第六話 "知っている景色"
アンムルがブレンと手を繋いで廊下を歩いていると、前から長い緑髪の人物が歩いてきているのが見えた。
仕立ての良い黒いスーツを身に纏い、白い頬に少しだけ生えている緑色の鱗が、光を反射して淡く光っている。
「リーヤさん、お久しぶりっす」
「久しぶりだね、ブレン。元気そうでなによりだよ」
「めちゃくちゃ元気っすよ!」と元気そうに笑うブレンに、リーヤは「それがあんたのいいところだね」と口元へと手を添えて上品に微笑んだ。
「いいところが多すぎて辛いっす」
ブレンがおどけると、リーヤは「そうだね、あんたはいいところばかりだ」と笑い、「それで」と話題を変えるようにアンムルへと視線を移した。
「この子の紹介はしてくれないのかい?」
アンムルはブレンの方へと身体を寄せて、握る手に少しだけ力を入れてからすぐに力を緩める。
「おっと、気になるっすよね」
「ああ、とてもね」
膝を折ったブレンはアンムルへ「自己紹介できるか?」と、できないとは微塵も思っていなさそうに問いかけた。
自身を信じるブレンの瞳を見たアンムルは、意を決してリーヤを見上げる。
アンムルが見上げるとリーヤは膝を折り、鱗のように綺麗な緑色の瞳で視線を合わせた。
「……あんむる」
「アンムルか。いい名前だね。
私の名前はリーヤ。そこのブレンの仲間だ。
よろしく頼むよ、アンムル」
ブレンの仲間なら、この人はきっと良い人なんだ。
そんな確信を得たアンムルは、リーヤが差し出してきた手のひらを優しく握る。
手のひらにも鱗があったようで、肌とは違うツルツルとした感触が伝わってくる。
アンムルが鱗の感触を面白がって触っていると、リーヤは目を細めながらもう一度「よろしくね」と呟いた。
「それにしても、とっても綺麗な瞳だね」
リーヤはアンムルの瞳を見つめながら、感慨深そうに呟く。
「やっぱそう思うっすよね」
「ああ。まるで晴天の星空を瞳に閉じ込めたような、幻想的な目だ」
値踏みするような視線とは違う。光を見ているかのように目を細めて見つめてくる二人に、アンムルはなんとなく居心地が悪くなってブレンのズボンに顔を埋める。
するとリーヤは「可愛らしい子だ」と頬をほころばせながら立ち上がり、何かを閃いたかのように両の手のひらを胸の前で合わせた。
「そうだ。アンムルに似合いそうな服があるんだけれど、良かったら後で着てくれないかな?」
今までで一番楽しそうに言うリーヤに、ブレンは後頭部へと手を置いて困った顔をする。
「あー、一応言っとくっすけど、アンムルは男っすからね?」
「勿論分かってるさ。
でもこれくらいの時期じゃないと可愛らしい恰好はしてくれないだろう?
成長したら着てくれなくなるし」
「当たり前っすよ……」と肩を落としながら呟くブレンに、リーヤは「久しぶりに着てくれてもいいんだよ?」と悪戯気にクスッと笑った。
「いやいや、この歳で可愛い恰好をするのはさすがに……」
「今でも似合うと思うけれど?」
「恥ずいんすよ……」と消え入るような声で言うブレンに、リーヤは口元に手を添えて微笑む。
「堂々とすれば大丈夫さ。
まあ、服に興味が出たら言うんだよ?
