Episode:022 親類縁者 過去編(1)
大変お待たせしました。第22話、更新です。
今話から過去編です。では本編をどうぞ。
―――10年前―――
【魔剣学園学園長室】
『学園長先生。玉龍興業の錦城様から6番にお電話です』
学園長室内に取り付けられているスピーカーから事務員の声が聞こえてくる。
椅子に座って眠っていた鬥蕁麻は、『分かった』と言うと、電話の受話器を取って外線につなげる。
「もしもし。鬥です」
『ああ、鬥君。英だ』
「英様。何か御用でしょうか?」
『決まっているさ。例の件だよ。進捗状況はどうだい?』
「順調ですよ。あと数日ってところですね」
『それは良かった。アチラさんに、先週からエモノはまだかとせっつかれていたんだよ。たく、以前送ったモノが、まだ壊れていないのだから待てるだろうと思うのだがねぇ』
「英様。私にグチを言われても困ります。私はあなた方の依頼のモノを提供してるだけなのですから」
『それは分かってるがね。グチをこぼしたくもなるのも理解してほしいものだ。まぁ、言ってもしようがないか。さて鬥君。アチラさんにはもう少し待つように言っておくが、なるべく早く仕上げてもらえるかい』
「かしこまりました。完了したら連絡いたしますので」
『ああ、待ってるよ』
鬥は電話が切れたのを確認し、受話機をおきながら立ち上がる。
そして、学園長室を出ていこうと動き出した。
「・・・ぐひ。ぐひひひ。英様。洗脳調教はとっくに終わっているのですよ。しかし、まだ私が楽しみたいのでね。ぐひひひ」
そう呟いた彼は、学園長室を出ていこうとドアノブに手をかける。
〈やはり、英伯父様が関係していたのですね〉
「ん? いま何か聞こえたような・・・・・・」
その時、幼い少女の声が聞こえてきた気がした鬥。
しかし、辺りを見わたしても、誰もいないことに首を傾げる。
(声が聞こえたような気がしたんだが、気のせいだったようだ)
気を取り直した彼は、ドアをあけて学園長室をでる。
そして、東階段にある地下指導室へと続く階段を降りていった。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、彼は気づいていなかった。
夜神幼稚園の制服姿のとある幼女が侮蔑の表情で見つめていることに。
*****
【玉龍興業社長室】
『かしこまりました。完了したら連絡いたしますので』
「ああ、待ってるよ」
そう鬥に応えた男の名は錦城英。夕季や刃冶の母親、夜刀神伽耶の一番上(長男)の兄である。
当時、彼は刃冶と夕季と表向きは良好な関係を続けていた。なぜならば、二人は刃秦から当主の座を譲り受けた第57代当主・夜刀神緋刃と自分の妹である伽耶の息子・娘であり、両親や祖父母から溺愛されていたからである。
二人と敵対すれば、自分の今の地位が脅かされてしまう。そう考えていた彼だったが、裏では刃秦の失脚を企む刃彌と、刃秦のいない魔剣学園を金儲けの道具にしている者たちに取り入り、虎視眈々と自分の地位向上を狙っていた。
「やれやれ。彼も困ったものだ。まぁよい。今は彼しか頼める奴はいないのだから、少し良い思いをさせてもいいだろう。アチラさんには、もう少し待ってもらうとしようかね」
受話器をおいた彼は、肩をすくめて呟いた。
コンコン。その時、部屋のドアを叩く音がした。
「誰だい?」
『山吹でございます』
「山吹? ちょっと待て・・・」
英は怪訝な表情で、デスク横のスイッチを押す。
数秒後、デスクに備え付けられているモニターに『登録データと一致』というメッセージが表示された。そのメッセージを一瞥した彼は、姿勢を正して扉を見つめる。
「入ってもいいぞ」
「はっ。失礼いたします」
許可とともに扉が開かれ、一人の男性が一礼して部屋の中に入ってくる。
英は男性をソファーに促し、自分も対面の一人がけのソファーに腰掛けた。
「山吹。5日前に私の名代でチグラテスのジェイル侯爵やマーラー伯爵のところにご機嫌伺いに向かったはずだぞ? 帰るにしても早すぎないか?」
「チグラテスにて緊急を要する事態が発生したため、取るものもとりあえず引き返してきました」
「緊急を要する事態だと? 何があったんだ?」
