ep.2 最初の街
「....きて....」
「....おきて!!」
―――肺に新鮮な空気をかんじる。朝日の温かさ、草の匂い、露の瑞々しさ。しかし感触は知っていた筈だが俺の世界とは何処か雰囲気が違う。始めて海外を訪れたそんな感じだろう。
只、この呪が再び俺を蝕み始めるのも時間の問題だろう。
そして俺を起こしている少女もまた、ついぞ起きた衝撃的妨害行為に混乱しているようだった。
背丈は俺の半分より低い位か、服装は主神を模した紅白物となっているが腰に刀を携え足袋に下駄を縛って履いている。
外交案内役および俺一人だと無理ゲーと判断したのか彼女を召喚し俺に付き添わせていた。
しかし何故だろうか、此処は聞いていた城下町なのかと言われればいささか落ち着いた雰囲気で過疎が進んでいるようだ。
記憶を手繰り寄せよう。向こうの世界へのゲートが開いた時点からだ。
あの空間より実体を持たない俺の身体は魂へと凝縮され無ければ通り抜けられなかっただろう。
主神曰く、呪病に支配された俺の器が機能の殆どを停止している為海馬の記憶と思考形跡のみを分離して本人と同じ血液に近しい組織を持つ男に一時的憑依を行うそうだ。
――つまり俺は全く違う人間に擬似的転生をした。
正直有り得ない出来事だが、首筋をさらう草のむず痒い感触、ちぎる際の水分がざらざらとした指を軽く湿らせるのは、はたまた其れを聞き認識出来るのが現実であると伝えている。
では何故俺は今エリサの居る城では無く、経験の推測からして彼女の城から大分離れたであろう辺境のような土地で意識を覚ましたのだろうか。
傍らで心配する少女はもとより、このボロ切れの服装、手足の痣。大体の察しがつく。
周囲には俺と同じか一定の範囲に年が違わない人間達が転がっている。
死臭が充満してる事からもほぼ虫の息であった事には違い無い。
「キヅネ、何故俺は此処に?」
少女の脳裏には彼の強まった呪の跡が焼き付いている。
同時に和野の記憶にはポータルをくぐり抜けようとした時、あの時の激痛が思考を爆ぜた。
何かに呼応するように、どこかで行っては駄目だと悪の意識を感じさせ引っ張るように。
こうして本来とは違う場所の人間として再び生を受けた和野 直之は死人の記憶と臓器に宿る僅かな魔力を頼りにユージ・ヒルシズとして彼女が住まう王都に向かうのだが、この時はまだ俺達の旅が悪意とマゾヒストに満ちた物に変わるのを未だ知らなかった。
―――
――
―
「直之....いえ、ユージ。ここいらは夜になると屍人が沸きます、想定外の出来事であるのは承知ですが専属とした冒険者達に狩られぬ内に街へ向かうが吉かと」
明らかに捨てられるように作られた場所であったが故に闇系統のマナが強く感じる。暗くならない内に街を目指すべきという提案は正しい。
キヅネは俺の魂を運ぶ際に巻き込まれたようだが、彼女も補佐としての実力は十分だろう。
―――街に到着した俺達はお決まりの手順として冒険者ギルドと思しき酒場へ訪れた。
其処で簡易的に登録手続を済ませようか試みた所、異世界おまちかねの例のアレが始まったようだ。
「各種ステータスはこのカードに記憶されますのでまず最初に血液を染み込ませて下さい」
受付嬢に促されるまま俺達は熱消毒された針を使って血をにじませる。
俺のカードには至って平凡な数値が並んでいる。当然であるが没落貴族の奴隷落ちにしては平均的数値なればこの世界においてはマシな方であろうか。
本命はもう片方だった。
使徒とは言え上位存在である彼女は並では10年かかる程の数値を備え、高水準のフィジカルを宿していた。
瞬時に理解したキヅネは主神に感謝するように天を仰ぎ、カードを大事にしまった。
皆の注目が集まれば当然、そこにたまたま居合わせた腕に自信のある奴等も見過ごす筈がない。
見てくれの良い女を携え、男の容姿もまたよろしく端正な顔立ちで中性的にも思えた。着こなした装備は丁寧に手入れがされ、漂う芳香からして女性ウケを狙ったものだろう。
感覚的に傍らに居る女達とはつまり――そういう関係なのだろう。
