第21話
ユリウスside
「くそ……っ!」
重厚な執務机から鈍い音がして、イライラとした気持ちを吐き出した。
エリシアが攫われピアスの魔力も感知ができない。恐らく途中で外されたか、壊されたのだろう。
僕はこうなることを恐れていた。
コーネリア家には敵が多い。
それも、古くから王家に仕える公爵家で権力があるから、という理由だけではない。
影の支配者。
そう呼ばれるほど、コーネリアは他家の弱みを握っている。
王家の影を育てる役割も持つ僕らの家は、外交官として他国を回る傍らで情報収集も欠かさない。
幼い頃からそう教えられ、影と共に様々な仕事をこなしてきた。
隠密や尋問は当たり前で、話術や処世術まで学んだ。初対面で警戒心を解くための話し方や容姿を心がけていたし、少しの変化も見逃さないように常に周囲を観察していた。
僕にとってはこれが普通で、義務だった。
だから、エリシアには言えなかった。
聡い彼女の事だ。
僕が何をしてきたか、きっと分かってしまう。僕は平気で己の手を汚すことが出来る。
それだけではない。
彼女に対する態度が作り物だと、そう思われたくなかった。
だが、きちんと話して、もっと警戒してもらうべきだった。何よりも大事なのは彼女自身だったのに。
僕は優先順位を誤ったのだ。
「ユリウス様……っ!」
その時、コンコンと執務室のドアをノックする音が聞こえ、顔を覗かせたメイドに無言で先を促す。
「これを……。」
差し出された小さなぬいぐるみを受け取り確認する。薄汚れているが、特に変わったところもなく不思議な点などない。
しかし、今僕の前に持ってくるということは何かしら意図があるのだろう。
「これが?」
「いつの間にか屋敷に……奥様がいつも作られていたものに、そっくりで……。」
そう言ったエリシア付きのメイドに問いかける。
「いつも?」
「はい……産まれてくる赤子のためにと、お暇があれば作られていました。」
メイドはそう言うと、もうひとつ別のぬいぐるみを取り出した。
確かに、顔や体のバランス、手足の長さがとてもよく似ていた。布やボタンの素材は違うけれど、縫い目や作られ方は一緒だ。
「……エリシアだ。」
ぬいぐるみを操作する魔法。
あの魔法を知っているのは、僕と彼女だけ。
学生時代に研究した魔法。結局あの魔法は不便であると同時に、危険があるかもしれないと公にしないように、二人だけの秘密にしたのだ。
魔法の改良もできる彼女の事だ。
きっと、それを応用して僕の元にこれを届けた。
汚れたぬいぐるみに刃物を通す。
ビリッと音がして、中から出てきた紙を取りだした。
「……エリシアの居場所が分かった。」
彼女の書いたであろう文字をなぞって顔を上げる。
「エリオット!」
「……はい。」
そっと出てきたエリオットに紙を渡して命令する。
「この二家を徹底的に調べろ。特にこっち。そして僕は国境付近へ向かう。お前も付いてこい。」
メモを見て目を見開いたエリオットは、何かを察したのかすぐさま影を呼び指示をしていく。
まだ若いが優秀な影の総士である。あとは任せても問題ないだろう。
部屋を出てローブを着ると、屋敷を取り仕切る執事たちへ指示をする。
自身の準備を終え、玄関に向かうと既にエリオットが馬を手配し終え、出発の用意が整っていた。
「ユリウス様。こちらは完了致しました。」
「ああ。ありがとう。」
手網を受け取り頷く。
エリシアも戦っているのだ。僕が冷静でいなければならない。
深呼吸をして振り返ると、不安げな顔が目に入った。
「……必ず連れて帰る。」
エリシアを心配する使用人たちに宣言し、馬に飛び乗る。
「お気を付けて。」
投げかけられた言葉に強く頷くと、そのまま馬を蹴って走らせた。流れていく風に、どうか彼女が無事であることを祈り続けていた。




