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星渡りのアンムル  作者: 一死二生
第一章 "世界は愉悦に満ちている"

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第一話 "三年後"

 短い草が爽やかな風で優しく揺れ、巨木の囁きが聞こえる丘の上。巨木の横にあるベンチに、一人の少年が座っていた。

 薄い青色のTシャツとグレーのズボン、さらさらと揺れる灰色の髪、中性的などこか幼さの残る顔立ち、遠くの山脈と街並みを眺める星空のような瞳。

 

 昔を思い出していた少年──アンムルは、慣れ親しんだ気配が丘の上へやってきたのを感じ取った。


 気配のした方向へ振り向くと、青い髪に青い瞳、服も青い全体的に青い人物──ブレンが額に汗を浮かばせながら、丘の上の出入り口できょろきょろと辺りを見回していた。

 

 ブレンはアンムルと目が合うと、笑みが浮かべて手を振りながら近づいてくる。

 

「やっぱりここにいたか。ソヴァクさんが探してたぞ」


 近づいてきたブレンは親しみを感じる声で話しかけてきた。

 

「ソヴァクさんが?」


 アンムルは一体どうしたんだろう、と首を捻る。

 呼び出されるようなことをした思い出は……あるにはある。怒られそうなことをした思い出が。


「どんな様子だった?」

 

「すっごい不服そうだったな」


 不服……ということは、怒っているわけではなさそうだ。


「……なんだろう?」

 

 アンムルは不安そうに俯く。


 「多分だが、あれから三年間勉強とか色々と頑張ってただろ?」


 確かに頑張ってきた。

 ブレンとこの場所で約束をしてから三年間。文字や一般常識の勉強をしたり、狼頭のロボさんに体術や魔法を教えてもらったりしていた。

 それもこれも、全ては夢で見る景色を探しに行くため。


「そうだね。頑張ったよ」


「だよな。そんでアンムルってずっと手伝いたいって言ってたろ?」


 言っていた。

 治療してくれた恩。勉強を教えてくれた恩。寝床をくれた恩。全てを返すには、ソヴァクさんがやっていることを手伝うしかない。


 事務仕事だけで助かっているし、そういうのは成長してからとも言われた。だけれどアンムルは魔法使いだ。事務仕事の手伝いよりも、もっと役に立てる事がある。それをロボさんから教えてもらった。


「もしかして、仕事を任せてもらえるのかな?」


「かもな」


 もしもそうなのだとしたら嬉しい。

 それに、不服そうな表情をしていたのにも納得できる。


「じゃあ早く帰ろう?」

 

「おう」

 

 アンムルはベンチから立ち上がる。

 頭一つ上にあるブレンの顔を見上げると、何故か感慨深そうに頷いていた。

 何してるんだ。

 

「……どうして頷いているの?」

 

「いやぁ、大きくなったなぁと思って」


 ブレンはお腹の前に手を置いて、撫でるように動かし始める。

 なんだか懐かしんでいるみたいだけど、そんなに小さくなかったよ。


「三年も経ったら伸びるよ。あとそんなに小さくない」


 ブレンは目元を拭うような仕草をしつつ、アンムルの頭をわしゃわしゃと撫でてきた。


「ちょっと、髪がぐちゃぐちゃになるって」


「大きくなったなぁ……!」


 ブレンは止まらずに撫で続ける。でも手で払いのけて怪我をさせたくはない。

 だからこれは仕方ないんだ、と何かに言い訳をしながら、アンムルは俯いて目を細めた。




 

「さて、そろそろ行くか。ソヴァクさんも待ってるだろうし」


「そうだね」


 数分だろうか。撫でるのを止めたブレンは、アンムルへと手を差し出す。

 アンムルはブレンの差し出してきた手を優しく握り、二人で並んで丘の上から降りていく。

 

 そこそこ長い道のりのはずが、会話をしていたらあっという間だった。見慣れた街が見え、喧噪が聞こえ始める。


 慣れ親しんだ街の中を歩いていると、漂ってきた香ばしい匂い。つい食べたくなるが、ソヴァクさんを待たせすぎているため涎を飲み込んで視線を外す。


 そうして到着したのは、三年前と変わらない五階建ての建物。アンムルとブレンが到着したのと同時に、扉から狼頭のロボさんが出てきた。


「ロボさん」


「お? ブレンとアンムルじゃねェか」


 ロボさんはポケットに手を入れながら、野性味あふれる笑みを浮かべる。

 全身に生える青い体毛が光で煌めき、風でさらさらと揺れている。

 

「こんにちは」

 

「よおロボ、今日もいい毛並みしてんな」


「だろう?」


 ロボさんは誇らしげに胸を張った。サラサラしていて、触ったらふわふわしてそう。

 

