笑みを浮かべていた。


「その大切な友達の名前も教えてくれたってことは、俺たちを信用してくれたってことか?」

「はい」


 玲はキリザの問いに頷いた。


「信用しています。そして、今後は皆さんを大いに頼らせていただきます。そのために名前をいいました。ですが、今お教えしたわたしたちの名は、公表しないでいただきたいのです」


 それを聞いたキリザたちの表情が、いぶかしむものに変わった。


「偽名を名乗ったのは、特別な考えや理由があったわけではありません。ありませんでしたが、今は理由ができました。その理由は、今ここではお話できません。話せない上、公表しないようお願いしなければなりません」

「うーん」


 キリザといえど、二つ返事はできないようだった。

 相手の困惑はわかりすぎるほどわかったが、玲は押し切らなければならなかった。

 彼らの様子を見ながら、玲は見せ付けるように指を立てた。


「三日です。三日間で結構です。わたしたちに時間をください」

「時間をくれとは、そりゃまたどういうことだ?」

「その三日間、わたしたちに構わないでいただきたいのです。ああ、逃げたりしませんよ」

「いや、玲ちゃんが逃げ出すとか、俺はぜんぜん思っちゃいないぜ」


 キリザは真顔でそういった。


「ふーん。三日か……」

「状況を整理し、落ち着いた環境で考え、今後に備えたいのです。申し訳ありませんが、その間はどなたにもお会いしません。そしてその三日間、わたしたちの名を公にしないでいただきたいのです。だめですか?」

「いや、いいんじゃねえか? な?」


 あごをしごくようにこすっていたキリザは、考えがついたのか、あっさりそういった。

 声を向けられたグレンが、微笑を浮かべた面を左右に小さく振る。呆れたか、あきらめたか――どちらかのように、それは見えた。


「いいだろ?」

「理由を聞きたいところだが……」


 視線を寄こすグレンに、玲は答えた。


「四日後にお話しします」

「ほら、いいじゃねえか。三日間だろ? んで、四日後には、理由だって教えてくれるし、名前を公表しちまってもいいんだろ? そうだろ? 玲ちゃん」

「はい。四日後には、きちんとその理由をお話しします。ですが、名前については、状況次第ということでお願いしたいのです。許されるならしばらくは、伏せておきたいと考えています」


 グレンは思案顔だ。そんなグレンの思案顔に、


「いいじゃねえか、グレン」


 と、キリザが笑顔をぶつけた。その声は明るく、何の屈託もなかった。


「頭のくるくる回る玲ちゃんがそういってんだぜ。玲ちゃんなら、自分たちが俺たちに指図できる力があることくらい、もうとっくにわかってるはずだ。それをしないで、こうしてわざわざ俺たちに伺いを立てるってことは、あれだろ? 俺たちを信頼して、尊重してくれてるんじゃねえのか? 名前だってそうだ。黙ってりゃいいものを、わざわざ教えてくれたのは、そういうことだろ? 悪いが俺は、玲ちゃんの希望をそのまま受け入れるぜ。期待は裏切りたくねえからな」

「ふん」


 グレンが鼻で笑った。


「これ以上の栄達は、望んでいないんじゃなかったか?」


 その唇は皮肉の形にゆがんでいたが、目と声はすっきりと晴れていた。


「ばあか、それとこれとは話が別だ」


 レナーテの豪傑は、明快な言葉と態度で、宰相のわだかまりを払い飛ばしてくれた。


「キリザさん、ありがとうございます」


 玲は心から礼をいった。


「なに、構わねえさ」


 と、キリザは驕ることなく、軽い口調で返す。


「それより、勝手のわからねえ城ん中で、三日間どうする? だれにも会わないってんだから、案内も付けられねえし。考えるったって三日も四日もうんうん考えちゃ、おかしくなっちまうぜ。城ん中探検したりして過ごすか? 面白いかどうかはわからねえが、見るものは腐るほどあるはずだ」


