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「うあああああああぁぁぁ」


 ひぐひぐと泣き続けていたルドヴィカだが、ついにこらえきれなくなって大声を上げて泣き出した。当然だろう。大勢の前で、悪者扱いされて、弁明しても信じてもらえない。ずっと一緒にいてくれると約束をした相手が、もう一緒にいてくれないというのだ。ルドヴィカは、アンリが一緒にいてくれないことの衝撃が大きすぎて、ルイズとの婚約まで理解が追いついていなかった。


 泣き続けるルドヴィカを女生徒たちが懸命に慰めるが、それをぽかぽかと叩いて拒絶する。威力は猫パンチ以下なので痛くはないが、幼い子どもが涙を拭うこともせず叫ぶように泣き続けている姿に心を痛める。


「うるさいぞ。ルドヴィカ」

「子どもは泣けばいいと思っているのね」


 心を痛めない人もいたようだ。女生徒のみならず、周囲の人間からの冷たい視線が刺さる。ずさずさ刺さる。ずっと刺さり続けているのだが、残念ながら視線に殺傷能力がないので気付かない。


「ああああぁぁぁぁあぁあぁああああぁ」

 ピシぃ



 泣き叫ぶルドヴィカに異変が起きる。正確には、ルドヴィカの左腕に嵌るブレスレット。小さな歪みの音とともにヒビが入る。しかし泣き叫ぶ声にかき消されて誰も気付かない。一つ入ったヒビは5秒とかからず全体を白く染め上げ、


 パリン


 とあっけなく粉砕された。


 その瞬間、制御を失ったルドヴィカの魔力が当たりに撒き散らされる。

 室内に風が巻き起こりスカートを捲り上げるだけに留まらず、人すら吹き飛ばす。風圧に耐え切れず窓ガラスが砕け散る。飛ばされた人や物の残骸が壁際に押し付けられる。


 それはアンリたちも例外ではなかった。目に見えない強烈な圧力を感じほとんど反射で剣に手をかけようとして吹き飛ばされる騎士リチャード。魔力障壁を作ろうとカードを取り出そうとしたところで気を失うデビッド。なす統べなく倒れるジェフ。かろうじて守りの壁を出すことに成功するクリス。それに隠れるルイズ。アンリはリチャードと一緒に吹き飛ばされて床と抱き合っていた。


 会場にいる人間は誰一人として、無秩序に荒れ狂う魔力の制御を失ったまま泣き続けるルドヴィカをどうすることも出来なかった。






 室内なのに荒れ狂う暴風の中颯爽と歩く人物が一人。ゆっくりと歩いてルドヴィカの元までたどり着くと腰を落としてルドヴィカを抱きしめる。


「ルゥ、ルゥ、ルドヴィカちゃん。どうしてそんなに泣いているの?」


 泣き叫ぶルドヴィカの背を落ち着かせるようにぽんぽんとゆっくりと叩く。幾度か繰り返すうちにルドヴィカの叫びが落ち着く。


「アークしゃま?」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をあげてルドヴィカは自身を抱きしめている人間の顔を見てそう尋ねた。涙で視界が歪んでいてはっきりと見えなかった。


「うん。そうだよ。お話しする前にちょっとごめんね」


 第一王子アレクはそう断ると、ルドヴィカの両腕に銀色のリングを嵌め、首にペンダントをつけた。魔力封じの力を持つそれらを装着しなければ、再び嵐がおきかねない。リングは本来、罪を犯した魔法使いを封じるためのもの。つながっていないだけで、いわゆる手錠だ。普通の魔法使いならそれだけで無力化できるのだが、ルドヴィカにはさらにペンダント型の魔法封じをつける。これだけしても、普通の魔法使い程度の魔法は使うことが出来るのだから恐ろしい。


