約束の地
軌道エレベータの外周部分は巨大な荷物の運搬用となっており、人員と小型の荷物運搬は、内側のエレベータを使用する。
外周部分の乗り口は地上にしかなく、元々人間用ではないから、それなりの設備も備えられていない。
内側のエレベータには、トイレや簡単なキッチン、そして収納可能な座席が備え付けられ、快適に過ごせるようになっている。
なにしろ静止起動上の最上階までは、一時間近くもかかるのだ。ちょっとした小旅行に等しい。
いくつかある窓から、地上の様子がかすかに見える。
現存する人間でそれを見た者は神ただ一人。
緑の大地が広がり、そして遠ざかっていった。
天界の塔を形成するのは、およそ一キロメートル毎に設置された幅三メートルほどのリングと、強力なバリアフィールドだけである。
地上からの強力なエネルギービームにより、このリングにエネルギーを供給し、バリアフィールドを維持している。
内部は、地上まで常に真空に保たれ、その動きを妨げる物はない。
エレベータの内部を行き来するボックスは扇型をしていて、それぞれの通る道筋は決まっている。その道筋も、上り専用と下り専用に分けられ、運行される。
フレディ達の乗ったボックスは、半分をいくらか超えた時点で、くるりと回った。
減速するためである。
ボックスの中には、退屈を紛らわすための映写装置や、音楽などの演奏装置も備え付けられていたが、誰もスイッチを入れる者はいない。
ただ黙って、遅々としか進まぬクロノメーターの表示を見つめているだけであった。
一秒一秒が仲間の死につながるのだ。気が急いて、話をする気にもなれない。
死と隣り合わせだった地下にいた時の方が、ずっと気が楽だったように思える。
そんな生殺し状態も終わる時がやってきた。時は生きている限り進むのだから。
「準備はいいか?」
フレディの問いかけに、皆はうなずく。
最上階に停止し、無重量状態となったボックスの中で、彼らはゆっくり漂った。
腰にはボックスの中に用意されていたエアジェットを装備し、慎重に動く。
無重量空間に慣れた神でさえも、しばらくぶりであったため、その感覚を取り戻すまでしばしかかる。初めて体験するフレディとキャシディにいたっては、いうまでもあるまい。
まあ、エアジェットには、常に地球と反対方向に噴出する機能があるので、飛び上がっても必ず同じ壁面にもどれる。基準となる『床』があるため、方向を見失ったり、エアジェットを思い通り扱えず、じたばたすることもない。
ただしこのモードを使用すると、エアジェットを移動の目的では使えなくなる。つまり自分の足で歩かなければ前には進まないのだ。
フレディとキャシディは、そのモードを使い、神は『足』がないため、通常の手動モードにする。
「開けるぞ」
それは返事を期待した問いではなく、確認の言葉だ。
皆は武器を構え、不測の事態が発生した場合、素早く対応できるように、手足を座席や手摺などにからめていた。
神の予想によれば、最上階はガードマシーナの守備範囲ではないはずだが、用心にこしたことはない。いかなる知略をもってか、保護回路を回避する手だてを考え出したかもしれないのだから。
フレディが開閉ボタンにふれると、ドアはかすかな音を発しながら開いた。
幸いなことに、物騒な出迎えはなかった。それどころか、非常に静かだった。
明かりが付き、かすかに空気の流れがあるから、最上階がきちんと機能しているとわかるが。
彼らの出た所は、厳密にいえば最上階ではない。
この上にもいくつかの階層があるからだ。
ただしそこは、重量空間では製造できない機械や、さまざまな物質の精製工場となっていて、事実上の目的地はこの階である。こここそ、二百年以上の間、人類をコントロールしてきたマザーコンピュータが置かれている『天界』であった。
「こっちじゃ」
神はマザーコンピュータへつながる通路をゆっくり進む。
それに二人が続いた。
『天界』は半径二キロメートルにもおよぶ円盤であり、コンピュータルームは円盤の東側に収められている。
