青い光
――一閃
両側から挟み込まれる圧力が抜けた。
薄れゆく意識の中、瞳は確かに捉える。
どこか見覚えのある影が二つ、怪物を切り裂く姿を。
だが既に声さえ発せない程に衰弱したフェイは、自身の死を心に嘆きながら静かに目を閉じるのだった。
「これはもう無理だな」
「ですね、この出血量では...」
「いや待て、こいつ――」
しかし二度と開くことのないはずの瞼が、再び世界を映した。
「ここは...」
見慣れない木目の天井をぼんやりと眺め、手のひらの心地よい布の手触りを確かめる。
古びた窓からはそよ風が舞い込み、そのたびに少しだけ軋み音を立てていた。
外は既に暗く、星明りだけが部屋を照らした。
フェイはゆっくりと上体を起こすと部屋を見渡す。
「...なんもねーな...」
その部屋にはフェイが寝ていたベッド以外には何もなかった。
正確には本棚と机はあるが、誰かが使っていた痕跡が一切なく本棚に関しては一冊の書籍すらない。
終いには出入りするドアすら付いていない。
まるで何者かが逃がすまいとしているようだ。
しかし、どうやら一命を取り留めたらしい、不思議なほど身体の調子も悪くない。
パーカーやパンツ、スニーカーも身包みは全て剥がされ、布一枚をまた紐のような布で腰に結んだ見たこともない服を羽織っている。
しかし足を見ると丁寧に包帯が巻かれており、この部屋の主が悪意を持っているとは思えない。
そんなことを考えていると、再び窓枠が軋んだ。
木製の床を星明りが鮮明に映し出す様子に目をやると、その光はいつもよりも明るい気がした。
視線はその光源の元へ吸い込まれるように向かい、気が付けば窓から身を乗り出し、目前に広がる星空をただ眺めていた。
「......」
「うわあ!!」
その時、甲高い悲鳴が聞こえたと同時に上から降ってきた何かと目が合う。
「なんだあ!!」
反射的にフェイの体は一歩後ずさり、身構えた。
それは窓枠に指をかけ自力で這い上がってくる、力強く爪を立て、勇ましく窓枠に足を掛けると徐々にシルエットを現した。
ようやく室内へ転がり込んだそれは苦悶と怒りを混ぜたような表情とその蒼い瞳の猫目がフェイを睨みつけた。
月明かりに照らされた髪は赤い銅色をしており、肩まで伸びたその髪は少しだけ癖がある。
薄暗くて良くは見えないが、顔にあるそばかすが特徴的でフェイと同じ服を纏った少女だった。
「見てないで助けなさいよ!落っこちるとこだったじゃない!死にかけてたあんたを救ってあげたんだから、そのくらいするのが筋なんじゃないの?!大体目が覚めてたなら誰かに知らせなさいよ!」
フェイはグイグイと迫ってくる少女に気圧され、そのまま背後のベッドに腰が落ちた。
捲し立てられてしまったフェイだったが、ベッドに追いやっても尚止まらないラップに苛立ちを覚える、そして少女の正論を突っぱねるように反論した。
「っせーな!!そんなとこに人がいるなんて誰が思うんだよ!死にかけてたところを救った?お前が助けた証拠でもあんのかよ!そんで目ぇ覚めてもこの部屋ドアねーだろ!!」
「はああ!!それが恩人に対する態度!?」
「だから証拠出せっつってんだよ!!」
「絶・対・いや!こんなことで命削りたくないし!」
「あーあやっぱ嘘なんだな、命削るとかセドでも言わねーつの、付くならもっと為になる嘘をつくんだな詐欺師ちゃん」
フェイは手のひらを上に向け両肩まで持ち上げ、目を瞑りながら少女を煽った。
「......」
すると先ほどまで威勢が良かった少女の口が止む。
その沈黙にフェイは心の中で勝ったと歓声を上げ、極上の優越感に浸っていた。
しかし、長すぎる。
沈黙があまりにも長い。
フェイはその気まずさに耐えかね煽りすぎたかと反省する、かと言って先に謝るのは癪に障るため、薄目で少女を確認した。
しかし視界に飛び込んできたのは、今にも泣き出してしまいそうな儚い少女、ではなく既に視界の八割を占める拳であった。
顔面に鈍い痛みを感じると同時にフェイの体は宙に舞い、背後の壁に叩きつけられることでようやく止まった。
鼻からは多量の血が流れ、風貌に似合わぬ少女の拳の破壊力を物語っている。
「誰が詐欺師よ!」
少女は追撃を仕掛けるべくフェイににじり寄った。
「ちょ、ちょちょちょっと待って、うそうそ!ごめんなさい!俺が間違ってました!!」
迫りくる少女の形相は夢に出てきそうなほどの怒りが伝わってくる、まさに鬼。
更には謎の威圧感がフェイに死を連想させた。
いや、謎というには原因が分かりすぎているのかもしれない。
少女の衣服の内側、ちょうど心臓部辺りが"青白く発光"していたのだ。
先ほど屋根から落ちた際に指だけで上ってくる少女の姿、そして自分自身が味わった腕力、普通の人間は心臓が発光なんてしない。
終わった。
少女が再び拳を振り上げる。
バタンっ
その時、一枚の床が勢いよく捲れた。
「うるせーぞ!何時だと思ってるんだ!」
「ご、ごめん...」
次の衝撃に備えて体を丸めていたフェイだったが、予想外の乱入者により場の空気が柔らかくなるのを感じる。正確に言えば、少女の殺気が消えたのだろう。
フェイは丸めた体を解いた。
床から片腕と頭だけを部屋に入れる男は、それだけでも屈強な身体をしているのだろうと分かってしまうほど太い腕をしていた。
その剛腕には似合わない、小さく見えるロウソクで部屋を照らす。
黒い肌、チリチリのドレッドヘアを後ろで束ね、視線だけで物体を切ってしまいそうな鋭い眼光を少女とフェイに向けていた。
「起きたのか少年、なら下りて来い」
少女は少し寂しげに口を曲げ、ふいにフェイの首根っこを掴み上げ軽々と持ち上げた。
「え、」
まったくの不意打ちに思わず驚きが声に出てしまう。
少女はそのまま大男が出入りしていた床にフェイを落とすのだった。
フェイは情けなく背中で着地し建物内には衝撃による騒音が響いた。
天井には暗闇の中に灯る少女の心臓と、それに届く古びた木製の梯子が、さっきまでいたあの部屋が屋根裏部屋だったのだろうと想起させた。
そんなことよりもなんて乱暴な女だ、口で言えば梯子を使って自分で降りれたのにと痛むはずの背中を摩りながら体を起こす。
「痛くねえ...」
フェイは思いのほか痛みが伝播していない事に気が付いた、落下の衝撃はある、しかしそれに伴うべきはずの痛みが全くなかったのだ。
更にフェイは気づいた、自身の胸に薄っすらと灯る青白い輝きを――




