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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲


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36 盗賊の思惑

 ギザギ十九紀14年11月25日・朝、異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベント・第2小隊の依頼を受け、ショウたち五人は二手に分かれて盗賊の現れる村の監視へと向かった。

 ショウとシーナ、アカリの三名は拠点となるノサウス村から北のノノサス村に、ルカとマルは南のサノサス村へと進んでいく。

 ショウたちは正午を前にノノサスの麓にたどり着いた。しかし彼らは村へは入らず、東の林へと針路を変えた。彼らの目的は村の監視なので目立つわけにはいかない。村からつかず離れずの林から様子をうかがう。民家の密集するエリアがどうにか見えるので、何か動きがあればすぐにわかるだろう。

「――といっても、相手は盗賊っていうより空き巣狙いよね? 人が行きかうところなんて来るかしら」

 アカリは寒さに息を手に吹きかけた。コートに外套まで羽織っていても、末端の寒さは防げない。カバンから弓かけを出してはめる。連射や微細な射撃にむかないと、今ではまったく使わなくなっていた。持っていたのは記念としてである。

「そっか。空き巣狙いなら人通りの少ない場所か、確実に人がいない場所を狙うか」

 近くの木に寄りかかって座っていたショウが、わずかに体を浮かせた。

「でもさ、この村の村長さんのところもやられてるんだよね? コーヘイにもらった地図によると、正面の大きな家なんだけど」

 シーナがサト手描きのノノサス村地図をショウに見せた。余白に三頭身・擬人化ウサギのキャラクターが描かれており、ふきだしに村についてのコメントがある。可愛らしいうえに、絵がうまい。薬草採取で使った図解資料もサトが作ったのをシーナは思い出す。

 村長宅の周辺は、人通りが少なくはない。その往来の隙をついての犯行はかなり難しい。

「よっぽど村の事情に詳しいんだな。となると、やっぱり村の中に犯人がいそうだ」

 ショウの考えにシーナも「だね」と同意した。が、アカリの顔はさらに曇った。

「その地図、ちょっと見せて」

 アカリの要求に応じてシーナは地図を渡す。地図につけられた赤い×(バツ)印と数字を眺める。印の箇所が被害宅で、数字が被害日と被害額だ。

「……なるほどね」

 アカリは醒めた目でうなずいた。

「なにかわかったのか?」

「ン。……まぁ、予定どおり三日は張り込みましょう。あたしの勘違いもあるし。でも、おそらく何事もなく終わるわよ」

 その予測はあたり、ショウたちのいる三日の間に、事件は何も起こらなかった。


 ルカとマルもサノサス村の外れに陣を敷き、監視活動をはじめた。マルが適当に村を見張っているあいだ、ルカはずっと資料を読んでいた。

「それなんだよ?」

 開始30分で飽きたマルが、黙々と書類を読んでいるルカに訊いた。

「今回の被害についての調査書。一回目の事件から、最新までのね」

「そんなの借りてたのかよ。熱心だな」

「どうせ動けないなら考えていたほうがいいからね。推理小説とか好きだし」

 ルカはそういって、自分に違和感を覚えた。推理小説なんて好きだっただろうか。記憶があいまいだった。

「陰気な趣味してんなー。で、なにかわかったのかよ?」

「……え? あ、うん。だいたいは」

「マジか? 犯人は誰だよ!?」

 マルが乗り出してくる。それが事実なら、つまらない仕事を終わりにできる。

「それはまだ教えられないかな。三日間は様子を見るよ。先走って間違えたら、ショウに迷惑がかかるからね」

「あいつの迷惑なんて考えることねーよ」

 マルはそう言いつつも、見張り作業に戻った。

 彼ら二人も、それからの三日間を何事もなく終えることとなる。


 結果的に事件は起きなかった三日間ではあるが、各チーム内ではそれなりの出来事があった。

 ノサウス村のコーヘイたちは、ショウたちの成果をただ待っていたわけではない。日常に紛れ、村の巡回に力を入れていた。

 怪我人の手当てや、老夫婦に頼まれ出稼ぎに出ている息子からの手紙を読み、冬に備えた乾物を狙う野生動物の駆除、傷んだ家屋の修理など、村の雑多な小仕事を片付けていく。

 「治してくれてありがとう」と【治癒】をかけた少年が笑顔で走っていく。その子を連れてきた母親が子供に注意をして、それからコーヘイたちに頭を下げた。

「いつもありがとうございます。この村はあなたたちのおかげで助かっています」

「いえ、こちらこそお世話になりっぱなしです。この前もいろいろと差し入れていただいて、とても助かりました」

 コーヘイもお礼を返す。母親は恐縮して子供のあとを追った。

 その二人の背中を見送って、コーヘイはつぶやいた。

「やっぱりどう考えても、この村に犯人がいるとは思えないな」

 コーヘイの意見にサトが連動する。

「ですね。それに金品を盗んだのなら、それを使うはずです。急に羽振りのよくなった人もいません」

「そうだな。村人は除外していいだろう。とすれば、卑劣なヤツだ。絶対に捕まえてやる」

 決意を固めるコーヘイを、サトは好ましく思う。戦闘能力でいえば、コーヘイは第1小隊・隊長カッセや第4小隊・隊長レックスには及ばないだろう。しかし、サトはそんなものを求めない。この人柄に、ついていくと決めたのだから。


 張り込み初日の夜、ルカとマルは林の奥深くでキャンプを張った。あらかじめ用意しておいた折り畳みの黒いシートを木々に掛けてカーテンとし、光が漏れないようにする。

 暖をとるための焚き火も、なるべく枝で煙が拡散するような場所を選んだ。マルの【高熱付与】ならば光も煙も抑えられるのだが、いかんせん持続力がない。寝ている間に効果が切れでもすれば、凍死するであろう。

 買い込んでおいた携帯食で食事を済ませると、二人は手持ち無沙汰(てもちぶたさ)となった。そこでマルはルカと二人だけという機会を活かそうとした。「ちょっと相談あんだけどさ」と切り出す。

