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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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追う背中、伸ばす掌【参】


「……あーあ、意外に早く見つかったな。しかも来たのがお前かよ、沖田」


「おや、私をご存知でしたか」


一琉の視線の先にいたのは笑顔の青年――沖田だった。雛乃が逃げた方向とは逆の路地に佇み、一琉をにこにこと屈託のない笑顔で見つめている。


それに一琉も睨みを止め、薄く笑みを浮かべる。そして沖田の方へと向き直った。


「てめぇの事はよーく知ってるよ。以前やり合ったからな、大通りで」


「……大通り?」


聞き返す沖田を一琉は軽くあしらうように手を払うと腕を組む。

敵とも言える沖田を前にしても一琉が態度を変えることはない。いつもの飄々とした笑みを浮かべたままだった。


「そんなことよりも、アイツを追わなくて良いのか? また迷子になるかもしれねぇぞ」


「あはは、それなら大丈夫ですよ。向こうには仲間がいますから。彼女の心配より、自分の心配をしたらどうです?」


沖田は腰に差している刀に手を伸ばし鯉口を切る。


抜刀体勢に入った沖田を見ても一琉は表情を崩すことはなかった。むしろ、今の状況を楽しんでいるようにも見える。


沖田は一琉の態度に眉を潜めつつも、一琉との間合いを慎重に測っていた。


どちらとも知れないピリピリと肌を刺すような殺気が周囲を包んでいく。


「貴方は何の目的があって、彼女に近付いたんですか。ああ、もしかして先程言っていた計画とやらですかねぇ?」


「はっ、そう簡単には教えねぇよ。知りたかったら――」



その時、声を掻き消す程の強い勢いのある風が路地裏を吹き抜けた。と、同時に場が動き出す。


一琉は目にも止まらぬ速さで腰の刀を抜刀し、沖田に向けて振り降ろした。だが、それは沖田の俊敏な動きと刀によって制される。


刀と刀が交差しカチカチと特有の音が鳴り響く中、ヒュウ、と楽しげな口笛を鳴らす一琉に対し沖田も微かな笑みを溢した。しかし、その笑顔に優しさは欠片もない。


「……成程。つまり、貴方を潰せば情報を戴けるわけですね」


「潰せたら、の話だがな」


キチッと鍔の競り合う音に一琉は微かに目を細め、沖田を見据える。壬生狼の中でもかなりの実力を持つ、剣士だ。彼を潰すことが出来れば、壬生狼を一網打尽にすることも不可能ではないかもしれない。


倒すのは少々骨が折れそうだが。


軽く息を吐いて、一琉は沖田の刀を強く弾き腹部を蹴り上げた。だが、その蹴りは見事に躱され死角になった部位から剣先が伸びる。一琉は舌打ちをし懐に忍ばせていた苦無を沖田に放つ。


一筋の赤い線が沖田と一琉の頬を彩った。


「ほぉぉ、反射神経凄まじいな」


「それはどうも。型に合わせない、野蛮な戦い方をする人が身近にいるんでね」



沖田は切っ先の血を払うと、一琉に向けて構え直す。口調が変わったことに一琉は目を見張るも、指摘することはなかった。


沖田の口調が変わる時は本気になっている時だ、と以前噂で聞いた事があったからだ。口端を吊り上げ一琉も刀を構える。


「面白ぇ。篤と楽しませてもらおうじゃねぇか!」


路地裏に響くは刀の弾き合う音――





◇◇◇






――――雛乃は狭い路地裏を走り続けていた。


屋根の隙間から漏れる日差しが、唯一の道標。縺れる足を叱咤しながら出口を探すが、この路地裏は迷路のように入り組んでいて、なかなか辿り着かない。


誰かが仕組んでいるような迷う路地裏に、雛乃は不満げに眉を寄せた。


(……あの人はこのことを知ってたの? ああ、だから追い掛けて来なかったのね!!)


沖田と対峙していることを知らない雛乃は、そう結論付けて憤慨していた。


買い物をする為に外出して来て、様々な事に巻き込まれた挙げ句この仕打ち。そう思いたくなるのも無理はない。


そのような考え事をしていたのがいけなかったのだろうか。


雛乃は足元にある()()に気付かず足元の均衡を崩し派手に前方へと大きく転けてしまう。

だが、いつものような身体の痛みはなかった。温かみのある()()に包まれていた。


「……誰だよ、俺の睡眠妨害した奴は」


雛乃の身体を支えていたそれは物ではなく、派手な着物を着た散切り頭の青年だった。


青年を一目見た雛乃は、何故か屯所にいる土方を思い出していた。綺麗に整った顔立ちと近寄りがたい雰囲気が、何処となく似ていたからかもしれない。


だが、それも一瞬の事で、次の瞬間には現実に引き戻されていた。


自分の下には見知らぬ青年。その青年を自分は下敷きにしているのだ。その状況を完全に理解し、雛乃はわたわたと慌て始める。


「はわわわわっ!?  す、すみません!! まさか、こんな所に人がいるなんて、思わなかったのでっ」


雛乃は青年から勢い良く起き上がり、慌てて青年から距離を取るように後退する。だが、その後退した場所が悪かった。背後にあった壁に気付かず下がり続けた結果、見事頭をぶつけてしまう。