「アークさまぁ…」


 自身を拘束していくように見えるアレクにルドヴィカは悲しげな声を出す。


 余談だが、ルドヴィカはアレクのことを『アーク』と呼ぶ。理由はアンリのときと同じ、初対面時に『アレク』と呼べなかったからだ。



 暴風が収まったルイズがクリスの背から飛び出してくる。


「あぁアレク様! ルドヴィカさんを捕まえに来てくれましたのね! ありがとうございます」


 猫なで声でアレクに擦り寄ろうとするルイズ。それを完璧に無視するアレク。


「ルドヴィカ。ルゥ。落ち着いたかい?」


 ずびずびと鼻をたらすルドヴィカにハンカチを貸してやり、その間もぽんぽんとゆっくりと背中を叩いてルドヴィカが落ち着くのを待っている。


「アレク様。アレク様。ルドヴィカさんに色々嫌がらせを受けて困っておりましたの。アレク様が来てくださって本当に助かりましたわ」


 周りをうろつくルイズの言葉にルドヴィカがびくっと肩を震わす。


「ルゥは、ルゥは・・・なんにもしてないもん」


「うんうん。そうだね。ルゥは悪くないよ」


 ポツリと呟いた言葉にアレクはしっかりと応える。

 嵐が収まり気を失っていた面々が目を覚ます。


「兄上?」


 そのうちの一人、アンリがアレクの姿を見つけて驚きの声をあげた。リチャードもデビッドも目を覚ましたが、ジェフはまだ気を失ったままのようだ。


 一般生徒たちはカニーレを始めとする教師陣が防護の魔法陣を使用し被害は出なかった。ルドヴィカの魔法が暴走した時のために、荒れ狂う魔力の中でも一定の魔法が発動できる魔法具を教師たちは所持している。壁に押し付けられて小さくまとまっていたおかげで何とかなった。教師がいない場所に陣取っていたアンリたちにその恩恵が無かっただけだったりする。

 アレクが暴風の中ルドヴィカに近づくことが出来たのも、この魔法具のおかげである。


「兄上。なぜここに?」


 頭をぶつけたのか後頭部をさすりながらアンリが問うた。しかしルドヴィカをなだめることを優先したアレクはそれをきっぱり無視した。ルイズのことは言わずもがな。

 無言でぽんぽんルドヴィカをあやす


「ルゥ、何があったかお話しできるかな?」

「うん、うん。あのね。あのね。アーリさまがね・・・」


 落ち着いた頃を見計らってアレクが声をかける。ゆっくりとした優しい声に誘われて、ルドヴィカはことの経緯を途切れ途切れに話し出す。アンリやルイズが口を挟もうとするのを視線だけで制し、アレクはルドヴィカの話をじっと聞いていた。


 その間に、荒れた会場の片づけが行われていたことは無粋かもしれないが、仕方のないことだとも言える。話が長くなりそうだと思った高位貴族の中には髪型を直したり服を着替えたりするために会場を後にするものもいた。

 ルドヴィカが一生懸命話し終わる頃には、会場はすっかり、というわけには行かないが、おおむね元通りになっていた。室内の片付けはともかく、割れた窓ガラスの入れ替えは行えなかった。



「ルゥ様、よくお話できました」

「ちゃんと説明できてえらいです」

「一生懸命話すルゥ様、かわいいなぁ」

「アレク様に場所を代わっていただきたいです」


 会場を後にすることも片づけを手伝うこともなかった女生徒たちがルドヴィカを手放しで誉めた。そのころにはルドヴィカも落ち着いて、すこし目が赤いくらいになっていた。



「うん、ルゥは悪くないね」


 そう結論付けたアレクに反発するのはもちろんルイズ。


「なっ! どうしてですか! 子どもだからと許されるものではありません」

「そうです兄上。ルドヴィカがルイズにしたことは重罪ですよ」


 追随するアンリ。だがアレクは首をかしげる。


「聞いたところ、ルドヴィカがしでかしたことって羽ペン壊したことくらいじゃないか。それもきちんと謝罪している。逆に何を騒ぐことがあるんだ?」


 心底不思議そうに尋ねてみた。女生徒たちもうんうんと同意する。


「この惨状を作り出したことはどうお思いですか」

「惨状?」


 くるりと見渡すが、窓ガラスが割れていること以外は特に変わりない会場になっていることにルイズは驚いている。あんなにがたがた騒がしく片付けていたのに気付かなかったらしい。


「私の頭にたんこぶが出来ています。現行犯で暴行罪です。いいえ反逆罪です」

「アンリ。ルドヴィカの魔力が暴走した際はそのリングを使用し身を守るよう言われているはずだ。どうして使わなかった」


 教師たちと同じように、それよりも一段と強い力を持つ魔法具をアンリとアレクは持っている。荒れる魔力の中自身の魔法を使用できるようになる機能()ついている。ルドヴィカの暴走時以外にも、魔嵐と呼ばれる嵐が起こったときや、魔力が不安定な場所でも魔法が使用できる貴重なものだ。