 星をボーっと見ていたルカは、「なに?」とマルに視線を移した。マルが神妙な態度をとるのは珍しい。

「戦い方、教えてくれよ」

 そっぽをむいて、ふてくされたように言う黒髪少年に、ルカは何度目かの感心をした。

「アカリに言われたのを気にしてるのかい?」

「……別に、そんなんじゃねーけどよ」

 マルは視線を合わせない。

 ルカは理由を問うのをやめ、現状認識をはじめた。

「マルはそこそこ強いと思うけどね」

「そこそこじゃダメだろ。あの女に全敗中だぞっ。クソッ……!」

 ヤツ当たりのように、焚き火に薪を投げ込む。

「なんでアカリに勝てないと思う?」

「そりゃ、魔法が当たらないからだろ。あいつ、なんだかんだすばしっこいし」

「それは逆に言えば、当たれば勝てるんだよ」

「わかってるっつってんだろ。けど、あいつだけの問題じゃねぇ。魔力が切れたら役立たずってのは本当だ。攻撃手段が何もねぇ」

「だから武器戦闘を習いたい?」

「おう」

 マルは真正面からルカを見た。やる気が伝わってくる。

「いい考えだけど、それは選択肢の一つでしかないんだよ? キミはもっと自分の力を信じるべきだ」

「なにかあるのか? オレが強くなる手段が!」

「だから今、話してるじゃないか。もうヒントはあげてるよ。自分でもわかってる。それを突き詰めていけばいいのさ」

 マルは顔をしかめ、ルカを睨む。

「わかんねーから訊いてンじゃねーかよ……」

「答えをあげるのは簡単だけど、本当にそれでいい? いいならぜんぶ教えてあげるよ。キミがアカリに勝てない理由も、キミの欠点も、能力をどう活かせばいいのかも」

「ぐ、ぬぐぅ……」

 そう言われると悔しさが湧いてくる。すべてを他人に頼って、それが自分の強さと誇っていいものかどうか。

 しばらく考え込んだものの、答えが出ない。悩んだ結果、手がかりを欲して『アカリに勝てない理由』だけを求めた。

 ルカは答えを欲したマルを馬鹿にするつもりはない。さきの言い草も、マルにだから向けたのだ。マルにはマルの、ショウにはショウに合った『やる気』の出させ方がある。マルは単純で短気なぶん、挑発に乗りやすい。そのかわり、負けず嫌いも同時に発動するので努力をするのだ。

「マルもアカリも遠距離が攻撃レンジだよね?」

「オレが魔法で、あいつが弓だからな」

「でも勝負がついたとき、彼女はいつもどこにいる?」

 マルはルカの質問に、軽い衝撃を覚えた。

「……オレの、すぐそば」

「うん。わかるだろ、その差が」

「ああ、すっげぇわかった。あいつ、遠くから撃ってりゃいいものを近づいて確実に仕留めにくるんだ。当然、距離が近ければ近いほど命中率は上がる……」

「そういうこと」

「けどよ、それならオレだって距離が縮んでるじゃねーかっ。なんで当たんねーんだよ!」

「当てようと考えて動く人間と、考えていない人間が同じ命中率なわけがないでしょ」

「そっか、そうだよな……」

 マルは気付かされ、落ち込んだ。

 ルカはそんなマルに優しくはなかった。

「ボクはアカリを尊敬している。なぜなら彼女はずっと努力をやめなかったから。ボクやシーナがショウを失ってすべてにやる気をなくしていたときも、投げ出さずに独りでがんばっていたんだ。その結果、彼女は今の強さを手に入れた。彼女に勝ちたいなら、それ以上の努力をすべきだと思うよ」

 それはルカの本心である。アカリには機会でもなければ言わないだろうが。

 また、ショウとアカリの関係を聞いたとき、ルカがあっさりと身を退いたのもそれが理由だった。ショウを誰よりも裏切らなかったのが彼女であったから、ルカは自分の負けを感じて引き下がったのだ。それは過大評価であって、彼女はどうしていいかわからない未来に迷い続け、弓を射るしかなかったのだ。それだけが彼女のできるたった一つの行動だった。すべては結果論である。

「オレは、魔法を覚えて天狗になってただけってことかよ。山狩りでちっとばかし戦果をあげて、イイ気になってたんだな」

「それはマルのいいところでもあるよ。でも、いつまでも手に入れたオモチャで喜んでちゃダメなんだよ。道具として、能力として活用してあげないとね」

「サンキューな、ルカ。なんかわかってきたぜ。もっとオレらしい戦い方を突き詰めたほうがいいってこったな」

「だからそう言ったろ? それと常識に捕らわれないこと。アカリが弓で近接戦闘するように、マルも発想を広く持ったほうがいい」

「おうっ。実は一つ思いついた! ちょっと相手してくれよ」

 落ち込んでいたと思えば、次の瞬間には元気を取り戻している。これぞマルだな、とルカは感心する。

「いいよ。でも、あまり大きな音は立てないようにね」

「おう、任せとけ!」

 そのあとすぐに、林の奥で火が燃えるような光と、爆発のような音が響いた。

 二人は慌ててその場を撤収した。


 同じころ、ショウたち3名は山小屋にいた。この季節には使われない林業の拠点小屋である。コーヘイから情報を得て、夜はここで過ごすと決めていた。

 運のいいことに、薪も大量に備蓄されていた。

 ショウは迷わず暖炉に火を入れた。夜も更けている。煙も村までは見えはしないだろう。

「シーナ、水をもらっていい?」

 ショウが棚から大鍋を降ろした。そこにシーナが【水生成】魔法で真水を満たすと、暖炉のフックに掛けて直火で湯を沸かす。

「便利だねー、水がいつでも出せるって」

 シーナは自分でやって自分で感心する。彼女は精霊属性が水のため、【水生成】魔法は得意中の得意である。通常の術師に比べて量も多ければ、マナの消費も少ないので、それこそ『湯水のごとく』鍋や桶を満たしていく。