元々、天界の塔のコントロールだけでなく、全世界の計算センターも兼ねていたため、その規模はすさまじく大きい。地球重力下におけるコンピュータの総重量は一万トンにも達する。もちろんこれが無重量空間だからこの程度ですんでいるのであり、地上に建設した場合、それだけの重量を支える構造材も必要となるから、十数倍の重量とスペースを必要としたであろう。
「ここがそうか?」
フレディは、その扉に向かいつぶやく。
「とうとう来たのね、あたしたち」
最終目的地を目の前にした彼らの心中はいかなるものであったか。
幼きころからガードマシーナの襲撃におびえ、戦場に向かう両親を気遣い、変わり果てた姿となって帰って来た者を見て涙した。
二人は生まれながらにして、戦場にあった。
そしてそれは、今終わるのだ。
――いや、終わらせるのだ。
「いこう」
彼らは最後の扉を開く。それは未来への扉だったかもしれない。
マザーコンピュータ第一制御室。
それがこの部屋の名前であった。
『お待ちしていました』
彼らがその部屋に足を踏み入れた途端、女性の声で話しかけられた。
部屋の中央には、十七、八才くらいの少女が一人立っているだけで、他に人影はない。
「百年もな」
神は皮肉げな口調で、その少女に語りかける。
「じゃが、わしは帰って来た。おとなしく制御権を渡してもらおう」
少女はかるく微笑み、コンソール上にあるいくつかのモニターを指さす。
『もう制御権は、返してあります。ガードマシーナは動作を停止し、作業ロボット達が救出作業にあたっていますので、まもなく地下世界は開放されるでしょう』
モニターには停止したガードマシーナや、その周りで浮かれ騒ぐ兵士達。
それに爆破して破壊した通路の復旧作業等が映し出されていた。
「なぜ、今ごろになって……」
フレディのいい分も、もっともだ。
これほどレジスタンスを苦しめておいて、今になって全面降伏するというのだから、なにかふくむところがあると考えるのも無理はない。
『これは、貴方達の時間で百十二年の昔に立てられた計画通りの行動です。
軌道エレベータに乗り込み、ここへ到達した時点で、そのプランは終了しました。これより神の座は貴方達に譲り渡すこととなります』
「あんたは、知っていたのか?」
フレディは神に詰め寄る。
百十二年前とは、神がまだフィールドに捕えられる前だ。
しかし神は首を横に振る。
『彼はなにも知りません。きっと知っていたら、保護回路の強化を行っていたでしょう。ですから、私は貴方を凍結せねばなりませんでした』
少女は計画のすべてを語りだす。
人類、いや地球は、戦争により大きなダメージを受けた。多くの生命が死滅し、生き残ったものも、放射能により汚染され、正常な生態系を維持するのは不可能な状態にまでなった。
そこら辺は、神もよく知っていた。なにしろ彼自身もそれに加担したのだから。
塔で生き残った者達は、生存する生命や技術、情報などをかき集め、この地下世界へ運び込んだ。
巨大な閉鎖地区の一部には、これらが収められ、あるものは利用され、またあるものは、シンクロフリーザーで凍らされ眠ったままだった。
とりあえず人類の生存に必要な資材や機械、家畜などは、閉鎖地区の周りに新たな生活空間を作り、収めた。
これが初期の保護センターであった。
彼らはただ生きるために、そこで暮らした。
戦争のショックは、人類から生きる気力さえ奪い取ったのだ。
刺激の少ない、保護された生活は、人類の増員には貢献したが、それでは家畜同然でしかない。数こそ増えたものの、人間らしい生活をおくっているものなど皆無に等しい。
食べて寝て、気が向いたら散歩に出かける。
生活の面倒は機械達が見てくれるから、人間はそれに身を任せ、家畜並の生活を続けた。
この時、マザーコンピュータは、人類の生命力が低下していることを発見する。
人数こそ増えているが、それは見せかけの数字であった。
マザーコンピュータと、塔に住まう神達の御膳立てがなければ、一気に絶滅しかねないほど、無気力状態となっていたのだ。
コンピュータにあれをやりなさい、これをやりなさい、といわれなければほとんど動かないのではそれも道理だろう。
この状態を脱するには、思いきった手を打つ必要があった。
