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俺の四畳半が最近安らげない件  作者: 柘植 芳年
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レギオンの勧誘

大学の同期だった佐々木、今井、高橋、板下から「久しぶりに会わないか」と連絡を受けたのは、つい3日ほど前のことだった。

同時に受けた訳ではない。個々に受けた。一番最初に連絡を受けた佐々木以外の3人には「悪い、その日は佐々木と約束があるんだよ。覚えてる?同期の。そうそう、佐々木。いやーなんか久しぶりに連絡来てさ、会えないかっていうから」と断りを入れた、筈だった。

しかし約束のファミレス(久しぶりの再会でファミレスを指定されているあたりで何かを察するべきではあったが)の手前で、佐々木を含む全員に、ほぼ拉致られる形で四畳半程のレンタルスペースに連れ込まれたのだ。ゲタの字に配置された長机のパイプ椅子に座らされ、4人は俺の正面の長机に並び、ニンマリと同じ種類の笑みを浮かべる。


―――勧誘か!


天を仰いでそっと目を閉じた。

ただでさえ少ない知り合いのうち4人も、何らかの勧誘で大して親しくなかった俺をファミレスに呼び出すような生業に身を落とすとは。


―――そう、俺は彼らとは大して親しくなかった。


思えば、俺のこの『呼び寄せる』性質は、俺が18歳になる頃に発露したのだ。


18の誕生日を迎えた日から1週間も過ぎた頃だろうか。中学時代の知り合いの女の子に呼び出された。微かな期待を込めていそいそとファミレスに出向いた俺の鼻先に突きつけられたのは『ヨガ教室 ラパン』のパンフレットと、変わっちまった彼女の張り付いたような微笑みだった。

それを皮切りに、2~3ヶ月に一度のスパンであらゆる時期の知人からファミレスに呼び出されるようになった。大学に入って知ったのだが、18歳未満の未成年が後見人なしで取り結んだ契約は無条件で取り消すことが出来るらしい。⋯なるほど、ひどく、得心がいった。お人好しで、押しに弱く、関係が拗れても惜しくなく、契約の取り消しが効かない年齢。


勧誘しやすい男。それが俺のポジション。


それにしたって4人で寄ってたかって勧誘って何だ。あんまりではないか。別々に連絡が来たが、皆グルだったということか。俺は彼らを順繰りに睨んだ⋯のだが、恐らく目が合ったな、くらいにしか思われていまい。圧倒的に、目ヂカラが足りないのだ。

「今日はわざわざありがとうね!とっても嬉しいよ!」

佐々木が、口火を切った。

「早速だけどさ、俺最近、とあるセミナーに通っているんだ」


ほらきた。


「ほら、俺って自分に自信がなくて、それで幾多のチャンスを逃してきただろう?」


そんなこと知る間柄じゃないだろう。


「そこで我がメガ阿弥陀如来様の七色の光が降り注ぎ!」


⋯⋯ん?


「おい今井、最後まで説明させろ」

佐々木が今井を睨んだが、今井は構わずに続ける。

「メガ阿弥陀如来を信仰することで、今生での解脱を成すことが出来るのだよ!どうだい素晴らしいと思わないか!?さあ、共に三千世界を垣間見ようぞ!!」

「いやセミナーの話はどうなったんだ」

死ぬほどどうでも良かったが、つい口に出てしまった。

「そこでだ、君たちが目指す三千世界のように美しいラッセンのシルクスクリーンが、今なら特別価格で手に入るんだぜ!?なんと、30%オフ!!さあ、拇印でいいから契約、契約ぅ!」


待ってくれ、なんか話が散らかってきている。


「高橋!まだメガ如来の説明が!」

⋯⋯略していいタイプの御神体なのか。

「啓発セミナー、メガ如来、ラッセンの絵画⋯それらの役立つ情報が満載!きっと君のためになるよ。この、政教新聞を毎日購読するだけだ!!凡俗の大衆紙とは一味違う、心と心を繋ぐ情報源!まずは半年で!!」

「まてまてまて板下!フライング甚だしいぞ、ラッセンのラの字も語っていない」



―――俺は一体、何に誘われているのだ?



