第4話「ヒロインと仲良くなろう」
その日の昼休み。
柔らかな日差しが差し込む、王立学園の中庭。
噴水の水音と、生徒たちの楽しげな話し声が混ざり合い、のどかな空気が流れていた。
――本来なら、平和そのものの時間帯。
……のはずなのに。
私の心臓は、朝からずっと落ち着かなかった。
なぜなら今日は――
「……いた」
中庭の端。
木陰のベンチに、一人で座っている少女。
淡い栗色の髪に素朴で優しげな顔立ち。
控えめな仕草と周囲に自然と溶け込む存在感。
間違いない。
原作ヒロインのセシリア・ミルフォードだ。
……うん。
どう見ても、ヒロイン。
放っておいても好感度MAX。
無意識で周囲を癒すタイプ。
(これは勝てない……)
悪役令嬢が勝てるわけない。
「よ、よし……」
私は小さく深呼吸した。
大丈夫。
今日は敵対しに来たんじゃない。
仲良くしに来たんだ。
断罪回避のために。
未来の自由のために。
勇気を振り絞って、一歩踏み出す。
そして、そっと声をかけた。
「あの……セシリアさん」
「は、はい?」
びくっ。
思った以上に大きく肩が跳ねた。
慌てて振り向くセシリア。
……あ。
完全に怯えてる。
(ごめん……)
原作のヴィクトリア、どんだけ怖がられてるのよ。
トラウマ級じゃない。
「えっと……その……」
気まずさを必死で飲み込む。
「お昼、一緒にどうですか?」
勇気を振り絞った一言。
一瞬。
セシリアは、きょとんと目を丸くした。
まるで意味が分からない、という顔。
……やばい?
断られる?
警戒される?
と不安になった、その直後。
ぱぁっ、と。
花が咲くように、笑顔が広がった。
「い、いいんですか……?」
声まで嬉しそう。
「もちろんです!」
即答。
全力スマイル。
よし。
第一関門、突破。
私は内心でガッツポーズした。
私たちは並んでベンチに腰掛けた。
微妙に緊張した空気。
でも、セシリアは勇気を出すように話してくれた。
「実は……ヴィクトリア様って……ちょっと怖い方だと思ってました」
……あー。
やっぱり。
「ですよね! わかります!」
思わず食い気味に同意。
「え?」
「い、いえ! 何でもないです!」
自虐は封印。
ここで自爆したら終わりだ。
私は慌てて話題を変える。
「えっと……お弁当、美味しそうですね」
お互いにお弁当を広げる。
セシリアのは、家庭的で温かみのある手作り弁当。
「セシリアさん、料理得意なんですね」
「は、はい……田舎育ちなので……」
照れながら答える。
かわいい。
尊い。
癒し。
天使かな?
これ。
これ仲良くなれたら、絶対断罪回避できるやつ。
私は内心で、再びガッツポーズした。
(勝った……!)
――そのときだった。
「……楽しそうだね」
低くて、穏やかな声。
なのに。
なぜか背筋が凍る声。
……あ。
来た。
私は、ゆっくり、ゆっくり振り向いた。
そこにいたのは――
微笑みを浮かべた、エドワード様。
完璧な王子スマイル。
なのに。
目が、まったく笑っていない。
「殿下!? ど、どうしてここに……?」
「君を探していたから」
即答。
迷いゼロ。
……重い。
私の選択肢ゼロ。
エドワード様は、当然のように私の隣に座った。
距離もゼロ。
さらに。
ぎゅっ。
私の手を、自然な動作で握る。
(なんで!?)
(なんで今!?)
(ここ公共の場!!)
「……紹介してくれる?」
穏やかな声。
でも圧がすごい。
「は、はい! こちらはセシリアさんで――」
「知ってるよ」
にこ。
完璧な笑顔。
「君とたまに話している子だよね?」
……え。
……見てた?
……いつから?
……どこから?
背筋がぞわっとする。
セシリアは、完全に青ざめていた。
「わ、私は……その……」
「大丈夫だよ」
エドワード様は、優しく微笑む。
「ヴィクトリアの“友達”だもんね?」
……圧。
無言の圧。
空気が重い。
重すぎる。
「……友達、だよね?」
私を見る。
がっつり目を合わせる。
逃げ場なし。
選択肢なし。
強制イベント。
「は、はい……とも……だちです……」
震え声で答える。
すると。
エドワード様は、満足そうに微笑んだ。
「よかった」
そして――
私の耳元に、顔を寄せてくる。
近い。
近すぎる。
距離バグ。
「でも……君の一番は、僕だよね?」
小声の低音しかも至近距離。
怖すぎて心臓が悲鳴を上げる。
(む、無理……!!)
(物理的に心臓がもたない……!!)
(好感度下げるどころか、上がってない!?)
その日の夕方。
私は部屋に戻るなり、日記を開いた。
そして、力いっぱい書き殴る。
【作戦②:ヒロインと仲良く → 失敗】
太字級の筆圧。
さらに、次のページに震える字で追記。
【エドワード様、思った以上に重い】
ペンを置いて、私は天井を見上げた。
シャンデリアがぼんやり揺れる。
「……もう、逃げるしかないのかな」
ぽつりと弱音な本音が漏れてしまった。
……私は、まだ知らなかった。
この一言が。
やがて、
学園を巻き込む“大逃亡編”の始まりになることを――。