「覚えくれてよかったよ。水の心配がないのは助かる」

「ルカに言われてなければ、まず覚えなかっただろうね」

「だよな。普通は攻撃魔法とか戦闘系を優先しちゃうもんな」

「うんうん。たまには役立つよね、あいつも」

 「たまにか?」とショウがツッコむと、「まぁ、そこそこ」とシーナは言い直した。彼女なりにルカの能力を認めているのである。

 湯が沸くとお茶を入れ、携帯食をかじる。残ったお湯は桶にあけて、タオルを浸して汚れや汗を拭くのに使った。

「さて、お腹も膨れたところで問題です。誰も来ない山小屋に、健康な若い男女3名がいます。このあと、なにをするでしょうか?」

 シーナがニコやかに訊いてくる。ショウとアカリは顔を見合わせ、異口同音で「寝る」と答えた。

「ちっがーう! 違う、違う、違うゥ! なにその健全な精神は健全な生活に宿るみたいな回答は!」

 シーナのツッコミは怒濤どとうであった。

「いや、単に疲れたから寝たいだけなんだけど……」

「本気でいっとるのかね、キミは!」

「急におっさん口調になられても」

「ふぬぅ……!」

 鼻息が荒くなるシーナに、「それじゃなにするっていうの?」とアカリが訊ねる。なんとなくわかるのだが、自分の口からは言いたくない。

「もちろん、これだよ!」

 シーナがカバンから掌にのる大きさの箱を取り出した。

「……トランプ?」

「うんっ。町を出る直前に買ったんだ。夜の娯楽の一つも欲しいじゃん!」

「そ、そう……。うん、いいんじゃない?」

「ああ、そうだな。トランプいいよな、トランプっ」

 アカリとショウのわざとらしさ漂う反応に、シーナの目が冷たい。

「……いったい何を想像していたのだね、キミたちは。今は仕事中だよ? そーゆーのは仕事が終わってからにしなよ。まったく、不謹慎極まりないですな」

「……」

 『そーゆーの』がどのようなものかはあえて質さないが、おそらくシーナの想像どおりなので何も言い返せない。しかし、トランプも仕事からかけ離れた立派な遊びではないだろうか。

「というわけで、大貧民やろう。中学以来やってないんだよねー」

 高校に友達がいなかったから、とは続けなかった。

「大富豪だろ?」

「どっちでもいいけど、8切りアリ?」

「え、なにそのルール」

 と、ルール調整でゲームが始まるまでに30分かかった。

 13ゲームほどすると、三人ともに疲れと飽きで集中力が落ちはじめ、さらにテンションが一番高かったシーナがもっとも早く寝落ちした。アカリがアクビをしながら彼女に毛布を掛けてやる。

「アカリも寝ていいよ。オレが見張りをしてるから」

「そう? それじゃ、適当に起こして。交代するから」

 ショウは「うん」と応えたが、アカリは信じていない。

「言っとくけど、起こさなかったら許さないからね? 自分一人ががんばればとか、そういうのはやめてよね」

「……お、おう」

「なによ、その間は」

 アカリは薄く笑って毛布をかぶった。

 すぐに寝息が聞こえてくる。旅の初日に、やはり緊張や疲れがあったのだろう。

 ショウは静かに薪をくべた。


 こうしてそれぞれの三日間が終わり、11月27日早朝を迎える。

「結局、何も起きなかったな。他の村は平気だったかな」

 ショウは山小屋での最後のお茶を飲み干した。

「連絡手段が何もないって不便だよね。戻るまでなんにもわからない」

 シーナがため息を吐く。現代日本なら何十キロと離れていようがすぐに連絡がつくのに、なんと不便なのだろう。

「急いで帰るとしようか」

 立ち上がるショウに、アカリが「待った」をかけた。

「ちょっと寄り道をするわ。朝ごはんはこの村でとりましょう」

 アカリの発言に、ショウもシーナも目を見張る。1テンポ遅れて「どうして?」とショウに問われ、アカリは顔を曇らせたまま答えた。

「気になることがあってね。探っておきたいのよ。あんたらにも協力してもらうわよ」

「それはいいけど、説明してくれよ」

「わかってるわよ。あたしの考えだと――」

 アカリが語ると、二人は驚くやら呆れるやらだった。

「まさか、なんでそんなこと……」

「それも予想はつくんだけど、その確証が欲しいからやるの。だから、いいわね?」

「……わかった」

 ショウは間をおいて応じ、シーナもうなずいた。

「それじゃ、堂々と乗り込むわよ。あんたらは適当に話を合わせてね」

 ショウたちは村に一軒だけあった酒場に入る。早朝にも関わらず店は開いている。唯一の飲食可能店とあって24時間営業をしているようだ。どの村も似たようなもので、朝の酒場は食堂として機能していた。食事をメインに提供する飲食店は、町はともかく村の規模ではほとんど存在しない。

「いらっしゃい」

 迎えるのは恰幅かっぷくのよい女性だった。これも多くの酒場で見られる光景だ。夜は店の男主人が酒場を仕切り、昼間は男主人の伴侶や間借りする女性が店を切り盛りする。

「三人なんだけど、食事はできるかしら?」

 アカリは物怖じせず適当なテーブルに着いた。店は閑散としており、他に客は二人しかいない。うち一人は朝だというのに酔いつぶれて寝ている。昨夜からの客だろう。

「スープとパンと卵料理なら出せるよ。一人50銅貨アクル

「それでいいわ。清算水晶球は使える?」

 女主人は「使えるよ」と端的に答え、食事の準備に入るべく奥へ消えた。

 酔いつぶれていない客は、異世界人が珍しいのかショウたちをチラチラと見る。アカリはうっとうしさを感じたが、態度にも出さなかった。

 しばらくして、両手にお盆を持った女主人がテーブルに料理を広げる。予告どおりのスープと目玉焼き、丸パンではなく厚切りの食パン。テーブルの真ん中に、自家製らしきジャムの大瓶が置かれた。

