終章 寝ぐせ姫と王子様(9)
互いの校章を互いの胸元に煌かせ、デジカメを片手にシャッター係を探している一成の視界に、折りよく一人の男子学生がサッカー部の部室から現れた。サッカー部の先輩との別れを惜しみ、まるで自分が卒業するかのように泣きはらしたかわいそうな元は、一成の指先が自分を手まねている事に気がついてしまった。
「カズ先輩…」
「元、いいところに来たな」
元は涙をこすり上げて一成に小走りに駆け寄ると、その傍らのみつきの存在に一瞬目を走らせてすぐに自分の役目を悟ったようだった。
「元ちゃん、お願いね」
みつきは元の手にデジカメを預けると一成の腕をとって桜の下で微笑んだ。まだ芽吹きもしない桜の古木の下は寒々しい装いではあるけれど、その場所は二人にとってはとても大事な場所でもあった。
「カズ笑ってね?」
「それはお前だろ?」
「もうだいじょぶだもん」
「そうか?こんなに泣いて…お前が写真撮るから泣かないって言ってたんだぞ?」
「だって…」
二人は元の手にしたデジカメの存在を忘れたように見つめあいながら、そんな会話を繰り広げていた。これ以上はやってられそうにない、元は手にしたデジカメと桜の下の二人を交互に見つめて、観念したようにデジカメの画面に二人が映りこむように位置を整えた。
「じゃあ…撮りますよぉ」
元はいつまでも止みそうにない会話を遮るように思い切りおかしなタイミングでシャッターを切った。
「あ…元ちゃんっ」
「元…」
二人の驚いた顔に元がもう一度シャッターを切ると、デジカメの画面を覗いたままその画面の中の一成に向かって口を開いた。
「カズ先輩、俺諦めてませんよ」
元の挑発的な、それでいてからかうような口調に一成は一瞬目を見張ると、その口角を引き上げた。元はその瞬間を逃さずにもう一度シャッターを切ると、みつきが不思議そうに一成と元のやり取りに首をかしげていた。
「お前が俺に勝てるわけねぇ」
「ちぇ…わかってますよ。言ってみただけですよ」
元はデジカメ越しに一成に呟くと、今度はみつきに向かって微笑んだ。
「みつき…お前が好きなのはカズ先輩だよな?」
元の問いかけにみつきは一瞬きょとんとしたあと、すぐに一成を振り仰ぎそして一成を見つめた笑顔を元に向けてうなずいた。
「うん」
元はその笑顔にピントを合わせてもう一度シャッターを切った。みつきの隣では一成がかなり驚いたように元を見つめて瞬いていた。元はデジカメ片手にそのできばえを確認しながら二人に歩み寄ると、一成に最後に一枚を示して微笑んだ。
「カズ先輩…これ、持って行ってくださいね。向こうで寂しくなってもこの写真みて元気出してください」
「元…」
一成は元に指し示されたみつきの笑顔をみつめると、元がその口元の笑みに満足げにけれど少し寂しげに微笑んでいた。
「みつきのことなら安心してください。俺が他の男なんか近づけさせません」
そういうと元は最後に一歩下がって一成に頭を下げた。
「カズ先輩、卒業おめでとうございます」
そして元は勢いよく頭を上げるとそのまま部室に向かって走り去っていった。その背に背負った哀愁が元を成長させているように見えた。
(―元…俺はお前にみつきをとられないようにいつも必死だったっていったら、お前は喜ぶか…?)
一成は元の撮ったみつきの笑顔が極上にかわいいこと、そしてそこに込められた元の想いの深さを今さらながらに感じていた。
「元ちゃん上手ぅ…おんなじカメラなのにあたしこんなに上手に撮れないよぉ…」
みつきは元の撮った写真のできばえに感嘆仕切った声を上げ、まるでそのデジカメが自分のものではない様に不満げな声を出していた。
「そうだな…みつき、いい友達がいてよかったな」
「うん。元ちゃんは一番の友達だよ」
「…ほんとに友達だよな…?」
「友達以外になんかあるの?」
みつきが一成の憶測に大真面目に首をひねると、一成は自分の懸念を払拭するようにみつきの髪をくしゃりとなでた。
「あっ、あるわけねぇだろ?」
誰にも渡すわけない、一成は髪をくずされ少し頬を膨らませたみつきに微笑むとその体を抱き上げた。
「みつき、離れてもずっと一緒だからな」
「うん」
みつきは一成に抱き上げられてくるりと一回転したことに嬉しそうに微笑んだ。
「カズ、お父さんみたい。もいっかいやって」
子供のように両手を一成に差し伸べてねだるみつきに一成はそっと微笑みその手をとった。春風がうららかに一成とみつきの未来に向けて吹きすぎていく。そこに満ちる陽射しはあたたかく二人を包み込みながら、いつまでも続く道のりを照らし出していく。いつまでも一緒に、手を携えて歩いていこう一成はみつきとつないだ手が離れていかないようにそっと力をこめて握り締めた。
こうして、寝ぐせ姫と王子様はいつまでもいつまでもしあわせに暮らしましたとさ…
THE END
長期にわたりおつきあいくださいました皆様ありがとうございます。5年ほど前に初めて長編小説を書き上げることができたこの最初の作品を加筆修正してお届けいたしました。
自分で再読しても赤面してしまうほどの甘い構成と稚拙な文章を反省しつつも、処女作への愛着が捨てきれずにおります。
いずれ更なる精進を重ね加筆修正する日も来るかもしれません。最後までおつきあいくださいましたみなさま、本当にありがとうございました。只今次回作を鋭意執筆中でございます。
まだまだ未完のためここに連載を開始できるまで今少しお時間を頂戴しますが、連載開始時にまた皆様にお会いできますように祈念いたします。
ありがとうございました。 蟻屋紋吉




