第10話 彼らのはじまり
~アインバック~
「まさか、全員が戦力にならなくなってしまうとは……」
ランドルフは驚愕していた。
戦に負けても、戻ってきた兵士がまた戦えるなら、敗北は糧となる。
だが、敗北した上に、戦力まで失うことは想定になかった。
しかも、その後再び訓練を積んでも、同じレベルに戻せないのは仕方ないとしても、復活することがなかった。
彼らからは、武器適正および、魔法特性が失われていたのだ。
しかも、魔法への耐性のあるハロルドまでそうなるということは、誰でもそうなる危険性があるということになる。
ハロルドはそれでもまだ司教としての仕事があるからまだ良いが、そのほかの戦闘をメインと売る兵士がそうなってしまうと、働き口を失う。
2500人のうちの500人はそうなってしまい、その対応にアインバックは追われ、タニアを攻める企画は大きく遅れることになる。
「なんか落ち着いてないな」
「そろそろ実戦経験になるって聞いたんだがな」
「私は何もないほうがいいけど……」
13人はさらに鍛え上げられて、3か月ほどみっちり鍛えられた。
彼らの能力は非常に高くなっていた。
近藤和美 15歳 レベル25
HP 800/800
MP 100
A S(1421)
D C(914)
MA F(202)
MD D(715)
S A(1324)
L C(900)
職業 槍使い
特殊能力 貫通B 連続D
性格特性 カリスマ 誠実 さわやか
装備 銀のやり 投げ槍 槍使いの服 スピードブーツ
職業得能 射程殺し
伊藤順二 18歳 レベル24
HP 640/640
MP 15/15
A A(1201)
D C(903)
MA F(206)
MD D(692)
S C(968)
L D(741)
職業 格闘家
特殊能力 捨て身D 武器特攻E 豪力C
性格特性 負けず嫌い 努力家 大ざっぱ
装備 ナックルダスター(右手) ナックルダスター(左手) 格闘家の服 白の鉢巻き
職業特性 武器破壊
軟田里香 18歳 レベル24
HP 384
MP 420/420
A G(13)
D G(158)
MA A(1314)
MD C(888)
S E(415)
L B(1062)
職業 水魔法使い
特殊能力 魔法適正B 魔物特攻D
性格特性 物静か 照れ屋 ネガティブ
装備 水の魔導書 水魔法使いの杖 水魔法使いの服 幸福の指輪 黒の髪留め
職業特性 しめっけ
「やはり異世界から来た人間は優秀だな。能力が上がれば上がるほどふつうは簡単に上がらなくなるんだが、みんなきちんと強くなっている」
「はい、ありがとうございます」
彼らをこの3か月指導してきたのは、ブルーノという40代の男性である。
今はアインバックにいるが、トリアで多くの騎士を育てたベテランの兵士である。
指導を受ける間に、ほぼ全員が彼に信頼を寄せていた。
特に、和美、順二の体育会系コンビや、元気な裕子はかなり慕っていた。
里香はやや熱血漢のあるブルーノを苦手にしていて、裕子頼りであったが。
「ブルーノさん、そろそろ実戦に入るんですよね。タニアの魔物や亜人と戦いに行くと聞きましたが」
「いや、予定が変わった。君たちは訓練と簡易実践しかしていないからな。まずは魔物と安全に戦えるベルナリンプに行ってもらいたい」
「ベルナリンプというと、アレン国の北部にあって魔国の真横にあるところですよね」
和美が答える。この3か月できちんど座学も学んでいて、地理もわかっていた。
「そんなところ安全なんですか?」
「西部はなかなか危険だが、東部はまだ魔物の侵攻が少ない。魔王が砦を作り出していて、大量に湧いてきているが、君たちには東部を取り返すミッションを求められている。アレン国への義理を果たすのと、魔国へのけん制をしたい。あそこには魔物の数は多いが、1体1体は強くない。だから実戦デビューにはちょうどいい」
「まぁ安全ならいいわ。頑張りましょう」
裕子が声を出して、みんなを鼓舞する。
実際には、タニアへの侵攻に失敗して、タニアを攻める計画がとん挫した挙句、戦力を削がれてしまったので、弱い魔物が大量に出るため戦闘に人数をかけなければならないベルナリンプの砦を落とすのに、彼らを使おうと決めたのである」
「よし、初実践だ頑張ろう」
「力づくでいってやるぜ」
「私はいかなくても……「里香ちゃん、頑張ろうね!」
約1名を除いて、みんなが3か月の成果を出せることを楽しみにしていた。
「怖い……、怖い……、なんでみんなあんなに楽しそうなの……? ここでも怖いのに、死ぬかもしれないんだよ……」
1人で里香は不安そうにしていた。里香も自分の能力が高くなったことに自覚はあったが、死ぬ危険性が0なわけではない。
ここで正しいことを言っているのは実は彼女なのだが、周りの人間は彼らを崇め奉り、彼女以外の12人はその熱に浮かされて、調子に乗ってしまっている。
16歳から18歳の彼らはまだまだ自分を自制できる年齢ではない。テンションが上がってしまい、熱に浮かされているのだ。
里香が何を言っても、皆が心配ないと根拠のない自信を持って、彼女に見当違いな慰めをする。
「若松君…………」
彼女は1人になって、つい1言つぶやいた。