「打ち合わせと違うじゃないか」

「佐々木、俺、高橋、板内の順番だろ。合ってるよ」

「こんな矢継ぎ早じゃなくて、ちゃんと入会まで落とし込んでからだ!」

「あんなやり方じゃ日が暮れるわ!俺に順番回せ!」


3人は途方に暮れる俺を置き去りにして揉め始めた。⋯要約すると、こうだ。


佐々木が自己啓発セミナーに勧誘する目的で俺と会う約束をとりつけた。後から連絡してきた3人は、俺から佐々木との約束を聞いて「ならば先回りして佐々木を勧誘してやろう」と、佐々木に連絡。そこで佐々木の目的を知ったのだろう。なんなら勧誘を受けたのかもしれない。そこで「佐々木に先に勧誘されてしまったら、自分が勧誘しにくくなる。幸いジャンルは別のようだし、便乗して自分も勧誘できないか」と考えたのだろう。3人とも。何で佐々木もこんな⋯絶対、良いわけがない申し出を受けたのかさっぱり分からないんだが⋯強いていえば、こういう勧誘って最終的に複数人に囲まれて詰められることが多いから⋯人数が多い方が成功率が上がるとでも考えたんだろうか。



俺は天を仰ぎ、大きく息を吐いた。



彼らの関心は既に俺から離れ、段取りの組み直しに入っていた。侃侃諤諤の勧誘会議が始まったのだ。


勧誘対象の目の前で。


怒鳴るように己の勧誘権を主張し続ける彼らの姿は、なんというか⋯ひと塊の異形に見みえる。絡み合い、声高に叫び、周りを取り込もうと足掻く、あの⋯なんだっけか。

LINEの着信が、手のひらでか細く鳴った。

『さっちん@ヨガラパン』

勧誘を受けた時にLINEを交換させられたので、時折軽い勧誘メッセージが届くのだ。


―――俺はふと『あること』を思いつき、トーク画面を開いた。



「心も体も研ぎ澄ます!ヨガ教室ラパン!ただいま入会キャンペーン中だよ!」

例の笑顔を張り付かせ、さっちん@ヨガラパンがレンタルスペースに飛び込んできた。

「君たちに夢はあるか!?最高の女を傍らに、フェラーリかっ飛ばす人生を送りたくないか!?」

マルチ商法の黒澤先輩も到着したようだ。

「君たちにだけ教えてあげる♡ネットカジノは違法じゃないよ、一緒にラクして副収入ゲットしよ♪」

ネットカジノのカホコ先輩。


佐々木達が呆然と見守る中、続々と到着する勧誘勢。全て、過去に俺に勧誘をかけてきた『知り合い』達である。彼らは開口一番、猛烈な勢いで勧誘トークを始めた。

彼らに送ったレスはこれだけだ。


『この前聞かせて貰った話に興味があるという友人が集まっています』


現在位置のマップと部屋番号も送信した。彼らはこのスペースに、自分の商材やら宗教やらに興味を持つ連中が集まっていると全員が思い込んでいるものだから、トークの勢いが無敵である。最初こそ、訳の分からん状況に圧倒されていた4人も、徐々に対抗するように勧誘トークを叫び始めた。


四畳半程のレンタルスペースは互いに食い合わんとする勧誘に満ち溢れ、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。それはあたかも、周りを取り込み、膨れあがりながら呪いの言葉を吐き散らす悪霊の如く。⋯何て言ったかな、あれは。


俺は隙をみて、そっとレンタルスペースを逃げ出した。


―――思い出したよ。レギオンだ。

駅へ向かう道すがら、ようやく思い出していた。

新約聖書『マルコの福音書』に記された、群れをなす悪霊。一人の男に取り憑いているところを、キリストに調伏?されていたような。ローマ軍を指す場合もある、とか聞いた。何故そんな事知ってんのかと問われれば、キリスト教にも勧誘されたことがあるからだ。


いや、嘘だ。女神転生シリーズに、こういう悪魔が出てくるのだ。複数の悪霊が凝り固まって球体になった姿で描かれている。呪殺系に強い反面、弱点属性が多い上に見た目が微妙で愛着が湧かないので毎回合成に使ってしまう。聖書で見かけたのは偶然である。


さておき


散々勧誘された腹いせとはいえ、俺はとんでもない魔物を生み出してしまった。レンタルスペースの時間制限を過ぎた彼らは何処にいくのだろうか。そのままお互い誘いあい、貪りあいながら街に解き放たれるのか。



数日後、十数名の勧誘が群れを成して駅前の往来を通る人々を勧誘、というかもう襲撃し続けている件で警察に厳重注意を受けたとネットニュースで見かけた。レギオンの勧誘を受けた被害者は口々にこう言ったという。


『大勢に囲まれて一斉にわあわあ言われて何を言っているのか一切分からなかった。何かに誘われていることだけは分かり、それがまた異様で怖かった』


―――普通に怖かった。

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