いつでも服の準備はできているからね」
「あー、うっす。ま、まあ、機会があればお願いするかもしれないっす」
リーヤは「楽しみに待ってるよ」とブレンに可愛らしく片目を閉じ、アンムルには「また会おうね」と頭を優しく撫でてからその場を去っていった。
リーヤが去った後。ブレンは小さく笑みを浮かべて「後で行くかぁ」と呟いてから、アンムルの手を握り直して歩き始める。
「アンムルはどうしたい?」
歩きながら問いかけてきたブレンに、アンムルは特に考えることも無く「ぶれんがいくなら」と身体を寄せて口にした。
「そっか。そんじゃああとで一緒に行こうな」
「うん」
リーヤと出会った後もブレンと共に歩いていると、幾人かの人物と出会うことになった。
黒髪の若い人。白い口髭を蓄えた皺の目立つ人。黒いスーツを着崩した人。
出会った全ての人がブレンと仲良さげに会話を繰り広げ、アンムルの前で膝を折って頭を撫でながら温かく微笑んだ。
ふさふさの体毛が生えた手で撫でてきた、狼という獣の頭をしているロボという名前の人物と別れた後。ロボが見えなくなったころに、ブレンが誇らしげに胸を張る。
「みんないい人ばかりだろ?」
確かにいい人ばかりだった、とアンムルは今までに出会った人物たちの目を思い出す。
みんな値踏みするような目ではなく、ただ心配するような、どこか温かさのあるような目をしていた。
「うん」
「みんな俺の仲間で友達だ。だからもしも俺がいないときは、あいつらに頼るんだぞ?」
「特にロボさんは魔法使いで頼りがいがあるぜ」と続けたブレンに、アンムルはずっと気になっていたことを質問しようとブレンの事を見上げた。
「ぶれん、まほうつかいってなに?」
アンムルが質問すると、ブレンは思い出すように視線を斜め上に向けながら口を開いた。
「魔法使いってのは、魔神っつうすっげェ存在にチラ見されて不思議な力を使えるようになった人のことだな」
ブレンは「魔神は知ってるよな?」と言葉を続けてきたので、知らなかったアンムルは首を横に振る。
魔神がどうのこうのと言っているのは聞いたことあるが、魔神が何なのかは分からない。
「魔神ってのはマジでやべェ存在だ。簡単に銀河ごと消滅させれるし、自分だけの世界を作ったりもできるらしい」
アンムルが「ぎんが?」と問うと、ブレンは「俺たちが生活しているここが惑星。んで惑星がたくさん集まると銀河になるんだ」とゆっくりと説明する。
だが"惑星"という物がいまいちわからず、もう一度質問しようと思って口を開こうとすると、突然大きな声で誰かが話しかけてきた。
「おぉ! ブレンじゃねェか!」
パッと振り向くと、獣の耳と尻尾を生やした短い赤髪の体格の良い男性が、片手を挙げながら近づいてきていた。
男性の顔には笑みが浮かんでいるが、どこか怖い雰囲気が漂っている。
「レドル! 久しぶりだな!」
ブレンは親しい友を呼ぶようにレドルと言う人物の名前を呼び、空いている手を挙げて近づいてきたレドルとパンッ、と手を合わせる。
レドルという人物の尻尾をよく見ると、鬣が特徴的な動物の飾りが尻尾と共にゆらゆらと揺れていた。
レドルはブレンとハイタッチした後。まるで数年来の友達に出会ったかのように笑みを浮かべながら、ブレンの肩に手を回す。
「いつの間に帰ってきてたんだよ?」
「つい最近だよ。お前は今日に帰ってきたのか?」
レドルは「おうよ」と返答すると、「そんで、こいつは?」と緑の瞳でアンムルを射抜いた。
レドルの目は少し威圧的で、アンムルは身体を少しだけビクッ、とさせる。
「おいおい、お前の顔は怖いんだからあんまり見るなって」
「誰が怖いだ! めちゃくちゃ親しみやすいだろうが!」
ブレンが「鏡見ろよ」と口にすると、レドルは懐から手鏡取り出して「俺様、完璧だな」と呟いた。
ブレンは肩をすくめて「やれやれ」と口にしてからアンムルの方へ視線を移す。
「こんな顔だけど、別に悪い奴じゃないからな」
呆れているような声色をしながらも、ブレンの口元には笑みが浮かんでいる。
ブレンが言うのならば信頼できる。なのでアンムルが恐る恐るレドルのことを見上げると、レドルは笑みを浮かべていた。
かなり凶悪な笑みを。
……やっぱり怖いかもしれない。
アンムルがブレンの後ろへ隠れると、レドルはアンムルを見るのを止めてブレンへと視線を移した。
「そんじゃ、あとでまた会おうぜ」
