1話
やっと仕事が終わった。
今日も終電間際まで残業だった。
「あ~疲れた……」
自宅に帰り、適当に飯を済ませ、シャワーを浴びる。
時計を見る。
午前一時。
本来なら、とっとと寝るべき時間だ。
だが、今日は大事な日。
「ログインするか」
俺はベッドに横になると、VRMMO——「エンド・オブ・ワールド」を起動した。
発売から5年ほど続いたゲームだが、今日でこのサービスは終了する。
過疎っているからだ。
「ついにタイトル回収か……」
俺はガチ勢じゃない。
ランキング上位を目指したこともないし、装備厳選に何時間も費やしたわけでもない。
メインストーリーをクリアしてからは、いつ引退してもおかしくない状態だった。
それでも、ここだけは妙に気に入っていた。
王都の兵士訓練施設。
プレイヤーがNPC兵士を相手に、自由に訓練を行えるコンテンツだ。
最初は普通に剣術を教えていた。
だが、仕事で溜まったストレスを抱えたまま遊んでいると、ある日ふと思った。
——こいつらに八つ当たりしたら、気持ちいいんじゃないか?
そして俺は始めた。
悪役教官ごっこを。
訓練施設の中では、俺はかなり恐れられた教官だった。
なんたって俺のレベルは147。
ほぼレベル上限。
NPC兵士よりはるかに強い。
そんな俺がひたすら教官役をやり続けた。
そして気がつけば、訓練施設に入ると自然に口調まで変わるようになっていたんだ。
今日もそうだ。
訓練場へ入った瞬間。
「貴様らァ!」
目の前に並んだNPC兵士たちが一斉に背筋を伸ばした。
「動きが遅いぞ!」
「は、はい!」
「はい、だと?」
「イエス、マイ・ロード!」
「最初はそう言え!能無しが!」
十数人の兵士が慌てて姿勢を正す。
俺は腕を組み、彼らを睨みつけた。
現実では、こんな態度を取ったら一発でパワハラ認定される。
だからこそ、ここでは好き放題できる。
「本日の訓練内容を説明する!」
「はい!」
「腕立て伏せ1000回!」
「……え?」
一人の兵士が固まった。
「何だ?」
「せ、1000回……ですか?」
「聞こえなかったのか?」
「いえ……」
「なら早くやれ」
「はい……」
「声が小さい!」
「はい!」
俺は満足して頷いた。
こういうのでいい。
現実では絶対にできないことを、ゲームの中でやる。
これが最高に気持ちいい。
「始めろ!」
「イエス、教官!」
一斉に兵士たちが腕立て伏せを始めた。
「1!」
「2!」
「3!」
「遅い!」
「はい!」
「4!」
「5!」
俺は時折兵士の背中に座って負荷を上げる。
「やる気あるのか!?そんなんで国を守れると思ったら大間違いだぞ!」
「はっ!」
「101!」
「102!」
「103!」
「腕がちゃんと曲がっていないぞ!このクズが!」
手に持っていた剣の鞘で尻を叩く。
「申し訳ありません!」
「謝る暇があるなら腕を動かせ!」
「はい、教官!」
兵士たちは必死だ。
もちろんNPCなので、死ぬことはない。
体力が尽きれば訓練終了になるだけ。
だから、遠慮はいらない。
「301」
「302」
「おい、声が小さくなったぞ?」
頭を掴んで地面に叩きつけた。
「ぐあっ!」
地面にぶつかった衝撃で兵士の顔から血が出たが、教官を恐れてか何も言わない。
「303!」
「304!」
訓練場に大声が響き渡る。
いい。
実にいい。
仕事で上司から怒鳴られ。
客から無茶を言われ。
意味の分からない資料を何度も修正させられ。
それでもヘコヘコ頭を下げていた一日の最後に。
俺はここで好き勝手に兵士をしごく。
「……501……!」
「……502……!」
「止まるな!」
