ホームパーティー
フェイは鏡の前で癖のある黒髪をモシャッと前髪に盛り、兄愛用のスプレーを吹きかける。
そして最終確認としてポーズを取り出した。
服装良し、髪型良し、匂いも完璧。抜け目はない。
「よし!いくか」
既に外は暗闇が広がり、街灯の光だけが道しるべとなっていた。
数年間開きっぱなしの物置小屋、もといガレージに自転車を取りに向かうと、ちょうど見覚えのある車がガレージに入ってきた。仕事から帰宅した母、リンダ・キーリーだ。
「フェイ!こんな時間にどこ行くの!」
「セドん家でパーティーすんの!」
「夕食は!?もうピザ買ってきちゃったけど」
「パーティーだよ?今日はいらない」
フェイはガレージの時計を一瞥すると自転車にまたがり力強くペダルを踏みだした。
「ちょっと!まだ話の途中よ!こらフェイ!」
「また帰ってから聞くよ!」
リンダは息子を追いかけ思わず車から飛び出したが、みるみるうちにフェイの姿は小さくなっていった。
しかしリンダはため息をつきながらも、どこか微笑ましい表情でフェイを見送るのだった。
フェイは自転車を走らせながら道中物思いに耽っていた。
家が近所というのもあり、幼い頃は同じスポーツチームだったゲイテンと一緒にセドの家まで遊びに行ったものだ。あの頃は、何をするにも3人で、互いの思考がつながっている様な気分でまるで血のつながった家族に感じられる程だった。
しかし成長するにつれ環境が変わり、友人が変わり、趣味や性格もそれぞれ異なっていった。それは至極当然のことで何も悪いことなどありはしない。
だが外交的なフェイとゲイテンとは違いセドはオカルトやUMAなど、いわゆるオタクと呼ばれるコミュニティーに生きるようになり、共に過ごす接点も時間もなくなっていった。ここ数年間まともに3人で遊んだことはない。
フェイはそのことで以前から少し気まずくなり、高校では廊下ですれ違った時に声をかけることすらなくなっていった。
しかし今夜は、今夜だけは、今夜からはまた、あの頃に戻れるかもしれない。
ドームですら怖くなかったあの頃に。
そう考えれば考える程、ある違和感が思い出に靄を懸ける。
セドがパーティーを主催する?
セドリックはむしろホームパーティーやプロムなど、多くの人が集まるイベントは消極的だった。
友達が欲しくなったとかかな?フェイはそう考えると口元が緩んだ。
数分自転車を走らせて、突き当りを曲がると住宅街の中に一際目立つ立派な家と近づくにつれ身体の芯にロックなミュージックが叩き込まれる。
セドリックの家だ。
セドリックはここ”レイヴンヒル”では少し有名なお金持ちで、裏庭にはプール、トランポリン、スケボーパークまでついてる。
幼い記憶を頼りに、慣れた様子で裏庭に自転車を停めに行った。
自転車を引きながら木製のフェンスドアを押すと、ギラギラと熱い空気が正面から吹きつけてきた。
プールサイドで飛び込む男女、庭で豪快に肉を焼く生徒、家の中ではスピーカーを肩に抱え盛り上げるイケイケのクラスメイト、この空気、嫌いじゃない。
するとちょうど、家の中からやや小柄で小太り、長髪の天然パーマが特徴のセドリックが飲み物を両手にゆっくりと出迎えに来た。昼間同様に、不気味なほどの笑顔で。
フェイはセドリックの顔が目に入ると、無意識だったが一瞬腹部に力が入るのを感じる。
「久しぶりだね、元気?フェイ」
しかし声も見た目も口調も、記憶の中のセドリック・ブライアンそのものだった。
「......たりめーだろ!セドこそ元気してたか?」
フェイの声は心なしか、普段より少しだけ響いていた。
その時、またしても聞き覚えのある轟音とクラクションが住宅街に響き渡った。
次の瞬間、バンッとフェンスドアが衝撃により無理やりに開かれ、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
眩しすぎて見たくもないブロンドヘアーのオールバック、タンクトップに半ズボン姿のゴリラ。
フェイの兄、スティーブとそのバスケットボールチームのメンバー達だ。
「くっせーなぁここはよ!負け犬臭くてたまんねーよ」
鼻をつまみながら周囲を見渡し、獲物を見つけたかのような笑みを浮かべフェイを睨みつけ躊躇いもなく、そして唐突にフェイの顔に平手をお見舞いしズカズカと入り込んできた。
「なんで居んだよ...」
フェイはまだ頬に残る熱を手で押さえながら、家の中に入り込んでいくスティーブを睨みつけ、聞こえないように呟いた。
「すまないフェイ!!」
すると背後から自分の名前を呼ばれ振り返ると原始人集団の最後尾にはゲイテンがいた。
フェイはその姿を見ると腹の底から急激に湧き上がるものを感じ、深く急速に空気を肺に入れた。
しかしゲイテンはフェイに喋る隙を与えずに続ける。
「止められなかった!全て俺が悪い!すまない!」
その真摯な姿勢を前に、昼間同様ペースを乱されたフェイは肺に入れた空気を一気に吐き出し冷静さを取り戻した。
一瞬固まった空気が、再度流れを取り戻す。
「......いや、どうせあのバカが無理やり来たんだろ」
「ああ...なんでもセド本人に誘われたと言い張って聞かなくて」
「んなわけあるか!よりによってセドが誘うわけねーだろ」
「僕が招待したよ?」
「え?」
「は?」
現状を理解できない二人を前に、口角をあげたままのセドリックが不思議そうに答え、そのまま続ける。
「何でスティーブは誘っちゃいけないの?」
「なんでって...あいつに何されたのか忘れたのか?」
「......?」
「ま、まぁセドが誘ったならいいんじゃないか」
「そうだけど......」
微妙にずれた空気を戻そうとゲイテンが場を収めてくれたが、フェイの内側に鉛を残した。
ーー違和感
セドは中学生の頃、スティーブにいじめられていたのだ。
理由は、”気に食わなかった”から。
何が気に食わなかったのかは、本人以外は理解ない。
しかしスティーブはただそれだけの理由でセドリックをリンチにし、全治4カ月の重傷を負わせた。
その噂は殺人事件寸前のニュースとして”レイヴンヒル”に轟き、その事件以降この地域でスティーブに逆らう者はだれ一人として居なくなった。家族でさえも。
思えばそれからだっただろうか、セドリックが内向的になったのはーー
嫌なことを思い出してしまった。
フェイはまだ痛む頬を今度は自分で叩き直した。
「ど、どうしたフェイ!!」
急な自傷にゲイテンは慌ててフェイを心配した。
セドリックも相変わらずの笑顔で不思議そうに尋ねてくる。
「何で自分を叩いたの?」
フェイはセドリックの顔を真っすぐに見つめた。
「何でも...何はともあれ!この再会にカンパーイ!!」
「俺だけ何も持ってないぞ?」
「とりあえずお前は、この感動だけ味わっとけばいいんだよ」
「感動の味ってどんなだ?」
いつもと同じ馬鹿真面目なゲイテンの反応が、いつも以上に面白く感じた。
フェイは笑いながら、そのままオレンジジュースを半分飲み干すとゲイテンに差し出した。
「こんな味!」
この時、数時間後に迎える日常の崩壊を知るものは誰一人としていなかった。
ただ”一体”を除いて。