 キリザは頼もしく、玲たちのことをだれよりも理解してくれているようだったが、すべてを知っているわけではない。

 笑みながら、玲は答えた。


「もちろん、城内を知ることにも時間を費やしますが、わたしたちは、様々なことを知り、考えることに時間をかけるつもりです」

「ほお」


 玲の意とすることがわかったのか、キリザの顔がほころんだ。


「そのために、皆さんに準備していただきものがあります。ゼクトさん」


 と、玲は視線を眼前の三人から、壁際に座るゼクトへ移した。


「友人たちも記録しますが、そちらでも書き留めておいてくださいね」


 すでにペンを持ち、それを動かしているゼクトに向かって、わざわざ玲はそういった。

 玲の声に、ゼクトが首を縦にする。

 ゼクトが頷いたのを見てから、玲は血塗れた唇を動かした。





◇  ◇  ◇  ◇

 


 

 

 さらさらと、音がする――


 日は中天をとうに過ぎていた。

 傾いた午後の陽射しが差し込む室内は、明るく、暖かい。

 その心地よさに、思わず、まどろんでしまいそうになる――ような人間は、この室内にはひとりとしていなかった。

 


 さらさらと聞こえるのは、紙に書き記す音だ。最初、川のせせらぎのようだったその音は、だんだんと流れが速くなり、いつしか走るようになっていた。


 重なり合うその音が、かき消される。


「――こちらはすべての記録をさらってもらって、いずれ詳細な資料を作っていただきます。が、まずは簡単なもので結構です。発生年、当時の国情、周辺の情勢、御使い様と伴侶の個人情報、彼らの動向とその後、等をわかりやすくまとめたものを用意してください。聞いていませんでしたが、御使い様の降臨は、過去何度ありましたか?」

「七度です」

「ということは、七人ですか……」


 声がやんで、再びペンの走る音が聞こえてくる。




 レナーテの男たちは、それぞれに様々な表情を浮かべていた。

 しかし、笑みを浮かべたものは、もういない。

 

 自分の存在意義を不思議に思っていたアリアロスなどは、その思いすらすでに内からなくなり、今はただ、魂を抜かれたような目で、次から次へと言葉を繰り出す異形の御使い様――玲を見つめていた。


 

 そして、見つめられている玲はというと。

 何やらぶつぶつ、つぶやいていた。


 漏れなく、間違いなく、要求を伝えることに集中している玲は、空気や相手の表情――もろもろの読み取り機能が、著しく低下していた。




「うん、ま、七人分だったら、人海戦術でも十分いけるわよね。資料だって整理してるだろうし……」 

「ねえ、玲ちゃん」


 独語する玲に、声がかけられた。


「ん?」

 

 と顔を向けた玲に、瑠衣がいった。


「もう、それくらいにしてあげたら?」


 つんつんと瑠衣がペンでつつく先を見てみれば、そこにはびっしりと文字が敷き詰められていた。


「え?」


 瑠衣がつついたのは、良子の手元にある紙だった。そしてそれは四枚目だ――という事実に、玲は驚いた。


「わたし、こんなにいった?」

 

 良子が顔を上げた。玲に向けた目は、半眼だった。


「いったわよ。いったからこうして書いてるんでしょうが」


 いいながら、ペンを握っていないほうの手で紙面を叩く。


「ったく、あんたどんだけいうわけ? こんな一気にいわれても、向こうは用意できないでしょうが。パソコンなんてないんだから。資料探して整理するだけでも大変だっつうの」


 といい終えた良子は、すぐ作業に戻った。


「……」


 舌がすべるまま調子にのって、あれもこれもどれもそれも、といっていたら、とんでもない量になっていた。さすがの玲も、良子の弁に言葉を返せない。


 そして目線を上げると、そこには、悟りを開いたようなキリザの顔があった。

 玲は反省した。


「すみません。皆さんが受け入れてくださるのをいいことに、しゃべりすぎてしまいました」

「いや、ま、俺は構わねえんだけどな」


 というキリザの視線を追えば、サルファの難しい顔にたどり着いた。


「ちっと、減らしてやってくんねえか? いや、だいぶか」

「ああ、すべてを今日中に用意してもらう必要はありませんので、安心してください」


 その声に、サルファばかりか、ゼクトも安堵した、ように見えた。


「今日中に欲しいのは、レナーテの歴史と過去七回の御使い様の資料。それと、伴侶を決める手順とその期間。今日いらした百名の候補者の方々の名簿、ですね。どこのだれで、どういったひととなりか、そういったものを本当に簡単で結構です。付記したものをそろえていただくのは、可能でしょうか?」


