第一巻のエピローグ。其の三
脇の廊下からメインの廊下へ出た、その瞬間、スマホが震えた。
俺は反射的にポケットへ手を入れたが、すぐに取り出す気にはなれなかった。今日の夜を経たあとでは、どんな通知音もメッセージではなく、会話の続きに思えてしまう。ただ今度は、人間ではなく画面がそれをしているだけだ。
もっとも、今回はあまり選択肢がなかった。
[黒瀬]:生きてる?
俺はその短い一文を見つめ、それからまたスマホをしまった。
すぐに返せば、彼女は怒る。まったく返さなければ、もっと怒る。世の中には、不快なほど安定しているものがある。
「伊弉波くん」
落ち着いた、まっすぐな声がした。俺は振り返った。
廊下の突き当たり、窓際に高森先輩が立っていた。手にはもう書類の束がなかった。おそらくそのせいだろう。今の彼女は、審議後の生徒会長というより、まだ自分の用事をすべて終えていない一人の人間に見えた。
俺は数歩だけ近づいた。
「また注意事項ですか」
俺は言った。
「できれば、それを割引ポイントみたいに貯められるのか知りたいんですけど」
「無理よ」
彼女は間を置かずに答えた。
「そんな制度にしたら、あなたはすぐ学院を悪用し始めるでしょうから」
実に彼女らしい。軽い会話でさえ、高森先輩の口から出ると、どこか姿勢が崩れない。
しばらく、俺たちはただ黙って立っていた。窓の外は暗くなり始めていた。下の校庭は昼間の輪郭を失い、光と通路と影が、いくつかの静かな塊になって沈んでいる。アーカイブ室と橘との会話のあとで、この沈黙は初めて俺を圧迫しなかった。
「修吾は、もうあなたとの話を終えたの?」
高森が尋ねた。
「“終えた”というのが、今日の出来事の半分がついでに試験だったと丁寧に認めた、という意味なら、ええ」
「そう」
「あなたは、気まずくならないんですか」
「なるべきなの?」
俺は鼻から短く息を吐いた。
いや、当然ながら、彼女は気まずくなどない。冷酷だからではない。ただ、高森先輩のような人間は、自分が必要だと判断したことに対して、感情を余分に使う意味をあまり見出さないのだ。
「では、せめて率直に聞きます」
俺は言った。
「これはあなたのテストだったんですか」
「ええ」
「そして、課題でもあった」
「当然でしょう」
答えがあまりにも短すぎて、反論する方が面倒になる。
「それで、俺は具体的に何をすればよかったんですか」
彼女は窓から俺へ視線を移した。
「最も都合のいい犯人を探さないこと。見せしめのような暴露をしないこと。正しい資料を、私的な復讐の道具に変えないこと。粗雑に、そして自分の利益のために使いやすいものを、あなたがどう扱うのかを知りたかった」
俺は数秒のあいだ、黙って彼女を見ていた。
つまり、橘は本当に、俺の察しの良さだけを見ていたわけではないらしい。ただ、彼はそれを構造に興味がある人間として語った。高森は、結果に興味がある人間として語る。そして、その二人が生徒側の柱だった。
「最初から、俺が全部台無しにする可能性を考えていたように聞こえますね」
「あなたが一番楽な選択をする可能性は考えていたわ」
「でも、俺は別の選択をした」
「あなたは、慎重で、かなり洗練された選択をした」
その声に、普通の意味での賞賛はなかった。ただ、事実を乾いた形で記録しているだけだ。
「では」
俺は尋ねた。
「試験には合格ですか」
「ええ、伊弉波くん。試験には合格よ」
「なるほど」
俺は言った。
「このあとは表彰式ですか」
「いいえ。表彰式は、たいてい邪魔になるだけだから」
俺はほとんど笑いかけた。
「なら、せめて実務的な話をお願いします」
「実務的な話は簡単よ。月曜日から、放課後は生徒会室に来なさい」
「どういう立場で?」
「まずは、当たり前のことを二度説明する必要のない人間として」
「ずいぶん励みになる役職ですね」
「役職ではないわ」