彼女と二一になんのつながりがあるのかというと、一切何のつながりもないに等しい。
ただ1つ、彼女二一に憧れることと感謝することがあっただけである。
憧れているのは、彼の唯我独尊な生き方である。
里香は非常に人目を気にしていて、自分の意見をあまりいうことができない。
特に、思い込みの激しい裕子がそばにいて、なんだかんだ全部やってしまうので、彼女の意思が介在しない。
引っ込み思案な彼女にとって、裕子の存在はもちろんありがたかった。どこかに出かけたりすることもなかった里香が、遠くに遊びに行ったり、多くの友人ができたのは、まぎれもなく裕子のおかげである。
だが、彼女が自分の意見をあまり言えないのだけは治らなかった。
そして、彼女が歌を始めるのには、二一がきっかけでもあった。
彼女は引っ込み事案な性格なので、本来なら大きな声を出して歌うようなことはできない。
実は中学は二一と彼女は一緒であり、彼女が中学2年生、二一が中学1年生の時に、1度だけ接触があった。
~3年前~
「はぁはぁ」
彼女はその日、遅刻しそうであった。
高齢の夫婦の道案内をしていたためである。
普段なら軽く怒られて終わりなのだが、たまたまその日は、生活指導が厳しい時期で、遅刻すると反省文を書かされたり、説教を受けたりする。
運動神経があるとは言えない彼女は走ってもおそく結局間に合わなかった。
「軟田! 遅刻だ! 後で職員室に来い!」
生活指導の先生が彼女を叱責する。
「あ、あ……、あの……」
もちろん彼女はその理由を言おうとした。
「言い訳無用! 今日はお前以外みんな間に合ってるんだぞ!」
その指導の先生は、普段遅刻の多い生徒も遅刻しないで間に合ったので、全員無遅刻という実績が生活指導を担当する彼にとってはほしいものだったのに、たった1人出てしまったので不機嫌になっていた。
「う……」
里香は頭を俯かせて、困り果てる。
「先生、その人道案内してて遅刻したんですよ」
その時、既に全員教室にいるはずなのに、生徒が1人立っていて、先生に一言言っていた。
「なんだと? そうなのか?」
「は、はい」
里香が答える。
「それならそうとなんで言わない!」
すると教師がまた怒る。
「ひぅ!」
「先生が怒鳴るから怖くて言えないんですよ。めちゃビビってんじゃないすか?」
「もういい! 事情が事情だから、今回は大目に見てやる。もう5分くらいで授業が始まるんだから、さっさと教室に行け!」
そして教師はばつが悪くなったように、その場を離れる。
「ふふ~ん」
するとその少年は満足したかのように、その場を離れようとする。
「あ、あの……」
里香はその少年にお礼を言いたかったが、うまく声が出ない。
「何も言わなくていいぞ。ただ単にたまたま通りかかって見てたんだ。うちの制服着たやつが学校と逆方向に歩いていくのを。それで、俺が今日たまたま職員室に用事があって校門の近くを通りかかっただけだ。
あんたは正しいことやったからな。ちょっと手間をかける価値はあったさ。教師も間違って怒るのはよくないしな」
その小さな声をきちんと聞いていたのか、彼は答え、そのまま校内に戻っていく。
ただその姿を見て、お礼を彼女はどうしても言いたかった。自分がどれだけうれしかったか、いいことをしてよかったと思えたのは彼のおかげだったから。
「ありがとう!」
その声は今まで彼女が出したことがないほど大きい声で、始業前の学校のグラウンド中に響いた。
その声が大きすぎて、彼女自身が最もびっくりしてしまった。
「あんためちゃくちゃ声通るな……。さっきの小声も聞こえたし。そんなに声量があって声も通るなら、声を使ったことでもしろよ」
その言葉を聞いて、里香は胸が熱くなるのを感じた。
この時点では彼女はどこにも所属していなかったが、2年生の途中から合唱部に所属し、すぐに頭角を現す。
裕子が里香と知り合ったのはこのタイミングで、同時に友人も増えた。
そして、そのあとすぐにその少年の名前が若松二一と知った。
彼女にとって二一は、自分を助けてくれて、自分の世界を変えてくれた人。
ただあの日以来役3年間。里香が二一に話しかけることができたことは1度もない。
今回二一が何かをしたことで、合唱部の活動が止まった。もちろんそれは残念だったが、この合唱部の活動が止まったことに、二一が絡んだという噂があり、それをきっかけに話しかけられないかと思ってわくわくしていたのである。
そして今回も、謎の異世界への召喚に不安を感じてはいたのだが、唯一二一と話せるかもしれないことだけは楽しみにしていた。彼がすぐに出て行ってしまったのでそれはかなわなかったが。
そしてこの場に二一がいれば、みんなが熱に浮かされる空気の中、きっと空気を読めない発言をしてくれるのではないかと、ふと思ってしまっていたのである。
「無事でいてくれればそれでいいから、また一目見たいな……」
12人が浮かれる中、1人だけブルーな空気で東を見ていた。彼女はなんに意識もしていなかったが、偶然にもそれはタニアの方向であった。
そしてその次の日、異世界に召喚された全員が次の行動を起こした。
二一と歩はグリッシーニヘ。
ほかの13人は、初めてドルツを出て、ベルナリンプへ出発した。
第2章 タニア入国編 完