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「この頃は本当に災害が多いなー、なあミケ」
テレビから大雨のニュースが流れてくるのを聞き流しながら、段ボールを片付ける手はそのままミケに話しかける。
ミケはもふもふの尻尾を揺らし尻尾でパタンと返事はするが顔すら上げない。
そのくせ俺に尻をくっつけて隣から動かないのがまたかわいいのだ。
「まったく雨が多すぎだろー、毎回毎回記録的ななんとかかんとかってなー、勘弁してくれよ令和ちゃん、暑すぎたり寒すぎたり全然雨降らなかったり大雨すぎたり……もう少し調整してくれないとよわよわ人類死ぬぞ本当に……」
―――親父が死んで有給を取り、なにかとバタバタし片付かなかった荷物をほどきながらぶつぶつ愚痴を呟くとミケがどうした大丈夫か? という顔でこっちを見ているから撫でる。
「ん? ミケはエアコン効いた家で平和に生きてくれりゃいいのよ、ミケはいるだけで世界平和だぞー、うちの美人さん。ああ、外は危ないから出ちゃだめだぞ、ここでお姫様になってるんだぞ」
撫でながら言い聞かせる。
ミケはノルウェージャンフォレストキャットという種族の長毛三毛猫のメスの子だ。気品のある美人でかわいい猫だ。本当にお姫様みたいな美猫なのだが、親父のネーミングセンスが安直すぎる……。もうちょっとこうひねりたかったけど……まあかわいいからいいか。
あまりに撫でてうざかったからか、ミケは撫でてた手を少し噛むと部屋から出て行ってしまった。
撫ですぎた俺が悪い、ミケはお姫様なんだからな。
「あーミケーごめんなー、……あぁー現実逃避しないで俺はまた片付けすっかー、モニターアームとかめんどいし一人だと重いんだよなぁーはぁ」
母親が死別してから男手一つで育ててくれた親父が病気になり、実家にはミケもいるしで一人暮らしのアパートを引き払い、もう実家暮らしでいいかとなって引っ越した矢先に親父が死んだというわけだ。
俺は四十歳で結婚もしていないから身軽だし、田舎で静かだし勝手も知ってるし仕事も実家から通える範囲にあるしな。あとは裏山だけが悩みのタネなんだよなぁ……、山の幸はたくさん採れるが、木々の間引きやら税金やらなにやらが大変だ。売りに出しても買う人なんていないだろうしなぁ……。まあ仕方ない、あとから考えるか。
んで、今は有休をとって片付けやら親父の死後の諸々をやっている感じだ。会社では課長というクラスについているが、あまり人付き合いも好きではなく会社に愛着もあるわけではない。
ただ超氷河期の時代に正社員として雇ってくれた恩は感じている。
「パソコンの設置がめんどくさすぎる件……、でもコード適当にしすぎると足にぶつかったりして接続おかしくなるのがいやなんだよなー」
独り言を言いながら段ボールからデスクトップパソコンを出したりモニターを設置したりしながら、早く配信見たいなーなどと考える。
俺の趣味は格闘ゲームやFPSゲーム、ネット麻雀をすることだ。まあ今は平日にゲームする時間もあまりなく、ただ好きな元プロゲーマー配信者がやってる配信を流しながら、かっこよくてつい観賞用に買った東京マロイのエアガンを飾って眺めてほくほくするくらいだ。……裏山にサバゲー場でも作るのもいいかもなー。
いつかサバゲーもやりたいと思っていたり、好きな配信者が配信中に倒れたこととか、病気の親父に体力だけはつけておけと言われたこともあり、それなりにジムには通っていたが世界がウィルス感染でパニックになりジムが閉鎖、そのまま退会したんだよな。
落ち着いたらまたやりたいなぁ。
―――そうこうしてるうちにPCも設置終わり、マロイのエアガンをどこに置くかなーなどと考えていたらミケに呼ばれた。
「ミケー、どしたー? お腹すいたのか―? さっきご飯あげただろー? ここもう少しで終わるから、遊ぶのはあとでなー」
「ミニャー、ニャッ、ウニャー」
ミケはあんまり鳴かないから珍しいんだよな、ごはんくれっていうときは黙って皿の前で待ってるしな、蜘蛛でも見つけたか?
「ミケー? 隣の部屋かー? 」
声が聞こえた隣の部屋に行くと部屋の真ん中に穴が空いていた……いや、穴というと語弊があるな……イメージでいうブラックホールのような漆黒の空間が部屋の真ん中に浮いている。
「……は?」
意味がわからない。
「……え? なにこれ? 穴? ……ミケ危ないから寄るなよ」
ミケが空間の周りをウロウロして匂いをかぎたそうにしているから一応注意する。
恐る恐る触れてみるとカーテンのレースを触るような感触がする。ミケが背中に乗ってきたから抑えながら空間に指を突っ込んでみる。
レースを触るような感触がなくなったと思ったら、そこから裏山のような、森のような香りがする。
―――……指は通り抜けるようだが横から見てみると指先が見えない……。
「いやほんとなにこれ? ネットになんか乗ってないかな……?」
空間の周りをうろうろと観察しながらミケを背中から下ろして抱っこする。
ミケは空間をクンクンと嗅いで、ふわふわの手で恐る恐る触ろうしている。
空間の大きさは―――俺の身長が百七十五センチ、その半分くらいの大きさのようだ。
立っては入れないが中腰なら入れそうな大きさだ。
「ニャッ」
ミケがぴょんっと、そのまま空間に入ってしまった。
「えっ、ミケッ!? だめだ戻れ!! ミケ!!!」
ミケがなにかを見つけたかのようにふわっと入ってしまった! もっとしっかり抱っこしていれば……。
意を決して空間に顔を突っ込む―――そこはきれいな晴れた青い空が広がっている外だった。
自然の匂いがする。
「ミケ……ミケ……いたぁ!」
ミケはそこらの草の匂いを嗅いでいるようだ。
―――家にある猫草に似ている。
「あああ猫草か!! ミケー、戻っておいで! 猫草今まだ成長中だから、また買ってくるから戻っておいで! それはだめ…! おやつ上げるからこっちにおいで!! くそ、これどうみても異世界だぞ! あーーもう! 食べちゃだめ!」
呼んでも来ないなら行くしかねえ……。
「えーこわいな……。ミケ猫草好きだからなぁ……」
―――その時、木の影から出てきた、なにか大きな獣がミケの方に寄っていくのが見えた。
「なんだあれっ―――ミケッッ!!」
―――靴下のまま全力で走りながらミケを捕まえ、そのまま空間にダイブ―――
「……来るなよ……間に合えっ「グァウッ!!」―――っ……うわあああああ!」
―――背中を引っかかれた―――間に合わなかったくそっ……いてぇ……ミケだけでも……。
「ミケ逃げろ……っ」
「フシャー!!!」
ミケが獣に向かって威嚇する声を聞きながら、俺の意識は途絶えた―――。




