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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第8章 寝ぐせ姫の涙
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第8章 寝ぐせ姫の涙(3)

 元がみつきからだいぶ元気になったと連絡をうけ見舞いに行った時、皆との待ち合わせより一足先についてしまっていた。そのまま数回ノックをしてしまえばよかったのだろうけれど『早瀬みつき』とプレートの掲げられた病室からは、泣きながら兄を攻め立てるみつきの声が漏れ聞こえ、元はおとないを告げる機を逃してしまっていた。


「総兄いのばかっ、総兄ぃのせいだよ、だからカズがっ…カズがっ…」


 そのあとは声にならない泣き声に変わり、元はなんとも間の悪い訪問になった事に歯噛みしていた。カズが、その後の言葉は涙に濡れて聞き取れなかった。元はみつきの泣き声を背に拳を握り締めたまま立ち尽くしていた。


「あの…?みつきの友達?」

「あ…すいません」


 元は親しげにみつきを呼ぶ無表情な女性の声音に体を強張らせ、そして病室の入り口を塞ぐようにしていた事にその時ようやく気がついた。あわてて体を動かしてその女性が通れる空間を作ると、その人はふっと小さく口元を緩めて扉をひき開けた。中からはまだみつきの泣き喚く声が聞こえていた。


「みつき、友達だよ」

「留美ねぇっ…きいてよ、総兄ぃがっ……友達?」

「そう、ずっと待ってたでしょ?」

「…カズっ?」


 思わせぶりな留美の言動にみつきが瞳を輝かせ、ベットから飛び降りようとした。しかし、その期待に満ちたみつきの視界の中で、元は申し訳なくなるほど大きく肩を落とし頭を掻いていた。


「ごめん…俺だ…みつき…」

「元…ちゃん…かぁ…」


 みつきはあからさまな落胆を隠すことが出来ず、元はかなり居たたまれない様子で病室の入り口に佇んだ。総一郎はみつきの男友達であろう元への嫌悪を口にするより先に、みつきの言動を諌めるように腕を組んだまま片眉をあげみつきを睨んだ。


「なんだ、みつき。せっかくきてくれた友達だ」


 みつきは総一郎の指摘にうな垂れた頭を軽く奮い起こし、涙を拭うと元ににこりと微笑んだ。


「あ…えと、ごめんね、元ちゃん。お見舞いありがと。誰も来てくれないから暇だったんだよぉ。今日は一人?」


 みつきが無邪気なそぶりで元に小首を傾げていたけれど、元はふと目にした威圧的な総一郎の風貌に度肝を抜かれその場から動けなかった。


「あ…いや…あとで慶太と…藤宮と千秋がく…る…」


 元は総一郎とみつきを交互に見つめながら、その対照的な取り合わせに血のつながりの欠片を探すように忙しなくその瞳を動かしている。


「総兄いがそんな怖い顔してるから、元ちゃんがびっくりしてるじゃん。あたしの友達なんだから、もうちょと笑うとかしてよ」

「あ…いや…そんな」

「ごめんね元ちゃん、気にしないでね。総兄いはいつもこうなの、怒ってるわけじゃないから安心してね。元ちゃんは友達なんだから殴ったりしないでよっ」


 総一郎はみつきになじられ攻め立てられることにはもう慣れっこだとばかりに、その嫌味を鼻息で吹き飛ばすと元に向かってほんの少し口角を上げて腰をかがめた。


「なにか飲むものでも買ってこよう」

「あ…あの、おかまい…なく…」


 総一郎の地の底から響くような重低音に案外と優しい気遣いを感じながら、元は瞬きを忘れたかのように総一郎を見上げていた。総一郎は入り口に佇んだままの元の肩をつかんで脇にどけると、その横をすり抜けて病室を出て行った。


(―あれがカズ先輩の言ってたみつきの兄貴か…)