まず、少しずつ命令を増やしていく。
強制労働や、さまざまな事柄の勉強時間が追加され、自由時間は元より、トイレに行く時間や、食事する時間なども制限されていった。
やることが増えればからだがきつくなり、不満も芽生える。
命令を拒否すれば、食事が制限されたり、強制労働が増やされ、あるいはむち打ちなどの処罰が与えられた。
そうやって、できる限り自由を奪い、不満を募らせていく。
その一方で、保護センターとは別の区画に、未整備ながら、ちゃんと働けば生活には困らないだけの自由空間を建設した。
そこにはさまざまな植物を無秩序に植え、家畜を放し、いくらかの建設資材や、予備の機械などをちょっと頭と力のある者なら簡単に盗めるよう、各倉庫に蓄えた。
保護センターの仕打ちに我慢のならなくなった者達が、センターを抜け出し、ここへ身を落ち着けられるように。
締め付けがきつくなる度に、一人二人と脱走する者が現れはじめた。
最初のうちは定着するまでいかず、飢え死にしたり、センターに舞いもどってくる者ばかりであったが、センターと外とを行き来しているうちに、外で生きる術を身につけ始め、いつしかセンターに、もどらない者も出てきた。
ここまで来るのに、計画を発動してから実に三十年もたっていた。
非常に気の長い計画である。神はこの時すでに高齢で、不死ならぬ身では耐えられぬ時間だ。しかも脱落者がいく人もでるであろうこの計画を神が認めるはずもないし、認めたとしても、人間として耐えられるはずもない。よってマザーコンピュータは、次世代の人類が誕生するまで、神を凍結することとした。
コンピュータは神の居ぬ間に、人類を弾圧し、反発する者達をセンターからはじき出した。そこもまた彼女の手の中であったが。
自由空間に人間達が定着し始めると、やはり生活にも余裕が出てくる。
作業を分担し協力し合えば、効率がよくなるからだ。
それと同時に確執も出てくる。
取り分の大小や、作業分担の割合。そういったいさかいは、時には暴力で解決することもある。
裕福になりすぎれば再び無気力状態に陥る可能性があるし、確執が増えれば、お互いが殺し合う事態にもなりかねない。
そこで独立心とともに、協調心を芽生えさせるために、ガードマシーナによる弾圧を始めた。
共通の敵を作ることで、一致団結し、理不尽な扱いに怒りを感じる心を育てたのだ。
『これらの計画は、時には非道なこともあえてやらねばならず、頭で理解できたとしても心が拒否するでしょう』
確かにそうだろう。
そう神は思う。
凍結される前にこの計画を聞いていたとしたら、反対するのは間違いない。
生き残った者達が次第に無気力状態になっていっているのは、彼も気がついていたし、このままの状態でいけば、どのようになるか、シミュレーションを命じたのは彼自身であった。それなのに、その事実を胸の奥に押し込め、考えないようにしていた。単なる一つの可能性だと無理やり信じて。
「わしはその事実を知っていた。しかし、わしにはここまで思いきった判断はできなかったじゃろう。生き残るためには、それしかないというのに……」
神はうなだれ、そういう。
コンピュータは正しい判断で計画し、着実に行動しただけだ。
人間にある感情などという、やっかいなものに邪魔されずに。
『そして今、保護センターを飛び出した者は着実に増え、十分な知恵と力を身につけました。外で暮らすのに十分な』
皆の間に衝撃が走る。
「今、なんといった?」
神は自分の耳が信じられず、聞き返した。
『外です。――この百年の間、人類を昔のような強靭な生命体に復帰させるとともに、地上の浄化作業にあたっていました。遺伝子操作を可能とする装置を復元することにより、さまざまな特質を持った生命体を作り出すことができ、浄化作業を急ピッチで進められるようになったのです。
たとえば放射性物質や汚染物質を吸収し、体内に濃縮するもの。あるいは有害物質を分解するものなど。これらの生命体を地上や水中に放し、汚染物質を分解したり、分解が不可能な物を蓄える生命体には、帰巣本能を植えつけ、回収しました。
