金鷹の場合
「キッカ、はい!」
セランが勢いよく渡したのは魚だった。
一応受け取りはしたものの、キッカは明らかに困惑している。
「なんだよ、いきなり……」
「バレンタインでしょ? だからあげようと思って」
「あー……アレか。人間ってそういうの好きだよな」
「知ってたんだ? もしかしたら知らないかもって思ってたんだけど」
「なんかもらったのは初めて。そんなもん、くれるような相手いねぇし」
「魔王だもんね」
「関係あんのか、それ?」
「普通、魔王様にあげようとは思わないんじゃないかなー」
「渡されりゃもらうのにな」
「そういう問題じゃないよ、たぶん」
普通、魔王とはこんなに気安くないものだろう。
以前、東の大陸を治める魔王、グウェンに会ったセランはそう考える。
中央を治める魔王のシュクルはまた別枠として受け取っていた。ティアリーゼという存在が側にいるせいもある。
「んで、なんで魚?」
「だって好きでしょ? こういうときは好きなものの方が嬉しいと思ったの。お菓子を作ることも考えたんだけど……」
「作れねぇ、とか」
「頑張ればなんとかなるよ」
(誰かのために作ったことがないだけ!)
キッカは忘れているだろうが、セランはこう見えて族長の娘である。
当然、同年代の他の娘たちとは違い、料理などの家事からは遠い場所で育ってきた。ぎりぎり、慣習だからと婚礼のために刺繍をさせられていたぐらいで。
「ね、食べて」
「……ここで? 俺、別に腹減ってねぇんだけど」
「だって反応が見たいだもの」
「えー……」
「あ、でも私が作ったわけじゃないんだから、おいしいって言われても微妙だよね。頑張ったのは私じゃなくて、この魚が育ってきた環境ってことに……? ……手に入れてきたのは私だし、あんまり深く考えないことにするね」
「お、おう」
日頃はお喋りなキッカも、相手がセランだと聞き役に回ることが多い。
セラン本人は自分がよく喋るせいだとあまり気付いていなかった。
「来月、ちゃんとお返ししてね」
「あー、やっぱそういうのもあんのか」
「もちろん。三倍返しって言うんだよ」
「……三匹か」
「すごい、鳥って計算もできるんだね」
「うっせ、馬鹿にしてんのか」
「キッカがって考えるとちょっと意外で」
「あのな……」
「だけどもらうなら魚以外がいいな。確かに好きだけど、なんていうか……夫婦っぽくないじゃない?」
「俺に渡す分には夫婦っぽくなくてもいいってか」
「え、そういうの気にする? だめだった?」
「いいよ、もう……」
キッカは布でくるまれた魚を側の机に置いた。
少し手を拭ってから、セランの頭を撫でる。
「ありがとな」
「うん」
「夫婦っぽいお返しってなんだかわかんねぇけど、なにがいい?」
「えっ。……なんだろ」
「自分でもわかってねぇのかよ」
仮面の奥でキッカが笑う。それにつられたようにセランも笑った。
大きな手が頭を離れていく。
「とりあえず、夫婦っぽいことな」
「ん」
いつものように、仮面のくちばしをこすり付けられるのかと思いきや。
キッカは直前になって素顔を晒し、セランが好むやり方でキスをした。
「来月になったら忘れるから、そんときになったらまた言ってくれ」
「あ、うん。わかった」
そう返しつつ、セランにはなんとなくわかっていた。
なにかと忘れっぽいキッカだが、こういうことは意外に覚えてくれていることを――。