第三十三話
数ヶ月後。
オシウスの街にある店の一つ。
"オロチの隠れ家"。
店の中には八つの首を持つ竜のようなモンスターが模られたオブジェが飾られていた。
その酒場では仕事終わりの一杯と食事を楽しむ多くの冒険者で賑わっていた。
カイルもその酒場の一席で、エールを一人で呑んでいた。
男の表情は、心ここに在らずといった様子で、何かを考えているようだった。
数ヶ月前の討伐から帰ってきて以来、偶にこのような状態になっている。
エールを呑み、つまみを口に運ぶ。
機械的に繰り返される動作も周囲の冒険者からは最早慣れたものではあったため、誰も声を掛けることはなかった。
そのとき、開け放たれた扉から一人の女性が足を踏み入れた。
チャームポイントと言えるほど背中まで伸びた髪を、一つに編み込んで揺らしながらカイルの向かい側の席に座った。
「待たせたね、カイル」
カイルにそう告げると、返事を待たずに店員にエールを注文していた。
「おいおい、そんな顔でエールを呑んでいるなんて、折角のエールが泣くよ?」
注文が終わり、目の前の男の顔を見るなり、嘆くように小言を溢してやれやれと、首を振った。
「久しぶりに顔を見るなり勘弁してくれよ、アルミリア」
苦笑しながら、ようやく機械から人間に戻るカイル。
アルミリアと呼ばれた女性は少しは正常に戻ったカイルを見て、また何かを言おうとした。
「エール、お待たせしましたー!」
丁度、アルミリアが注文したエールが届いたため、言葉を飲み込んで、店員からジョッキを受け取った。
アルミリアの視線は自身が持ったジョッキに注がれている。
むしろ、ジョッキしか見ていない。
「よし、いただくとしようかな!」
ジョッキを掲げると嬉しそうに笑う。
カイルは苦笑しながら自分のジョッキを掲げる。
コン、と音を立てて軽く触れ合う。
アルミリアはジョッキを傾けて、中身を一気に呑んだ。
恐ろしいほど冷やされたエールが喉を通り過ぎる。
そののどこしに歓喜しながら、豪快に呑み切られたエール。
アルミリアの呑みっぷりをカイルは黙って見守る。
当の本人は空になったジョッキをテーブルに置いて、素早く追加注文を行う。
「それで、さっきの顔はどうしたの?」
ジョッキを弄りながら、早くも顔を赤くしたアルミリアはカイルを見据えて言った。
「…別に何でもない」
「私に隠し事が出来ると思ってるの?…とは言っても、大体検討はついているけどね」
ぶっきらぼうに答えるカイルにアルミリアは含みのある顔で言う。
二人は幼馴染であったため、お互いのことは大体把握していた。
そのため、アルミリアがそう言うのであれば、本当にバレていると思ったカイルは素直に話をすることにした。
数ヶ月前の討伐依頼で出会った少女のことを。
少女の見た目や取り巻く環境。
そして、カイルが感じたことを言葉にして並べていく。
アルミリアは届いたエールにも口を付けずに真面目にカイルの話に耳を傾けていた。
「…と言うわけだ」
「なるほど。それで?」
話し終えたカイルにアルミリアは問うた。
「それでって…」
「その子が心配なんだよね?」
アルミリアが真っ直ぐとした目で尋ねるとカイルは居心地が悪くなって目を逸らした。
「目を逸らすってことは図星でしょ?」
「…何でわかるんだよ」
苦し紛れに言葉を返すカイルに、アルミリアは得意げに笑顔を浮かべる。
「だって、いつもカイルは頼まれもしないのに、色んな厄介ごとに首を突っ込んでは、誰かを助けてるじゃない」
アルミリアの声には責めるような色はない。
しかし、あまりにも言葉にカイルはうぐっ、と喉を詰まらせる。
心当たりがあり過ぎることから反論さえできない。
むしろ、アルミリアにも迷惑が掛かるときすらあった。
「あのときもさぁ…」
アルミリアはイジるようにカイルの”過去の武勇伝”を並べ立てていく。
カイルの顔色は、赤くなったり青くなったりと移り変わっていった。
「だからさ。会いに行っといでよ、その子に」
ある程度カイルの反応を楽しんだあと、不意にアルミリアが言った。
「いや、そんな単純な話じゃ…」
「単純だよ」
アルミリアが言葉を遮って、何ということもないように言い放った。
「カイルはいつも力になりたいから動く。でも踏み込んでいいのか悩む。それで悩んでるうちにまた、勝手に苦しむ。まぁ、それが悪いことだ、とは言わないよ?」
手元のジョッキを傾けて、少し間を開ける。
「だからこそ、気になるなら行く、行かないなら忘れる」
カイルに指を突き付ける。
「まぁ、私が言わなくても、どうせ最後にはいつもみたいに自分から首を突っ込むんだろうけどねー…」
笑いながらエールを呑むアルミリア。
カイルは一人、思考を沈めていく。
(アルミリアの言う通りだな…悩んで苦しむくらいなら行くか、忘れる…か)
「…本当は、よく知らない誰かに目を掛けるんじゃなくて、もっと私にも…」
「…ん?何か言ったか?」
アルミリアがぼそっと呟いた。
その声に反応したカイルは、考えているうちに俯いていた顔を上げて彼女を見る。
「な、何でもないよ」
アルミリアは赤い顔を隠すように顔の前で手を振る。
それに気がつく事なく、アルミリアはもう酔ったのかと、首を傾げた。
「……ほら!行くにしろ行かないにしろ、早めに決めないと良い加減、年が明けるよ?」
いやー酔ったかなー、と独り言を言いながら顔を仰ぐアルミリア。
「……ああ、そうだな」
カイルはその様子に苦笑する。
結局、自分は昔から変わっていない。
気になることを放っておけず、困っている人を見ると手を差し伸べたくなる。
今回のことも多分、悩むだけ無駄だと思った。
カイルの胸の奥に引っ掛かっていたものが少しだけ軽くなった気がした。
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その後、表情も明るくなったカイルと楽しく食事をしてアルミリアは大満足であった。
とは言ってもエールが好きだが、強くはないアルミリアは早々に酔い潰れてしまったのだった。