すでに二十年ほど前から、汚染状況は、一部を除き、生命に危険なレベルをはるかに下回っています。特に塔を中心とする、半径三十キロは森林が広がり、戦争前より豊かな自然があります。
自然の中で暮らす術を覚えた貴方々なら、そう苦労はなく移住できるでしょう』
スクリーンには、地上の様子が映し出された。
森林に草花。たくさんの動物の群も見える。
目を凝らせば、昆虫や小鳥が飛び交う姿も確認できる。
これらすべてが、彼らの物となるのだ。
「おおっ! これはすごい。まさか生きて再び、このような姿が見れるとは思わなかったぞ」
神は目に涙さえ浮かべ、その映像に見入る。
彼自身の――命令されたとはいえ――放出したミサイルが、地球の大地を焼き、えぐり、汚すのをその目で見、破壊されつくした地球に、生涯をかけて償おうと決意した神である。その心中はいかなものであったか。
『ここは貴方達の物。私も手を貸します。ともに手を携えれば、再び以前の繁栄を取り戻すのに、さほど時はかからないでしょう』
そう少女がいったその時、一発の銃声とともに、少女のひたいに穴があく。
『ナ…ニ……ヲ……』
それは壊れた機械のように――事実そうであるが――とぎれとぎれ言葉を発し、そして沈黙した。
コンピュータを意識させないための端末、それが彼女だ。
それが壊れたとて、たいした支障はない。
『なにをするのです?』
コンピュータは回路を部屋にある別のスピーカーに接続し、話す。
「キャシディ……」
フレディは、銃を構え無言で立ちつくす少女を見た。
「あたし、許せない。たしかにそれは必要なことだったかもしれないけど、あなたのせいでたくさんの人が死んだわ。友達と、お父さんお母さんまで……。どんなことしたって死んだ人はかえって来ないけど、あたしはすごく悲しかった。すごく憎かった。それを支えに今まで闘ってきたのよ。どんな理由があろうとも、あなただけは許さない!」
キャシディは、用意してあった爆薬を制御コンソールの向こうへ投げつける。
有機脳の詰まったコンピュータ本体へ。
「ばか!」
フレディは、顔中涙でぐしょぐしょにして立ちすくむキャシディを抱き抱え、主制御室を飛び出した。後に神も続く。
十メートルといかないうちに、『天界』が震える。
たった今飛び出してきたばかりのドアが吹き飛び、爆風が彼らをさらっていった。
重力的支えがなく、素直に爆風に押し流されたのが幸いし、それ程ダメージはなかったが。
『主制御脳に多大な損害が発生。各制御装置に異常動作あり。作業班は緊急作業手順に従い、速やかなる対応をされたし。なお、これは訓練ではない。……繰り返す…』
通路に警報が鳴り響く。
もっとも、それ以外なんら動きはない。
ここにはもう、作業班なるものはいないのだから……
「緊急制御用のサブコンピュータじゃな。こんな時代後れの対応をしているとなると……」
メインコンピュータの異常時に動作するサブコンピュータは、メインコンピュータとは別系統で動作する。
メインの異常で、サブにまで影響をおよぼさないためだ。
よって、ここ百年は、まったくメンテナンスされていないのだから、時代後れとなるのも当然か。
「マザーは『死んだ』のか?」
フレディはそう尋ねる。
「わからん。多少のダメージなら自己回復するが、それにも限界はある」
「もし自己回復ができなかったとしたらどうなる?」
フレディは冷静に状況を確認していく。
『天界』は人間から見れば巨大な空間とはいえ、宇宙的規模から見ればちっぽけな存在だ。その主制御脳が破壊されたとなれば、どうなるかわからない。
「最低限の生命維持関係の装置と、エネルギープラント、そして運行制御装置あたりはサブコンピュータでもなんとかサポートできるじゃろう。工場とか細かな施設は停止するが、特に支障はあるまい」
ただ、と神は続ける。
「あくまでそれは、わしがいた百年前の話じゃ。この百年でだいぶ重量配分や内部構造なども変わっただろうし、第一まったくメンテナンスされておらんはず。正常に動作するかどうかは、まさしく神のみぞ知る、じゃ」
「メンテナンスされていないとは、どういうことだ。自動装置がやっているんじゃないのか?」
