第9話 航路
「なるほど、それでドルツに戻ったはいいけど、協力をもらえなかったのか」
「……うん」
「でもなんでシュヴァルツヴァルトブロートで倒れてたのっ」
「それは、助けを求めて奔走してて……、回復とか食事とか忘れてて……」
ベルナリンプに向かう途中に、里香から詳しい事情を聞く。
「また四人衆か……。しかもクサブエはまたか」
「え、若松君は知ってるの?」
「ああ、クサブエだけだけどな。タニアであったことがある。あいつと同格がもう1人か」
とはいってもクサブエも謎の多い敵で、魔物を生み出す以外にも、結界まで作れるとなれば、まだまだそこが知れなかった。
「坊ちゃん! 速度は大丈夫かい?」
「はい、こんなもんでいいです」
「うう……船ははじめてです。何か気持ち悪いです」
現在ニ一たちは、ドルツの東の海を船で進んでいる。
「大丈夫……? ロッテさん」
船に乗りなれていないクレアロッテは完全に船酔いになっており、里香の膝の上で倒れていた。
さて、なぜ彼らが航路を進んでいるのか。これは、ラルフの協力を得ているからである。
「エリカ、何かドルツを通らなくても、アレンのほうに行く手段ってあるか?」
少し前、エリカにニ一は相談していた。
「お金さえあれば、ラルフは話を聞いてくれますよ。ちょっと連絡してみましょうか?」
するとエリカは何かノートを出して書きはじめる。
「何だそれ」
「マジックノートって言います。2冊1組で遠くの人とでも会話できるノートです。最近できたばかりの珍しいものですよ」
「なるほど」
いつもどおりニ一は情報通を使用した。
『マジックノート』
2冊1組で販売されているノート。
どちらか1冊に文字を書くと、それがもう1冊にも反映される魔法がかかっており、1冊を別の人に渡して、会話するためのものとして、商売人の多いラルフが開発した。
距離が離れていても、すぐに連絡ができるものとして、まだ完成して間がないためラルフの商売人と他国の貴族くらいしか持っていない。
この世界における連絡のツールは特定の魔法使い以外では手紙しかなかったため、情報を早く回すためのものとして、今後発展していく可能性が高い。
「電話みたいなもんか。便利だな」
「ええ、私はラルフの人とも付き合いがあるので、何冊か頂いているんです。えーと、あ、帰って来ました。10万ラルフポイントなら受けてくれるようです」
「10万ラルフポイント? ドルツだといくらだ」
「ドルツですと……、20万ドルツポイントですね」
「ならいいか。頼んでくれるか。即急で。早かったらその分の料金も出すから」
「あ、はい分かりました」
ニ一の持ち金はタニアでの荒稼ぎもあり、490万ドルツポイント(9800万タニアポイントであり245万ラルフポイントである)もある。金銭的余裕は大きかった。
「じゃあ次の日にシュヴァルツヴァルトブロートの東の港に行ってください。そこで、ガーツという体格の大きな海賊みたいな人に声をかけてもらえれば、出発してくれます」
「助かる。世話になるな」
「いえいえ、それと、こちらも少しもって行ってください」
するとエリカは紙を2枚渡してきた。
「何だこれは」
「さっきのマジックノートの一部です。これは破っても使えるので、ガーツさんに連絡をしたいときに使ってください。いらなかったら適当に処分しておいてください」
「いろいろたありがとうな。これでラルフとも関係を築いておけば動きやすくなる」
「お友達を助けてあげてくださいね」
「別に友達ってわけでもないが……、まぁ生きて全員返すさ」
と、いうわけで、ラルフの商売人ガーツに連れられて彼らはベルナリンプに向かっているのであった。
「ガーツさんは見た目もそうですけど、しゃべり方とか仲間も海賊みたいですねっ」
コミュニケーション能力の高い歩は体格の大きな男相手でも楽しそうに話している。
「はっはっは。嬢ちゃん。ぽいというより俺達はもともと海賊だったんだ。俺の仲間も全員な」
「へー、そうなんですねっ」
「海賊なんですか。なぜ今普通に仕事をされてるんです?」
歩が楽しそうに話しているのはどうでもよかったが、海賊から商売人という珍しい転進には興味があり、二一も話に参加する。