「ロボさんはこれから仕事ですか?」


「いや、今日は休みだからちょっと孤児院にな」


 孤児院? なるほど。


「今日はなにで遊ぶんですか?」


「狩りごっこだな」


 狩りごっこか。魔法使いだから追う方も逃げる方も加減しなきゃいけないんだよなぁ。ロボさんはその辺りの加減が上手くてすごいや。


「えっと、ソヴァクさんに呼ばれてるんですけど、どこにいるのか分かりますか?」


「ソヴァク? 三階にいたぞ。いつも通り仕事中だ」


 アンムルは居場所を教えてくれたロボさんに「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。ロボさんは「おう、頑張れよ」と軽く手を挙げた後、ブレンとハイタッチしてから街中へと消えていった。


 ロボさんの後姿が見えなくなったころに、アンムルはブレンと共に建物の中へと入る。

 

「仕事中だって」


「あー、まあ行ってみてダメだったらゲームして待とうぜ」


「そうだね」と軽く頷き、三階を目指して歩いていく。

 

 二人はすれ違う人達と軽く挨拶を交わしながら歩いていき、三階の執務室の前へとやってきた。

 アンムルは繋いでいた手を離し、拳を軽く丸めて優しく3回扉を叩く。


「入っていいよ」


 ノックからすぐに、部屋の中からソヴァクさんの声が聞こえてきた。

 アンムルはドアノブに手をかけて部屋の中へと入り、続いてブレンも部屋の中へと入って扉をゆっくりと閉めた。

 

「二人とも、よく来てくれたね」


 執務机の前に座るソヴァクさんは、アンムルとブレンを歓迎するように優しく微笑んでいた。

 来るのが遅れてしまったので、アンムルは「遅れてごめんなさい」と頭を下げる。


「いいんだよ、気にしないで。さあ、こっちにおいで」

 

 アンムルとブレンは手招きするソヴァクさんに従い、執務机の方へと近づいていく。

 

「二人とも、最近の調子はどうだい?」


 二人が近づくと、ソヴァクさんは机の上の紙を横にずらし、少し前のめりになりながら手を組んだ。

 

「元気っすよ!」


「良い感じです」


 ブレンは元気に答え、アンムルは静かに答える。

 丘の上に行ったばかりだから、今の調子はかなり良い気がする。

 あの場所には不思議な力があるのかもしれない。

 

「それはよかった。そういえばもうご飯は食べたかい?」


 ご飯は朝に食べてからは何も食べていない。


「まだです」


「俺は食ったっす」


 ブレンはもう食べ終えていたみたいだ。後で時間があれば一緒に食べに行こうと思っていたのに。あとで夜は一緒に食べようって誘っておこう。


「じゃあ二人とも、魔帳は持ってるね?」


 アンムルとブレンは頷き、懐から四角いカードを取り出す。

 ソヴァクさんは二人が取り出したのを確認すると、胸ポケットから取り出した四角い板──携帯式魔導端末の画面を操作し始める。

 

「よし、これで好きな物を食べなさい」


 アンムルが手に持つ魔帳──携帯式魔導通帳を操作すると、黒かった画面が白くなって数字が浮かび上がった。

 誰から入金されたのかが書かれた場所には、ソヴァクさんから10,000ヴァルスを振り込まれていることが書かれている。

 

「あざっす! しばらくめっちゃ肉食うっすわ!」

 

「ありがとうございます」

 

 ブレンは片手を挙げて、アンムルは軽く頭を下げて礼をする。

 お肉は3,000ヴァルスあれば食べられるけど……善意で貰ったものを返すのは違う気がするし、ありがたく貰っておこう。


「お肉でも何でも食べてきなさい。余っても返さなくていいからね」


「うっす! アンムル、夜は肉食いに行こうぜ!」

 

「うん、行こう」


 後で誘おうと思ってたけど、先に誘われてしまった。

 当然行くに決まっている。


「さて、雑談はここまでにして本題なんだけど」


 どの肉を食べようかと想像していると、ソヴァクさんが目を伏せて不服そうな表情へと変化した。


「アンムル、手伝いたいって思いは変わらない?」


 ソヴァクさんが不服そうながらどこか真剣な表情で問いかけてきた。

 当然、思いは変わらない。


「変わらないです」


「……危険でも?」


「はい」


 危険なのは分かっている。でも自分は魔法使いだ。他の人より危険は少ない。


「……事務仕事だけでも十分助かってるよ?」


 それでも任せて貰えているのはちょっとしたことだけ。大事な書類には触れられず、当然手伝うこともできない。


「もっと役に立ちたいです」

 

 アンムルの言葉に、ソヴァクさんはブレンの方へ視線を移した。その瞳はどこか懐かしんでいるように見える。


「俺が大丈夫だったんだから大丈夫っすよ。それにロボさんも大丈夫だって言ってたっすよ」


「確かにロボも大丈夫だと言っていたが……」


 ソヴァクさんは眉を下げながら瞼を閉じ、場は静寂に包まれた。


 数分後、外の足音だけが聞こえる静寂の中、ソヴァクさんの瞼が開いて真剣な表情でアンムルを見つめる。


「アンムル、君に頼みがある」


「はい」

 