「おう。またな」
レドルはブレンの肩に大きな手を置いて呟くと、最後にアンムルの頭をごつごつとした手で撫でてから去っていった。
顔は怖いけれど、手はとても温かかった。
レドルが去った後も何人かの人とすれ違いつつ歩いていると、金属製の扉が見えてきた。
扉へと近づいたブレンはドアノブに手をかけて内側に開け、冷たい空気が吹き込む外へとアンムルを連れ出す。
「わぁ……!」
外へと出たアンムルは、目の前に広がる光景へ感嘆の声を漏らす。
起きる前まで居た薄暗い雰囲気の漂う場所とは違う。少し傾いた赤い光が空から降り注ぎ、罅割れ1つない石畳の道と石造りの建物を照らしている。
遠くの方には大地から生える巨大な緑色の背骨が見え、青い空を飛んでいる巨大な物体が地上に影を作り出す。
道の上を歩く数多の人々は前を向いており、建物の前で立ち止まって雑談に興じている人々も見える。
「ねえ、あれはなに?」
アンムルが大地から生える巨大な緑色の背骨を指さすと、ブレンは手で目元に影を作りながら口を開いた。
「あれは山だな。……いや、連なってるから山脈かな」
「……どっちなの?」
「山脈かな。ほら、左から右まで繋がってるだろ? あれが繋がってないと山になる」
ブレンの言う通り、遠くに見える背骨は左から右へと繋がっている。
じゃあ空に浮かんでいるのは何なのだろう、とアンムルが指さして尋ねると、空に浮かぶのは"魔導船"という空飛ぶ船だと教えてくれた。
国と国の間を飛んで人や物を運んだり、宇宙へ向かって資源を取ったりするらしい。
アンムルが初めて見る不思議な景色を眺めていると、ブレンの「行くぞー」という軽い言葉が耳に入った。アンムルはブレンの方へ振り向くと小さく頷き、手を繋いで共に道の端を歩き始める。
歩きながら周りを見ていると、前までいた場所との違いをたくさん感じる。
道を歩く人々の服はとても綺麗で汚れが見えず、銃声や怒声も聞こえない。
道端で倒れている人は一人たりとも見えず、ゴミもほとんど落ちていない。
抜き身の刃を持っている人もおらず、見せびらかすように力を誇示している人も見当たらなかった。
アンムルが辺りを興味深げに見渡していると、それに気が付いたブレンが指を差して紹介をし始める。
「あれは飯屋。料理がすっげェ美味い」
ブレンの指さす先に視線を移すと、お皿の上に肉が乗っている絵が描かれた看板の店が見えた。看板には何と書いてあるか分からない文字も刻まれている。
外観は少し黒い滑らかな木材で作られており、扉から出てきた低身長ながらも太い腕を持つ髭もじゃの男性は「美味かったのぉ!」と機嫌の良さそうな声を出している。
「んで、あれが服屋。リーヤさんがよく行ってるとこだな」
次にブレンが指さした方向を見ると、服の絵が描かれている看板が付いている店が見えた。こちらも意味の分からない文字が刻まれている。
店頭には薄く輝く青白い服が一定の速度で回転しており、服の前ではアンムルと同じくらいの身長の女性と、頭に角が生えている背の高い女性が雑談に興じている。
そうしてブレンの紹介を聞きながら歩いていると、不意に子供の声が聞こえてきた。
「あっ、ブレンだ!」
「ほんとだ!」
アンムルが視線を向けると、そこには小奇麗な服を着て袋を手に持っている二人の少女が笑顔で近づいてきていた。
ブレンは近づいてきた子供達に気が付くと、片手を挙げながら気さくに声を掛ける。
「おっ、リーファとラーファじゃん。久しぶりだな」
ブレンが「お手伝いか?」と言葉を続けると、ラーファとリーファは元気よく「そうだよ!」と笑った。
今はパンの配達をしていると元気に答えた後。ラーファとリーファはブレンと手を繋いでいるアンムルの方へと視線を移した。
「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」
額に鱗が付いているラーファという少女が、背中に手を組んで笑いながらアンムルへと問いかけた。
アンムルはブレンの事を見上げた後。ラーファの目を見ながら小さく「あんむる」と答える。
「私はラーファだよ!」
「私はリーファ!」
アンムルの言葉に続けるように、ラーファと獣の耳が生えているリーファが笑顔で自身の名前を答えた。
自己紹介を終えたラーファはアンムルへと顔を近づけ、瞳を見ようと覗き込む。
