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星渡りのアンムル  作者: 一死二生
ズィーニーⅣ 序章 "知らない景色"
1/5

第一話 "名も無き少年"

 地面を覆う柔らかな緑の髪から香る湿った匂い。

 爽やかな風に囁く一本の緑の柱。

 遠くの方には雲を裂いて連なる大地の背骨。

 眼下に見える無数の建物からは光が漏れて闇夜を照らし、空に浮かんで淡く白く光る丸い物体が、温かな光で世界を包む。


 (きれいだ)




 ~~~~




「きゃぁぁぁぁあっ!」


 ゴミが散乱する硬く冷たい地面の上で、少年は甲高い悲鳴で目を覚ました。

 薄汚れた身体。灰色の髪。襤褸切れ一枚を着る少年は、ゆっくりと瞼を開いていく。

 開かれた瞳に映しだされたのは、石造りの建物の隙間から見える青い空。横切っていく緑色の鳥の姿が、ぼんやりと映り込んだ。

 

 (おなか、すいた)

 

 少年は骨の見える身体を震わせながら立ち上がり、ゆっくりと暗い路地裏を歩き始めた。



 悪臭漂う生温い風を感じながら歩いていると、ブチュリ、と何かを踏んづけてしまった。

 柔らかさの後に硬さがあり、ぶよぶよとしていて気持ちが悪い。

 足元をチラリと見ると、足の形に潰れた肉が見える。


 (ごはんだ)

 

 少年は膝を折り、水っぽくぶよぶよとした肉を引きちぎって口へと運んでいく。

 とても苦くて酸っぱく、舌へ触れて喉を通るたびに吐き気が込み上げる。

 だがせっかく見つけたご飯だ。吐き気を無理やり我慢して胃へと送り込んでいく。

 肉が3つの骨になったころ少年は立ち上がり、次のご飯を探すために歩き始めた。



 路地裏を抜けると、少し広い道へと出ることができた。

 見える範囲の建物はどれもボロボロで、扉には少年がくぐれるくらい大きな穴が空いている。

 石で造られた道には亀裂と指先程度の小さな穴が開いている。


 ボロボロの服を着て道を歩く人々は、路地裏から出てきた裸足の少年をチラリと見たが、すぐに視線を逸らして何事も無かったかのようにどこかへ歩いていった。


 少年が大人と目線を合わせないよう、地面を見ながら道の端っこを歩いていると。


「だれかぁぁあぁ!! たすけてくれぇぇぇえ!!」


 歩いている方向から、悲鳴にも聞こえる男性の叫び声が聞こえてきた。

 すぐに辺りを見渡し、穴が開いている扉を見つけて家の中へと潜り込む。

 

 少年が壁に背を付けて息を潜めていると、扉の向こう側から数人の激しい靴音が聞こえてきた。

 何かに追われているのだろうか、荒い息遣いが扉の向こうから聞こえてくる。


「ぎゃっ!?」


「おいっ!?」

 

 短い悲鳴と共に鈍い音が聞こえてくる。誰かが転んだのだろうか、悲鳴にも聞こえる懇願の声が響く。

 

「待ってくれ! 助けてくれェ!!」


 しかし見捨てることにしたのか、声を残して靴音は徐々に遠のいていく。

 次第に懇願の声も小さくなっていき、ついには靴音も懇願の声も聞こえなくなった。


 ──カツンッ。

 

 代わりに聞こえてきたのは、金属で石を叩いたような高音。男達の逃げてきた方向から、一定の感覚で街に鳴り響く。


「あ、ああ! た、たす、たすけっ!」


 少年は自身の速くなっていく心臓の鼓動を聞きながら、決して声を出さないようにと口元を手で覆う。

 気づかないでくれ、と必死にお願いをしていると。


「ぎっ!? ぁぁあぁぁああ!!!?」


 扉の向こう側から耳をつんざくような悲鳴が響いた。

 びちゃびちゃと液体が地面に落ち、ぐちゃぐちゃと肉と骨が砕けていく音が聞こえる。

 苦悶の悲鳴は次第に小さくなっていき、ドサリ、と大きな何かが地面に落ち、その場は静寂に包まれた。


 

 数秒、或いは数分だろうか。息を潜めて待ってみるが、物音1つ聞こえない。

 危機が去ったのか。そう思って少年はホッと安堵の息を吐く。

 ただ念のため、扉へ顔を近づけて小さな穴から覗いてみると。


「っ!?」


 目に映りこんできたのは真っ赤に染まった道と、液体が飛び散ったように赤く染まった建物。

 赤色の中央にあるのは、下半身を無くし、苦悶の表情を浮かべる男の身体。



 そんな死体の前にいたのは、男性を無惨な姿へと変えたであろう怪物の姿。

 内側に鋭い牙が生えた4つに裂けている頭。金属のような光沢の出ている人間のような足。腕はうねうねと蠢く管が折り重なって人間の腕のよう見えるが、隙間から赤黒い液体が絶え間なく地面に滴り落ちていた。


 そして怪物の裂けた顔に付いている2つの黒い目は、少年のいる扉の方を見つめていた。

 視線が合っている。

 もしかして、気づかれているのでは。


 少年の背筋を冷ややかなものが伝い、頬を冷たい汗が伝う。

 怪物はしばらく扉を見つめていたが、ゆっくりと視線を外し、逃げた男達の方向へと去っていった。


 再び静寂に包まれた街の中。少年は扉に身体を預けてずるずると地面に座り込み、うるさく鼓動する心臓の音を聞きながら長い安堵の息を吐いた。


 

 心臓の鼓動が収まったころ。少年はもう一度、小さな穴から外を見て扉を潜り、怪物が去っていった反対の方向へと歩き始める。

 赤く染まった地面を見つめながら。



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