第3話「好感度が下がらない件について」
――おかしい。
いや絶対に、どう考えてもおかしい。
私は自室のふかふかすぎるベッドにうつ伏せになりながら、心の中で何度目か分からないため息をついた。
はぁぁ……。
深すぎて、魂まで抜けそう。
「……距離、取ってるよね? 私」
誰もいない部屋で、ぽつりと呟く。
もちろん返事はない。
でも、言わずにはいられなかった。
だって――私は、ちゃんと頑張っているのだ。
昨日から、ずっと。
本気で。
命がけで。
・話しかけない
・目を合わせない
・隣に立たない
・用事がない限り近づかない
頭の中で、今日もチェックリストを確認する。
よし!全部守ってる。
完璧。
教科書に載せたいレベルの“距離の取り方”だ。
名付けて――
《悪役令嬢・疎遠プラン》。
誰がどう見ても、脈なし対応。
好感度下げたい人の理想ムーブ。
なのに――
結果。
✔ 手を繋がれる
✔ 不安がられる
✔ 「離れないで」と言われる
……おかしくない?
何か間違ってない?
むしろ、距離詰まってない?
好感度、上がってない?
「……むしろ悪化してない?」
私はベッドの上で、顔を枕に埋めた。
じたばた。
ばたばた。
枕を叩く。
「普通さぁ……!」
勢いよく顔を上げる。
「冷たくされたら、離れるでしょ!? 察するでしょ!? 空気読むでしょ!?」
ごろごろ転がりながら叫ぶ。
もはや一人コント。
前世で培った恋愛常識が、ここでは一切通用しない。
距離を取ると――
→ 寂しがられる
→ 不安にさせる
→ 執着が増す
なにこの逆仕様。
バグってない?
この世界。
「……意味わかんない……」
私は仰向けになり、天井をぼんやり見つめた。
豪華なシャンデリア。
繊細な天井装飾。
高級感の暴力。
……こんな部屋で、人生の悩みを抱える元OL。
ギャップがすごい。
「このままじゃ……まずいよね」
ぽつり。
独り言が増えてきた時点で、だいぶ追い詰められている証拠だ。
「……次の手を考えないと」
距離作戦は失敗。
なら、別ルートだ。
私は、必死に原作の記憶を掘り起こす。
えーっと……。
この時期……。
確か……。
(あ、来る……)
原作知識によれば、そろそろ――
“学園舞踏会イベント”が発生するはず。
ドレスアップ。
ダンス。
告白フラグ。
三角関係爆誕。
地雷原イベント。
ここで私は、原作ヒロイン――セシリアと対立する。
嫉妬と嫌味と嫌がらせのテンプレ悪役ムーブ。
そして――
全校生徒から嫌われる。
評価爆下がり。
断罪一直線。
監禁ルート直行便。
(……最悪コースじゃん)
背筋が寒くなる。
つまり。
このイベントを、どうにかすればいい。
「……あれ?」
私は、はっとした。
「……セシリアちゃんと、仲良くなればいいのでは?」
その瞬間。
ぴこん。
頭の中で、電球が光った。
私は勢いよく起き上がる。
髪がふわっと揺れる。
「そ、そうじゃん……!」
なんで今まで気づかなかったの。
ヒロインと仲良くなれば――
・嫉妬しない
・嫌味言わない
・悪役ムーブしない
=嫌われない。
=断罪されない。
=監禁されない。
=平和。
「天才では?」
思わず自画自賛。
これ、正解ルートじゃない?
隠しエンドじゃない?
私は拳を握る。
「よし……決めた」
小さく、でも力強く。
「セシリアちゃんと仲良く作戦、始動!」
ヒロインと友情ルート。
悪役令嬢・更生編。
これで全部解決――
するはず。
……このときの私は、まだ知らなかった。
“ヒロインと仲良くする”という行動が。
エドワード様の独占欲に、致命的な火をつけることになるという事実を。
まったく。
これっぽっちも、予想していなかったのだった。