ニ一は人とあまり話さないが、別に根暗とかそう言うわけではないので、大人が相手でもしっかりと敬語を絡めて話せる。ただ、それがコミュニケーション能力があるかないかといわれると難しいが。
「おお坊ちゃん。あんたはなかなか骨があるようだな。ラルフの仲間でも人によっては、俺の実ためにびびって、声をかけてこねぇのに、俺に普通にしゃべりかけてきたもんな。はっはっは」
「いい人か悪い人かくらい見分けつきますし、最悪なんかあったら、信用問題でしょう。ラルフのような商売の国じゃ」
商売人において、何より大事なのは信用、それを裏切れば間違いなくラルフでは生き残れないだろうと二一は思ったため、間違いなく危害を加えるようなことは着てこないと思っていた。
「理屈ではそうだろうな。だが、それでも見た目がこれだとやっぱりそういうことはある。だが、今の王と王子はすばらしい人なんだ。俺達にも手を差し伸べてくれたんだ」
「王様?」
「ニコラス=ゼポロ王と、エドワード=ゼポロ王子のことさ。ラルフがずっと商業国ではあったが、相手を選んだ狭い範囲での営業だったし、亜人の数も少なかった。。だが、ニコラス王になってからは、亜人の数が増えて俺たちみたいなはぐれものでも、お金さえ稼げれば存在を認めてくれるようになったのさ」
「エドワード王子も優秀なんですか?」
「ああ。エドワード王子は自ら町に出て、俺達と話してくれるし、直接タニアに行ってるから、あそこの王族とも親交がある実にさわやかな王子だ。俺達にも気をつかってくれるし、将来有望で俺達も楽しい。是非1回会ってみるといいさ。良く町に下りてくるから、簡単に会えるぞ」
「そうですね。今回の冒険が順調に行けば、ラルフにお礼に行きますよ」
「そうだな……。俺達も力になってやりてぇが、俺達は護身用の武器程度しか持たせてもらっていない。それが、ラルフで商業をする条件だからな」
「大丈夫ですよ。今回の問題は俺達がきちんと解決します。それよりも、帰りのことで大きめの船を用意していただいてありがとうございます」
「エリカの嬢ちゃんから聞いてたからな。あと12人くらい余裕さ。来てほしいときにマジックノートに連絡をくれれば、すぐに行くからな。それよりも、遅れたら大変だ。飛ばすからな。そこの猫のお嬢ちゃん。我慢してくれよ!」
「だ、大丈夫ですよです~」
クレアロッテを気遣う声をかけるガーツ。やはり見た目に反して優しい人間である。
「ところで坊ちゃん、あんたの頭の上に載ってるのは、もしかして狐人族じゃないか?」
ニ一と歩がクレアロッテと里香のところに戻ろうとすると、ガーツがニ一に話しかけてきた。
「知ってるんですか?」
ニ一が狐人族であるジャンマリアを堂々と出しているのは、あまりにも見た目が小さすぎるからである。
狐人族に最も詳しいのはタニアだが、タニアでも狐人族を知っているのはごく一部で、伝聞で伝えられているのはジャンルカのような壮大な見た目であると思われている。だから、タニアでもなかなか初見でジャンマリアを狐人族であると思う人はいなかった。見た目は正直尻尾以外は猫人族と大差がないのである。
それだけにガーツが初見でそれを見抜いたのは、なかなかの酔眼ではある。
「いや、みるのは初めてだけどな。狐人族には代々幸運を授ける力があるって聞いてるから、タニアとは違う意味で神様なのさ。俺もちょっとあやかりたいと思ってな」
「おい、プチ狐。そう言ってるがどうする?」
「う~んでございます。今回の戦いで私の力が必要かもしれませんから、一応今回の件が終わってからにいたしましょうでございます。ご主人様の要望に真っ先に答えてくださった恩もございますし、他の人にやたら言いふらさないという条件でいかがでございましょうか?」
「それで大丈夫だ。なぁにそんな心配すんな。俺は長年海賊をやってたから、情報に詳しいだけで、普通のやつはあなたを狐人族とは思わないさ」
「そうか。あまり迷惑をかけるなら、プチ狐には悪いが、変装してもらおうと思ったが、やらなくていいなら、いいか」
「じゃあさっさと向かうか」
そして、船はかなりの速度で南下していった。
既に里香が塔から逃げ出して5日が経っている。間に合うのか。
現在仕事がかなり忙しくなり執筆時間が大幅に少なくなっております。
ネタ切れではないので失踪はいたしませんが、単に書く時間がないので週一未満になると思います。