「サブコンピュータとそれが制御する装置は、メインから完全に切り離されている。下にもあったじゃろ? 機械の手が出せない地区が……。それはここにもあり、主制御脳は触れないようになっておる。かといって、サブには、メンテナンス機能がない。人間の手で定期的にメンテナンスしてやるしかないんじゃ。別系統の装置と、保守方法により安全性を高めていたのだが、裏目に出たようじゃな」
緊急放送はいよいよ緊迫度を増していた。
『主姿勢制御装置異常動作。副姿勢制御装置、稼働率二十パーセント。出力不足により、基礎部分にひずみ増大中。危険レベルにある。消火装置作動不良。火災増大。作業班は延焼を阻止せよ』
「こんなことになるなんて……」
キャシディは、自分のしたことに恐れをなしてか、身を震わせる。
「ごめんなさい。かーっとなって、なにがなんだかわからないうちに、爆弾投げていたの……」
緊急を告げる放送に、熱くなっていた頭が急速に冷やされた。
「いい。お前がやっていなかったら、俺が投げていた。目的はどうあれ、あいつのやってきたことは許されることではない」
そう、彼もまた友人と両親を失っていた。
その怒りは彼女に勝るとも劣らない。
しかし怒りや憎しみだけではない。今後人間では感情が邪魔をし、判断がつかないことをコンピュータが代わって為すことがないといえるのか? またこのような非情な行動を取らぬと、だれが約束できるのか? キャシディとは違い、そういった事を冷静に考えた上での、判断であったが。
自分の運命は自分で決める。
機械などにいじくられたくはない。
それで滅びようとかまわなかった。
彼女らの手で保護されているうちは、家畜と同じであり、運命を預けている事に他ならないのだから。
“ひずみ増大。危険レベルにある。繰り返す、危険レベルにある。作業班は作業を中断し、至急退避せよ。すでに本体は分解を開始した。繰り返す……」
「そんなことをいっている場合じゃないようだ」
フレディは震える床を蹴って立ち上がった。
「こういう場合はどうすればいいんだ?」
「緊急用の脱出艇がある。それで外へ出るしかない。ここはもうすぐ分解するぞ」
エレベータは下まで行くのに一時間近くかかる。これでは緊急の場合には役に立たない。
「こっちじゃ」
神はエアジェットをひと吹かしし、先をいく。
それに続こうとして、フレディとキャシディが、おぼつかぬ足取りで、漂いだす。
そう、漂いだしたのだ。
「なにこれ!?」
しっかりと一方の床面に向いて吹き出すはずのジェットが、あらぬ方向に向いて彼らを振り回す。
「いかん! コントロール信号が切れたんじゃ。スイッチを手動に切り換えろ」
神の声に従い、二人は動作スイッチを切り換え、いったんパワーをゼロにする。
ステーション内で地球方向を知るために、基準となる弱い信号が出ている。
しかし、それも、主制御脳にダメージを受け、『天界』が分解しつつある今、信号もストップしたのだ。
「いいか、慎重にパワーを上げるんじゃ。自分の重心位置を考えてな」
神はそういうが、ほんの少し前に初めて無重量空間に来た身としては、そう簡単にできるものではない。
自分の意志とはまるっきり逆の方へいったり、くるくる回ったりして、いっこうに進めないでいた。
ステーション全体も激しい振動で、下手に触ろうものなら、どこかへ押しやられてしまう。
「キャシー! ベルトを外せ」
彼はそういいながら、自分のベルトも外した。
「なにをするんじゃ?」
神は彼の意図を図りかねて、尋ねる。
「俺達がこれを使いこなすには、まだまだ時間がかかる。しかし、今はそんな暇はない。ならば、慣れた者にひっぱっていってもらった方が早い」
「おおっ、そうか。そのベルトを貸せ」
神はフレディとキャシディの手から、ベルトを奪い取る様にひっつかみ、自分の腰に巻いた。
「よし、いいぞ。ベルトにつかまれ」
二人は神につかまり、三位一体となって進み始める。
破局までどのくらいの時間がかかるかわからないが、もう間近に迫っていることは、緊急放送で知れる。
彼らは、自分の運命と闘うため、最後の闘争を開始したのだ。