プロローグ:あの夏の思い出
全ての物質に興味を持ち始める年頃だったろうか、時期は丁度眠っていたセミ達が土を掘り返し脱皮し、次の世代へ繋ぐために必死につがいを探し、炎天上の日差しがギラギラと照りつける最中であった。
ただ何者でもない自分が世界の主人公になった見たいに家の庭の物置を意味もなく漁っていた。
いや、実情では祖母の実家に起床してた折、親に簡単な使いとして品を探してくるよう頼まれた時だった。今となってはそれが何だったかは覚えてない。
梅干しや糠床に使われていた樽を小さい身体で精一派押しのけ、暑さと汗でぼぅっとしてた頭が指し示したのは片側の農具に紛れていた一振りの灘であった。
なんでも無い物だと差し掛かる日光を当てると、やけに年季の入った装飾がされていた。
太古の紋様であろうか、聞けば祖母の住む土地の祭りでは主神なる存在を奉る催しがあり、彼等は今も何処かに眠り続ける其の者を解放する為に編み込んだ縄を切って蘇る力の恩恵で豊作をもたらすと信じているとか....
手に取ってズシリと来る重さと赤錆びた面にでこぼこに光が照る様子を眺める。
コレも催しの一環で配られた物であると祖母の更に前の代から聞かされていたと言う。
持ち手が嫌に冷たい気がした。
―――僅かな光の中に全面の闇から光が出現した。
視界認識に意識を割けば其処に新鮮な空気と草原が広がっている。
蒸し返す物置に涼し気な空気だった。
俺はその世界に息を飲み込み足を踏み入れた。
遠くに連なる山々を見る限り此処は高所であると体感する。その代わりに日差しはめっぽう強く感じた。
少し離れて盛り上がった場所に屋根があり、木製のテーブルを隔てて4人の女の子が椅子に座り談笑にふけっている。
その内の一人が下に居る俺と目が合うと可憐な笑みで手を振った。
「あっ、ほら来たキタ!あの子!!」
金髪のお嬢様な風貌の少女が睫毛迄も煌かせちょこんと小さい鼻、健康的な肌色に白い歯で微笑みかけ青いリボンのついた赤いドレスのようなワンピース。
横の階段から上がる俺を4人は迎えてくれた。
置かれたティーセットの内、ケーキやお菓子を分けてもらった。
搾りたてのぶどうジュースを装飾されたガラスコップについでくれた。
ふんわりとしたブロンドヘアに青い瞳、本人曰く年代に合わせて新調したとのフリルのついた肩が見える上着にミニスカートで太ももが覗き込む先にはヒールの付いたサンダルを履いている。
彼女は、いや、彼女達はまるでずっと前から俺を知っていたかのような風で俺を受け入れてくれた。
「あの、僕を知ってるんですか?」
当然出てくる言葉と言うのはそれだけだ。俺の問いに彼女達は何も傾げるそぶりすらせずに身体のラインの分かる夏着にポニーテールの女の子が答えてくれた。
「ある程度は聞いてる」
すると彼女の隣に座るショートボブの巫女がくすくすと笑った。
「最後までちゃんとはなしなよ」
コレはなんと言えばいいのか、一体どういうパターンなのだろうか。こんなにクラスに居たら人気者になる筈の女の子達が俺に熱い視線を送っている。
「それに....私達は君を至って好意的に思ってるとだけ言っておこうかな」
ブロンドヘアの女の子が続いて正直に伝えようとした所で口元を塞がれてしまう。その様子が可愛いくて手前の少女と迷ってしまって仕方が無かった。
「そうなんですね....」
思わず口から出てしまったのを聞かれてしまったようで――
「ほら!引いてるってやっぱり!!」
「第一さ、連れてくるって言ってた主が見当たらないのはどういう事なの?」
巫女服の少女がストローを咥えつつも周囲を見渡しているようだ。
「私達は一応眷属扱いだけど任せっきりはやめて欲しいよね」
「眷属?つまり貴女達はもしかして主神に仕える人達でその力の一部を扱えるのか?」
「そうだけど、どうして?」
「見たいだけじゃない?」
「....まぁ、例えば」
ブロンズの少女が空になった瓶に向かって指先を示すと、気泡のような物が瞬時的に通り過ぎ、それを認識する頃には10円玉程のサイズの穴が空いていた。
「どう?なんなら真っ二つにも出来るけど」
「いや、もう十分....」
分かっていた事だが興味本位で聞いてみてこの者達が俺が知っている人間とは違うと確信に変わった。
「話題をすれば、、主神様がご登場っと」
そうこうしてる内に音もなく主が現れたようだ。