「異世界の人がこんな何もない村に何の用だい? 旅の途中かい?」

 女主人は単なる世間話のつもりなのだろう。アカリにとっては渡りに船だった。わざとらしい芝居をしなくて済む。

「実は、ノサウス村の異世界人管理所の依頼で、盗賊を張ってました」

「え?」

 女主人は驚き、起きていた客もビクリとしている。ショウとシーナも、事前に聞いていなければ腰を浮かせたことだろう。

 アカリは表面上なにも反応せず、澄ましたまま言葉を続けた。

「最近、この近辺の村で空き巣狙いが出没するそうじゃないですか。だからここ数日、村はずれで網を張っていたんです。でも、現れなかった。もう出ないかもしれないですね」

「そ、そうかい? それならよかった。安心して外に出られるってものさ」

 女主人は笑顔を浮かべた。が、声も表情もわずかに引きつっている。

「ええ、本当に。これでわたしたちは村を離れられます」

「ああ、あんたらの仕事が終わったってことかい? ご苦労様だったね」

「はい。ノサウス村に駐在している召喚労働者ワーカーたちも、今日明日にはナンタンへ帰ることになるでしょう。何せもう、脅威はないのですから」

「ノサウス駐在って、コーヘイさんたちかい?」

 女主人は早口で訊いた。

「ご存知でしたか。はい、彼らもこれにて撤収です。平和な村にいつまでも置いておくほど、人材に余裕はありませんから。盗賊騒ぎが終わって助かりました」

 黙り込む女主人に構わず、アカリは平然と食事を進める。ショウとシーナは胃が痛くなるような空気の中、食事を喉に押し込んでいた。

「では、あたしたちも帰るとしましょう。ごちそうさま、おいしかったです」

 食事が済むと、休憩もなくアカリは立ち上がった。ショウたちも慌てて追う。

「なぁ、こんなのでうまくいくのか?」

 店からだいぶ離れたところで、ショウがアカリに訊いた。

「かからなければ、あたしの勘が外れたってだけで村としてはよかったんじゃないの? 仕事は振り出しに戻るけどね」

「そうだけどさー、いくらなんでも疑い過ぎじゃない?」

 シーナは先ほどから何度も後ろをうかがっている。

「怪しまれるから前を見て歩きなさい」

 アカリは彼女に忠告し、早足で南に向かって歩いた。

 村の境界を越えたあたりで、アカリは背後を確認する。尾行はない。

 アカリに従い、三人は大きく迂回路をとって村へと戻った。

 誰にも気づかれぬまま、さきほどの酒場の裏手に接近したアカリたちは、窓越しに複数の声を聞いた。

「このままだとコーヘイさんたちが帰ってしまうぞ」

「また騒ぎを起こすしかない」

「だが、あの人からはそんな話を聞いていない!」

「確認する暇はない。すぐにでも帰っちまうんだろ?」

「ともかく足止めが必要だ」

「では、今度は誰に被害者を装ってもらう?」

「彼らが村を見張っていたのは事実だ。村はずれの人がいいだろう」

「じゃ、オレの家でどうだ? あそこなら――」

 一人の男が手を上げたとき、酒場の正面扉が大きな音を立てて開く。

「はい、そこまで。話は聞かせてもらったわ」

 アカリはドヤ顔で酒場に踏み入った。


 正午を前に、ショウたちは一人の客を連れてノサウス村の異世界人管理所へ帰ってきた。

 中にはコーヘイたち異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベント・第2小隊の面々と、南のサノサス村を見張っていたルカとマルがいた。

「ルカ、マル、早かったな」

「うん、早朝すぐに村を出たから。無事だったようだね」

 ルカの笑顔に、ショウは「そっちも無事でなりより」と応えた。

 コーヘイはショウたちの後ろにいる人物に驚いた。

「ノノサスの村長さん……」

 村長はうつむいたまま、申し訳なさそうな顔をしていた。

「……どうやら、ルカくんの予測が当たっていたようですね」

 サトが重く息を吐き出した。

「ルカの?」

 ショウをはじめ、全員の目がルカに向けられた。

「盗賊の犯人は村人全員。つまりはでっち上げだったってこと」

「そうよ。そのとおり」

 アカリが自慢げに笑んだ。

「なんでルカはわかったんだ?」

 ショウの質問に、ルカは机に置かれた資料を指差した。

「犯行が常に第2小隊のいない村で起きていたこと。犯行場所に人通りの多い場所が多数含まれていたこと。村人に危機感がないこと。最後に、騒ぎが起こった時期だね」

「起こった時期?」

「最初の犯行は10月20日。その三日前の10月17日に、第2小隊は異動願いを出しているんだ」

「あっ」

 コーヘイたちはメンバーを見回した。

「そうそう。オレが暇すぎるから違う土地に行きたいって言ったら、隊長が異動願いを申請してくれたっけ」

 レイジが発案者として挙手した。

「それがきっかけなんだよ。その異動願いの申請書を作成した人から話が漏れて、騒ぎがはじまった」

 全員の目が管理所唯一の職員、ゴダーに集まる。

 ゴダーは怯み、ノノサス村長と同様、うつむいてしまった。

「もちろん、以後も彼からの情報漏えいがあった。こんな近くにスパイいたんじゃ、捕まるものも捕まらないよ。そもそも、被害なんてなかったんだけどね」

「でも、なんで……?」

 コーヘイにはわからない。村人とはうまく付き合ってきたつもりだった。たがいに信頼関係があると思っていた。こんな嫌がらせを受けるいわれはないと信じている。

「だからきっかけは異動願いでしょ」

 アカリがノノサスの村長を前に押し出した。

 村長は「そうです」と認めた。

「なんで……?」

 コーヘイは繰り返すしかない。

「わかんないの? あんたたちがそういう人を疑うことを知らない、いい人たちだからじゃない」

 アカリの言葉にコーヘイたちは首を傾げる。アカリもそれで説明をやめるつもりはない。

「あんたたち、村のためにがんばってたんでしょ? 雑用だけじゃなく、出張診療までして。そんな奇特な人たちが今どきいる? とくに無償医療なんてどこ行ってもアリエナイわよ。そんな人たちがいなくなったら、村は大損だわ」

「大損って言い方はないだろ」

 ショウがアカリを諭す。

「言葉を飾ってもしょうがないでしょ。実際、そう思ったから三つの村全員で彼らを騙してたんだから」

「騙すなんて、そんな……」

 村長が抗弁する。が、かえりみて言葉に詰まる。

「思惑はどうあれ、騙していたことに変わりないわよ。それによってどれだけ彼らが胸を痛めていたかも知らないでしょ? 自分たちの利益を守ることばかり考えてね。そうやって村の人間は、ずっと人の厚意を踏みにじり、裏切ってきたのよ」