「それは・・・」


 使う間もなく吹っ飛んだとはなけなしのプライドが言えなかった。


「それ以外にもあるんです。私、ルドヴィカさんに魔力を封じられてしまったんです」


「魔力を?」


 ルイズがアレクに訴える。その間も腕の中のルドヴィカを宥め続ける。


「1週間くらい前から魔力がなくなってしまったんです。原因はルドヴィカさん以外考えられません」


「他の原因も考えようよ」


 自分の名が出たことにびくっと震えるルドヴィカの背中をぽんぽん叩いて大丈夫だと告げる。顔を上げずにぐりぐりと頭をこすりつけてくる。


「他に心当たりがないんです。ルドヴィカさんの仕業に違いありません」


「心当たりはあるよね。アンリ」


「いえ。ありません、兄上」


 きっぱり答えたのでアレクはため息をついた。その行動にまたも肩を振るわせたルドヴィカを宥めるために優しく髪をなでる。


「アンリ。お前のその腕のリングに備わっている機能は魔法の安定発動以外にもあるだろう?」


「ですが、ですが・・・それ、は。ありえないこと、です」


 視線を床に向けて言葉を濁す。


「都合の悪いことから目をそらしていては真実は見えない。これからも王族としてありたいのなら現実を見るんだ。そのまま目をそらし続けるなら王族より除籍も検討しなければならなくなる」


 怒りとも悲しみとも取れる視線をアンリに投げかける。二人だけがわかる会話にルイズはただただうろたえる。どうしたのだろうかとアンリに触れる。


「っ!」

「?」


 弾かれたようにルイズの手を振り払う。今までそんなことはなかったとルイズは驚いて振り払われた自分の手を見、そしてアンリの顔を見る。気まずそうに下を向いたまま。


「なんで…?」


 呆然と問いかけるルイズにアンリは意を決して顔を上げる。それはルドヴィカに婚約破棄を告げた時の比ではない。そして自らの左腕に嵌められた幅広の腕輪というにふさわしいリングを示す。精緻な模様を施され光り輝くそれ。


「それは王族の皆様がされているもの、ですよね。アンリを守るものなのよね」


 以前に聞き及んでいたことをルイズが思い出す。それとともに、『いずれ同じものをあげる』とも言われた。

 こくんと王子らしからぬ動きでうなずきを返す。大きく息をはき、また大きく息を吸ってアンリは一気に言葉を紡ぐ。


「このリングには二つの機能が施されている。一つは魔力が不安定な場所でも安定的に魔法の発動を補助するもの。魔力の薄い場所や嵐が起きているときを想定されているが、ルドヴィカや他のものが魔法を暴走させたときにも魔法壁を発動させ着用者の身を守るものだ。そしてもう一つの機能として、害意のある魔法を反射し、悪意を持って接触してくるものの魔力を吸収する働きがある」


 その言葉を聞いたとき、ルイズの目が見開かれる。そして該当箇所を繰り返す。


「魔力を・・・吸収?」


 何も見たくないと目を閉じるアンリ。どういうことかと問い詰めるルイズ。


「私はアンリに悪意なんか抱いていないわ。当然じゃない。好きなのよ」


 揺さぶられるアンリはさらに口を開いた。


「ルドヴィカもつけている」


 ぴたりと動きが止まり、そしてにっこりと笑顔になる。


「なーんだ。やっぱりルドヴィカさんの仕業なんじゃない。もう、焦って損した気分」


 ふーっと息を吐きアンリからルドヴィカに視線を移す。ルドヴィカはアレクに抱かれたままだったが、だいぶ落ち着いていた。


「アレク様、やっぱりルドヴィカさんの仕業でしたわ」


 勝ち誇ったように満面の笑みをたたえるルイズ。その顔を見てアレクは小さく首を振る。アンリも床を見つめたままだ。ルイズは2人の落胆の意味がわからない。犯人がルドヴィカであることがそれほど気に食わないのか。気分が悪くなる。


