第10話 あきらめなければ光さす
「これが最後の回復薬……、これで私のできることは無くなった……」
しのぶが悲しそうな声で手当てする。
既に逃げ回り続けて4日。見えないラフキヤとどこからとも無く飛んでくる炎攻撃に神経をすり減らしながらも、何とかここまで全員生き残ってはいる。
現在は12人全員が少し大きめの洞窟に避難している。
大量のスケルトンラフキヤ、ジンエン、クサブエはいずれもやっかいだが、ラフキヤ、ジンエンは移動速度には優れておらず、クサブエは単独での戦闘能力は低いので1人では動かないため、それだけが救いではあった。
とはいえ、倒しても倒しても無数に出てくるスケルトンラフキヤが最前線に出てきて、ジンエンは遠距離からの攻撃をしてくるので、全くこちらからの友好打がない。
それでもここまでしのげてきたのは、隆の鑑定力、裕子の防御力、そして和美の突破力である。
鑑定力で敵の動きを読み、シールドで攻撃を受けて、ラフキヤを唯一すばやく倒せる和美の実績が大きい。
そして、それを支えたのは、ヒーラーのしのぶである。
しのぶの能力は、回復薬を効率よく高い効果で適切に使えるものだが、これは彼女の技ではなく、もともとの能力なので、MPの消費がない。
たとえば、少ない回復薬で多くの回復をしたり、HPだけを回復する薬で、MPや状態異常も治したり、その逆も行ったりと、かなりの活躍だった。
裕子はいつでもシールドを張れるように常に一定のMPのキープが必要だったし、一応回復もできるとはいえ、本職ではない大志と武は回復力に対してのMPの消費の効率がよくない。それならば、少しでも戦闘に使ったほうがいいので、実質回復は彼女1人で行っていた。
盗賊の小海のものひろいスキルで道具を拾ったり、ランダム要素は高いがうまくいけば周りに良い効果を与える占い師の幸絵が必死にフォローはしていたが、この2人は切羽詰った状況では乱用はできず限界があった。
「いや、ここまで良くやってくれましたよ……。誰も倒れてないのは船田先輩のおかげですよ……」
「でもまずいね……。私のシールドも後2回くらいが限界だし、まともに戦えそうなのはもう本当に近藤君だけよ……」
しのぶは回復薬が0個になってしまったので、拾わない限り無力。回復ができないとなると、リスクの高いことはできないので、盗賊と占い師は本当に切羽詰るまで使えない。
大志と武の魔法使いコンビもほぼMP切れ。銃使いの光弘は戦えるが、対象のラフキヤが耐久性が高いうえに、サイズが小さいのでなかなか当てれない。
弓使いの良樹は矢がもうほとんどない。剣士の卓也と格闘家の順二は最前線に出つつけているので、HPの余裕が無い。
隆は攻撃手段が暗殺向きなのだが、一撃で倒せないラフキヤが相手だと難しい。
よって、最も戦いながらも、長いリーチを生かしてペース配分をうまく行ってきた和美が最も余裕がある状況だった。
「俺が最前線に出て戦います。だから皆は無理しないでください」
和美が洞窟の最も外側に行って、警戒をし続ける。
「もう無理なんじゃないかな……」
誰がつぶやいたかは分からなかったが、偶然にもそのタイミングでは誰もしゃべっておらず、響いてしまった。
「……回復もできなくなったし……、全然キリがない……」
「食料も限界だしね……」
そして、あえてだれも言わなかったことが聞こえてしまうと、一気に皆が言わないで思っていたことがあふれてしまう。
終わりの見えない戦いなのに、自分達の道具や持ち物がそこをついてしまったと言うのは、彼らの精神に甚大なダメージを与えるのには十分すぎた。
これは彼らが高校生であり、この世界に来てからも対した戦いをつんでいないことが原因である。
ドルツももっと身近なところで訓練を積ませるなり、誰か引率をつれてくるなり何らかの対策をしていなかったのも痛かったといえば痛かった。
「ふー、もう一気に特攻しちまわないか……」
そうつぶやいたのは順二である。好戦的な彼もさすがに参っているようだ。
「特攻しても勝てませんよ……」
和美がそう反論する。
「だが、このままいたら、苦しんで死ぬだけだ。だったら、一か八かでも全員で特攻してジンエンとかいうやつを倒したほうがいいだろ!」
追い詰められて順二もやや無謀なことを言う。
里香の防御力で何とか低ダメージで済み、裕子のシールドでもギリギリこらえるものを、攻撃しながらこらえることなどできるはずはないのだ。
しかもジンエンの底が全く知れていない。正直半数は死を覚悟しなければならないし、ジンエンだけでなく、魔物を生み出せるクサブエもその後倒さねばならないのだ。どう考えても無理なのである。
だが、順二の思考はそこまで異常なものではない。
人は究極に追い詰められたときは、無為に耐えることができない。絶望に耐え続けて頑張ることは正直大人でも難しい。絶望の空気感に堪えながら生き続けることよりは、わずかな希望にすがって死ぬほうがらくだとすら思うのである。
現に、順二の意見にひそひそ声ながらも賛同する意見が出始めている。
実はこういうときに、里香の存在が大きかったのである、
里香はおっとりしていて内気であり、一般的に言われるムードメーカーとは異なるが、やや活発なメンバーが揃う中では、広い視野でものごとを見れる人間であった。
同じく慎重派である和美は、最年少で考え方の違いで揉めることもあったが、そこに里香が同調することで、彼女の親友である裕子が賛成するため、結果的に和美の意見がまとまりやすくなる。
ここでも、里香がいれば間違いなく特攻の意見はすぐに却下されるはずであった。
彼女は定義されるムードメーカーとは異なるが、空気感を変えることがその定義に当たるなら彼女はそういわれる立ち位置とも言えるのであろう。
和美は全力でその空気感を変えようとしたが、その流れを変えることはできそうになかった。
和美が最年少でもある程度カリスマがあったのは、戦闘力が1番あったからというのも大きい。いくら判断力に優れていても、やはり目に見える部分で勝っていないと、年長者としては従いにくいのであろう。
ドゴォォォンン!
