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 もうじき十五歳になる頃には、王宮にもぐっと慣れて、私達の秘密の部屋は図書室だけではなくなった。

 庭の片隅で、広間の休憩室のカーテンの裏で。

 秘密の小部屋を作っては、周りにバレないくらいの時間、冗談を言い合う。

 五年来の婚約者は私にとって、立派な友人になっていた。

 久々に公式なお茶会の席。珍しく席に着いて私を待っていたフリードに驚きながらも表情を動かさないように気を付けながら席に着く。

 フリードみたいに器用な演技は出来るはずもないので、基本的に無表情でいるように心がけるようになってから随分が経ち、今では随分慣れたものだ。

 ごく自然にヒールを鳴らし、防音魔法を立ち上げる。

 別に無詠唱、無動作でも出来なくはないが、切っ掛けになる音で脳を切り替える事で魔法のやりやすさはぐっと変わってくる。

 ヒールの音に気付いたのだろう不機嫌な顔をしたまま、小さく頷いてみせたフリードに口元をなるべく動かさないように注意しながら話しかける。

 これが結構難しいので涼しい顔をしながら実は必死だ。


「珍しいよね。公式の場でちゃんと会うのって。どうしたの?」

「いや、今度社交界デビューになるだろ。デビュー時のエスコートってめちゃくちゃ大事だから、追っ手の必死さが違ってな。母上やお祖父様、果ては父上まで出てきて、説得されたんだ。流石に逃亡、無理」


 ああ、それかと内心で頷く。この国の社交界デビューは十五歳になった日に一番近い舞踏会。

 家の都合によって数年前後する場合もあるが、十五歳が通例だ。

 それにしても、こんな軽い口調で喋っているのに、口元が動いているのは全く分からず、顔は不機嫌なまま。

 本当に器用である。

 お互いむっつりと押し黙ったままでいるように見えるまま、会話を続けていく。


「あー、やっぱ、そろそろあるよね。社交界、面倒くさくて嫌なんだけどな」

「俺だって嫌だぞ。この馬鹿演技した状態で、媚売り、取り巻き志願さばくんだぞ。大変さ、今までの比じゃないんだけど」

「…まあ、頑張れとしか。でも情報収集はしやすくなるんじゃない?」

「それはなー。まあ、頑張るよ」

「それにしても、私、人前での仲悪い演技の時に貴方に言う皮肉の種類が切れてきたのだけど、どうしよう。社交界デビューってことはもっと話す機会増えるわよね?」

「そりゃあ、当たり前だろ。本読め、本。魔術書以外のやつを少しは。…ところで、口元動かさないの大変なら、お菓子食べたり、お茶の匂い味わってる感じとかで、自然に口元隠せば」

「それ早く言ってよ」


 ティーカップを口元に持ってきて、匂いを味わう振りをしながら、話を続ける。


「ところで、お前、取り巻き欲しい?」

「え、いらないんだけど、なんで?」

「いや、お前に対する態度がな。無関心で冷たくとか、徹底的に嫌ってみせるとかで、周りのお前に対する態度も変わると思うんだよな。周りが哀れむ程度か、お前と仲良くしたら一緒に睨まれる程度か、どっちがいい?」

「いや、面倒くさいんで、一緒に睨まれるくらいで思いっきりどうぞ」

「はいはい。…まあ、面倒くさいかもしれないけど、ちょっとは頑張っとけよ。お前は俺と婚約破棄した後に、ちゃんとした新しい婚約者捕まえなきゃいけないんだから」


 その言葉に置こうとしたティーカップが思いの外、コンッと勢いのいい音を立てた。


「え、ちょ、大丈夫か? どうした?」

「いや、ごめん、手が滑った。ティーカップは…無事みたい。良かった。良い物だから、異様に繊細で、異様に脆いもの、これ」

「だよな。俺も慣れてない頃にやらかした。…と、そろそろ無言続き過ぎてヤバいから、普通に話すわ。魔法解いて」

「了解」


 またヒールを鳴らして、魔法を解く。

 フリードは先程までの気安さを全く感じさせない傲岸な口調で話し出した。


「……父上と母上たっての願いだ。お前のデビュタントのエスコートをしてやろう。この私がお前なんかの手をとってやるんだ。光栄に思え」

「まあ、ありがとうございます」

「ふん、心がこもっていないのがまる分かりだ。これだから、お前は可愛げがない」

「それは申し訳ございません。……それで、フリード殿下は当日どのようなものをお召しになる予定でしょうか? わたくしも合わせたデザインでドレスを発注する必要がございます」

「私が知るか。使用人に聞いておけ」


 そう言って、フリードは席を立っていった。

 相も変わらずすごい演技力で、周りの侍女さん達が怯えている。

 それににこりと笑いかけてから、一人お茶を再開する。

 フリードは馬鹿王子演技のため口もつけなかったが、王宮のお茶もお菓子も最上級のものだ。

 味わっておくにこしたことはない。

 それにしても…さっきの失敗はやらかした。

 フリードと違って私は所謂完璧な淑女を演じている。

 あんな失敗しばらくしたこと無かったのに。

 ああ、でも。


「…新しいか」


 それはそうだろうなと私も思う。彼と婚約破棄したら、私だって貴族令嬢だ。新しい婚約者を探して結婚しなくちゃだろう。

 最初から言っていた、この婚約は破棄前提だって。二人でそのために頑張ろうって。

 だけど、その後。

 大好きだった人達の幸せな未来なら何度だって想像してたけれど。

 私のその後のことなんて全然想像していなかったのだ。

 フリードの言葉はいつだって理性的で正しい。私の人生にはまだまだ先がある。

 だけど、端から見たらとんでもなく仲が悪いように装って、ぎすぎすした会話しかできないけれどそれも冗談みたいで途中から少し楽しくて。

 少しの時間しかなれないけど、二人きりの時は本当に安らいで。

 彼との関係が始まって五年が経って、私はもう社交界デビューをしようとしている。

 少しずつ変わっていかなきゃいけないこの時間の流れは、確実に彼と私との別れに近づいているなんてことに。

 私は本当に今更ながら気付いたのだ。




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