彼女はわずかに首を傾けた。今の言い方で、核心が十分に伝わったかを測っているようだった。
「簡単に言えば」
高森は続けた。
「あなたは生徒会の一部になる。ただし、初日から立派な肩書きを与えられるような部分ではないわ。まずは、内側がどう動いているのかを見なさい。私は、あなたがそこでどう振る舞うかを見る」
つまり、たとえ彼女の予備試験に合格したとしても、これで終わりではない。高森先輩の判断が意味しているのは、生徒会の扉に近づくことを許された、というだけだ。それ以上ではない。中では、今度は別の人間が、別の基準で俺を見ることになる。彼女一人の信頼だけでは、そこで十分とは限らない。これから俺は、この組織の近くにいるだけではなく、生徒会に俺が存在する意味を証明しなければならない。
「つまり、これは報酬ではない」
俺は確認した。
「もちろん違うわ」
「それなら気が楽です」
「便利な交換だと思いなさい」
「あなたにとって?」
「双方にとって」
その言葉で、すべてが完全に形を持った。高森先輩は、俺を勧誘しようとしているわけではない。救おうとしているわけでもない。俺の中に何か特別な運命を見出したのだと、甘いことを言うつもりもない。彼女はただ、扉を少し開けている。そして同時に、その扉はまだ他人の建物へ続いていて、そこには独自の規則があるのだと念を押している。
「分かりました」
俺は言った。
「よろしい」
しばらく彼女は黙っていた。それから、少しだけ柔らかい声で付け加えた。
「それと、今さら必要以上に無関心を装わなくていいわ。今日は、あなたが馬鹿な真似をしなかっただけで十分よ」
俺は瞬きした。
「それ、励ましているんですか」
「時間を節約しているの」
「ほとんど気遣いみたいに聞こえますね」
「なら、あなたは私が思っていた以上に疲れているのね」
それには反論する気になれなかった。
高森先輩は、階段の方へ視線を移した。
「黒瀬さんが自動販売機のところで待っているわ」
「それも知ってるんですか」
「“ものすごく面倒くさい人を見ませんでしたか”と聞かれたの。校舎内に、該当する候補はそう多くなかったわ」
「珍しい存在で光栄です」
「誇張しないで」
彼女は一歩横へずれ、通路を空けた。会話は、始まったときと同じように、整然と終わった。
けれど、彼女の横を通り過ぎようとしたところで、俺は足を止めた。
「高森先輩」
「何?」
「ありがとうございます」
彼女は特に驚いた様子もなく、静かに俺を見た。
「必要ないわ。ただ、月曜日は時間通りに来なさい」
そのあと、俺はようやく階段へ向かった。
自動販売機の前は、廊下よりも明るかった。おそらく、白い照明と冷たいガラス、そして並んだ飲み物のせいだろう。近くで見ると、どの飲み物も広告で見るより少し間抜けに見えるのは、いったいなぜなのか。美羽は端の自動販売機のそばに立ち、両手にラムネの瓶を二本持っていた。
俺に気づくと、彼女はまず明らかにほっとした。けれど、すぐに眉をひそめた。
「やっと来た」
「少し用事があった」
「見れば分かるよ。だから最初は、ものすごく可愛いメッセージを送ろうと思ったんだけど、最終的に“生きてる?”で止めてあげたの」
「自制が似合うね」
「ごまかさない」
彼女は瓶の一本を俺に差し出した。
ガラスは冷たかった。透明な青の向こうで、ビー玉が静かに転がっている。キャンディと比べると、ラムネというものはほとんど不謹慎なくらい真っ直ぐな飲み物に見えた。
「賄賂?」
俺は尋ねた。
「違う。飲み物。重い一日のあと、人はたまに普通に何か飲むの、レイ」
「なるほど……」
「開けて」
俺は素直にプラスチックのキャップを外し、栓を押した。ビー玉が小気味よい音を立てて中へ落ち、瓶はすぐに短いガラスの響きと、炭酸の弾ける音で応えた。
美羽は、それをやけに真剣に見守っていた。まるで、俺がまた別の試験を受けているかのように。
「これでいい?」
俺は尋ねた。
