今日の日はさようなら。
※律視点です。
響ちゃんは私の肩に手をかけ、ふたりで帰路をゆっくり歩く。
途中でりりあちゃんのタンデムチャリに抜かされ、百合枝様の車に抜かされた。
「……なんか介護してるみたいだね」
「言うべき事はなかなか言わないくせに、そういう余計なことは言う……お前脳内を一度整理した方がいいぞ?」
「うるさいな……」
──なんだか今一つ、いつもの調子にならない。
いつもよりゆっくり歩いているせいか、なんだか気まずくて……私も響ちゃんもどんどん口数が減っていった。
考えてみたら普段は、ずっと横並びで歩くこと自体ほとんど無いのだった。大概前後にわちゃわちゃなる。
いつも通りを意識すればするほど喋れなくなる……大抵そんなものだと思うけど、響ちゃんもそうなのかもしれない。
「……おい、なんで黙ってんだよ?」
「……うん……」
曖昧に返事を返して、しばらくよそごとを考えていた。
モヤモヤした気持ちを消したくて、どうでもいいことを口に出す。
「やっぱり自転車借りとけばよかったかな……」
「それかよ!」
「だってさぁ響ちゃん! 180㎝オーバーの響ちゃんの体重を掛けられてるんだよ……潰れちゃう……潰れちゃうよ!」
「っだ~もう! イチイチ大袈裟にぎゃあぎゃあ言いやがって……
潰れねぇわ!!大体俺は一緒に歩いてくれなんて頼んだ覚えなどねぇ!」
「滅茶苦茶体重掛けてるくせに?! むしろ『頼む』ぐらいはしてほしいもんだよ!」
……なんか違う。
私は良くわからないけどイライラしている。
いつも鞄もちであれ、なんであれ……大概ひとことやふたことは欠かさず文句をつけちゃうのだけど……に、しても、なんだか攻撃的になってしまう。
いつも通りにならない。
胸がざわざわするような違和感を感じていると、突然響ちゃんの左手が目の前に差し出された。
「……ん」
「え」
「……鞄だよ、かばん!! 俺の気が変わらない内によこせ!」
「あ……」
そういえば持ちっぱなしだった。
ずっと持っていたので気付かなかった。
胸のざわざわと共に、体温が急激に上がっていくのを感じていた。「鞄を持つ」と言っている響ちゃんに反抗し、渡さないと決め、ぎゅっと抱え込んだ。
大体にして、馬鹿馬鹿しすぎる。
「……おい?」
響ちゃんは私の異変に気付き、ちょっとだけ膝を曲げ、心配してるのを表に出さない様にこちらを見る。
……そういうところが頭にくるのに!
「……大体ねぇ……」
ああもう、止められないや……
一言吐いて響ちゃんを睨み付けると、勢い良く言葉が出た。
「今日されたひどいことの大半は響ちゃんなんだからね?!
鞄もちも梅干もデコピンもっ!
しかも『犬』とか言うし……っ!」
「……! それはっ……訂正しただろ…… 」
強い口調で一気に捲し立てる。
それに気圧されたように、響ちゃんは顔を逸らして小声で反論した。
でもそんなことはどうでもいい。
「……なのにっ!」
嫌だ。
「なのになんで二人乗り自転車とか乗ってくんの?!超カッコ悪い!!
挙げ句転んで足を痛めるとか……
馬っ鹿みたい、馬っ鹿みたい!馬っっ鹿みたい!!」
凄く嫌だ。
「……」
「……」
響ちゃんなんて──
ずっと格好つけてればいい。
俯いた私の頭に「ふう」とタメ息が落ちる。
「…………お前こそ馬鹿だろ?別に── 」
響ちゃんは妙に優しい口調でそう言うと、鞄を受け取るつもりで差し出した手の袖口を伸ばして、私の頬を乱暴に擦った。
「俺が足を痛めたのも、ダセェチャリで来たのも、止まらなくてこけたのもお前のせいじゃねぇし」
──格好悪いことなんか、平気でしなくていいんだ。
「…………うぐっ」
無意味なプライドはどうしたんだ……
そんなに簡単に格好良く言うことじゃないよ?!
本当に相当、格好悪いんだから!!
言ってる内容は滅茶苦茶格好悪いんだからね?!
「……鼻水つけたら殺すぞ?」
は、と呆れたように笑って、響ちゃんは私の頭を引き寄せる。
最終的に鼻水はついたけど、「汚ぇなぁ」と言いながら、やっぱり笑っていた。
再び歩き始めた私達は概ねいつも通りで、違うのは私が響ちゃんを家まで送っていくこと位。
「……そういや甘いもん食うんだったか?」
次の角を曲がり、突き当たりが家……という辺りで、響ちゃんは思い出したように言った。
「は? 何言ってるの? 早く帰って足、ちゃんとしないと……湿布はるとかさぁ……
あっ、ていうか今更だけど一旦保健室行けばよかっ……たっ!」
響ちゃんは私の頭を軽くはたく。
「もうここでいい……じゃあな」
「あっ響ちゃん?」
もう、と呟いて、私は足を引きずる響ちゃんの背中をしばらく見送る事にした。
「…………気を付けてね! 足、ちゃんとするんだよ!」
そう声をかけると、響ちゃんは振り向いて足を止め、声を返す。
「俺は子供か! お前が先帰れ!!」
私の家はここからさして離れていない。
響ちゃんがこちらを向いて仁王立ちしているので、素直に帰ることにした。
……いいからさっさと帰ればいいのに。
こういうとこが子供なんじゃないの?
そう思いながら、いつも通り無意味なプライドをひけらかす響ちゃんに、つい笑ってしまう。
背を向け数歩進んだところで、今度は私が呼び止められた。
「…………律!」
「── ……え 」
いつの間にか、呼び名が『ポチ』から『律』に変わっている。
振り向いて響ちゃんを見ると、少し怒ったような顔でこちらを見つめていた。
「また……明日な」
そう言うと、私に背を向け家の方へと歩き出す。びっこを引きながら。
……それだけ?
「……しょうがないなぁ……響ちゃんは」
小さくそうぼやいて、最初からわかってたことを、今更のように脳内で反芻した。
私はなんだかんだ言っても、響ちゃんに好かれているんだよなぁ……
高かった筈の太陽は、いつの間にか赤く大きく姿を変え、町をオレンジ色に染めている。
本当に馬鹿馬鹿しい……そんな毎日の積み重ねだ。
今日はいつもよりも更にどうしようもなく、しょうもない一日だった。
きっと、記憶に残るだろう。
「じゃーね、響ちゃん!また明日!!」
門を閉めて見えなくなった響ちゃんにそう言うと、すぐに身体を翻して自宅へ向かう。
フツフツと嬉しいきもちが沸き上がる。
いつの間にか駆け足になっていた。
本編終了です。
ご高覧、ありがとうございました。
次回オマケです。




