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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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追う背中、伸ばす掌【弐】








「いい加減に離してよ!! 私は貴方みたいな変質者に着いて行くのは嫌なのっ!」


「変質……っ、お前なぁ。ちょっと頼み事してるだけだろ。俺にちょっと着いて来て、ちょーっと人に会ってもらうだけだって。直ぐ済むから大人しくしとけ」


「そんなこと言って、そのまま連れ去って行く可能性も無い訳じゃないでしょ。しかも人に会うとか怪し過ぎる。何が目的なの?」


じとっと自分を睨み続ける雛乃に、一琉は深々と息を吐いた。


自分の身分を打ち明けたというのに、雛乃の態度が軟化することは無い。むしろ悪化しているように見える。

理由は簡単なことだった。


「……なんで藤森の人に会っちゃうかなぁ……」


抑揚の無い声でそう呟いた雛乃は眉間に皺を寄せたまま、一琉から目を反らす。


雛乃にとって“藤森”という存在は喜べるものではない。むしろ関わりを断ちたくて堪らない存在だった。


藤森には息が詰まる、独特の縛られた世界観がある。それは遥か古来より続く独自の規律によるものだ。


他者から見れば異質なものだろう。だが、それにより一族の結束は何より強いという。結束が強くてもやる事は姑息な、卑怯なやり方が多かったりするが。


雛乃は、藤森に関わる人間を信用しようとも思わないし、されたくもなかった。


一琉が藤森関係者と知った途端に、雛乃の態度が変わってしまったのはその為だ。長年培ってきた様々な経験により身体が勝手に拒否を示す。


もう、利用されるのは懲り懲りだった。


「……どうやら、藤森の内情やらを色々と詳しく知ってるみたいだな。何処まで知ってる?」


雛乃の呟きを聞き止めたのか、一琉は雛乃の頭を掴みながら顔を覗き込んだ。雛乃はそれを躱そうとするが全て阻止されてしまい、逃がさないとばかりに視点を無理矢理合わせられてしまう。


それでも尚、雛乃は負けじと虚勢を張っていた。


「し、知らない。藤森の事なんか私には一切関係ない」


「じゃあ聞くけどよ。何故、関係ねぇ一族の名字を名乗ってるんだ? 安易に名乗って良い名字じゃねぇ事、知ってんだろ」


「そ、それは……」


知ってるも何も、知り過ぎて困っているぐらいだ。嫌々ながらも次期当主としての知識はそれなりに叩き込まれている。


藤森の歴史は良い部分も、暗い部分も知っていた。


先祖は古い、と祖父から聞いてはいたが幕末で、こんなに簡単に会うとは正直思っていなかった。土方や山崎に藤森の名を語るなと言われた時に嫌な予感はしていたが……。

まさか、こんなことになるとは。幕末に来てから、不運体質が更に酷くなったのかもしれない。


「ねぇ、そんな回りくどい言い方は止めて本題に入ったらどうなの? 私が藤森の血を引いてる事ぐらい、既に把握済みなんでしょ」


雛乃は話の流れを変えるかのように一琉の話を一蹴し、一琉をジッと見据える。雛乃の視線に一琉は笑みを消し目を細めた。


「何故、そう思う?」


「貴方の話し方からして、私の何かを知ってることは間違いないし、藤森(あなたたち)の情報収集力を知らない訳じゃないから」


利益のないものに藤森は動かない。相手を知り、情報を全て集めた上で交渉を行う。それは昔も今も、きっと変わらないだろう。

そう、雛乃は考えていた。


雛乃の答えに一琉は再び笑みを溢し、くつくつと肩を揺らす。


「ははっ、頭は噂以上にキレるみたいだな。そうこなくちゃ藤森は名乗れねぇ。お前が何処の藤森かは問題じゃねぇんだ。俺が知りたいのは、たった一つ」


一琉は人差し指を雛乃に向けたまま紡いだ。恐らく、これから彼女を縛り付ける事になるであろう言霊を。


「栄太郎。この名前に心当たりはないか?」


「えい、たろう……?」


思わず雛乃は、言葉を復唱してしまったが心当たりなど全くない。知り合いにはいない名前。


だというのに、名前を呟いてみて何故か違和感を覚える。何かが頭に引っ掛かっているようなそんな感じだ。


(……何か、知ってるの? でもそんな人に会った事なんて……)