「わぁ!」
「きゃあ?」
そんな複雑な空気が流れている中、突如目の前で爆発が起こり、全員が虚をつかれる。
「うらぁ!」
否、唯一気を張っていた和美は飛んできた石をはじき、ラフキヤを倒す。
和美の特性である連続は短時間で連続攻撃を放つことができる。1回で倒せないラフキヤをあたかも一撃で倒したかと錯覚するようなすばやい攻撃。ラフキヤに明確にダメージを与えられる技である。
「ぐわっ」
「先輩達! みなさん!」
しかし、和美は効率よく敵を倒せても、見えないラフキヤを全て裁くのは難しい。洞窟の中にラフキヤが何匹が進入し、攻め込まれてしまう。
既に回復薬を失っているので、ダメージや状態異常は死活問題でもある。それ以上に、心が弱くなったところでの不意打ちになかなか切り替えることもできない。
「うう……」
そして順二を筆頭に皆恐怖する。死が現実味を帯びてきたからである。
さきほどまで一か八かの特攻を考えていたとは思えないが、死が身近に迫るとそう言うわけにもいかない。
「あきらめないでください!」
しかし和美は止まらない。圧倒的な集中力で見えないはずのラフキヤを倒す。
「江戸先輩! 戦えない人のためにガードをお願いします。戦える人はなんとかこらえてください!」
「え、ええ」
呆けている裕子は急いでシールドを展開し、まだわずかに戦える良樹、卓也、光弘、順二はせめて侵入者だけは阻もうと陣形を整えた。
ゴォォォォォォ!
「うぐっ!」
またどこからとも無く現れる火柱をなんとか槍ではじく和美。
「しぶといですね……。もう可能性なんかないでしょう」
感嘆と呆れの入り混じった表情でジンエンがつぶやく。
「あいにく、そう言うわけにもいかないんです。可能性はありますので。1人この塔から逃げれた人がいますからね」
「なるほど、それがあなたたちの心のよりどころですか。正直誰を連れて来ても、死人が増えるだけだと思いますがね。いえ、そもそも来ないのでは?」
「なぜです?」
「どうして今私達があなた達を攻めたかわかりますか? 確かにあなた達が成長しきる前といのもありますが、現状ドルツにはここに来れるほどの人材を送る余裕がないんですよ。だから誰もつれて来れないのです」
ジンエンがわざとらしく大きな声を出し、それは間違いなくメンバーの耳に入ってしまった。
和美の後ろで更に絶望の空気が広まったのが分かる。
「死は恐ろしいですよね。もしよろしければ、殺さないであげてもよろしいですが?」
「何?」
さきほどまで殺しにかかってきたとは思えない提案に和美は首をかしげた。
「正直あなたたちのことは舐めていましたよ。ほぼ実戦経験の無いあなたたちがここまで粘り続けるとはね。取るに足らないなら殺してもよかったですが、味方につけても面白いと思いました」
「俺達が協力すると嘘をつく可能性があるでしょう」
「もちろん逆らったら首が吹っ飛ぶような契約はさせてもらいますけど」
「そんなの奴隷ですよね。お断りですよ!」
和美が全否定するが、どうも後ろの空気感がおかしい。
「……それでもいいんじゃないか……」
「とりあえず、生き残れば……」
「死んだら終わりだもんね」
どうもジンエンの提案に乗りそうな空気感が出始めたい他のだ。
「み、皆さん?」
和美はそれに動揺した。
「後ろの方の意見が正しいですよ。もし今後誰かが私達を倒してくれば、その契約は自動的に解除されます。ここで拒否すればあなた達は死ぬだけです。さて、可能性の話をするならば、どちらが正しいですか?」
さきほどの可能性の話を逆に持ち出されて、和美は反論ができなかった。
既に後ろのメンバーは完全にあきらめている。
「それでも……、俺は戦います」
それでも和美は折れなかった。
「……死を恐れないのですか?」
「いいえ、とても怖いです。でも自分は絶対に戻ってくると言った軟田先輩を信じます。そして、俺が正しいと思ったことを信じます。それを裏切ってまでは生きたいと思いません」
それは一切の迷いを振り切った覚悟の言葉。
「おい! お前何を……」
「すいません皆さん。これは俺の我がままです。俺が死んだら、皆さんは自由にしてください。でも、俺が死ぬまでは、戦えなくてもいいので、せめて心折れないでください。ジンエンさん、1回俺とだけ戦ってください、それまでは俺だけを狙ってください。俺が死んだら後は皆に意見をゆだねてください」
「……いいでしょう。あなたこそできるなら味方にしたかったですよ……」
そのジンエンが残念そうなのは間違いなく本心であろう。
彼は間違いなく召還された勇者そのものであり、誰も反論はしなかった。
ゴォォォ!