 手厳しいアカリの恫喝に、ショウたちから苦笑が漏れる。まことアカリらしいが、何もそこまでと思わずにはいられない。

「それじゃ、あとはコーヘイさんたちに任せます。オレたちは昼飯でも食べに行きますから」

 ショウはアカリの背を押して、空気の澱む狭い管理所を出た。シーナたちも続く。

 扉を閉めて、アカリ以外が深呼吸する。

「アカリ、無理に悪役になる必要ないだろ。もうとっくに村長さんは反省してたし、死体蹴りまでしなくても」

「は? 悪役ってなによ? あたしは本当のことを言っただけよ」

「はいはい。そういうことにしとくよ。おまえはいいヤツだな。あれだけ言えば、コーヘイさんたちも強くは言えないだろうし」

「だからあたしは――!」

 ショウの笑顔の前に、アカリは真っ赤になって反論しようとした。

「もういいってば。まずはご飯いこうよ」

 シーナに手を引かれ、アカリは仕方なく歩いた。

「あれ、どう見ても芝居じゃなくて本気だったよな」

 マルが呆れながらルカに言った。

「ボクもそう思うけど、ショウも彼らに劣らずいい人だからね」

「やれやれだ。つまらねー茶番のおかげで、とんだ時間の無駄を食ったぜ」

「そう? キミにとっては無駄でもなかったろ?」

 ルカに言われ、マルはしばし考えた。

「……そうかもな。この三日は、無駄でもねーか」

 マルは笑みを浮かべ、先を行くショウたちを追った。

「おい、待て、アカリ。あとで勝負しようぜ!」

「なによクソザル! まだあたしに勝てるつもりでいるわけ?」

 苛立ちのはけ口にアカリが叫ぶ。

「――って、今、マルがアカリって名前で呼んだよ!?」

 聞き逃さず、シーナが驚く。

「ふふん、ついにあたしのが上だって認めたのね。この三日、山で悟りでも開いてきたわけ?」

 アカリがニヤニヤする。

「現状でおまえのが強いのは認めてやらぁ。けど、それも今日までだ。オレが勝ったらマル様って呼べよな!」

「はいはい。せいぜいがんばることね」

 その余裕の笑みは、数十分後に凍りつくこととなる。が、全体から見ればそれは一時的なものであり、この日の勝敗は4対1でアカリの圧勝となる。だが、その一勝がマルにとってどれほど大きな物であったかは計り知れない。

 以後、マルはアカリのほうからケンカを売らないかぎり彼女を名前で呼ぶようになり、アカリのほうも『サル』はともかく『クソ』はつけなくなった。


 夕刻、ショウたちはコーヘイに呼ばれてノサウス異世界人管理所へやってきた。

「今回の件では世話になったね。まずは報酬の50銀貨シグルを受け取って欲しい」

「あ、ありがとうございます……」

 ためらったものの、ショウはコーヘイと握手をして報酬を受け取った。

 管理所受付にはゴダーの姿はなかった。

「ゴダーさんは……?」

「自宅謹慎してる。自分がしたことを管理局に報告してね。それがオレたちへの贖罪だと言ってたよ。……この盗賊事件はそもそも管理局には連絡がいっていなかった。異動願いも届けられていなかったよ。捕縛依頼書も引き出しにしまわれたままだった。ぜんぶ、オレたちをこの村に引き留めるためだそうだ」

 コーヘイは寂しそうだった。ゴダーには村に赴任して以来、ずっと世話になってきた。しかし、こうなっては管理所にはいられないだろう。

「ゴダーさんや村の人たちは罪に問われるんですか?」

「後日、召喚庁の調査係が来るからそれ次第だけど、おそらくは穏便に片付くと思うよ。オレたちも訴えるつもりはないしね」

「村人に対する恨みはないのかい?」

「ルカっ」

「いや、いいよ、ショウくん。聞きたいのもわかるから。……恨みはないよ。村の窮状も考えずに、無責任な異動を望んだのも悪いしね。こんなに必要とされてるとも思わなかったし」

「でも、それはそれでしょ。村のために犠牲になる必要はないと思うけど。キミたち自身の希望や未来はどうでもいいのかい?」

「どうでもよくはないけど、できることはやりたい。必要とされるなら応えたい。それに、任務が与えられると知っていて異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベントになったわけだからね。よほど人道に反しないかぎりは従うよ」

「そう」

 ルカは納得したわけではないが、これ以上の進展はないと判断した。彼自身はどこまでも利己的であった。セルベントとなったのも、好機に乗り辞めたのも、自分が楽しく生きるためだ。コーヘイとは交わることがない。

「今後はどうするんですか?」

 ショウの質問に、コーヘイは微笑を浮かべた。

「管理局から指示があるまでは現状維持だよ。ここでがんばるさ。村の人が受け入れてくれるならね」

「当分はギクシャクするだろうけど」

 レイジがため息を吐く。自分のわがままがこんな事件を起こすとは思いもしなかった。ゴダーには申し訳なく思う。

「オレたちはオレたちのできる形で村に関わっていくしかない。また、一からはじめるよ」

 コーヘイの決意に満ちた言葉に、サトたち第2小隊のメンバーがうなずく。そのつながりをショウはうらやましく思う。比べて、自分たちのパーティーはまだまだ絆が弱い。

 その後、コーヘイたちとともに夕食のため酒場へ向かう。すでに状況は村中に知られている。村人たちは彼らを遠巻きにし、コーヘイたちも困惑した表情で二階のロフトに上がった。先にいた客も、彼らを見ると頭を下げて席を立っていった。

 酒場の給仕でさえ、沈んだ顔で仕事に集中していた。注文をとると雑談の一つもなく階段を降りていく。その若い娘はコーヘイが気に入っており、いつもは馴れ馴れしいくらいだった。そんな彼女さえ遠慮がちにさせてしまうほど、空気が張りつめていた。

 重苦しい雰囲気に、コーヘイたちからため息がこぼれた。

「こっちは気にしていないといっても、信じてくれそうにないね」

「仕方ないですよ。悪気はなかったとはいえ、ボクたちを騙していたわけですから。バレた以上は気まずいのでしょう。罰せられると脅えているのかもしれません」

「それはわかるけど、このままはたがいに辛いところだな」

 コーヘイが困り果てていると、階段を上がって来る複数の音が聞こえた。

 ノサウス村、ノノサス村、サノサス村の村長だった。

 彼らはコーヘイたちに改めて謝罪を申し入れにやってきたのだった。その上で、今後も村に残ってもらえないものか懇願する。

「浅ましくも図々しいお願いですが、お聞き届けていただけないでしょうか。ご存知のとおり、村には医者がおりません。あなたがたの奇跡の力がどうしても必要なのです。それだけではなく、若い方がいると村が活気づきます。どうか、今しばらく、この地に滞在願えないでしょうか」

 深く頭を下げる村長たちに、コーヘイは戸惑う。

「オレたちはそれを決める立場にはありません。管理局から命令があれば従うしかないのです。ですが、それまではこの村にいますよ。お役に立てることがあれば何でも言ってください」