ブレンが親しくしているならば大丈夫だろう、とラーファの緑の瞳を見つめると、ラーファの目は次第にキラキラと輝き始めた。
「わぁ、綺麗な目だね!」
「本当!? 私も見る!」
リーファはラーファの綺麗という言葉に反応して、ラーファと横並びになりながらアンムルの目を覗き込む。
「ほんとだー! 綺麗!」
ラーファとリーファの邪気の一切感じない褒め言葉に、アンムルは頬を赤く染めて目線を逸らす。
ラーファとリーファはひとしきりアンムルの瞳を褒めた後。遅れたら怒られちゃうからと手を振って人混みの中へと消えていった。
ラーファとリーファと別れた後。引き続きブレンから街の紹介を受けながら歩いていると、前に見える石畳の道が途中で切れて、砂色の坂道へと変化していた。
街並みも少しだけ変わっており、大きな建物がほとんど見えず、小さめの建物が多くなっている。
アンムルとブレンはそのまま砂道へと足を踏み入れ、まばらに人が見える坂道を歩いていく。
木々のせせらぎと鳥の鳴き声を耳に入れながら、左右で違う景色を眺める。
左には木々がゆらめき、右には遠くまで続く街並み。そのさらに遠くには巨大な緑色の背骨──山脈が見える。
たまにすれ違う人と軽い挨拶を交わしながら歩みを進め、何度か木々の中へと入ったりしていると、次に木々の外へと出た時には空の光が傾いて赤く染まっていた。
「疲れてないか?」
木々を抜けた際に優しく問いかけてきたブレンに、アンムルは少しの汗を流しながら頷く。
不思議とそこまで疲れている感覚はせず、まだまだ歩ける気がしていた。
その後も歩き続けて少し疲れてきたな、と思い始めたころ。暗くなった木々の間を抜けて、ついに頂上へと辿り着いた。
「よし、着いたぞ。よく頑張ったな」
空いている手で頭を撫でるブレンにアンムルは何の反応もできず、目の前の光景に目を見開いて固まる。
そこに広がっていたのはとても綺麗な景色。アンムルが5人で手を広げても囲いきれないくらいに大きな巨木が一本だけ聳え立ち、その横には二人が座れるくらいの椅子が置かれ、地面には柔らかそうな短い草が風で静かに揺れている。
草の上に足を踏み入れたブレンと共に前へ赴くと見えてきたのは、先ほどまで歩いていた街並みを一望できる風景。街の灯りが夜の世界を明るく照らし、遠くに見える巨大な山脈が地平線を切り取っている。空を見上げると、淡い光を放つ丸い月が、世界を優しい光で包み込んでいた。
「どうだ、すげェだろ?」
ブレンの言葉を耳に入れながらも、アンムルはこの景色をどこかで見たような覚えを感じていた。
どこだろう、と考えた末にハッ、と思い出す。細部は違うが、夢で見た景色と同じだということに。
横に見える木は夢とは違って大きいが、生えている場所は全く同じ。
街並みも少し建物が高く見え、椅子も無かったがそれ以外は全く同じだ。
遠くに見える山脈も。地面で揺れる短い草も。空に浮かぶ淡く光る丸い月も。
「ここ、ゆめでみたことある」
思わずブレンへ伝えると、景色を眺めていたブレンは興味深そうにアンムルの方へと振り向いた。
「夢? そりゃあすげェな。他にも見たことあるのか?」
アンムルはブレンへと夢で見た最も瞼に焼き付いている景色の事を伝えていく。
雲を裂く巨大な背骨、果てまで続く知識の蔵、空に咲く無数の花、暗闇を照らす数多の輝き。
ぽつぽつと、だが明確に答えていくアンムルに、ブレンは笑顔を浮かべながら口を開く。
「ここを夢で見たならさ、それも全部どっかにあったりしてな」
なんてことないように言っただろう言葉に、アンムルは身体に電流が走るのを感じた。
まさかそんな。そう思うも、目の前の光景がその可能性を肯定する。
驚くアンムルの前で膝を折ったブレンは、アンムルの肩へと腕を回して楽しそうに提案をする。
「どうせならさ、二人で探しに行かねェか? アンムルが見た夢の場所」
探しに行く。そんなことは今まで考えもしなかった。
もしもこの世界のどこかに夢で見た景色が存在するのならば、探しに行きたい。そしてこの目で見てみたい。
アンムルはブレンの方へと振り向いて、青い瞳を見つめる。今までの少しの怯えを滲ませた瞳ではなく、目標を決めた強い意志の籠った瞳で。
アンムルの瞳に宿る意思を感じ取ったのか。ブレンは太陽のように笑いながら「約束な」と呟いた。
序章 完
【次回更新予定日】
05月08日 (金曜日) 午前12:00