「・・・・・ジェイル侯爵、マーラー伯爵のお二人が国家反逆罪により拘束。それにより、侯爵邸や伯爵邸も王直属の近衛騎士団により封鎖されました」
「な、なんだと!?」
山吹の報告に驚愕の表情になる英。
二人は魔剣学園の出資者で、チグラテスでの彼の後ろ盾でもあり、いつも便宜をはかってもらっていた。その二人が揃って国家反逆罪で拘束されたというのは、彼にとって寝耳に水のことだった。
「こ、国家反逆罪というのはどういうワケだ?」
「ドライド王に二人が行ってきた背信行為を証拠とともに告発した者がいるそうです」
「だ、誰だ。そんなことをした奴は・・・・・・」
英は身体を小刻みに震えながら、山吹に問いかける。彼は漠然と誰が告発したのか理解していたが、それを信じられずにいた。
なぜなら、その人物は、まだ、たったの6歳だったのだから。
「現地に残してきた部下から報告がありました」
「う、うむ」
「これはあくまでも噂なので確証はありません。聴きますか?」
「あ、ああ」
英は気持ちを落ち着かせようと、懐からタバコを取り出して火をつける。山吹は彼の様子に気づかないふりをしつつ、部下からの報告を伝える。
「告発者は、上皇陛下の友人の孫娘とのことです」
「・・・・・・」
「・・・そう言えば、社長の姪御様、夕季お嬢様のお祖父様である刃秦様も上皇陛下のご友人でしたね」
「そ、そんなはずはない。その娘は、まだ6歳だぞ? そ、そんなはずは・・・・・・」
「社長。・・・これはあくまでも噂です。姪御様ではないかもしれません」
「そ、そうだな」
英はソファーに身を投げだすと、タバコの煙を数回吸っては吐きだしていく。それから2分後、幾分か冷静さを取り戻した彼は、タバコの火を消して山吹に視線を向ける。
「山吹。チグラテスだけではないかもしれない。他の国も調べてくれ」
「チグラテスの調査はどうしますか?」
「今は待機だ。下手に突いて蛇を出すわけにはいかない。他の国での調査を優先的に行え」
「かしこまりました。チグラテスにいる部下には待機を指示し、他国の調査に部下たちを向かわせます」
「ああ。よろしく頼む」
「それでは失礼いたします」
山吹は立ち上がり一礼すると、社長室を出ていく。
それを見送った英は、扉が閉まるとともに大きくため息をもらす。
「・・・・・・これは刀彌様たちにも知らせたほうがいいかもしれないな」
そう呟いた英は、机にもどって受話器を取る。そして、刀彌への直通の番号を押した。
『英か。アレは用意できたのか?』
「いえ。鬥によるとまだかかるということでした」
『うむ・・・。まあ、よい。遅れたのなら、あ奴に仕置をすればよいのだからな。それで、電話の用向きはなんだ?』
「・・・・・・刀彌様は、チグラテスのこと、お聞きでしょうか?」
『チグラテスのこと? いや、何も聞いていないが・・・、何があった?』
「ジェイル侯爵とマーラー伯爵が国家反逆罪で拘束されたらしいのです」
『なに!? それは本当か!?』
「はい。私も山吹から報告を聞いて、耳を疑いました。ですが、事実のようでございます。お二方の屋敷はすでに近衛騎士団に封鎖されているゆえ。そして、これは不確定でございますが、お二方の罪を告発したのが、上皇陛下のご友人である者の孫娘とのことです」
『・・・・・・まさか、夕季か?』
「分かりません」
『・・・・・・ちっ。分かった。こちらでも調べてみよう』
「お願いします。私たちは他の国でも同様なことが起きていないか調査するつもりです」
『分かった。何かあれば、こちらに連絡するようにしろ』
「はっ」
刀彌との会話を終えた英は、吹き出した汗をハンカチで拭って受話器をおく。そして、もう一度大きなため息を吐き出して、社長室の窓から臨む景色を座りながら眺める。
彼は今、伽耶に抱かれながら自分を見つめる夕季の目を思い出していた。あの2歳とは思えない、何でも見通しているかのような目を。
(もし、告発者が本当に夕季ならば、私は、・・・いや、私たちはもう終わりかもしれません。刀彌様・・・)
彼の予想は、ほぼ当たることになる。しかし、彼がそれを知るのは数週間後であった。
第22話をお読みくださいましてありがとうございます。また、誤字・脱字報告や感想・質問などのコメントをお待ちしております。
Next Title: 親類縁者 過去(2)




