天国と地獄
現実世界では女子とカラオケなんて行ったことがない。
エロい欲望だけでなく、こういう日常の幸福を得ることができるのが明晰夢の良いところだ。
というわけで俺たちは、渋谷駅からほど近くにあるカラオケにやってきていた。
夢の世界でも東京は東京。どこに何があるのかは大体理解している。
「では、私たちは隣にいますので……あとで顔を出してくださいね?」
御厨はそう言って隣の部屋に入り、十五人ほどの女子が後に続いた。
全国チェーン店にはパーティルームがあるとはいえ、一クラス分をぶち込むのは流石に無理がある。
ということで女子たちは半々に分かれることになり、俺は両方の部屋に同程度の時間を割くことで落ち着いた。
落ち着いたというのは俺の事ではなく、吉崎や九重、御厨のことだ。
学校からここに来るまでに繰り広げられたバトルについては触れたくない。
「別にお嬢の方に行かなくてもいいっしょ。いっくん独占しちゃおうよ」
「私もそう思うけどさぁ……あとで何されるか分かんなくない? ほら、前にタピオカのお店ごと買ってたじゃん」
「あー……あったね、そんなことも」
どんだけアグレッシブなんだよ、あのお嬢様。
「ま、まぁ、後でむこうにも行くよ」
今回のプレイスタイル的に買われたら困るし、そもそも月ノ原は向こうにいるからな。どちらにせよ行かなければならない。
その前に、まずはこちらで楽しむことが重要だ。
回転しながらギラギラとした光を振り撒いているミラーボールを見ながら、俺は長いだけで座り心地の良くないソファに腰を下ろす。
真ん中に座るのは暗黙の了解だったが、俺の両隣は有無を言わせずギャルとポニテが確保した。
しかし、それに負けじと他の女子たちが攻めてくる。
「ねぇ、横島くんってどんな音楽聴くの?」
「僕は……最近だとサバフィクションとかaraとか聴くよ」
音楽の趣味を言うだけで女子陣が騒つく。
「サバめっちゃいいよね! この前のアニメの曲も良かったし!」
「ヒップホップ系も好きなんだ……意外かも。男子はラブソングしか聴かないってMetubeで……」
「私も聞いてみよーっと!」
一斉に答えが返ってくるせいで、聖徳太子並みの聞き取り能力がなければ誰が言っているかわからない。
ただ、どうにも陰謀論とかが好きそうな子がいるみたいだ。
面白いからおいおい仲良くなりたい。
「よーしキョクモクの準備できたよー! 誰から歌う?」
「端からでいいっしょ! 本当はいっくんが最後がいいけど、女子に囲まれて歌うのってプレッシャーエグそうだし……」
「それもそうだね。じゃあ私から入れちゃうねー」
どんな時でも男の事を一番に考えてくれるというのは、やはりかなり居心地が良い。
歌の練習ももちろん完璧だが、確かに最後に歌うのは圧がある。
そうこうしているうちに最初の一人が歌い出す。
俺にも楽しめるように配慮してくれているのか、流行っているバンドの代表曲だ。
この世界の女子は全てにおいてレベルが高い。
たとえばマイクを持っている彼女は、今の俺にとってはモブキャラである。
しかし、その容姿やスタイルは現実世界のアイドル顔負けであり、誰もがヒロイン級。常に目の保養なのだ。
「吉崎さんはなに歌うの?」
「わ、私ぃ? うーん……どうしよう。あんまり歌上手くないし、横島くんの次だからなぁ」
「大丈夫だって! いっくんの次の時点で誰も聴いてないから!」
「……事実だけど、綾香に言われるとムカつくね?」
わざとらしく首を傾げる九重。
俺は彼女たちと適当に会話をし、歌を聴いているふりをしつつ、ひたすらに吉崎の脚を凝視していた。
隣に座ることによって、普段は見ることのできない脚の一面を知れる。
立っている時は健康的な肉感を味わうことができるが、今はソファに潰されて――いやソファを潰している。
短いスカートから伸びる脚は、もはや尻の一部ではないかと勘違いしてしまいそうな程に官能的であり、一流の画家が丁寧に引いた線のように完璧だった。
元から体毛が生えにくい体質なのか、日課として除毛しているのか、はたまた脱毛済みなのかは分からないが、毛穴すら見えないきめ細やかさ。
きっと処女雪よりもサラリとした感触で、一度触れてしまえば手が吸い付いたように離せなくなるだろう。
本能が腕を動かそうとするのをグッと抑えながら、しかし視線だけは集中させていた。
時折、反対側に目を向ける。九重の脚だ。
彼女は癖で脚を組んでいるが、これはもう尻だ。
吉崎以上に短いスカートでそんな体勢になれば、尻が見えない方がおかしい。
それなのに彼女は何の反応も見せない。恥じらいもなければ強調する仕草もない。
男が隣にいるという意識はあるが、身体からいつもの仕草が抜けないのだ。
だから、俺はしっかりと堪能させてもらう。
九重はギャルではあるが、分類としては白ギャルになるのだろう。
日焼けしている吉崎と比べずとも、彼女の肌が白いことは理解できる。
陶器のような、という表現はあまりにも陳腐だ。
彼女の脚にはそれ以上に「命」が吹き込まれている。
少しのシミもない表面をよく見てみると、青白い血管が通っている。
滑らかさという一点で言えば、なるほど邪魔な存在かもしれない。
しかし、芸術が実在性を帯びる時、それが発する魅力は減衰するのではなく、掛け算のように引き上げられるのだ。
「お前ならどうする?」という他人のような問いが、自分の内より発せられている。
元の世界の俺からすれば九重は高嶺の花なんてレベルじゃない。
隣に座っているだけで両手に手錠を掛けられたって納得しそうだ。
だが、今はどうだ。彼女は本能的に俺からの接触を望んでいて、彼女の肌に走る血管が、どうしようもなく現実だと錯覚させようとしてくる。
待て、触れるのはまだ早い。警鐘。当然のように分かっている。
だというのに俺の目は、両手は俺を憎みだしている。
眼前に広がるチャンスを無駄にするな、と。
天国と地獄に同時に存在しているようだった。
そして、その時間をひとまず終わらせてくれたのは九重だった。
彼女に歌う順番が回ってきたのだ。
脚の描写の時だけ本気を出す作家
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