「許していただけるのでしょうか?」

「村の事情はオレたちにも充分わかっています。だからこそ微力を尽くしてきたのですから。また以前のようにやっていければいいなと思ってます」

 村長たちはコーヘイの手をとって礼を述べる。感涙までするので、コーヘイはいたたまれない。それほど大それた問題ではないと彼は思っているからだ。

 しかし、このような小さな村には死活問題である。医療ができる者、いざというときの戦闘能力を持つ者、町とパイプを持つ者、それらは村を支える大事な人材であった。そのすべてを兼ね備えるコーヘイたち異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベントは、もはや村には必要不可欠だった。いなかったころにはもう、戻れないのだ。

 そのあたりの事情はコーヘイにも何となくわかっていた。

「……もしオレたちがいなくなっても、またすぐに次が派遣されてきますよ。だから安心してください」

 村長たちはギョッとした。

「違う、そうじゃない。あんたらにいて欲しいんだ。あんたらだから村の連中も安心していられる。勝手を言っているのはわかっているが、どうか長くいて欲しい」

 先ほどよりも強く、サノサス村長がコーヘイの手を握った。節くれだち荒れた肌の力強い手だった。村を支えてきた働き者の手だった。

 コーヘイは情にほだされそうになった。そこまで望まれてイヤとはいえない。が、望むと望まぬに関わらず、そう長くは留まらないだろう。それが彼らの役割なのだから。

「……先ほどもいったとおり、それを決めるのはオレたちじゃないんです。だから、約束はできません」

「そうか……。無理を言ってすまないね」

「でも、そのお別れが少しでも先ならいいなと思います。この村の、一人として」

 コーヘイは不器用に微笑んだ。

 村長たちが帰ってすぐに、給仕がニコやかな顔で料理を大量に持って現れた。

「村からのオゴリだよっ。今日は遠慮なく食べていってね」

 村長から話を聞き、彼女は気分を持ち直したのだろう。いつもの騒がしい娘に戻っていた。しかもコーヘイにだけかさのある酒ジョッキと特別料理を置いていく。さらには「これからもよろしくね!」と笑顔でアピールも忘れない。

「あの、あからさまねぇ」

 アカリがその様子に苦笑する。隣のシーナを見ると、すでに料理にがっついていた。

「なに?」

「どこにでもシーナみたいなのはいるんだなって」

「なにそれ?」

 シーナは頬を膨らませる。それが口に入れた食べ物のせいかどうかはアカリにはわからない。

 「別に」といいつつ一同を眺める。ともかく悩みは消滅したので、皆の表情は緩んでいた。

 一際、柔らかい笑みを浮かべているのがサトだった。レイジに絡まれながら酒を飲むコーヘイを見て和んでいる。

 アカリは一人、納得していた。

「それじゃ、オレたちは明日、村を出ます」

 ショウが食事の終わりに告げた。旅立ちから四日目になるが、まだナンタンから20キロも離れていない。急ぐ旅ではないが、のんびりし過ぎていた。

「うん、いろいろありがとう。次はどこへ行くんだい?」

「トウタンに行くつもりですが、その前にレックスさんにも会っていこうかと」

「レックスさんに会うなら、ノノサスから次の分岐を北東に進むといいよ。今はボダイの町にいるはずだから」

「ボダイ? あれ?」

 ショウがルカに目を向ける。彼から聞いた村の名前と違う。

「言ったじゃないか、ボクの情報は古いって。異動があったんじゃないの?」

「なるほど」

 二人の会話を聞き、コーヘイが補足した。

「うん、二週間ほど前の管理局便りに書いてあった。ボダイはナンタンほどじゃないけど、大きな町らしいよ」

「町!」

 ショウは目を輝かせる。『村』ではなく『町』というのが想像力を刺激する。

「サウス領の東の関所でもあるんだ。それを抜けると、トウタンのあるイスト領になる」

 コーヘイの言葉にショウは唾を飲む。その先は言葉も通じない、本当の異世界の旅がはじまるのだ。

「わかりました、ありがとうございます。また明日の朝、管理所にあいさつに行きますね」

「うん、そうしてくれ。それじゃ、今日は本当にありがとう。おやすみ」

 コーヘイたちは席を立ち、階段を下りていった。階下から、村人たちが彼らに謝罪と感謝を告げる声が聞こえてきた。

 ショウたちは明日の出発準備を整え、久しぶりにベッドで眠った。


 11月28日早朝、もっとも早く目が覚めたのはアカリだった。起きるにはまだまだ余裕があったが、二度寝ができない彼女はベッドから這い出した。

「今日は歩くから、弓の練習をしてる暇はないか……。今のうちにこなしてこようかな」

 ふと思い立ち、着替えて弓を手にした。

 宿を出た瞬間、冷気に体が震える。アカリはベッドに戻ろうかと思ったが、頬を叩いて気合を入れた。日課をこなすのは自分との約束だった。ショウがいなくなってから立てた、たった一つの決まりごとである。それはショウが戻ったからといって破棄してよいものではない。

 アカリは宿の裏で薪束を的に練習しようとしたが、まだ日も昇りきっていないうちから騒音を出すわけにもいかない。あたりを見渡し、小高い丘を見つけた。そこは、村に来た翌朝にショウが選んだ散歩コースだった。

 細い道をゆっくりと進み、ツンとする冷たい空気を吸いながら頂上を目指す。

 と、音が聞こえた。聞きなれたものだった。一定のリズムで立ち上る、心地よい音。

 アカリの足は加速した。一気に丘を登りきり、そこにいる青年に見とれた。

 サトだった。

 弓を引き、矢を放つ。同じリズムで、同じ速度で、同じ動作を繰り返す。大樹に縛られた的板に、一瞬ごとに矢の花束が完成していく。

 矢筒が空になると、サトは一息ついた。

 そこでようやく赤毛の少女の存在に気付いた。

「おはよう、アカリちゃん」

「は、はいっ。おはよーございますっ」

 アカリは意識を現実に戻した。サトはルカに劣らぬ中性的な美青年であった。面食いの彼女はサトに一目惚れしたものだが、今はもう容姿にこだわりはなかった。それでも朝日に照らされ美しく弓を引く青年に、目が奪われるのは自然である。たとえ、真実に気付いていたとしても。

「アカリちゃんも練習かい?」

 サトはアカリの手にある弓を見て訊いた。

「はい。今日は一日歩くと思って、今のうちにと」

 アカリは未だ、サトの前では言葉遣いが安定しない。微妙な乙女心が働くのだ。

「アカリちゃんは練習熱心だよね。いつもいつも弓を引いて、一日も休まずに……」

 ショウが行方不明になったあとも、彼女は欠かさず練習を続けていた。それどころか、彼が死亡宣告された翌日にも異世界人管理局で矢を射っていた。自分が大切な誰かをなくしたとき、同じことができるかサトには自信がない。それがたとえ悲しみを払う代償行為や意地だとしても、できる気がしない。ゆえにサトはアカリを尊敬している。

