◇親方
土曜日。
中学生にとっては学校がお休みの日。
受験が終わった3年生にとっては、自由に使えちゃう時間だね。
遊びに行くもよし。
趣味に全力投球でもよし。
一日中寝ていても…親に怒られなければ、よし。
僕の場合は…
「ありがとうございましたー!」
お店のお手伝い、売り子さんだね。
レジ前に立って、お客さんとの接客担当。
アルバイトじゃないよ?
ただの実家の家業の手伝いだもん。
僕はアニガーの通信料も払って貰ってるわけだし。
頑張ってお手伝いしないとね!
それに、仕事って言っても簡単なもので。
お客さんも顔見知りのご近所さんと常連さんがほとんどだし。
お店の中は10人お客さんが入ったらパンパンになる大きさ。
入口から、会計、出口までがコの字型の店内だから。
お話好きなおばちゃん方も、流れを切らない様に歩いてくれる。
僕はお会計の時に2~3分おしゃべりする程度だから、疲れるほどの長話は稀。
長話できるくらいにお店が暇なら、お話しするのもお付き合いだしね。
今日だと、高校の入学をお祝いしてくれる人がたくさん!
列の先頭でお会計をする人が、おめでとうってお祝いしてくれるから。
次の人、また次の人って。
みんながお祝いしてくれるんだよ!
いやー、素直に嬉しんだよ?
でも、この勢いだとさ。
ご近所さんにも常連さんにも、みんなに僕の進学先が伝わっちゃうよね。
知られて困ることは無いんだけどさ。
ちょっと、恥ずかしいよね。
文房具屋さんのおじさん、万年筆をプレゼントしてくれるって言ってたし。
和菓子屋のお婆ちゃん、お菓子を包んで持ってくるって。
洋品店のおばちゃんは、ハンカチ見繕ってあげるって言ってくれて。
この勢いだと、貰い物で部屋がパンパンになっちゃうよ!
やんわり断っても、誰も聞いてくれないし。
はっきり断っても、笑って流されるし。
うー、遠慮なんかしてないのにー!
「家から酒を出す訳にはイカンからなあ」
「親方、僕まだ未成年だから。
気持ちだけで十分だから」
「まぁ俺はお前さんの生まれ年の酒、取ってあるからな。
成人した時に、纏めて祝ってやらあ。
今回は、お前等の親父にくれてやるか」
目の前でお会計の順番になっているのは、親方。
おっきな酒蔵の蔵元で、僕のお爺ちゃんの将棋仲間。
僕とみーちゃんのこと、産まれた時から知ってる人。
僕たちは、小さい時から遊んでもらってるから。
本当に頭が上がらない人なんだよ。
餅つきをさせてもらって、食べさせてもらって。
鯉のぼりも、ひな祭りも。
ハロウィンとか、クリスマスだって。
色んな行事ごとに僕たちに構ってくれた、面倒見のいい親方なんだ。
「実優も同じ高校なんだろ?」
「うん」
「そんなら安心だわな。
お前等、どっちもボケボケしてるからな。
せめて2人一緒じゃねぇと、心配で眠れもしねえよ」
「親方は、お酒飲めば寝れるでしょ?」
「んじゃ、お前等が心配で酒も喉を通らねえ」
「それは嘘」
「まぁ嘘だな」
ガハハッと笑って背中を向ける親方。
一々指摘しないけど。
心配してくれてることへの照れ隠しなの、バレバレだからね?
僕もみーちゃんも、実家がお店を経営しているから。
誕生日とかの記念日だからって、家族が休みになったりはしなかった。
それでも、僕たちは2人で居たから。
寂しくはなかったんだけど。
そんな時は。
お店が終わるまで、親方が連れだして遊んでくれたんだ。
「ああそうだ。
お前等、受験が終わったんならよ。
節分は実優連れてウチに来いよ。
豆撒いて、恵方巻食うからな」
「わかった。
みーちゃんと一緒に行くよ。
友達も一緒でもいい?」
「いつもの5人組だろ?
構わねえから、ちゃんと来いよ。
甘酒も作っておいてやる」
「アルコールは飛ばしておいてよ?」
「ったりめーだ。
お前等が最初に飲む酒は、もう決めてあらぁ」
そう言って、親方はお店から出て酒蔵に帰って行った。
親方の酒蔵、大水酒造はうちの町で一番敷地が大きくて。
節分なんかの行事の節に、町の人たちに振る舞い酒を出したりもしてる。
神社の氏子総代とか、お祭りの元締めとかも頼まれて。
己が町の親分って感じの人だけど。
今日みたいに、『絶対来いよっ!』って言いに来る、寂しがり屋でもある。
お正月にも餅つきしに行ったのにね。
もちろん、僕の顔を見に来てくれた優しさもわかってるよ?
でも、産まれた時から面倒見てくれてるってことは。
僕だって、産まれた時から知ってるわけだからね。
どーしても、可愛い面に目がいっちゃうってゆーか。
…ちなみに、見た目は全然かわいくない。
白髪頭に白髭の、矢鱈とガタイの良いお爺さん。
ぱっと見、プロレスラーだと思うかもしれないほど、体が分厚い。
いつも大水酒造の法被を纏っているから、よーく見れば酒蔵の関係者だってわかるんだけど。
ムスッとした顔つきと眼光の鋭さ、深く刻まれた皺なんかが、威圧的な印象を与えがち。
ホントは、お酒造りには頑固なだけの。
優しい、子供好きなお爺ちゃんなんだよね。
僕とみーちゃんにとっては、家族といっても違和感が無いほど近しい人。
何かお礼ができればいいんだけど、難しいよね。
僕たちよりずっと長く生きてて、色んな経験をしてきた人に。
恩返しがしたいって思っても、何をしたらいいのやら。
大人に相談しても、顔見せてやれば十分とか。
何か作ってやれば喜ぶとか。
その辺りはもうやってるんだよー!
本人に相談しようものなら、鼻で笑われそうだし。
ヒヨコ共が、背伸びしてんなよって。
逆にお小遣いが飛んでくるのが目に見えてるもん。
「ムギちゃん、高校入学おめでとうねぇ。
もうそんなに大きくなってたのねぇ。
ついこの間まで、私の腰くらいの背丈だったのにねぇ。
子供の成長って、早いわよねぇ」
「いらっしゃーい!
こんにちはーっ!」
答えが出そうにない宿題は先送りにして。
今は接客に集中しないとね。
お手伝いとはいえ、お仕事中だから。
…それにしても。
僕のシフトが終わるお昼までに。
何回、同じ話が続くのかなー…
嬉しいんだけど。
沢山の人にお祝いされて、嬉しいんだけどね…
あわー。
早くツキノをモフりたいなー。
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☆本人に相談した場合☆
「あ?
俺が生きてる内に、子供こさえて連れて来い。
死ぬほど喜んでやるよ」
「それで死なれちゃ困るんだけど」
「んじゃ、喜びで寿命を延ばす」
「…ありえる…」
大水酒造という酒蔵は、創作上のものです。
この物語は、フィクションとしてお楽しみください。
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