「ううん。次は飲んで」
俺は一口飲んだ。
甘い。甘すぎる。それでも、キャンディとはまるで違う甘さだった。
美羽も自分の瓶を開けた。彼女のビー玉がガラスに当たる音は、俺のものより少しだけ控えめだった。
しばらく、俺たちは並んで立ったまま、何も言わなかった。自動販売機が低く唸っている。背後の廊下を、誰かがこちらに目も向けず通り過ぎていった。開いた窓からは、春の冷たい空気が流れ込んでくる。
「で?」
彼女が聞いた。
「何が“で”?」
「全部大丈夫って顔をするつもり? それとも、私を心配させたって認めるつもり?」
「二つ目の方が、事実に近いかな」
「ようやく」
彼女はラムネを少し飲み、俺ではなく、自分の手の中の瓶を見つめた。
「レイを英雄に仕立てたいわけじゃないの」
「それはありがたいな」
「待って、まだ終わってない。英雄にしたいわけじゃない。ただ、ちゃんとお礼を言いたいだけ」
俺は自動販売機を見た。飲み物に本当に興味があったからではなく、美羽をまっすぐ見ないためだった。
「もう礼は言っただろ」
「会議室でのあれは違う」
「今は違うのか」
「今は、それをすぐ問題にする人たちが近くにいないから」
それには反論しづらかった。会議室では、どんな一言も誰かの“出来事の解釈”の一部になり得た。ここでは、俺たちはただ二本のラムネを持って自動販売機の前に立っているだけで、なぜかそれだけで会話は少し簡単になった。
「分かった」
俺は言った。
「なら、言って」
美羽は不満そうに目を細めた。
「そういうところもムカつく」
「どこが?」
「命令を受け取るみたいに返事するところ」
「癖だ」
「悪い癖」
俺はもう一口飲んだ。瓶の中でビー玉が静かに鳴った。
「本当に心配してたのか?」
俺が尋ねる。
美羽は一秒だけ黙り、それから頷いた。
「うん」
短い答えだった。だからこそ、余計に説得力があった。
「別に、絶対に殴られるとか、そういうことを考えてたわけじゃない。ただレイって、ときどきすごく平気な顔で嫌な場所に入っていくでしょ。自分で決めたなら、もう自分がどう感じるかなんてどうでもいいみたいに」
俺はすぐには返す言葉を見つけられなかった。彼女が間違っていたからではない。むしろ、その逆だった。
「なるほど」
「それだけ?」
「他に何を答えればいい?」
「知らない。何か、人間っぽいこととか」
「心配させて悪かった」
美羽は俺を少し注意深く見た。どうやら、俺がそこまでまっすぐ言うとは思っていなかったらしい。
「ほら。言えるじゃん……」
美羽はラムネを一口飲み、しばらく瓶を見つめていた。考えをまとめているようだった。
「ただ成り行きで首を突っ込んだわけじゃないんでしょ?」
問いは穏やかだったが、声からは、その答えが彼女にとって大事なのだと分かった。
俺は少し黙った。
「彼らの態度が気に入らなかった」
俺は言った。
「それと、君を見る目も」
美羽が目を上げた。
「私?」
「君だけじゃない。周り全員に対してもだ。でも君に関わったとき、なぜか余計に腹が立った」
言ってから、自分の表現があまり上手くなかったことに気づいた。もっとも、今さら適切な言葉を探しても大した意味はない。
黒瀬は、俺の名前や肩書き、アイドルへの好奇心とは関係なく、俺との距離を縮めようとした最初の人間だった。少なくとも、俺にはそう見えた。彼女は他の連中よりも少しだけまっすぐ俺を見ていた。だからこそ、あの状況で彼女が関わっていることに、俺は余計に苛立ったのだ。
つまり、俺は彼女に感謝していた。
もっとも、それを口にしたら、会話はきっと今よりずっと面倒になる。
美羽は数秒黙り、それから短く息を吐いた。
「最初からそう言えばよかったのに」
「いい答えだったかは分からない」
「普通だよ。少なくとも、言い訳には聞こえなかった」
どうやら、彼女にとってはそれで十分だったらしい。顔から緊張が完全に消えたわけではないが、少し薄くなった。