「あたしにはこれしかなかったから。射ってるときだけは何も考えずにいられたから。現実逃避してたら、いつの間に日課になってた。それだけです」

「でも、報われたね。よかったね、ショウくんが帰ってきて」

「はい」

 アカリは素直にうなずけた。サトに対して意地や見栄を張る必要はなかった。

「だけど、それはそれで辛くはないのかい?」

「何がです?」

 アカリは理由が思い当たらず、首をかしげた。

「このまえ、見ちゃってね。早朝、ここでショウくんとシーナが仲良くしてるのを」

 この場所はサトの早朝練習場であった。あの日も日課をこなそうとやってきたところ、前方を走るシーナを目にした。その先に、ショウがいた。シーナの軽やかなフットワークに、サトは二人の関係に気付いて引き返したのである。

「ああ、それはチームの公認なんで。あたしは別に気にしてないです」

 まさか自分もショウとつきあっているとは言えない。

「そうなんだ。てっきりアカリちゃんもショウくんが好きなんだと思ってたよ」

「ま、まさかぁ!」

 アカリはギクリとしたが、平静を装った。

 が、装えてなかったようで、サトは口を覆って笑った。

「いいね、アカリちゃんは。素直で」

「……」

 アカリは真っ赤になり、沈黙した。

「……辛くない? 片想いって」

 サトが真面目に訊いてくる。それは彼女を心配してではなく、彼の中の迷いであるのをアカリは直感していた。ゆえに切り返す。

「あなたは、どうなんです?」

「ボク?」

 驚くサトに、アカリも真剣な眼を向ける。このさい訊いてしまおうと思った。興味本位だとしても、この人には相談役が必要だと感じたからだ。そして今を逃せば、次はないかもしれない。

「コーヘイのこと、好きですよね?」

「……え?」

 サトは呆然とした。

「それこそ見てればわかります」

 自信満々に言うが、彼女とてショウとのことがなければ気付かなかっただろう。自分の振る舞いから、他人の気持ちがわかるようになったのである。

「ボクは男だよ?」

 サトは困った顔で否定した。

「ルカだってショウが大好きですよ。性別なんて関係ない」

「ルカくんは知らないけど、ボクは――」

「それにサトさんは女じゃないですか」

「……!」

 サトはさきほどよりも大きく動揺した。

「元の世界では女ですよね? 大丈夫、誰にも言ったりしませんから」

 「……驚いた」サトは数秒の自失の後、息を吐いた。

「まさか、わかる人がいるなんて思わなかった……。これでもけっこう、うまくやってたつもりだったんだけど」

「昨夜、なんとなくわかったんです。あなたと同じように、誰かを好きでいるからだと思います」

 アカリも自分を隠すのをやめた。フェアじゃないと思ったからだ。いつでも正々堂々、真正面から行くのがアカリである。

「さすがアカリちゃん。認めるよ。わたしは日本では女だった」

「でも、性格はきっと今と大差なさそう。中性的で女の子にモテて、期待に応えようとしちゃう、女としては損するタイプ」

「キミは超能力者かい? 中高一貫の女子校でね、大学でもなぜかそんな扱いだったよ。長年の生活が定着したのかな」

「だからこっちでは、いっそ男でいようと思ったんですか?」

「うん、正解」

 サトは苦笑して、それから大きく息を吐いた。スッキリとした顔をしている。

「話したのはアカリちゃんが初めてだよ。ありがとう」

「なんでお礼を? どちらかといえば、正体を明かされて困るんじゃ……」

「たぶんどこかで、誰かに気付いてほしいと思ってたんだよ。それがアカリちゃんでよかった。思ったよりしんどくてね、秘密にしておくのは。だって、それこそ好きな人にも話せないんだから。いや、好きな人にだから、余計に話せないのかな」

 サトは寂しそうにつぶやく。しかし、嬉しそうでもあった。

「それじゃ、この先も黙っているんですか?」

「そうするしかないよ。今さら女なんて言ったら、みんな戸惑うでしょ?」

「それは……」

 明かしたところでどうにもならないのは、アカリにもわかる。それだけに答えようがなかった。

「わたしはずっと片想いのまま。男として生きていくのも難しいし、今さらに後悔してるよ。普通に女でいれば、こんな思いしないですんだのに。というか、わたしが男に惚れるなんて思いもしなかった。その点、アカリちゃんはいいな。いくらでもアタックできるんだから」

