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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第5章 寝ぐせ姫の恋愛事情
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第5章 寝ぐせ姫の恋愛事情(13)

 低い声音に乗せた一成の感情、振り上げられた拳に込められた元への怒り、元は今にも叩きつけられるだろう拳に身構えた。けれど振り上げられた拳はかざされたまま一向に振り下ろされる気配がない。元は一成がぎりぎりと歯噛みしながら自分を睨みつけているのを薄目を開けて伺いながら、一成が何を思い拳を振り上げたのか悟っていた。


「カズ先輩…なんで好きだって言ってやんないん…です…?」

「あぁ…?」


 一成の拳はその形を保ったまま元を掴みあげた力だけが強められると、元は首元を締め上げられた苦しげな息の合間から言葉をゆっくりと搾り出した。


「みつきのこと…ですよ…ほんとは…カズ先輩も…好き…なんですよ…ね…?」

「なっ…何言ってんだよっ…みつきはっ…」


 ちがうんだ、そう習慣のように強く否定しそうになりながら、いまさら取り繕う必要などないことも一成には分かっていた。けれど一成に締め上げられたまま苦しげに言葉をつなぐ元の顔つきがやけに力が抜けていて、振り上げた拳がとうとう行き場を失い形を崩していた。


「お前も…だろ…?」


 一成は掴みあげた元の体から離れると、緩めた拳の行き先を探して両手を軽く打ち合わせ口を尖らせた。


「みつきを好きなんだろ?」


 一成の伺うような口調、できれば否定して欲しいのだろうその言葉尻を捉えながら、元はふっと微笑むだけの余裕を取り戻していた。


「すげぇ好きですよ…この気持ちだけはカズ先輩にも負けてません」


 元の揺るがない想いのたけを耳にして、一成は背けていた視線を元に戻すとその言葉を真正面に捉えていた。


「そうか…」

「カズ先輩は?」

「俺は…」


 一成には自覚したばかりの感情を口に昇らせることがひどく難しく思えた。真正面から切り出された元の言葉があまりにまっすぐすぎて一成には受け止めきれず、またその視線が中庭の地面を彷徨って元に戻る。一成は口端に滲んだ血を親指で拭い去ると、その口元を緩めて元を軽く睨みすえた。


「お前を殴ったらみつき…泣くよな?」


 一成の唐突な問いかけに元は虚をつかれた様につぶらな瞳を瞬き、決まり悪そうに首をかしげた。


「どう…でしょう…?」


 一成は元に殴られた口端へ指先を当ててから一瞬顔をしかめ、そしてきょとんとしたまま首を傾げる元に口を開いた。


「ま、何で殴ったかは聞かれるだろうし、それであいつに泣かれたら俺はどうしようもない…」


 一成はそこまで言うとなぜか満足げな笑みを浮かべて元に向かって首をかしげていた。その顔を見つめながら元はまた小さな瞳を見開いた。


「ここ最近のお前にも、さっき殴られたことにもすげぇ腹が立つ。今もほんとはお前を殴ってやりてぇ…けどあいつの兄貴に殴られたときのことを思えば、俺はこのくらいで殴り返すわけにはいかねぇんだよな」

「兄貴…ですか…?」


 一成を殴りつけたという時点でもうすでにつわものだ、元は自分のことは棚にあげてただただみつきの兄の暴挙に恐れをなした。


「お前もみつきの兄貴に会ったら気をつけろよ。俺はあいつの兄貴に殴られてしばらく家に帰れないくらい顔が腫れたんだ…ほんとにすげぇんだ」


 一成のみつきの兄を恐れるというのとも怒るというのとも違い、むしろ尊敬すら感じるような口ぶりに元は思わず言葉を失い佇んでいた。一成はその元に言い聞かせるようにまっすぐに元を見つめ言葉をきると、最後に痛む口角を引き上げた。


「このくらいならすぐ腫れも引きそうだな?」


 その滲むような一成の笑みに元は罰が悪そうに視線を逸らしたけれど、すぐに一成を見つめて口を開いた。


「あの…」

「なんだよ」

「いえ…あの…すいませんでした」

「まあ…なんだ…それはお互い様だな」


 元が頭を下げたその肩先に一成の手が軽くのせられると、元は事ここにいたって初めて一成に向き合えた気がしていた。そしてそこに不思議な満足感を持って笑みを湛えていると、一成は頭をかきながら気まずそう肩をすくめた。


「にやにやしてんな、気持ち悪りぃな」

「カズ先輩…あの…」


 一成が立ち去るそぶりを見せた事に、元はなにかを言いよどみながらその背中を引きとめようと腕を伸ばした。けれど一成はそれには軽く手を上げるだけで保健室に向かって足を進めて立ち去っていく。


(―カズ先輩は気付いてないのか…?みつきの目がたった一人しか追いかけてないこと…)


 そんな単純でいて重大な事実を見落としているというのだろうか、元は自嘲しながら切ない想いを立ち去る一成の背中につぶやいた。


「俺の負けなんですよ…カズ先輩…みつきはあんたしか見てないんだ…」

 空は青く晴れ渡っていたはずなのに、元の視界が雨に滲む。元は校舎の壁に体を持たれかけたまま力なく首を振っていた。



 一成は保健室に向かって進めていた足を浩一郎の前で止めると、はにかみながら頭をかいた。浩一郎はなんとも気まずそうな友人の肩にそっと手を乗せると、強張っていた口元にほんのりと笑みを浮かべて囁いた。

「早瀬のためなら我慢もできる…か?カズ」

「っ…まあ、なんだ…俺もようやく分かっていうか…さ…?」


 わかるだろう?そういう口調で一成の言葉が尻すぼんでいくと、浩一郎は初々しいまでの一成のそぶりに愛でるような笑みを浮かべてしまっていた。するとその意味深な口元に一成はますます居心地悪そうに顔を背けるしかない。


「お、俺、ちょっとみつきんとこ行ってくる…元のこと、よろしく頼む」


 一成は浩一郎の返事も待たずに逃げるように保健室に向かって駆け去って行く。浩一郎はその背中を見送りながら、つまらなそうな洋平の不謹慎さに肩をすくめた。


「ほら、行くぞ洋平。保健室の覗きはするなよ?」

「はいはい。まったくカズはほんとに手が焼けるねぇ」


 洋平は元へのフォローを押し付けられたことや、あわやとばかりに盛り上がりを見せながら平和解決されてしまった悔しさを載せて呟いていた。


「洋平も…同じでしょ…?」


 晴彦が欠伸を繰り出し呟く一言に洋平は体だけを元に向けながらその首を晴彦に向けて睨みつけた。


「カズと一緒にしないでよ、僕は自分から喧嘩売ったりしたことないからね」


 一成が売った喧嘩のお相伴を進んでしているはずの洋平の口調はまるで他人事のように響く。


(―どっちもどっちなんだって早く気がついてくれ)


 浩一郎は晴彦の欠伸と、洋平が軽やかにきびすを返したその背中へため息をつきながら自らの苦労も誰かに労って欲しい思いで肩を落とした。



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