「やあ君達。僕のよこした男は気に入ってくれたかな?」
和を基調とした衣に神主を思わせる上着を身に着け幼らしい顔つきに大人びた身体。天狗のような下駄に何の力を使っているのか大地に脚をつかず白い肌を覗かせ俺の後に移動した。
彼女達の反応的に悪く無いと言った印象だったが、本題が別にあるようだった。
主神が現れた事による場のピリつき具合が物語っているだろう。
「今日この子を選んだのは他でもない君達に彼の運命を共有して貰いたいからなんだ」
一体何を言ってるのであろうか、不吉な言葉を聞いた事実やこの場が存在していると言う説得力の狭間で何も伝えられなくなっている。
ただ、彼女達は知っていましたというように愚痴をこぼしている。
主神はマカロンを手に取り半分程齧りやれやれと首を振った。
「僕も暇じゃないんだ、それに契約も分かった上で了承したはずだろう?」
「それにしても随分と急ぐよね、あんたにしては珍しい事に」
ポニーテールの女の子――カナが返答する。
「なんせ、彼があと10年も持たないのを伝えたら君達が突然呼んで来いって煩いんだもんだから....」
残りの半分を頬張った後溜息を吐く。俺は背筋が凍りつき額に冷や汗をかいた。
「当たり前」
「私達にしか治せないから声掛けたんでしょ?」
―――余命10年? 治す....を?
「察し良くて助かるよ、流石僕の眷属達だ」
地面に降り立ち、肩に手を置いた。ある程度内容を察した俺は此方を見下ろす主神に振り返った。
「俺は助かるんですか?」
主神は安心させるように微笑み、着物から懐かしいお香の匂いが鼻腔を撫でる。正直言えば早く答えて欲しい所だが。
「助かるよ」
現実味を余り感じない、説得力があるとしてもだったら今その根源を断ち切れないものか懇願できぬものか....
「申し訳ないが軽減するので手一杯なんだ」
「それが本当だとしたら彼女達だって只じゃ済まないでしょ!?なんでそんな....」
少女達に目を向けると興奮はすぐに冷めた。
誰一人として俺が死ぬ事を望まないと、そう言った様子であり自分達が請け負う物に何も疑問を持っていない。それも覚悟の内であるかのように。
「なぜ彼女達と俺が?」
当然、会ったこともなかった初対面の人達に俺の責任をなすりつけるなんて出来ない。当時の俺はこの提案は断らせて頂くつもりだった。しかし心を読める彼女の前では無意味に終わっただろう。
だが主神は答えなかった――
「それより君はこんな可愛い子たちを前にして固まってるだけかい?折角の運命共同体なんだ、仲良くしなよ」
幼かった俺が先の事なんて考えられる力には大した意味をなさない事ぐらい分かりきっていた。
それでもやはり彼女達は余りにも魅力的すぎて仕方が無かった。
そして思わず自己紹介をした、基本中の基本だ。
彼女達は快く答えてくれた。
それから雑談を楽しんだ後、彼女達と草原を駆け回って空気をめいいっぱい吸い込み乳酸が溜まるまで遊んだ。
彼女達の肌を離れる露が高冷な気候と日差しで輝いて見えた。
―――
――
―
後に主神から俺にこれから先起こる顛末を伝えられ、辛い時期を乗り切れば彼女達も解放される――そう期待を持たせるように帰してくれた。
俺に起きるのは『呪病』であり現代の医学では対処不可能な原因不明の死病。コレを克服する為に解呪の自然治癒を持つ眷属に任せるしかない。
「また会いたいと思ったなら君の世界にルートを作る事が出来る―――ただ、この方法はお勧めしない」
「....」
「凄く危険な手段になるだろう、加えて僕が干渉出来ないよう封印には強い呪が込められている」
「それじゃあ」
「―――もし君が彼女達を望むのならもう少しだけ時間を取ってもいいが....僕としては君には普通に生きてくれた方が幸せだと思うからせめて時折にも思い出してあげてくれ」
俺は手元に残った1枚の写真とスマートフォンに残った彼女達との少しの思い出を眺めた。
「奇妙だったけど、俺の為にありがう。大切にできると思う」
主神は頷き異界へと姿を消した―――
俺の一夏の思い出は忘れがたい充実感と幸福感を満たし夜空の盛大な星々へ静かに記憶されているだろう。
もしも彼女達も同じ空を見ていたらきっと思い出しているのだろうか。
帰った世界が彼女達のように温かく優しいとは限らずとも温かい食事が待っていればいいなと少しばかり思った。