 手間隙のかかることは十分にわかっていたが、それらはどうしても欲しかった。


 そんな玲の気持ちを察してくれたのか、それともただ単に、膨大だった数が極端に減らされたことで、錯覚を起こしたのか――


「今日中にご用意いたします」


 サルファは即答した。

 その性急さに、玲於奈が笑う。


「サルファさん、ずいぶん急いでるわね」

「間を空けたら、空けた分だけ、どんどん雪だるま式に増えていくんじゃないかって、恐怖なんでしょ。なんたって、べらべらしゃべる、おしゃべりお化けなんだから」

「ああ、それは恐ろしいわね」

「今日はまた特別のってるもんねえ、玲ちゃん。踊れなかった分、ここで発散してる?」


 なるほどねー。


 玲は、端然としたサルファの、彼らしからぬ前のめりの返事の理由を知り、納得した。




 



◇  ◇  ◇  ◇






「以上です――といいたいところなんですが、ひとつ、大事なことをお伝えするのを忘れていました」


 レナーテの男たちがほっとしたのも束の間、玲はそういった。



 まだいうか――



 という顔をしたのは、レナーテの男たちではなく、友人たちだった。

 友人たちの無言のブーイングを、玲は両手を広げて抑える。


「すぐ終わるから」


 友人たちにいってから、玲は眼前の三人に目を向けた。



「大切なことです」


 声と表情をあらため、室内のすべての注意を自分に向けた玲は、


「これより、わたしたちの身柄はサルファさんにお預けします」


 凛とした声でいい放った。


 しかし、もはや驚きに慣らされてしまったのか、さほど意外でもなかったのか、それとも疲労で、もうどうでもいいのか――

 それを聞いたレナーテの男たちに、動揺はなかった。ただ、名指しされた当人には、やはり驚きだったのか、サルファは目を見張っていた。


「もちろん、グレンさんとキリザさんも頼りにさせていただきますが、サルファさんには、わたしたちの公式な後ろ盾となっていただきます。通例にないことかもしれませんが、これは聞き入れていただきます。よろしいですか?」


 玲の命令ともいえる強い宣言に、頷かないものはいない。


「このことは直ちに公表してください。それと、わたしたちの住まいへの立ち入りは、グレンさん、キリザさん、サルファさん、そしてゼクトさん――以上、四名の方のみとさせていただきます。もちろん、明日からの三日間は、四人の皆さんでもだめですよ」


 と、念を入れる。


「立ち入り者の限定は恒久的なものではありませんが、しばらくの間はそうさせていただきます。それ以外の方の立ち入りについては、必ず、サルファさんを通していただきます。国王といえど、例外ではありません。必ずサルファさんを通してください。ここまでは、よろしいですか?」

「こりゃ、陛下に恨まれるな、俺たち」


 というキリザの声に、グレンがため息をつくのが聞こえた。


「好んでわたしたちに会おうという方がいらっしゃるとは思えませんが……」


 玲は笑い、そして続ける。


「それと、これはキリザさんにお願いしたいのですが」

「おう、なんだ?」

「住まい周辺の警固の件です。お考えですよね? それとも、野放しですか?」

「いや、野放しにはできねえな」

「では、住まい周辺の警固は、レイヒさんに――もちろん、ご本人でなくても構いませんが、レイヒさんの配下の方にお願いします」

「わかった。レイヒ」

「はい、手配いたします」


 それを聞いた玲は、満足したように頷いた。


「ありがとうございます。これで、安心して三日間を過ごせます。皆さんのおかげで、有意義な時間を過ごすことができました。本当に感謝しています。では、わたしたちは、住まいに移りますね。ゼクトさん、案内をお願いします」


 といいながら、玲は席から立ち上がった。

 三人の友人たちも立ち上がる。


「それでは、グレンさん、キリザさん、サルファさん、四日後にお会いできるのを、楽しみにしていますね。ああ、アリアロスさんも、今日はありがとうございました」


 とって付けたようにアリアロスにそういうと、玲は振り返ることなく、友人たちを引き連れて速やかに部屋から出ていった。

 


 長い長い会談は、玲の一方的な声で締めくくられた。

 疲れを知らぬその声は、ただ、ただ、明るかった。









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