「このリングの機能は完全なる受身。防御に特化している。つまり、君がルドヴィカに悪意を持って接触しなければ発動しないものなのだけれども。それはいつのことだろうね」


 アレクの言葉にルイズは動きを止めた。そして記憶をたどる。ルドヴィカを断罪することにしてからルイズはルドヴィカとの接触を避けていた。最後に接触したのは、そう。階段から突き落とされたとき。いや、


「階段で蹴ろうとしたとき、かな」


 周囲がざわめく。「やっぱり」「思ったとおり」「ひどい」。小さな非難の声がルイズの耳にも届く。だが誰の声かは聞き取れない。そんなざわめきの中。



「ちがうよ」


 ルイズの援護はアレクの腕の中からあがった。すなわちルドヴィカ。 

 ぎゅっとアレクの服を握り締めたままではあるけれど、顔を上げてまっすぐアレクを見る。

 大丈夫? と気づかうアレクにうなずきを返してルドヴィカはルイズを見つめる。


「ルイズちゃんはルゥをけってなんかないもん。ぶつかっちゃっただけだもん。そのときぴかってしてびっくりしてめをあけたらルイズちゃんがいなかったの」


 泣きながらではうまくいえなかったことをしっかりと言葉にする。

 だがそれはアレクの想像を補完するものでしかなかった。


「おそらく、ルドヴィカの魔法具が反応した光だろうね」


 学園内では実技室以外での魔法の使用は原則として禁止されている。また、魔法封じをしていても普通に魔法が使えてしまうルドヴィカには魔法制御技術も未熟なことから、普段から魔法禁止を言い渡してある。素直なルドヴィカは言いつけをしっかりと守っている。だからこそ自衛のための魔法具をしているといえる。魔法を封じるブレスレットと反射・吸収するリングを。


「違うわ!」


 年下の、7歳児の、思わぬ擁護と無邪気な反論をルイズは否定する。何に否定しているのか、何を否定しているのか。とにかく否定を返した。その後もぶつぶつとこんなはずじゃ、なんで、と小さく否定を繰り返している。 


 そんな中ルドヴィカはアレクの腕の中から抜け出しルイズの元へ駆け寄る。

 気付いたルイズはなによと睨み付ける。


「ルイズちゃん。ごめんね。ペンをこわしたりカードをかくしたりまほうじんでおどろかせたりかいだんからおちちゃったりまりょくがなくなったりしたのはぜんぶルゥのせいなんでしょ。あやまるから、ルゥがわるいならあやまるから、ルゥのこときらいにならないでぇ」


 再び大きな瞳に涙を浮かべ切々と訴えるルドヴィカ。その姿にほだされないものがいたらそれはもう氷の心臓を持っているとしか言いようがない。


 ルイズも氷の心臓を持っているわけではなかったので、その姿にたじろぐ。


「べ、別に嫌いになんかなってないわ」

「ほんと?」


 今にも零れ落ちそうな目で見つめられ思わずルイズの頬が赤くなる。ぎこちなく首を縦に振るとルドヴィカがルイズに突進する。


「ルイズちゃんだいすき」

「ぐふぅ」


 腹部に衝撃を受けて呻き声をあげる。逆襲かと思うくらいの勢いで飛び込んできたルドヴィカはルイズの腹にぐりぐりと頬を押し付けてくる。せっかくの衣装が涙と鼻水で濡れていく。これはもう復讐といってもいいかもしれない。

 しかし泣きだしてしまったルドヴィカを引き離すことも出来ずなすがまま。

 周囲の視線も


「ルゥ様マジ天使」

「ちょーかわいいー」

「世界一優しい方です」

「ある意味ざまぁだな」


 みたいな生暖かいものに変わっていた。







 最終的にルドヴィカとアンリの婚約破棄騒動はぐだぐだのままなかったことにされ、ルイズはルドヴィカのお願い・・・もありお咎めはなく、何も変わらぬ日常へと戻り、周囲の冷ややかな視線にさらされながら残りの学園生活を送ることになった。

 その後に美しく賢く成長したルドヴィカがアンリを振って婚約は破棄されることになった。同時に王籍を離脱したアンリはルイズと結婚した。王族でないアンリに魅力を感じないルイズは他の貴族たちを狙っていたのだが、この騒動を知っているものたちばかりで相手にされず、仕方なしに結婚したことをアンリだけが知らない。

 

概ね、皆幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

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