48話『彼女からは何も届かない』
「よ、よお。家に来るなんて久しぶりだな」
「……うん。ちょっと話したいことがあったから」
「そっか。んじゃ、俺は部屋に居るからな」
「うん。後でお邪魔する」
「それじゃ、雪ちゃんは私とお風呂へ入ろー!」
「うん! 久しぶりに一緒に入ろっか!」
雪との会話の後、俺は雪が俺に対してわざわざ家に来てまで話すことがなんなのかを考えながら自分の部屋へと向かった。勿論、雪と奏恵の会話にも心惹かれたのは言うまでもない。
そして、雪が俺の部屋を訪ねたのは、奏恵と共に雪がお風呂を出てすぐのことだった。
「はぁ。涼しい……」
雪の乾ききっていない髪や、未だ紅潮している肌に思わず視線がいってしまいそうになるのを抑えていたが、窓の傍で夜風を浴びている雪が俺のことを不意に手招きし、俺はそれに応えて近くへ寄ることにした。
「それで、今日は何を話しに来たんだ?」
「今日はね、奏斗や皆と離れるってことを伝えに来たんだ」
「えっ? 離、れる……?」
俺は雪の言葉にまるで雷でも打たれたかのように固まってしまい、それから口が動くときには本能的に雪へと自分の想いを告げていた。まだどうして離れるのかすら聞いてもいないというのに、俺の本能は雪と離れるの拒絶したのだ。
「ごめん。私じゃ奏斗に釣り合わないよ……」
「ゆ、雪! 待ってくれ。違うんだ。今のは、その、」
雪から詳しい話も聞けないままに、雪は俺の部屋から出て行ってしまった。これは、俺が雪を困惑させてしまったのが原因だろう。しかし、今すぐ雪と話そうと思ってもきっと雪は話してくれない。そんな風に考えた俺は、雪が俺に何を話そうとしていたのかすら忘れ、二度目の失恋に小さく嗚咽を漏らしていた。
「―――雪、雪が例え中二病でも、中二病じゃなくても、俺はお前と離れたくない。一緒に居てくれないか?」
奏斗の言葉が頭の中をぐるぐると駆け回り受け入れたくなる衝動を抑えながら私は拒絶した。それは、奏斗の言葉を今の状況で受け入れてはいけない気がしたからだ。もちろん、私にだって考えはあるし、奏斗が今回断ったことで傷つくことも分かっている。だけど、それでも私は奏斗を拒絶した。‘‘嫌われてもいい’、そんな思いと、奏斗には私以外の人を好きになって幸せになってもらいたかったからだ。自分の気持ちを隠し、こんな風に思うのはズルい事は分かっている。だからこそ、私の目からは悲しみを消そうと涙が出ているのだ。
「次日本に帰ってきた時、奏斗に彼女できているのかな……」
この誰にも聞こえることのない小さな呟きを最後に、私は奏斗への想いを胸の奥へと押し込んだ。
雪に対して二度目の失恋を終えた後、俺は暗い顔を無理やり明るくしながらも学校へと向かった。雪に悲しんでいるというのを見られたくはなかったし、それに、雪と同じ学校ならばまだまだチャンスはあると勝手に考えていたからだ。一度目の失恋で良くも悪くも物事をポジティブに考えるようになり、雪が本気で迷惑するまではアタックしようと決めてしまったのだ。ストーカー的な思考かもしれないが、何もしないよりは行動したほうが良い。そんな風に思っていた。しかし、俺の考えとは裏腹に、雪は冬休みに入る最後の日まで学校に登校することはなかった。
「なぁ、なんで雪ちゃんは学校に来ないんだろーな」
「さぁな。俺にも分からねえよ。絵美とかなら知ってるんじゃないか? あとは聡とか」
「うーん。俺的には雪ちゃんについて一番詳しいのは奏斗だと思ってたんだけどなぁ」
「そんなことないって。ま、放課後に部活あるし絵美に聞いてみればいいだろ。それでも分からなければ、最後の手段として聡を呼び出そう」
「それもそうだな。聡は雪ちゃん以外の言葉は上手く聞いてくれなさそうだし、あいつは最後で良いか」
一見、俺と健の会話では、聡を嫌っているように思えるかもしれないが、俺はともかくとして、健は確実に嫌ってはいない。しかし、健の言う通り、聡は俺たちのことを未だ信用しきれないのか、雪以外とは少しだけ距離を取ろうとするのだ。それに加え、俺は雪とのことで聡のは恐らく嫌われているであろうし、俺自身も聡のことを好いてはいない。相性というのもあり、どうしても聡の事だけは友達としても好きになれないのだ。
それから、授業は淡々と進み、雪が休んでいる理由も先生から説明がないままに放課後になってしまった。雪を心配しているクラスメイトが先生に訊ねている姿も見えたが、依然として先生は答えることもなく、お茶を濁すように「風邪」とだけ伝えていた。クラスメイトは先生の答えに渋々といった形で納得し、それからクラスメイトが雪について先生に訊ねることはなかった。
先生とクラスメイトの対話を聞いた後、俺と健は相変わらず帰ってこない雪に連絡を入れてから部室へと向かった。