「ま、まぁ。アハハハ……」

 笑みが乾く。

「……その顔は、すでに何かあったね? わたしの秘密を知ったんだから、アカリちゃんも秘密を話すべきじゃない?」

 サトの眼が妖しく光った。

「な、なにもないですっ。あるわけないっ」

 あからさまな否定はサトを確信させた。

「言わないと襲っちゃうよ? 今、わたしは男なんだからね?」

 サトは楽しんでいた。なるほど、こういう遊び方もあるのかと新鮮に感じていた。今までよりも『男』を前面に出すのもいいかもしれない。

「やめっ。その顔で言わないでっ。自分でヤバイって感じる!」

 生来の面食いがアカリの中で鎌首をもたげる。サトは容姿も性格も理想であり、本気で迫られたら抵抗できる気がしない。

「なら言いなよ。大丈夫、ナイショにしとくから」

「その笑みは反則よぉ~!」

 アカリは涙目になって尻餅をついた。

 そこに、三人目の声が届いた。

「なにが反則だって?」

「ショウ!?」

「やぁ、おはよう、ショウくん。ちょっとアカリちゃんと勝負をしててね、ズルをして勝ったところ」

 サトは平然と適当な嘘をついた。彼からはこちらに歩いてくるショウの姿がずっと見えており、わかったうえでからかっていたのである。

「さすがのアカリもサトさんには勝てないんだな。ほら」

 ショウがアカリに手を差し出す。彼女は真っ赤になりながら、その手をとって立ち上がった。

「それじゃボクは先に戻るよ。いい練習になった。ありがとう、アカリちゃん」

 サトは矢を回収して丘を下っていった。晴れやかな笑顔だった。

「でも、アカリがあんな声を出すなんてな」

 ショウがからかうように笑う。

「ウルサイっ」

 アカリはショウの腕を引いて寄せ、そしてギュッと抱きついた。

 シーナがときどき言う、意味不明なセリフが何となく理解できた。不足していた『ショウ成分』が満たされていく気がした。

 村の大通りへと戻ったサトは、知っている声であいさつを受けた。

「おはよー、サト」

「おはよう、シーナ」

 明るい声の主は、夏が始まる直前まで薬草採取作業でともに働いていた少女だった。ショウの事故以来、まともに話すのは久しぶりだった。サトは直後にコーヘイに誘われるままセルベント小隊に参加し、訓練所へ入った。訓練終了後はすぐにこの村へ派遣され、別れのあいさつすらせずにいた。そのころのシーナはアカリともうまくいかなくなっており、ダイゴという後輩とともに歩むようになっていた。それはまるでショウの影すらも切り捨てるような行動だった。サトやコーヘイは彼女にかける言葉がなかった。そうやって振り切らねば、生きていけなかったのだとわかるからだ。あきらめるのではなく、秘めるのでもなく、切り捨てて生きるしかなかったのだと。

 それが今は以前の彼女のまま、それ以上の喜びに溢れた表情を浮かべている。

「アカリかショウを見なかった?」

 シーナに問いかけられ、サトは言葉に詰まった。答えていいものか、迷う。どうやらショウを中心とした三角関係であるのが何となくわかったからだ。ここで二人の居場所を伝えたら、シーナがどんな行動に出るかわからない。サトは元が女性なので、シーナやアカリの味方である。二股をかける男など言語道断だった。その点で、彼はショウを見損なっている。それまで高く評価していただけに、女性に対するだらしなさ、あるいは狡猾さが許せない。二人を守るのであれば早めに事実を突きつけ、多少でも傷が小さいうちに別れさせるべきではないだろうか。

「……二人であの丘にいるよ」

 サトが不機嫌に告げると、シーナは「そっかー」と軽く受けた。

「じゃ、しょうがない。宿に戻ろっと」

 「え……?」サトはポカーンとする。

「いいの? 二人にしておいて?」

「え? うん、いいよ? なんで?」

「いや、ボクはてっきり、シーナとショウくんが付き合ってると思ってたんだけど。さらにシーナに内緒でアカリちゃんも……」

「あー!」

 シーナは気付き、声を上げた。またやってしまったと頭を抱える。彼女も正直すぎるのである。

「その様子だと、何かありそうだね?」

 アカリに聞きそびれた答えが得られそうだった。

「ううん、ぜんぜんっ。ナニモナイヨー?」

「今ならここだけの話にしてあげる。じゃないと、みんなに怪しいと言いふらしちゃうよ?」

「サト、なんか性格変わってるよ……?」

「キミにいろいろあったように、ボクにもいろいろあったんだよ。さ、話しちゃおうか」

 脅えるシーナに、サトは詰め寄った。

 シーナは屈した。簡潔に三人の関係を告げる。

「……ずいぶん思い切ったことをしたものだね。でもこの先、うまくいくと思ってるのかい?」

 サトは呆れるやら、驚くやらだった。一方で、三人が日々を謳歌しているのがわかる。となれば、サトといえど多少はやっかみたくもなる。

「先のことはいいんだよ。わたしは一生、ショウに会えないと思ってた。未来なんてどうでもよくなったときもある。でも、今、ショウがいてくれる。これ以上はないんだよ。将来、ショウがわたし以外を選ぶとしても、今という時間があったことがわたしを支えてくれる。今度は後悔しないでいられると思う。それはアカリも同じ。アカリにも後悔するだけの日々をおくって欲しくないの。だからわたしは三人で幸せになろうって呼びかけた。せめて今だけでもいいから、幸福な時間を積み重ねたいの」

「……!」

 シーナの恥ずかしくも幸せそうな表情に、サトは心を打たれた。シーナはふざけているわけでも、仲間内の不和を恐れているわけでもない。純粋に幸福だけを求めているのだ。人生をハッピーエンドで終わらせるために試行錯誤している。その覚悟が、彼女の笑顔だった。

「いつか、サトにも好きな人ができるかもしれない。そのとき、きっとわかってもらえると思う。未来よりも大切なものが、今、あるんだってことを。わたしにとってそれが、ショウとアカリなんだよ」

「……ありがとう、シーナ。ボクも、覚悟が決まったよ」

「え、もしかして、誰か好きな人がいたの!?」

 サトは答えず、穏やかな笑みを浮かべた。

「えー、ズルイー! こっちに言わせるだけ言わせて、そっちは笑ってごまかすつもりー?」

「うん。ボクはズルいんだ。だから、ずっとナイショにしておく」

「ぬぬぅ……」

 シーナは納得しかねたが、追求はやめた。その爽やかなズルイ笑顔の前には、何も言えなかった。

 8時を少し回ったころ、ショウたちはコーヘイたちに別れを告げて村を出た。再会を約束し、五人は歩き出す。

 次の目的地は異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベント第4小隊が待つエリアだった。


 ……今回の盗賊偽装事件に対して、異世界召喚庁は村長を含めた村人たちに厳重注意のみで済ませた。

 異世界人管理所のゴダーも、コーヘイたちの擁護を受けて三ヶ月の減棒処分で終わる。この破格の処分には、異世界召喚庁の人材不足が関係している。異世界召喚庁の存在自体を疎ましく思う者は多く、そのため、役職につきたがる者がいない。命令でどうにか従わせている状態だった。そんな窓際部署のさらに下層役人に貴重な人材を割くことを嫌がり、上層部は恩着せがましく『これで勘弁してやるから一生そこにいろ』と言ってきたわけである。

 これに対し、ゴダーは不満を漏らすどころか嬉々としていた。

「この村も、この仕事も好きだからね。今後ものんびりとやらせてもらうよ」

 彼が盗賊事件の片棒を担いだことからもわかるように、その言葉に嘘はない。栄達を望むような覇気も能力もない。彼は自分を理解しており、役目も理解していた。この生き方に不満もなかった。彼はいつもの席でいつものお茶を飲み、いつもの友人たちといつもの話をする。それで充分、幸福であった。

「それじゃ、出張診療に行ってきます」

「いってらっしゃい」

 ゴダーは笑顔でコーヘイたちが出発するのを見送った。

 今日も一日、平穏がはじまる。

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