予想以上の激しい痛みに、雛乃は声にならない悲鳴が出た。

青ざめたかと思えば赤面し、しまいには涙目。

コロコロと面白いように表情を変える雛乃を見て、青年は潜めていた眉をゆるりと動かし笑い声を上げた。


「くくくっ。お前ぇ、見てて飽きねぇな。……お雛を見てるみてぇだ」


青年は身体を起こしながら、くつくつと喉を鳴らし続ける。

それは馬鹿にしたような笑いではなく、何かを思い出したかのような笑いだった。


だが、雛乃にとっては癇に障る笑みである。痛みと戦っているというのに豪快に笑い飛ばされた事が嫌だったのか、雛乃は涙目のまま青年をキッと睨みつけた。


「っ、いきなり笑うとか失礼な人ですね! 好きでぶつかったんじゃありません!! 貴方がそこにいたから……!!」


「おう、悪りぃ悪りぃ。けどよ、そうカリカリすんもんじゃねぇよ。ほら」


憤慨する雛乃を宥める為なのか、青年はわしゃわしゃと雛乃の頭を豪快に撫でる。雛乃が静止するも、青年は動きを止めない。撫で回された頭は、当然の如く乱れてしまっていた。


青年の手を振り払い、雛乃は必死に乱れた髪を整えるもなかなか直らない。

それを見て青年は、再び笑みを溢す。どうやら自分の行動に反応を示す雛乃が面白くて仕方ないらしい。


悪意のない青年の笑顔に雛乃は、上手く言葉を返す事が出来ず顔を背けるしかなかった。


ひとしきり笑い終えると青年は胡座をかき直す。そして太股をパシッと強く叩いた。


「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は和助っつーモンだ。お前は?」


「……雛乃」


顔を背けたまま、雛乃は青年の顔を見ることなくそう告げる。失礼だとは思ったが、先程の事もあり何となく目線を合わせたくなかった。


(……もう、絶対に笑われたくないもんね。ああ、でも無礼だと斬られたりしませんようにっ!!)


そんな心情の雛乃とは違い、和助と名乗った青年は雛乃の態度ではなく名前に鋭敏な反応を示す。眉間に皺を寄せつつ口を開いた。


「雛乃……? 今、雛乃っつったよな。もしや、お前ぇ()()なのか?」


「え?」


雛乃が何の事かと首を傾げる間もなく、雛乃の身体は和助の方へと強く引き寄せられていた。


雛乃は驚き目を瞬かせた後、慌てて和助から離れようとするが、和助がそれを許さない。雛乃の身体をしっかりと固定し、和助は見定めるように雛乃をジッと見据えている。


実は先刻まで、和助は雛乃の顔がよく見えておらず、変わった幼い女子がいるという認識しかなかった。和助は雛乃の顔を間近で見て、目を見張る。それ程衝撃は大きかった。


若干成長しているが面影は記憶にあるものと決して変わらない。四年間探し続けた存在がそこにはあった。


感情に任せて和助は思わず雛乃を抱き締めようとするが、雛乃から出た言葉に動きを止める。


「あ、あのっ。いい加減に離して下さい! 誰と勘違いしてるのかは分かりませんが、私はお雛っていう人じゃありません。貴方とは初対面です!!」


胸元を押して必死に離れようとし続ける雛乃に、和助は訝しげに眉を寄せた。


「……初対面? はっ、何言ってんだよ。まさか、何にも覚えてねぇってのか?」


「覚えてるも何も、私は貴方を知りません。今日初めて会ったんですから!!」


雛乃にしてみればこの状況に、ただただ戸惑うしかない。見ず知らずの青年に詰め寄られている事自体、驚きなのに一体何を思い出せというのか。


目の前にいる青年、和助に会ったのは初めてのはず。何度も何度も、記憶を辿るもそんな事実は見当たらない。


「……本当に、何にも覚えてねぇのかよ……」


絞り出すような声色に、雛乃は視線を和助へと戻す。額に手を当て、落胆の表情を見せる和助に雛乃は思わず頭を下げた。


「えと。……あの、ご、ごめんなさい」


「は? 何で謝るんだよ。お前ぇが悪い訳じゃねぇだろうが」


「えと……、何となく?」


そう言って微かに笑う雛乃に和助は開いた口が塞がらなかった。困らせたのは他ならぬ自分だと言うのに、何故――。


和助は吊られたように苦笑を溢すと雛乃の身体から手を離した。


雛乃の態度はお雛を彷彿とさせる。何処か強気でとても泣き虫で、そして、誰にでも優しさを向ける少女。それが和助の知るお雛だ。見れば見る程、話せば話す程似ている事が多い。


本当に、彼女はお雛ではないのか。本当に人違いなんだろうか。

和助は笑いを打ち消し一息吐いて、もう一度同じ問いを雛乃にぶつける事にした。

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