強念士兄妹との戦闘①
この県には10ヶ月おきに催される、全県民の参加必須の行事がある。くじ引きで「その年の代表」を決めるらしく、行事の前後4ヶ月間は県への出入りが禁じられ、県民は管理隊によって幾つかの班に振り分けられる。
この県では運気が非常に重要視されているらしく、くじで代表に選ばれるため、多くの県民は思い思いの行動を開始する。経験からくるものや、家々に伝わる古くからの言い伝えなどに基づいたものだ。
おそらくは問題の兄妹の問題行動もそれに関係しているが、そうだとしても、他人を傷つけて暴れ回るのは困るのだと。
行事までに起こった班の問題は、管轄する管理隊が対処すべし、という決まりになっているが、強念士でない自分たちの手には追えず、困りきっての依頼だと。
それと、自分たちが行事の内容について話したことは誰にも言わないこと。これは絶対に守ってほしいとも。
俺は腕を胸の前で組み、眉根に皺を寄せたままで押し黙っていたが、背の高いほうが気まずそうな咳払いをしたことをきっかけに、意図的に重々しく口を開いた。
「ま、何となく色んなことに合点がいきました。宿がないのも、何かそういう関係ですかね。あ、ちなみに、代表になったら、何をするんです? 何か良いことでもあるんです?」
「も、申し訳ありません。それは、言えません。県法で定められているのです。万が一にでも、法を破ったことがわかれば……命すら危ういかもしれません。ですので、ここだけは承服いただけないでしょうか」
「……まぁ、それぞれの県で事情があるんでしょうから、これ以上の詮索はしません。ただ、相手は強念士です。僕にとっても危険な戦闘になりかねませんし、報酬は20万ゴルで」
安い型の電機車1台ぶんに相当する額を告げられた2人は身を硬くし、どうか、どうかと減額を願い出てくる。
「わかりました。そこまで言うなら19万9500ゴルでどうですか? いやぁ、しょうがないですねぇ、この交渉上手めー」
2人はしばらく言葉を失っていたが、さてどうしますかね、と急かすと、震える声で承諾した。次は大きく減額するつもりだったけど、あの額で大丈夫なのか。管理隊ってのは、高給なんだろうか。
なんにせよ、高い報酬で一気にやる気が出てきた俺は、詳しい依頼達成要件を要求。
姉を県庁舎にある管理隊の本部に連行。彼女の身柄は、しばらく管理隊本部で預かる。いちおう確認したが、当然ながら、彼らが彼女に良からぬ手を出すことは絶対にないとのことだ。
姉弟が出没するエリアへの道順を確認し、約束は守るようにと念を押す。特に報酬は、依頼達成後、即座に払うように。約束を破れば、もちろん無事には済まないと。
神妙に頷いた2人に満足し、俺は初春の風のように朗らかな挨拶をしてから、脚力を付与。
数秒で2人の視界から姿を消した。
強念は、付与時の気力や精神状態で効果の幅が変化する。ここに来る時はかなり眠かった。そして今、やる気に満ち満ちた俺は、森への侵入時よりも高い跳躍で鉄の防護壁を一足で跳び越え、街に降り立った。
さっきは人気のない場所だと思っていたが、この時間になると何人かの県民が行き交っている。
県民たちは、空から降ってきた俺に仰天。手荷物を投げ捨て、大きな悲鳴をあげて後ずさる女性の姿もあった。
「あ。すみません。失礼しましたー」
心がこもらない声で謝り、俺は街の中央にそびえる時計塔を目指して矢のような速度で駈け出す。
目標の姉弟は、時計塔があるケムシ地区に居を構えていて、今日の天候でこの時間帯なら、時計塔から伸びる影の先端付近に自宅があるとのことだ。
脇道を抜け、最短距離を走りたいところだったが、多くの人と触れ合え、というテイワズからの命令がある。
蛍石が服の外に出ていることを確認、大きな目抜き通りを疾走。
道中、何度となく商店の軒先に並ぶ商品を弾き飛ばしていったが、俺は心の中で謝るだけだった。
勾配の急な上り坂から伸びる下り坂を一気に駆け下り、煉瓦で積み上げられた時計塔前の広場を抜け、一直線に伸びた影を辿り進んだ先で急停止。
発声を付与し、肺が許す限りに深く息を吸い込む。
「あ! 名前聞いてなかった!」
強念によって拡声された、俺の間延びした声が周囲一帯に響く。
確認不足を周囲に発表し、恥ずかしくなって頭を掻き始めると同時、一様に驚いた様子の県民たちが民家の窓から顔を出していた。
食器を洗っていたのだろうか、水に濡れたフライパンを持ちながらバルコニーに立つ、背が高く、均整のとれた体つきの女性の姿が俺の目にとまった。
「あのー! すみません。みなさんを相手に暴れている兄弟がいると聞いてきました。その2人が今どこにいるか、教えてくれませんか? いやー、名前を聞いてくるの、忘れてしまいまして」
「――うるっせえんだよっ! どこの誰だテメエっ!」
荒々しく、甲高い声の方向へ向くと、視界がフライパンになった。弾かれたように横に跳んで回避した俺の左側で、民家のガラスが木っ端微塵になって飛び散る。
2階のバルコニーから身を乗り出す、鋭い目つきで高身長な女性の姿を認め、過去の忌まわしい記憶に刹那の思いが馳せる。
やっぱりあの人だろうな。強念士の雰囲気があって、どことなく母さんを思い出してしまう。