「ぐっ!」
ジンエンがこれまでしてきた攻撃は、特定の誰かを狙ったものではなかった。今回初めて特定の誰かを狙った攻撃は威力が高く、受け流しきれないでそのまま転がる。
「うまいですね。1回でも直接的に受ければアウトなんですが、全部衝撃をうまく殺されてますね」
「お褒めありがとうございます。やぁぁ!」
そして事実上はじめてジンエンに攻撃をしかけた。
「おっと?」
ジンエンは圧倒的な攻撃力があるが、移動速度は遅い。槍使いとして高いリーチとすばやさのある和美の攻撃に一瞬ひるむ。
ザクッ!
「ぐっ?」
そして、槍はわずかにジンエンの指先を傷つけることに成功した。
「まさか……ダメージをもらうとは……」
「俺の特性ですよ。貫通のスキルと、誠実のスキルです」
貫通は名前のとおり、相手の防御をある程度無視できる技。そして、誠実は単独でいろいろな効果があり、そのうちに、1体1の正々堂々とした戦いで能力を上げ、状況が危険なほど攻撃力もあがる。
覚悟を決めた和美はジンエンの想定異常に強かったのである。
「フフフ……、新米勇者にここまでされるとは、油断していましたね。では私も答えましょう!」
ずっと指で攻撃していたジンエンが右手を完全にこちらに向けた。
「食らいなさい!」
ゴォォォォォォォォォォォォ!
「うぐぐ…………」
今までの細い火柱ではない。大きさが10倍以上になった強烈な一撃である。
ドーン! ドッ!
「グハァ!」
一瞬持ちこたえたが、あまりの威力に槍そのものが霧散し、直撃を受けて吹き飛ばされた。
「……これを受けて息がありますか……、なんとまぁしぶとい……」
全身に大ダメージを受けながらも、まだ和美には息があった。
槍が霧散したときの衝撃で体がひねられ、炎は全面ではなく、背中に当たっていた。
背中には予備の槍を2本背負っており、1本が霧散したが、その分直接受ける衝撃が下がり、絶命に至らなかったのである。
しかし、槍の無かった部分は焼けどを負い、痛々しく赤色になっていた。
「和美!」
「和美くん!」
何人かが身を乗り出して和美に呼びかける。
「うぐぐ……、さて、俺はまだ死んでませんから……続きを」
それでも和美は立ち上がる。筆舌しがたい痛みをこらえ、何とか残って長さが半分になった槍を杖代わりにしながらである。
「……致命傷でしょう……」
「いえいえ、あきらめたら終わりです。1秒でも長く持ちこたえれば可能性はあがります。人間として生きる可能性が」
「まったく……、じゃあ最上級の技でしとめてあげましょう」
そして今度は両手で構える。今度こそは本当に殺すつもりでの一撃だ。
ボォォォォォ!
次の瞬間和美が黒墨になる光景を想像してほぼ全員が目を覆った。
カキン!
「……カキン?」
しかし彼らの耳に届いたのは、明らかに聞こえるはずのない音であった。
和美が槍ではじいたのだろうか? しかしそんな余裕はないはず、目を開けると、目の前には白いもやが漂って、視界不良になっていた。
「い、いったい何が?」
ザクザクっ!
誰もが困惑する中、次に聞こえたのは何かを切り裂く音。
「な、なんだなんだ?」
「……誰かいる……、5人誰か……増えた」
「5人?」
隆が鑑定で新たな参加者を示したが、誰も困惑したままである。
「おい、霧が晴れていくぞ……」
彼らの目に入ったのは、自分達の目の前で長い爪を舌で舐めている猫耳少女、少し身長の大きなシスター、スタイルのいい魔法使い、そして、和美の前で大きな剣を盾に持ちなぜか狐を頭に乗せた全体的に藍色の少年だった。
「全員生きてんだな。これで面倒なことにはならなさそうだな」
その面倒くさそうな声、気遣いのない台詞、彼と同じクラスなら間違えることはない。
「え? 若松くん? それに歩ちゃんも?」
しばらく顔を見せなかった2人の登場にそこにいる全員が驚きを隠せなかった。