ただ、相応に実力を感じる。後で受付に聞けば彼等は此処一帯で最上位の冒険者パーティみたいだ。
齢にして俺と然程変わらないが随分と進んでいるようだが、今はこんな奴等の相手をしている場合では無い。
一方のキヅネも興味が無いといった素振りでかわし、彼等は残念そうに集団の方へ戻っていった。
道中、資料館を訪れていた俺等はこの世界の地図を貰い、エリサが居る中央都迄の道程とそこに辿り着く迄の費用を計算していた。
目的地迄は南西より寒冷地域に位置しており、やや高所で少し空気が薄い。
実質下りに行く傾向にあるのだが、最短距離を進むなればまず準危険地帯にあるアーガスの森を抜けなければならない。
此処らへんの冒険者は寒冷地帯手前の山岳に自然生成されるダンジョンで生計を立てているそうだ。
他にも鉱山資源が豊富で、希少鉱石アダマンタイトやプラチナ・金の鉱脈も多く見つかっている。無論これらは宝具や装備品等に加工され王都に持ち運ばれる。
ただ、今しがた出ていった先程の人間が言うには谷底に巣食う盗賊団の大規模な討伐に向かうらしいとの事。
ここいらでは商人や女子供達を攫い被害を出していたジャック・ウーだと有力視されている。
自身の大勢の子供達で結成された極悪の一味で、彼らは行商人へ盗賊行為を働いては王都との貿易を妨げていたようだ。
そしていい加減痺れを切らしたギルドがレイドを結成し殲滅に踏み切り、彼等含め大勢が酒場に集まっているのであった。
俺達もそれに乗じて資金を稼ぐつもりで居る。雑用は主に奴等が従えているモンスター達の相手や、捕らえた賊の監視係で給与はそれほど悪く無い。
因みに資金はキヅネが持つ残り10万Gのみ。主神から気持ちとして貰っていた分のその内から俺専用の服を仕立て防具も新調した。手首にある奴隷紋の跡は長袖で隠して気付かれにくいようにしている。残るは宿を2人で数週間分を取った。
件のレイド受注を済ませた後、帰路につく道中に奴隷商に乗せられ大通りを向かう多種な人間達を目にする。
彼等は人権を持たぬ生物として獣人と同じく扱われる。
そして主人の気が済むまで一生を召し使いや性奴隷として働かされるそうだ。
この世界をよく知るキヅネですら眉をひそめている。
「....貴方が知っている物語がリアリティを帯びた見たいでキツいでしょう?エリサ様はこんな現状を何とか変革しようと次期国王に名乗りを挙げられました、しかし世の中は非情です。奴隷撤廃制度を密かに計画していた事が明るみになると貴族達が猛反発を起こし、即位式は延期に、そして....その呪病の発現により今はまともに動けずに」
彼女は俺の呪を指差した。
「その呪いは主神様が戦った大和国の宿主との名残です。余りにも強大過ぎた為に封印という選択肢をとっても尚、残り火を始末する事は出来ませんでした」
「知ってるよ....俺の祖先も彼女と一緒に戦った一族だったから、文献で読んだ」
キヅネは頷き、話を続ける
「今は借り物の肉体でも勤めを果たせば元の自分に戻れます、ただ、それが全て貴男に掛かっているだけの話ですから」
「簡単に言ってくれるなよ、馴染むとは言え色々感覚が違くて慣れない部分も多いんだ....でも宜しく頼むよキヅネ」
まだこれからの旅路は不安に駆られているが明日のレイドは早い。俺達はエリサに向けて一刻も早い再会を願うのだった。
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――バース渓谷
危険地帯一歩手前に位置する此処を通る者は余程の腕を持つ戦士でなければ命を落すだろう。
彼等の行く手を阻むのは入り組んだ亀裂より発生するダンジョン、または原生するモンスター。
・女を狙い繁殖するボブゴブリンおよびその一族
・人間の生き血と赤子の肉を好む吸血グルード
・地底に潜むナーガ
いかにしてそれらを対峙し、または回避してくぐり抜けられるかが先駆者達の腕を試される場所であった。
―――しかしそれも根底から覆される。
あの男が現れるまでは――