 元が総一郎の風貌に瞠目していると、みつきがベットから舞い降りて元に椅子を差し出した。


「どぞ、座ってね」

「あぁ…ありがとう、みつき」


 元がようやく総一郎が出て行った病室の入り口から視線をはがし椅子に腰掛けると、みつきはそれを待ちかねたようにぽそりと口を開いた。


「あのね…元ちゃん…その…カズ…元気?」


 みつきがもじもじと言いにくそうに口に出した言葉に元は一瞬なぜこんなことを聞くのかと首をかしげてしまった。


「カズ先輩?」

「うん…」


 元はみつきの問いかけの意図に頭をひねりながら、ここ数日の一成の様子を頭に思い浮かべた。一成はみつきが入院してからあきらかな落胆を隠さず、それは誰が見てもみつきがいないがゆえだと思われていた。元ですらそう思っていただけに、みつきが一成の様子を間接的に聞かなければいけない、そこにどんな意味があるかなど元には思いが至らなかった。


「元気かどうかって言うなら…あんまり元気じゃない…かな…?なんか学校も来てないみたいだし、来てても授業とか出てないみたいだな。俺もあんまり見てないからわかんねぇけど…」

「そなの…?」

「そなのって…連絡…してないのか?」


 元はみつきのベットサイドに置かれた携帯の電源が入っているのをその目に留めながら、いぶかしげに瞳を眇めた。個室特有の特別ルールなのか常識の範囲内でと条件はあるけれどみつきの病室は携帯の使用に制限はないと話していた。みつきは元の視線から逃れるようにその瞳を伏せて小さく頭を左右に振った。


「してみたらいいんじゃないか?つ~か、しろよ。カズ先輩いますげぇ暗いんだぞ。みんなお前がいないからだって言ってるし、俺もそうだと思ってたぞ」


 元はみつきのしょぼくれた肩を何度か叩きその声音を努めて明るく響かせながら、けれどその努力の全てが空しく空回りしているのを感じていた。元はみつきの肩が小さく震え懸命に涙を堪えているのをその指先に捉えながら、みつきのクセ毛がくったりと力ないのを見つめていた。


「まさか…カズ先輩…見舞いに来てないのか…?来たんだろ…?」


 今度の元の言葉にはみつきはぐっと押し黙り、そして掛け布団をぎゅっと握り締めた。


「みつき…?俺…なんか余計なこと言っちまったか…?」


 元が申し訳なさそうにみつきと、その隣の留美を交互に見つめて頭をかくと、みつきはぽろりと一粒涙をこぼし小さく頭を振ってから口を開いた。


「ちがうの…元ちゃん…元ちゃんのせいじゃないの…カズは…あたしのこと嫌いになっちゃったんだよ…」

「まさか…」

「ううん、そなの…だからお見舞いには…来ないの…もう…来ないの…」


 そんなことがあるわけがない、元は一成がどれだけみつきを想いみつきがだれだけ一成を想っているかずっと見てきたのだ。見ていたからこそ苦しいままにひたすらにみつきの幸せを願ってきたのだ。けれど元はみつきが肩を震わせながら涙をこぼし、掛け布団を握り締めている事に否応ない真実を告げられているのだと思わずにいられなかった。


「…総兄ぃがカズのこと殴っちゃったの…だからもうやだって…それに…あたしカズに迷惑かけてばっかだったし…嫌われて…当然だよね…」

「みつき…」


 今度は留美に背中をなでられ声をあげて泣き出してしまったみつきの姿を元は困ったように見つめながら、ようやくバレンタイン以降一成の雰囲気が一転してしまったその原因に思い当たっていた。みつきがいないせいだけじゃなかった、元はようやく知りえた事実の重さになんと声をかけたらいいか分からない。けれどみつきは何かを誤解しているように思えた。何をどう誤解しているのかを元にはうまく言えそうになかったけれど、とにかくみつきは間違っている、元はそう感じていた。


「そんなことあるわけねぇよ…」

 元の声音はこわばって、その言葉はただの薄っぺらい慰めにしかならなかった。元は慶太からの着信に携帯が震えているのに気づきながら、ただみつきが泣き止むのを黙って見守る以外できなかった。


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