 ソヴァクさんは机の引き出しを開けて紙を取り出すと、アンムルへと差し出してきた。

 受け取った紙には"ガビット自警団"と書かれている。ガビットというのは元居たスラムの名前だから……あいつらのことか。


「ガビット自警団は人を攫ってる実行部隊でね。アンムルにはこの組織の帳簿を見つけて持ってきて欲しいんだ」


 あいつらそんなことしていたんだ、とアンムルは人を無理やり連れていった男達の事を思い出す。

 帳簿ということは、見つけるなら裏の帳簿だろう。表の帳簿には書いていないだろうし。

 ……あれ、でも。


「分かってるなら憲兵に言うんじゃダメなんですか?」


 アンムルは首を傾げる。

 悪いことをしているのが分かっているなら、悪い人を捕まえる憲兵に言ったらいいんじゃ。その方が確実だし楽だ。


「それができれば良かったんだけど、そうもいかないんだ」


「どうしてですか?」

 

 次に続けられた内容は、アンムルがイリールさんと行った勉強では出てこなかった内容だった。

 

「憲兵の中に裏切り者がいるみたいでね。報告すると揉み消されて、その間に雲隠れされてしまうんだ」


 憲兵みたいな治安を守る人たちでも、そういう悪事を行う事ってあるんだなぁ。


「それって大丈夫なんですか?」


 とある組織ってのは、恐らく人攫いをしている組織の大本なんだろう。そんな組織の手が入っているということは、憲兵の人は……敵?


「まだ大丈夫。表立って動けばすぐに捕らえられるから、憲兵が人攫いを主導することはない。やっていることは報告を無かったことにしたりとかだね」


 それも十分大丈夫じゃないと思うけれど。

 ……よく考えたら、ここへ来る前にいたスラムで武器を持っていた男達も不思議だ。あの環境で銃を持っていて、しかも手錠まで持っているなんてどう考えてもおかしい。


「もしかして、スラムの人達に武器とかを渡してるんですか?」


「渡しているね」


 なんて悪い人達なんだ。もしも三年前の男達に手錠を渡した人を見つけたら、そこそこ本気で殴っておこう。


「そういうわけで、憲兵へ伝えるわけにはいかないんだ」


「だから盗むんですか?」


 盗むのって犯罪じゃなかったっけ。


「見せてって言っても絶対に見せてくれないからね。仮に見せてくれたとしても、それは偽物だろう。僕たちが知りたいのは、こいつらが"どこのだれに売っているか"なんだ」

 

 ソヴァクさんは言葉を続けていくうちに眉を顰めていく。それは何かに怒っているような、悲しんでいるような、そんな表情に見えた。


「分かりました、盗んできます」


「ありがとう。さて、じゃあ報酬に関してだけど、3000万ヴァルスでどうだい?」


 アンムルは目を見開いてソヴァクさんを見つめる。

 3000万なんて、車くらいなら簡単に買えるだろうし、古くて小さければ魔導船だって買えるだろう。


「そんなにいいんですか?」


 アンムルが「お手伝いでそんなに貰うのは……」と不安そうに続けると、ソヴァクさんは柔らかく微笑んだ。

 

「確かにアンムルは手伝いと言ってくれたよ。でもこれは仕事として依頼しているんだ。だから報酬は受け取ってほしいな」


 アンムルは手元の魔帳へと視線を移す。不思議と手元の魔帳は、少し重くなったような気がした。


「それに、アンムルには夢があるだろう?」


 ソヴァクさんの言葉で、アンムルはブレンの事を見つめる。ニカッ、と笑うブレンに、三年前のあの日を思い浮かべながら。


「夢のためにお金は必要だろう? これはその資金だと思って、受け取って欲しいな」


 ソヴァクさんの言う通り、夢のためにお金は必要だ。旅をするための道具、生活のための道具、移動のための魔導船、生きるための食料。どれを揃えるのにもお金はいる。


「……ありがとうございます、ソヴァクさん」


「こちらこそ、手伝うと言ってくれてありがとう。……でも、無理はしないでいいからね。危険だな、と思ったら一旦止めて帰ってくるんだよ」


 アンムルは「はい」と頷く。


「よし、じゃあ今日は俺が奢ってやるよ! アンムルの初仕事記念だ!」


 今まで静かだったブレンが、不意にアンムルの肩に腕を回して弾んだ声を上げた。

 

「奢るって、元はソヴァクさんのでしょ?」

 

「俺も出すに決まってるだろ? だから今日は何でも頼んでいいぜ」


 ……なんでも?


「それは、何皿まで?」


 アンムルの質問に、ブレンは「何皿でも」とニヤリと笑った。

 何個でも、何でも食べ放題? なんて最高なんだ。


「ありがとう! じゃあ今日はラファニカ産の肉だけを頼むよ!」


「……お、おう。お手柔らかに頼むぞ……?」


 さすがはブレン、宇宙一の器の広さだ。100gが数千ヴァルスのラファニカ産の肉を食べ放題だなんて。

 あっ、涎が。


 アンムルは数時間後に待っている最高の瞬間を想像して笑みを浮かべ、ブレンは「足りるかな……?」と手元の魔帳を見つめながら呟く。

 そして、ソヴァクは二人を優しく見守りながら、取り出した魔導端末に指を滑らせていた。

次回 5月22日(金) 12時00分 予定

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