「じゃあさ」
彼女は言った。
「高森先輩は何の用だったの?」
「俺が試験に合格したと伝えに来た」
「試験?」
「どうやら、最初からそうだったらしい」
美羽は、予想していたけれどやっぱり不愉快なことを聞いた、という顔で俺を見た。
「それで、これからどうなるの?」
「月曜日から放課後に生徒会へ顔を出すことになった。今のところは、観察役として」
「それ、新しい問題の始まりにしか聞こえないんだけど」
「生徒会は一応、犯罪組織じゃない」
「生徒会の話じゃない」
それには反論しづらかった。客観的に見れば、余計な問題の発生源は組織そのものではなく、そこに関わる人間であることの方が多い。そして今回の場合、その人間は俺だった。
「レイ自身は、そこに行きたいの?」
美羽が尋ねた。
俺は手の中の瓶へ視線を落とした。答えは単純であるべきなのに、なぜかすぐには見つからなかった。
「分からない。興味はある。確信はない」
「レイにとっては、それほとんど同意じゃん」
「大げさに言うな」
「じゃあ、全部どうでもいいふりをやめて」
彼女は強く押すようには言わなかった。だが、十分すぎるほどまっすぐだった。おそらくそのせいで、すぐには答えられなかった。
美羽はラムネを飲み干し、空になった瓶を下ろした。
「次は、先に言って」
「何を?」
「また何かに首を突っ込むなら。あるいは、レイの周りでまた変なことが起き始めたら」
「それだと、かなり頻繁に知らせることになる」
「じゃあ、一番大事なものを選んで」
「分かった」
「本当に?」
「ああ」
彼女はしばらく俺を見ていた。今の返事が機械的なものではないか確かめているようだった。それから、どうやらこれ以上は追及しないことにしたらしい。
そのとき、彼女のスマホが短く鳴った。美羽はそれを取り出し、メッセージを読んで、少し顔をしかめた。
「何?」
「チカが先に帰ったって。あとで全部話せって言ってる」
「妥当だな」
「それと、もしレイが生徒会と関わることになったなら、今後の噂については最初から責任を負わないって」
「それも妥当だ」
「人が責任逃れしてるのを、あっさり妥当って言いすぎ」
「実際に妥当な場合もある」
「だから問題になるって言ってるの」
彼女はスマホをしまい、出口の方を見た。自動販売機の周囲は静かになっていた。ほとんどの生徒はもう帰っていて、廊下はようやく、いつ誰かが新しい質問を持って近づいてくるか分からない場所ではなくなっていた。
生徒会とのつながりは、間違いなく注目を集める。普通の生徒にとっては利点になり得るが、俺の場合は新しい立場の一つ一つが、簡単に噂の種になる。高森先輩は、おそらくそれを理解している。美羽も同じだ。
違うのは、高森が利点を見ていて、美羽は俺への影響を見ているということだった。
「行こっか?」
彼女が尋ねた。
「帰るのか?」
「まずは出口まで」
俺は頷いた。
俺たちは空き瓶を捨て、扉へ向かった。外はもう暗くなっていた。校庭にはほとんど人影がなく、いくつかの窓にだけ、まだ灯りが残っている。
今日の騒がしさのあとでは、その普通の光景が意外なほど心地よく見えた。
「レイ」
「何?」
「今日のレイ、そこまでひどくなかったよ」
「重い褒め言葉だな」
「慣れないで」
「努力する」
美羽は少しだけ笑って、先に歩き出した。
俺はその後に続いた。
出口まであと少しというところで、俺のスマホが短く震えた。マネージャーかクラスメイトからの連絡だろうと思い、反射的に取り出す。
だが、画面に表示されていたのは高森先輩の名前だった。
『言い忘れていたわ。月曜日、あなたは生徒会に入る唯一の新しい人間ではないから』
俺は足を止めた。
「何かあった?」
振り返った美羽が尋ねる。
俺はもう一度、メッセージを読み返した。
どうやら、穏やかな一日の終わりは一分も保たなかったらしい。