兵士たちは震える腕で身体を支える。
「教官……!」
「あ?」
「もう、腕が……!」
「殺されたいのか?」
俺は鞘から剣をゆっくりと引き抜く。
「……!?」
「もう一回言ってみろ」
「な、なんでも……ございません……」
「泣き言を言った罰だ。100回追加」
「そんな!」
「さらに100回」
「申し訳ありません!」
「なら最初から黙ってやれ」
「はい……」
俺は笑った。
最高だ。
ゲームって素晴らしい。
現実では絶対に許されないことでも、ここなら全部許される。
所詮、NPCだ。
プログラムされた存在だ。
どれだけ怒鳴っても、どれだけ横暴なことをしても、本気で傷つくことはない。
試しに殺そうと思って剣で攻撃したことはあるが、ダメージ判定がないのか、ここの兵士は殺せなかった。
俺が何をしようと、次の日にはまた元気にやってくる。
だから俺は遠慮しない。
「次!」
腕立て伏せを終えた兵士たちを立たせる。
「剣を持て!」
「はい!」
「全員、俺にかかってこい!」
兵士たちの顔が青ざめる。
「どうした?」
兵士たちは顔を見合わせる。
当然だ。
NPCのモブ兵士が何人いようと俺には勝てない。
「来ないならこっちから行くぞ」
「……っ!」
次の瞬間。
俺は地面を蹴った。
1人目の剣を弾く。
2人目の足を払う。
3人目の腹を柄で強く突く。
4人目の剣を受け流し、そのまま背後へ回る。
「遅い!」
「ぐあっ!」
「隙だらけだ!」
「うっ!」
「そんな動きで敵と戦うつもりか!」
兵士たちは次々と地面に転がっていく。
だが、誰一人として死ぬことはない。
訓練施設なのだから当然だ。
俺は最後の一人を転ばせると、剣を肩に担いだ。
「全員、立て」
誰も動かない。
「立てと言っている」
「……はい」
一人。
また一人。
兵士たちがふらふらと立ち上がる。
「よし」
俺は満足した。
「では、もう1回だ」
「……え?」
「聞こえなかったか?」
兵士たちの顔から血の気が引く。
「早くかかってこい」
「はい……教官……」
そして俺たちは戦い続ける。
兵士が誰一人立てなくなるまで。
誰も死なないことをいいことに、俺は容赦なく剣で斬り続けた。
なんだか仕事の疲れが抜けた気がする。
やはりこれだ。
これがもう1人の自分だ。
俺には教官の適性がある。
このためにゲームをやっている。
ストレスは万病の元だ。
溜め込んではいけない。
「さて……」
俺は空を見上げた。
ゲーム内の夜空には、無数の星が浮かんでいる。
綺麗な景色だ。
現実よりも、ずっと綺麗だ。
「そろそろサービス終了の時間か……」
今日は十分ストレスを発散できたが、来週からはどうするか。
別のゲームで似たようなことができればいいんだが。
そう思ったところで。
視界の端に、運営からの通知が表示された。
【緊急アップデート実施のお知らせ】
「……んん?」
どういうことだ?
今日でこのゲームは終わりのはずなんだが。
ミスか?
この手の不具合は最近よくある。
運営はもうやる気がないから。
「一応、最後の瞬間まで待ってみるか」
訓練場を見る。
兵士たちが全員倒れている。
まるで死んでいるかのようだ。
「おい!」
「……」
「最後の返事がないぞ!」
「……」
返事がない。
本来ならここで、イエス・マイ・ロードとうめき声のような声で言うはずなのに。
まあいいか。
今日で終わりだし。
俺は笑った。
いつもの一日。
いつものゲーム。
いつもの悪役教官。
訓練場を去り、いつもセーブしている宿屋で最後の瞬間を待つ
——この時の俺は、明日とんでもない状況に追い込まれることになるなんて、思いもしなかった。