ない、と断言したいのに、その一言がどうしても言えなかった。


もしかして、失われた過去の記憶に触れる部分なのだろうか。だが、此処は現代より遥か先の時代。抜け落ちた記憶に繋がるものなんてあるはずが――


『……雛……』


「――ッ!?」


脳内に響いたのは酷く懐かしい声。そして瞳に映ったのは、着流し姿の総髪の青年だった。


雛乃が驚きに目を見開くもそれは一瞬で消え失せる。パチン、と泡のように消えて無くなった残像に、雛乃は息を呑んだ。

口元をキュッと結び、雛乃は早鐘打つ胸を押さえ一琉へと視線を移す。


「ねぇ、栄太郎って、一体誰なの……?」


率直な疑問だった。知らないはずなのに、否定出来ないのは何故だろうか。先程、見た残像にも同じ思いを抱く。


あれは一体何なのか。

雛乃の問いに一琉は面倒くさそうに眉を寄せつつ、雛乃の頭をパシパシと叩いた。


「俺に聞くなよ。一先ず、そいつの事知らねぇ訳じゃないんだな?」


「う。それは……分からない」


「分からねぇ、ってどういう事だよ」


一琉は雛乃の頭から手を離すことなく、怪訝そうな表情で雛乃を見ていた。その視線を避けようと雛乃は意識を一琉ではなく思考へと移す。


やはり、考えても考えても答えは見つからない。思い出そうとするも、先程のような現象は起きなかった。気のせいだと否定したいのにそれも出来ない。


「知らない筈なのに、知ってるような気がするの。でも可笑しいでしょ、それって。私は」


「この時代のモンじゃねぇから、ってか? 記憶がねぇだけとかは、考えたりはしねぇのかよ」


コツン、と再び手荒く頭をいじられた事に抗議しようと雛乃は口を開くが、先程の一琉の言葉を思い出し思わず眉を潜める。


時代が違う、とそのような発言を彼はしなかったか。


雛乃が後の人間――未来の者だと知る人物はほんの一握りである。それも浪士組の幹部のみのはずだ。それを何故、一琉が、藤森の人間が把握しているのだろうか。


「知りたいか?」


戸惑いを見せる雛乃に、一琉は楽しげに笑う。それは何かを含んだような黒い笑みだった。


「簡単な事だ。俺に着いて来ればいい。そうすりゃ嫌でも分かる。……色々とな」


意味深な笑みと共に差し出されたのは、一琉のもう片方の手だった。手を取れ、と言うことなのだろう。この手を取れば、藤森の事も自身の詳細も、今疑問に思った事をも知ることが出来るのだ。


だが、雛乃はその手を握るどころか強く突き返し一琉を鋭く見据える。


「……私、知人でもない胡散臭い人に着いて行く程、馬鹿じゃないから。話があれば此処で話せば良いじゃない」


先程、彼は自分を誰かに会わせると言っていた。会わせて何をするつもりかは分からないが、一琉の表情からしてろくな事にならないような気がする。


そんな雛乃の心情を読み取ったのか、一琉は叩かれた手をヒラヒラとさせて息を吐いた。


「ったく、本当に可愛げがねぇなぁ。こんな美形な殿方に誘われてるってのによ」


「……何処が?」


「何処がって、見りゃ分かるだろうよ。藤森の殿方ってだけでそこらの娘は喜ぶんだ。知らねぇの?」


一琉曰く、この時代の藤森はかなり力のある一族らしい。京の全てを把握し、朝廷や幕府を筆頭に流通、商い、裏にまで通じている。京では藤森を知らない人間はいない。


つまりは敬われるべき存在だという。


雛乃に言わせればそんな噂は関係ないし、どうでも良かった。先程言った通り雛乃は藤森が嫌いである。故に反応は頗る悪い。


「……貴方って馬鹿なんだね」


「何でそうなるんだよ」


「だって、自分で自分を褒めたりしないでしょ。普通」


軽く息を吐いて自分を見る雛乃に、一琉は眉間に皺を寄せる。どうやら無自覚のようだ。


(……自惚れが強く見えるのは気の所為じゃないよね。この人、絶対女性関係派手っぽい……)


様々な感情が渦巻く中、雛乃は一琉を一旦無視することにして、どうやってこの場から逃げ出せるかを考え始める。


此処は狭い路地裏。日の光や通りの声は滅多に届かない。雛乃は家の壁側にいる為、思うように身動きも取れず、一琉をどうにかしない限り逃げ出すのは不可能だった。


一琉の実力が分からない以上、迂闊に手を出すのは危険だろう。油断させるのが一番だと思われる。ならば、あの手を使うしかない。


雛乃はグッと唇を噛み締め、気持ちを抑えるように唾を飲み込む。


「あの、一琉さん」


「あん?」


一琉が雛乃に視線を向けると、雛乃の頭が直ぐ目の前にあった。二人はかなりの身長差がある。通常では有り得ない構図、つまりはこういう事だ。


ゴチンッ!!!!


「痛ってぇぇ!?」


「ご、ごめんなさいぃぃ!!」


頭突きの反動で一琉の反対側に落ちた雛乃は、痛みで叫び声を上げる一琉を無視し、路地裏から抜け出す為に走り出した。


一方の一琉は痛みに表情を歪めながらも、直ぐ様体勢を立て直し舌打ちする。


「くそっ、石頭過ぎんだろ。っ、畜生が! アイツに会わせられなかったら、計画が全てパァになっちまうってのに……!!」


「へぇ、計画ですか。一体、何の計画です?」


その声に一琉の気配が一瞬にして変わった。着物に付いた砂を軽く払うと、背後を鋭く睨み付ける。

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